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7.
夜勤を終え、朝日を背に自転車を走らせる。携帯には何も連絡が無かったが、なるべく早く帰ってやりたい。
そろりと鍵を差し込み、音を立てないように室内へ滑り込む。
部屋に入るとまず目に付くのは机の上に置かれたメモ書き。
『朝食の下ごしらえが冷蔵庫にあります』
なるほど人数分と見られる朝食が準備してある。正直なところ、すぐにでも睡眠を摂りたい自分にとってこれはありがたい。
しかしこれだけの材料は家に無かったはず。もしや買わせてしまったのだろうか。
起きたら聞こうと考えつつ隣の部屋へ続く扉を開いた。
上條を真ん中に、左右に分かれた状態ですやすや眠る弟と妹。まるで昔からそうしていたかのような姿に思わず頬が緩む。
けれど。
今日を境にまた別世界の人となってしまう。
週が明け、学校が始まれば関わることもない。
何故だかそれを寂しいと思う自分が居る。高嶺の花を身近に感じてしまったからだと言われればそれまでだ。
友達から始めるには少し変わった出会いだったが、今からでも遅くないだろうか。
「…上條」
改めて眺めても人外めいた美貌をしていると再認識させられただけだった。家庭環境も複雑そうだと共通点を見出したところで、自嘲の笑みを浮かべる。
(所詮遠い存在だ)
部屋を出るには名残惜しく、そっと指を伸ばす。触れた先の髪は絹糸のようで思わず息を呑む。一度距離を縮めてしまえば次は頬へ、と欲が出て。
「……、ん…」
ゆるゆると開いた瞼。カーテンの隙間から差し込む細い光が照らすのは、濡れ羽色の双眸。寝惚けているのか、溶けたその色に目を奪われる。
「すまない、起こしたか」
緩慢に瞬いた、そのあと。するり、伸びてきた両腕が首裏を捕らえる。
身構える暇もなく吐息の掛かる近さへ誘 われ。
「な、…ん……」
まるでこちらが押し倒したかのような体勢に焦る俺を余所に微笑んだ上條。途端、不意に見知らぬ人のように感じて。
まともに話したのは昨日で、見知らぬも何も無いのだけれど。
とにかくそう錯覚するほどに、彼が放つのは妖艶な色香。
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