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 吉野くんの唇が、俺の耳たぶをはさむ。  口の中でぺろっとなめられたら、ビクッと肩を揺らしてしまった。  ここに、穴を開けるんだ。  唾液をたっぷり塗りつけるように何度もなめられて、上擦った声が出てしまう。 「ぁ、……あ、んっ、んぁ」 「倉持エローい!」 「感じてんのかよ!」    吉野くんが、かすれ声でささやいた。 「開けていい?」  こくっとうなずく。  ピアッサーには、キラッと光るダイヤモンド。  でもその軸の切っ先は鋭くて、これが、皮膚を貫くんだ。 「ん、よしのくん、こわい」  また、ぼろぼろと涙がこぼれる。  吉野くんは、いいこいいことなでながら、ピアッサーを俺の耳に当てた。 「やだ、待って、こわい」  別に、開けて欲しくないわけじゃない。  けど、もうちょっと、心の準備ができるまで待ってほしい。 「や、まだ無理、まって」  いつもなら俺のペースに合わせてくれる吉野くんが、黙って首を横に振る。  そして、しゃくり上げる俺の顔を無理やり固定した。  目をぎゅっとつぶり、口を真一文字に結んで、泣くのをこらえる。 「ん、ん……っ、んん」  すると吉野くんは、反対の耳元に唇を寄せて、やわらかい声で言った。 「慧、好きだよ。オレのものになってね」  ぴたっと泣き止んだ。  代わりに、みるみる顔が熱くなってくる。 「あっけーろ! あっけーろ!」  客がコールを始めたところで、吉野くんはすうっと目を細め、片手で俺の後頭部を支えた。 ――ガシャンッ  一瞬だった。  音にびっくりしただけで、想像していたような刺される痛みはなく、ただちょっと、じんじんするだけ。  周りは大盛り上がりだ。  吉野くんは、耳たぶを口に含んで、開けたばかりのピアスをなめた。  そしてささやく。 「頑張ったね。可愛いよ。よく似合ってる」  何も言えないままこくっとうなずいたら、吉野くんは体を離して、ちょっと首をかたむけた。  差し出される左耳。  開ける方というのも、これはこれで怖い。  中途半端な力でやると、途中で止まってしまって相当痛いらしい。  思い切ってバチンと挟め……というのが桜井くんのアドバイスだったのだけど、手が震えて、できる自信がない。 「吉野くん、ちょっと待って。ごめん、手が震えて」  情けなく言ったら、手にキスしてくれた。 「吉野くん紳士ー!」 「彼氏カッコいー!」  お酒も入っているからか、みんな手を叩いて笑っている。  吉野くんは、俺の背中をさすりながら言った。 「慧、開けて? オレの耳。こんなことして欲しいの、世界中で慧だけだよ」  目を細める彼の綺麗な顔を見つめて、こくりとうなずいた。 「うん。開ける。吉野くん、大好き」 ――ガシャンッ  そっと手を離すと、少し赤くなった耳に、綺麗な石が埋まっていた。 「おめでとうございまーす」  のんきな声の桜井くんが、造花の花びらを空中にまいた。  客席は大盛り上がり。  一気コールがあちこちから聞こえて、なんだか、俺たちがおいてけぼりだ。  呆然と立っていると、澤村くんが機嫌良さそうにこちらに歩いてきた。 「うん、やっぱりな。可愛い可愛い」  ぐりぐりと頭をなでられて、思わず首をすくめる。  桜井くんがスマホで写真を撮ってくれて、見せてもらったら、泣いて酷い顔の俺の右耳と、吉野くんの左耳に、同じピアスが光っていた。  休み明けの月曜、学校へ行ったら、クラスのひとたちがジロジロと俺たちの耳元を見ていた。  イベントの話はすぐに広まったみたいで、聞こえた会話では、会費がひとり1万円+ドリンク代だったらしい。  軽く50万は入ったはず。 「あの……、何で別の派閥のひととか来たんでしょうか。敵にお金払ったことになるんですよね?」  怒られるかと思いつつおそるおそる聞いたら、松田くんは皮肉っぽく笑った。 「パクろうと思ったんだろうね。他人をダシに高額イベントが開けるなんて、そんなおいしい話、やり方があるなら知りたいと思うでしょ。まあフタを開けてみたら、これは真似できないやってなったと思うけど。合意なしの他人同士にピアス開けさせてお金取るとか、けっこう重罪になっちゃうからね。君らにしかできない」  なるほど……なれそめ紹介は、手法を真似ようとしているひとたちの心を折るための話だったのか。  恥ずかしかったけど、真似して他人にピアスを開けさせるようなことが流行らないのであれば、それは安心だ。 「さ、これでふたりの市場価値はぐーんと上がって……この学校で君たちを超えるのは、もう出てこないだろうね。全生徒公認、学校一の甘々カップルの誕生だ」 「イエーイ、有言実行ー!」  突然大声を上げる桜井くんに驚いて、クラスのひとたちがバッとこちらへ振り向く。  学校一の甘々カップル……う、うれしい。  不良に飼われている、いつ利用されるのか、はたまた突然捨てられるのかも分からない状態ではあるけれど、そう言ってもらえるのは、素直にうれしかった。 「あの日、お前らをトップ・オブ・ザ・ホモにすると誓ったオレは正しかった……」  感慨深げにつぶやく桜井くんを、澤村くんが強めに殴る。 「お前の生み出すパワーワードはいちいち気持ち悪ィんだよ」  ふたりがじゃれはじめた、その時。 「あの」  吉野くんが……しゃべった。 「あ……声。出る」 「わ! 吉野くん! どうして!?」 「分かんない。慧。なんで?」  思わず吉野くんの両腕をがしっと掴む。  振り返ったら、3人が目を丸くしていた。 「渚……お前……」 「へえ、けっこうハスキーボイスなんだね」 「うわー! 超かわいー!」  そう叫んで吉野くんに抱きつこうとする桜井くんを、全力で止める。 「すいません! 飼われてる身ですけど! 吉野くんぎゅーはダメです! すいません!」  平謝りしつつ両腕で体を突っ張ったら、澤村くんがげんこつを、松田くんがひざ裏に蹴りを入れた。 「痛ってー!」 「バカか。死ね」 「涼介、いまのはダメだよ。アウト」  様子を見ていた吉野くんは、ふふっと笑って言った。 「なんか。楽しい」  そう言って俺の腕を引っ張って抱き寄せ、ちゅっと口づけてくれた。 「学校一の甘々だって。うれしいね」 「……うん、うれしい」 「これからもよろしくね。大好きだよ」  そっと、右耳をなでてくれた。

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