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10.

屋上へ続く薄暗い階段。前を行く西の背中がぼんやりと浮かぶ。 「…それで。俺に話があったのか?」 振り返った彼が首を傾げる。改めて向き合うと、どう切り出して良いのか分からず足元に目を落とした。 「土曜……」 うん、と届いた優しい相槌に背中を押され、深く下げた頭。 「…本当に、悪気はなくて。寝惚けていた、と言うか……反射的に…」 重ねれば重ねるほど言い訳じみてくるその言葉達も、自分がどんな状況で過ごしてきたか露呈させるだけにすぎない。周りのベールを一枚、また一枚と剥がされて行くような感覚に唇を噛んだ。 「……朝飯、すごく美味かった」 「へ…」 思わず上げた顔は呆けているだろう。目の前の西は、少し躊躇ってから続けた。 「また、作って欲しい」 結衣がえらく気に入ったみたいだ、と言い募るその瞳はどこまでも真っ直ぐに澄んでいて。自分が気にしていた過去の一端は、少なくとも彼の前では些細な事なのだと。 心に落ちてくる音を聞いた瞬間、視界が歪む。 「…お、おい……どうした?」 突然しゃがみ込んだ私を見て明らかな困惑を示す西。体調不良を疑ったのか、ぎこちなく背中を往復する手のひらが温かい。 「――…る、作る、よ。私で良ければ、作るから…」 しゃくり上げないように必死で胸を押さえながら紡ぐ。"必要"とされるベクトルが違うだけで、こんなにも。 望みに応えよう。だから。 (隣に……傍に、居て) 苦しいほどの慟哭は、しかし喉奥で絡まったまま。音を成すのはただひたすらの嗚咽だけ。 願いを素直に告げられなくなった、調教の弊害を歯痒く思う。 「あ…そう、だな。食材の費用も出そう」 何を勘違いしたのか一人納得するこの男に、少しの憤りを感じる。甚だ身勝手な話だが。 天然も大概にしろ、と。 「……要らない」 「とは言っても、」 どこまで鈍感なのか。別に金が欲しい訳ではない。 なおも渋る西を睨みつける。濡れた双眸のせいできっと何の威力もない。けれど。 「良いから…一緒に、居ろ」 だいぶ婉曲した伝え方になってしまった。ぽかんと間抜け面を晒す西が、それでも嬉しそうに笑うから。 胸の内を吐き出せたことにスッキリした自分も、同じだけの微笑みを返した。

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