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22.
幻を、見ているのかと、思った。
放課後。空き教室に連れ込まれ、追い詰められた壁際。血走った目を正面から受けるというのは、やはり気持ちの良いものではない。
大丈夫。いつものことだ。心を空にして、大人しくすればすぐに終わる。
そう、鷹を括っていたのに。
「…っ、ひ……」
堪えきれない不快感、吐き気。生暖かい手が履い回る度に粟立つ肌。
(気持ち悪、い…)
何故、どうして。以前ならこのぐらい平気だったはず。半ばパニックに陥りながら、それでも必死で考える。
(…そう、だ)
優しく触れられる喜びを、知ってしまった。あの温かい家で、他愛もないことを話して。柔らかく呼ぶ声、が。
無遠慮に顔まで伸びてきた手をかわしながら、ほとんど泣きたい気持ちに襲われる。理不尽に冷たくしてしまったことは分かっている、けれど、助けを求めるとしたら彼しか思い浮かばなかった。
(…明、宏……っ)
限界まで目尻に溜めた涙が重い。口を塞ぐガムテープのせいで呼吸も浅いものに制限されてしまい、だんだん意識が朦朧となる。
ひくりと喉を震わせた、その瞬間。
「―――…!」
振り返った男の頭越しに見える、焦がれた相貌。まさか、思い浮かべた人に来てもらえるなんて。
重力に逆らえなかった水滴が、一筋零れる。
ズボンを渡した西は、そのまま背を向けてしまった。その姿を眺めながら、膝のあたりをぎゅう、と握りしめる。
運悪く見られてしまったことへの罪悪感のようなものがわだかまる胸中。知らず知らずのうちに下唇を噛み締めていた。
もう、いっそのこと―――
「……ひ、ろ」
その背へ伸ばした指が微かに震えて、一瞬躊躇う。しかし、それでもなんとかたどり着いた温もりにまた、涙腺が緩む。
「どうした?」
こちらを見つめる瞳が優しく緩んで、同時に自分の心もほろほろと解ける。見られてしまったから、いっそのこと―――なんて、それは建前。
「…だ、い……て、」
「は…?」
本当は、こういう時でもないと一生巡ってこない機会。優しい彼のことだから、流されてくれはしないだろうか。
一縷の希望に乾く唇を湿して、もう一度。
「抱いて、ほしい…」
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