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第3話

『僕は人間ではないのだよ』 カーディスはさらりとソラスに告げた。 パブに入り、背の高い机にエールと揚げた芋とキドニーパイを並べ、立ったまま3人で摘んでいる時のことだった。 ソラスは揚げて塩を振った芋を頬張りながら目のぱちくりさせる。 『"お隣さん"と人間の混血なんだ。父親はガンコナーだったけど、もう血筋が色々混ざりすぎてよくわからない』 ガンコナーは若い美男の姿をした妖精だ。 しかしとてつもない怠け者で、女を口説いてばかりいることで有名である。 通常はもの淋しい渓谷に現れるとされているが、カーディスは都会の方が綺麗な人間が多いからというふざけた理由でここに留まり、良く言ってもジゴロ、悪く言えば結婚詐欺まがいの事をして放蕩生活を送っている悪党だ。 しかし、都会に出てきたばかりの私はそれを知らず、不覚にも世話になり縁を結んでしまったのだ。 『それで、今日の寝床は決まっているのかな。 ソラスなら喜んで私の家に』 『結構だ。それに気安くソラスの名を呼ぶな』 『アッハッハ!あの石頭が、恋人に骨抜きじゃないか』 カーディスは腹を抱えて笑っていた。 恋人に執着しすぎると愛想を尽かされるぞ、と偉そうにエールを掲げる。そしてソラスに、この石頭に嫌気が差したらいつでもおいで、と声を掛けつつ、美人のウエイトレスにも色目を使うことを忘れない。もう怒りや呆れを通り越して尊敬すら覚えた。 パブの店主に安宿を紹介してもらい、そこに泊まることにした。宿に入れば、やはり大部屋にベッドが敷き詰められ男達が雑魚寝している。 何故かカーディスも付いてきた。自分の寝ぐらでも貴人のベッドでも好きなところに潜り込めばいいものを。 恰幅の良い女将は客が来たから場所をどけろとズカズカベッドの間を歩きながら私とソラスを案内する。 整った顔立ちのソラスとカーディスに気を良くした女将は、気を利かせて壁際に場所を確保してくれた。ちょっかいを出されないようにしっかり守ってやれ、と私の背中を叩き、ウインクを残していった。粋な女性である。 壁際にソラスを寝かせて、他の男達との壁になるよう横になった。耳が隠れるよう、外套を着せてフードも被らせる。懐に入るように近づいてきたので、腕の中にほっそりした身体を収めた。ソラスは何か言いたげにじっと見つめてくる。 どうかしたのか、と聞けば、今日は口づけはしないのかと問いかけられ、私は赤面し、その後ろで聞き耳を立てていたらしいカーディスは盛大に吹き出した。 『き、君達といると、本当に退屈しないな』 カーディスは必死に笑いを堪えているらしく、背中が震えていた。  『もうなんとでも言え。きっちり対価は払ってやるからしっかり働くんだな』 『いや、じ、充分楽しませて貰っているよ』 何が可笑しくて堪らないのか理解に苦しむ。 私はソラスの額に口づけを落とすと、おやすみ、と目を閉じた。カーディスは 『君がそんな猫撫で声を出すなんて・・・!』 と実に愉しそうにしており、付き合いきれないのでソラスとマントを頭から被り無視を決め込んだ。 次の日は夜明け前に目が覚めた。まだ暗いうちにソラスの顔を確認する。フードを被ったままでほっとした。やがてソラスも目を覚まし、まだ寝息を立てているカーディスを叩き起こす。だらしない寝相でも端正な顔立ちは崩れていないのが腹立たしい。 宿屋の女将はすでに起きており、朝食を馳走になってしまった。 『それで、僕は君達をどこに連れて行けばいいのかな』 カーディスはスープに硬いパンを浸しながら言った。茸から旨味が出ていて中々美味だ。  『魔具を扱っている店を教えてほしい』 "隣人達"のことを資料にまとめたり、書物を読む生活をしているうちに、また視力が下がってきてしまった。飛ぶ時に支障が出ると困るので、視力を調整できるものが欲しい、と説明すると、まず飛ぶとはどういう事かと聞かれた。竜である事を告げると、近眼のドラゴンなんて聞いたことがないとまた揶揄われた。 『"かの国"に技師はいないのかね』 『素材はあるが、加工できる者がいないのだよ。ドワーフの所に持って行きもしたが、彼等が扱えるのは金属だけだ』 『自分で加工できないのか?魔術も学んでいたじゃないか』 『細かい調整が難しいんだ。途中で何度も割れてしまったり、やっと出来ても屈折率がおかしかったりする』 『わかった。ゴールド・スミスの所へ案内しよう』

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