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12.
西の隣は心地良い。
単純に善人だから、というのもある。しかし何よりも、自分に色欲を向けてこない人間ほど稀有で有難いのだ。
(…そう、思っていたのだけれど)
鏡を前にしてふとため息をつく。祭りを今夜に控えて浴衣が決まらない苛立ちも含め、目まぐるしく変わる自分の気持ちすら読めない今の状況にも。
「嗚呼、もう…」
呟いてベッドに倒れ込む。7月の終わり。刻一刻と近付くタイムリミットから目を背けるように、柔らかなシーツへ顔を埋めた。
待ち合わせたのは西の家の前。迎えに行くと言われたが、家の場所を知られたくなかった為に断った。
「…宏、」
アパートの塀の前に佇む長身が視界に入り、立ち止まる。カランと鳴った下駄の音。
こちらを向いた彼が何か言おうとする、その前に。
「椿ちゃん!」
塀の後ろから飛び出してきた小さな影。膝のあたりに抱きついてきた、それは。
「こんばんは、結衣ちゃん」
細い髪を撫でて笑う。見上げる彼女の瞳は輝いていて。
「浴衣!すっごくかわいい!」
ありがとう、と返せば上から駆けてくる長女。小さな妹を慌てて抱き上げる彼女はぺこりと頭を下げた。
「お祭り、楽しんできてください」
「またね~椿ちゃん!」
いつの間にか隣に並んでいた西は、やれやれと言った表情で。
「…結衣に言われたな」
「え?」
「ほら、行くぞ」
すたすたと歩き出す彼もまた薄いグレーに縦縞の入った浴衣だ。
律義に約束を守ってくれたことに頬を緩めつつ、小走りで西を追いかけた。
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