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間に合え、と手首を掴む。大袈裟なほどに身を震わせた上條がこちらを向いて。 (あ……) 漆黒の瞳に滲むのは怯えと、それから安堵。正面から受け止めるにはあまりに凶暴すぎる美貌だった。 「いや、その、……すまない、」 慌てて手を離す。こちらが謝る必要は無いが、どうしてもそうしなければならないような気がして。 俺がつい先ほどまで触れていた手首を見つめた彼は、ややあって菓子を棚に戻した。 「………ありがとう」 少し疲れたように笑う、そんな表情を見せられては放っておけない。 時計の針が指すのは上がりの時間。 「話ぐらいなら、聞けると思う」 きょとりと瞬いた顔が急に年相応のものに見えて、知らず息をつく。後悔が頭を過ぎるが、出てしまった言葉は取り戻せない。 「……待ってる」 小さく呟いた彼が踵を返して、ふと立ち止まり。視線の先で振り向いた。 「名前は?」 嗚呼、そうか。こちらは彼の名を知っていたから、気にも留めなかったけれど。迷った末、胸のネームプレートを叩いた。 「…西、だ」 目を細めてそれを確認した上條は、こくりと頷く。朱を佩いたような薄い唇に点るのは仄かな微笑み。 「にし……か」 次いで紡がれる甘やかな響きは俺の背筋に震えを伝えた。得体の知れない恐怖に当てられ、反射的に視線を逸らしてしまう。 もしかしたら己が考えているよりもずっと、途方もない人間を相手取っているのかもしれない。 ややあって視線を戻すも、忽然と姿を消した上條。 浮かべた表情を見ることは叶わなかった。

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