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第2話
目的地に到着したのは夕方だった。
車両の中は人口密度が高く暑いくらいだったが、駅に降りた途端冷たい空気が肌を舐める。
ソラスはまたしても呆気に取られていた。ここは都会にある巨大な駅のホームだ。
汽車の乗り場がいくつも構内に引かれ、その通路は労働者やフロックコートを纏った紳士達が、一等車両の乗り場には貴族と従者らしき身なりの良い一団で埋め尽くされている。喧騒に加えてオレンジ売りや切符を転売する悪徳業者の呼び声、汽笛の音が飛び交い、視界からも耳からも膨大な情報がなだれ込んでくる。
ソラスは目眩がしそうだと帽子を目深に被り、私の外套をしっかり握った。
駅から出てからも、あちこちに灯るガス灯や建物の窓から漏れる明かりに目をしぱしぱさせていた。
さて、"案内人"を呼ばなければ。
本当はソラスに引き合わせたくなかったのだが、この都会の"裏道"を知っていて尚且つ通れる人物を、私は1人しか知らない。
『"カーディス・フリンディア"』
私はその人物の名を呟き、親指で古銭を弾いた。高い音が響き、古銭が空中を舞う。
ソラスは訝しげに私の顔を見上げる。
古銭が私の掌に戻ってくると同時に、
ソラスの横から高い口笛が鳴った。
『これは驚いた。こんな美人を連れてくるとはね』
金髪に人形のような大きな青い眼、高い鼻梁に厚めの唇が整然と輪郭に収まっている美男が、ソラスの顔を覗き込んでいた。
ソラスはその男から逃れるように私に飛びつく。
『久しぶりだな、カーディス。早速案内を頼みたいのだが』
『待て待て、数年ぶりにいきなり呼びつけたと思えば。友人とはいえ』
『訂正しろ。なにが友人だ』
『聞きたい事は山程あるのだぞ?取り敢えずそちらの御仁から紹介してもらおうか』
それは"対価"かと問えば、単なる興味本位だと肩を竦めていた。だったらその必要はない、ときっぱり言い放つ。カーディスは、では自分で聞く、と不躾にもソラスの手を取った。
『お初にお目に掛かります、美しい人。
私はカーディス・フリンディア。以後お見知り置きを』
気障ったらしい文句と共に、こともあろうかソラスの手の甲に接吻してきた。
『ソラスに触るな』
ソラスの肩を抱き引き寄せる。
『光の君《ソラス》、か。確かに光り輝くようなその姿に相応しい名だな』
カーディスはにやりとする。この男の人を食ったような態度は昔から私を苛つかせる。
『ソラス、なるべくこの男に近づくでないよ。綺麗な顔をした人間なら女だろうが男だろうが見境なしの変態だからな』
『心外だな、僕は博愛主義者なのだよ。
それにしても、昔から僕を散々変態と罵っておいて、自分だって彼と恋仲になっているじゃあないか』
一瞬で看破された上にぐうの音も出ない。
カーディスは、道中楽しめそうだな、とクスクス笑っている。こうやって私を揶揄うのを心底楽しんでいるのだ。更に、いつの間にかソラスの手を取って、パブに誘っているときた。
ああくそ!だからこいつを呼びたくなかったんだ!
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