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24.
相変わらず騒がしく出迎えた弟達。「静かに」と人差し指を立て、次いで背におぶった上條を見せる。
「布団、敷いてくれるか」
一番上の妹に頼み、こくりと頷くのを見届けて息をついた。
「椿ちゃん、どうしたの?」
火を使わずに作ったレトルトのカレーを食べたと報告してきたのは結衣。続く質問に、少し迷う。
「…ちょっと疲れたみたいだ」
「そっか…」
俺の様子に思うところがあったらしい。残念だな、と呟いて歯を磨きに行った。
隣の部屋へ向かうと、ちょうど上体を起こした彼と目が合う。
「…ごめん」
気まずそうに視線を逸らした姿を見て、思わず形の良い頭を撫でた。ふ、と込み上げるのは場に似つかわしくない笑み。
「謝ってばかりだな」
はっとしたように顔を上げた彼は、ややあって静かに眉を下げた。
「…君の、その表情。」
「うん?」
体育座りをする上條から手を引いて。不貞腐れたように「ずるい」と呟く彼に首を傾げた。
「本当に大丈夫か?」
「タクシーだからね、平気だよ」
迎えのタクシーを待つ間。隣で揺れる漆黒の髪を見詰める。
「…勘違い、しそうだ」
「ん?」
「あれだけ煽って…手を出さなかったのは、君しか居ない」
月明かりに光る瞳がこちらに向けられ、思わず息を呑む。
「大事に…されてる、なんて、ね」
ことりと首を傾げた、その相貌は。今にも泣きそうに歪んでいて。咄嗟に手を伸ばした、けれど。
「じゃあ、おやすみ」
指先が届くよりも早く、現れたタクシーに滑り込む上條。翻った黒髪。ドアが閉まる直前、零れた呟きがずっと耳にこびりついている。
―――…何も、始まってすらいないのに
赤いヘッドランプが角を曲がりきっても、俺はしばらくそこから動けないでいた。
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