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「お疲れ様」 従業員用の裏口から出ると、果たして彼はそこに居た。ああは言ったものの、本当に待っているのか一抹の不安もあったから。 暗がりの中、仄白く浮かぶ上條の顔は笑みを象って。 驚きを隠すために黙って歩き出すと、さして気にした様子もなく小走りで着いてくる。 「…もし俺が悪人だったらどうするんだ」 ふと感じたのは危機感の無さ。いくら何でも無防備すぎやしないだろうか。 「そんな風には見えないけれど。…まあ、大丈夫さ」 歌うように呟いた上條を見遣る。大丈夫、の意味が分からない。 「兄ちゃんお帰り!……あれ?その人は?」 四年生の弟が首を傾げた。何と説明しようか言葉を探しあぐねる俺の隣で彼が笑う。 「こんばんは。突然お邪魔してすまないね。私はお兄さんの友人だよ」 「なあんだ、彼女かと思ったのに!」 そう言い残して中へ戻って行く背中を呆然と見送った。 (彼女…?) 改めて上條を眺める。 淡雪のような色白の肌はキメが細かく、まるで陶器。長い睫毛に縁取られた二重瞼と、その奥に控える涼し気な瞳。スッと通った鼻梁の下には小ぶりながらも存在感の有る唇。化粧を疑うほどの紅色に、慌てて目を逸らした。 成程、確かに女性と間違えられても仕方ない。一人納得して頷けば、ひとつ肩を竦めた。 「…小さい頃からの教育でね、どうも一人称は変えられなくて」 勘違いさせてしまったかな、と。傾げる首をさらり滑った長めの黒髪。中性的な声音も耳当たりが良い。 それにしてもどんな教育を。喉元まで出かかった疑問は飲み込んで靴を脱いだ。 「…狭くて申し訳ない」 首を振った上條は小さな座卓の向こう側へ座る。静岡の祖母から送られてきた茶葉で淹れた緑茶を差し出せば、ふと零れる吐息。 「それで?どうして…」 あんな事をしたのか。 隣の部屋で眠る弟達に気を遣いながら言葉を濁す。しばらく手元の湯呑みを見つめた上條は、ややあって口を開いた。

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