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終章
太陽が調度真上にある昼時。
水撒きを終えたばかりの芝生は眩しいくらいにきらきらと光っている。
「繁人 さんっ!」
僕はそんな芝生の上を、彼の名前を呼びながら駆けていく。
勢いそのままに彼に飛び付くが、繁人は全く揺るぐことなく僕を受け止めた。
「あまり走るな。昨日医者に安静にしろと言われたばかりだろう」
繁人は眉間にシワを寄せながら僕を嗜めてくるが正直全然怖くない。
何故ならば僕のことを心配して言ってくれている言葉だとわかるから。
「邸の庭園くらいならそんなに広くないし大丈夫」
なんの根拠もなくそう言えば、彼は一層眉間のシワを深めデコピンまでかましてきた。
まあ、これも全然痛くはない。
ついには長々と説教まで垂れ始めるが、僕はそれにも笑ってしまう。
---だって彼の行動、彼の言葉全てが嬉しく感じてしまうのだから。
そんな僕を許して欲しいと言ったら彼はどんな顔をするだろうか。
あの後僕は、繁人と正式な番になった。
首筋を噛んで貰って。
始めから僕のために造られた番であるし、一族が決めたことだから僕がどうこう言ったところで番になることを拒めるわけではないのだが、自分の意思で繁人にお願いした。
僕のために犠牲になったと言っても過言ではない宮部を放って誰かと番になることを躊躇わなかったといえば嘘になる。
だけど、繁人は僕を求めてくれていて、それが「宮部」の想いなら僕は応えたい、そして同じように繁人を求めたい、そう思ったのだ。
僕たちは番になったけれど、それでも今年20を迎える僕にはまだ発情期が訪れていない。
それが何を意味するのか...僕には分からない。
一族のものは暫くの間早く子を為せと俺たちをせかした。
それもそのはずで、僕は17の時--彼と番になってから一年後--医者にこう告げられたのだ。
「あと持って5年くらいでしょう」と。
元々身体が弱かったが、始めにガタが来はじめたのが心臓で、その心臓の活動があと5年持つか持たないかということらしい。
今20の僕が生きられるのはあと2年くらいだろうか。
僕の心臓も17の時より更に弱っていて、もうこの状態では子どもは産めないだろう。
それを悟って一族のものももう何も言わなくなった。
繁人は元々僕とαの子を為すために来たわけであるが、僕が子を為せなくなっても番としてこうして側にいてくれている。
最初は、どうしても「宮部」のことばかり思い出してしまっていた僕と、感情が上手く理解しきれていない繁人で中々上手くは行かなかった。
しかし今は「宮部」のことを忘れてしまったわけではないけど、時間の経過がそれを癒し、繁人のことは「繁人」として大切に思えるようになった。
そして繁人ももう「宮部」の感情だけでなく、自分自身の感情というものを育み、まさに人間らしくなったと言えるだろう。
僕は今になっても「本能から求め合う」という感情が分からない。
それでも繁人のことを求めていて、繁人からも求められていて、番に出会えた幸せを感じている。
---願わくばこの幸せが宮部さんにも届きますように。
天を仰いだ僕の頬も何故かきらきらと光輝いていたのだった。
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