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第2話

少々過去の惨めな自分の夢を思い出してしまったが、そんな過去の夢よりもっと大事なことが今の自分にはある。 それは、やるべきことがない僕に与えられた唯一の責務--番を見つけαの子どもを出来る限り多く産む--を果たすことである。 この責務こそが僕の人生全てをかけてなし得なければならない、そして僕がただ1つ羽柴家に貢献出きることなのだ。 責務を初めて母から聞かされたのは僕が中学にあがる歳の頃だっただろうか。 まだ発情期すら来ていなかった僕には自分が子どもを産むことなど想像が出来なかったし、何故そんな時分に「αの子を為せ」と命じられたのか全く分からなかった。 しかし、その時母があまりにも真剣な表情で僕を見つめて話すものだから、母とまともに視線すら合ったことのなかった自分には、その事だけでも責務を全うしようと意を決するに十分であったことを記憶している。 当時僕には兄がおらず、そして弟を望むにも母の年齢が限界に来ていた。 そうなると一族を絶やさず今後もαを排出していくには僕がαを産むしかもう選択肢が残されていなかった。 皆必死だったのだろう。 漸くそうした事の真相に気が付いたのは年齢的には中学3年の頃であった。 真相に気が付いた時、自分はもっと絶望するかと思った。 責務を言い渡された時だけは母の目に自分が写っていたと思い込んでいたが、あの一時でさえ母の瞳は自分を通り越し、一族の存続を見据えていたのだということに。 しかし実際には、ほんの少し胸に痛みを感じただけで、他には何の感傷もなかったのである。 母に責務を言い渡されてから僕は毎日小説を読んでいた。 それも恋愛小説と呼ばれるものばかりを。 読む時間は山ほどあった。 何故なら中学からは学校に通っていないから。 小学校は通わせて貰っていたが、中学に上がると発情期を迎える可能性が徐々に高まってくるため、Ωの自分はΩのクラスに通わなければならなくなる。 しかし、羽柴家は代々αの家系で、Ωが産まれたことをひた隠しにしてきたにも関わらず僕がΩのクラスに通うことは到底無理な話だ。 学力も小学校のうちは何とか努力で補えていたものの、中学の勉強となると努力だけではどうにもならない。 羽柴家の子どもが不出来と知れ渡れば取り返しのつかないことになるだろう。 幸いと言ったら自虐的になるかもしれないが、Ωの中でも僕は身体の弱い方だったのでそれを理由に中学、高校には通わないことになった。 小学校から度々体調不良で休んでいた経緯があったので、「中学からは自宅での通信教育に切り替えたい」と母が申し出たら、虚実にも関わらず学校側にはすんなりと受け入れられた。 αは丈夫なのにも関わらず僕の身体が弱い理由を政府は不審がっていたみたいだが、自分の身を使った研究も試みているため、という羽柴家ならではの詭弁でそちらも納得させてしまった。

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