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第16話
「俺は、お前が...愛おしくて堪らない。俺の中に燻る感情に困惑してばかりいるが、この想いだけは確かなもので、次から次へと溢れてくる。俺はこの感情を、どう表現したら良い...?」
彼の頬にも一粒の滴が伝う。
僕は堪らず彼の胸に飛び込み彼を抱き締める。
暫くすると彼も恐る恐る僕の背中に手をまわしてきたのだった。
僕の胸の内では様々な思いが交錯している。
怒り、苦しみ、悲しみがごちゃ混ぜになって、彼に何と言って良いか分からない。
けれども言葉にならないこの思いを何処かに吐き出したくて、いや、吐き出さずにはいられなくて。
だから彼にしがみついた手を、彼の服がしわくちゃになるくらい更にギュッと握りしめるのだ。
彼のいう通り、宮部の記憶が完全に移されたのならば、肉体としては存在していても「宮部」と呼べる人はもうこの世にはいないのかもしれない。
---それでも、宮部さんの器にだけでも、もう一度会いたいと願ってしまうのはただの我が儘だろうか?彼に教えられるまで宮部さんの置かれた状況に気が付くことすら出来なかった僕は、そう願うことすら許されないだろうか?
昨日の朝、宮部はどんな気持ちで僕の前に現れ、そして辞していったのだろう。
---今僕が抱き締めている彼の中にはその感情も眠っていると思うと...っ...!
僕は永遠に目の前の彼を「宮部とは別人」として扱うことは出来ないだろう。
彼は自分を宮部と呼んで構わないと言うが、僕にはそうすることも出来ないのだ。
僕にとって彼は宮部であると同時に、宮部ではない存在なのである。
「僕は、貴方のことを...『繁人 さん』と呼んでも良いですか?」
「繁人」とは宮部さんの名前。
僕が一度も呼んだことのない彼の名前である。
僕にとって宮部は永遠に、あの10数年間顔を合わせてきた宮部でしかあり得ないのだ。
---だけど、彼の心には宮部さんの気持ちが沢山つまっているから。
そう呼ぶのが僕にとっても、彼にとっても何だか良いような気がしたのだ。
今、僕は彼の胸に顔を埋めているので、彼がどんな表情をしているのか分からない。
しかし、彼が「ああ」と僕の耳元で小さく呟いた言葉は掠れていて、何処か少しだけ嬉しさが滲み出ているように思えたのだった。
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