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21.
あの時、無理にでも傍に居る道を選んでいたら―――…
例え嫌われても、ここまで後悔することはなかったかもしれない。
季節は巡り、すっかり秋も深まってきた。自分の教室へ急ぎながら考えるのは、家で待たせている子供達のこと。
学校に忘れ物をしたから、と連絡したものの、彼らだけでの夕食作りは不安だ。
もうすっかり生徒の姿はなく、静まり返った校舎。完全に暮れきっていない夕陽を受け、早く帰ろうと教室の扉に手を掛けた。
「―――…!」
「…!…、……!」
隣の教室から聞こえてくる話し声。緊迫した様子に少し気を惹かれたが、かかずらっている時間はない。
目当てのノートを鞄に入れて再び廊下へ。
やはり少しだけ覗いてみようか、と逡巡した、その瞬間。机か何かが崩れるような、かなり大きい音が響く。
迷わず扉を開いて、そして―――――
まず目に入ったのは、予想通り横に倒れた机。傍に椅子も転がっている。
やけに白い足。その半分ほどを隠すようにのしかかっている男が、振り向いた。顔は見たことがある。確か、隣のクラスの―――
思考は最後まで形にならなかった。
顔の、向こう。
「…上…條……?」
口はガムテープのようなもので塞がれている。しかし、間違えるはずもない。濡れた漆黒が見開かれて、ぽろりと何かが零れ落ちた。
乱雑に破られたワイシャツを視界に留めた瞬間、全ての音が遠くなる。耳の奥で響く心音だけが煩くその存在を知らせていて。
「……っ、おい…!」
時間に直せばそれほど掛かっていないだろう。その男は反対側の出口から脱兎のごとく逃げ出した。反射的に身を翻そうとするが、すんでの所で思いとどまる。
報復と、保護。どちらを優先するかなんて決まり切っていた。
急いで近寄って着ていた上着を掛けてやり、口元のガムテープに手を伸ばす。嫌がるかと思いきや意外にも大人しくされるがままの上條。
「は、ぁ……っ…」
剥がしきった途端、荒い息が吐き出される。静かな教室に、しばらく呼吸の音だけが響いた。
上着の裾から覗く太股、膝、爪先。薄闇の中でも眩ゆいほどの白。
(………最悪だ)
よりによって、こんな時に。
否―――こんな時、だからこそ…か。
ひとつ頭 を振ってズボンを差し出す。取りあえずは家に連れ帰るかと考える俺の耳に届いたのは、予想だにしない言葉だった
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