4 / 28

第4話

宿屋の女将にチップを弾み、都市の中心部へ向かう。石畳で舗装された地面や煉瓦を積んで出来た二階建ての建物が立ち並び、生まれたばかりの太陽が金色の光を降らせている。 住宅の玄関ではハウスメイドが掃き掃除を始め、通り過ぎる馬車が街灯や地面をガタガタと揺らした。 ソラスは何もかも初めて見る景色だ。 忙しなく辺りを見回している。私に手を引かれていなければカーディスの歩みに追いつけなかっただろう。 カーディスは工房の建ち並ぶ通りに来た。 鉄やガラスや木などで出来た看板が軒下に下げられ、工房で扱っているものを示していた。 カーディスに案内されて入った処は、地下に向かって降りる階段で、半地下にある工房のドアには金属製のフレームに穴を開け描かれた文字で「Gold Smith」と記されている。よく見れば、ドワーフが採掘しているようなレリーフが細かく彫り込まれている。 あんなに堂々と看板を掲げていていいのだろうか。 『あれ位堂々としていれば、かえって気づかないものさ』 ドアにclosedの札がかかっていたが、カーディスは構わずドアをノックする。   『カーディス・フリンディアだ。客人を連れてきた。"開けてくれ"』 ドアがひとりでに開いた。横に。 ノブが付いているものだから、引き戸だとは思わなかった。ドアの向こうには格子の戸があり、それも左右に分かれて開く。中に入ればソラスとカーディスと私でぎゅうぎゅう詰めになってしまった。天井も幅も狭い部屋だ。いや、箱と言うべきか。 格子戸と引き戸が閉まる。そして、箱は私達を乗せたまま大きく揺れた。思わずソラスの肩を抱く。 そして工場の内部のような機械の唸りと、鎖が擦り合わされるような音を立てて、箱は地下へゆっくりと降下し始める。蒸気機関車に乗った時は、景色は横へ横へと流れていったが、今回は下から上へ剥き出しの土や岩の壁が流れていく。 確か昇降機《エレベーター》という乗り物だったか。 呼び鈴のような高い音がして、腹の底から突き上げるような浮遊感と着地したらしい振動にバランスを崩しそうになる。 格子戸が左右に開き、ボイラー室のような熱気と、鈍い機械の駆動音が私達を出迎えた。金属をハンマーで叩く甲高い音があちこちから聞こえる。 カーディスは役者のような大仰な所作で手を広げながら箱から出る。 『紹介しよう、我が国が誇る、腕の良い"|ゴールドスミス《錬金術師》"達だ』 そこは呆れる程広い空間だった。 洞窟がドーム型に削られ、私が竜の姿になってもまだ余るほど天井が高い。 その剥き出しの岩肌のあちこちで火花がチカチカ光り、何か小さな生き物の頭が見え隠れしている。 『客だ客だ』 『こりゃ珍しい』 『何を御所望かな』 『腹が減った』 『肉が良い』 『まぁ待て客が先だ』 わあわあ言いながら、足元にその小さな生き物達が集まってきた。赤い尖り帽子に、派手な色のつなぎを着たノーム《小人》達だ。腰のベルトまで届く長い髭を生やし、老人のようにしわくちゃな顔をしている。 『彼等が六つ子のスミス兄弟だ。みな得意とする分野が違うのだが・・・』 竜の姿でも使える眼鏡のようなものが欲しいと言えば、ノーム達は色めき立った。 『ドラゴンだ、ドラゴンだ』 『良い素材になるぞ』 『心臓が貴重なんだ』 『キドニーパイが食いたい』 『ドラゴンは食えるのか?』 『お前ら客を食うな』 取り敢えず竜の姿になって欲しいと言われたので、外套を脱ぎシャツとベストのボタンを外す。 川が枝分かれして裾野に広がるようなイメージで身体中に魔力を流す。上から巨大な手で持ち上げられるような感覚の後から、皮膚が木の肌のように乾燥してひび割れていく感覚が追いかけてくる。 慣れたもので、ものの数秒で枯葉色の鱗に覆われてた竜の姿に戻ることができた。 長い首の先にあるヤギのような角が生えた頭を、ゆっくり岩の地面に下ろす。分厚く柔らかい首の下の皮から、ブーツ越しには分からなかった大地の脈を感じた。ここは地の力に満ちている。 都心部ではないのだろうか。カーディスは"裏道"を使ったのか? しかしこの姿では言葉が発せないので聞くことが出来ない。 『ハハッ人間の姿より男前だぞ』 カーディスは牙が覗き金色の目が光る凶相を物ともせず、私の頭を気安くポンポンと叩く。 『すごいぞ本物だ』 『誰か巻尺を持ってこい』 『ワイバーン種か?』 『硬そうな肉だ』 『腹が減った』 『黙って採寸しろ』 ノーム達は私の身体によじ登り、ちょこまかと歩き回る。巻尺を頭に巻き付けたり、鱗をノミで叩いたり、金の目に指矩を当てたり、羽の皮膜を引っ張ったり、角にかじりついたりと好き放題だ。 おや、1人足りない。 1人はソラスの掌の上にいた。 ソラスと何やら喋っている。カーディスも時々口を挟んでいた。顔の横にある耳孔に意識を集中させるも 『勝手に動くな』 『魔力を流すな』 『気が散る』 とノーム達に身体の上で地団駄を踏みながら喚かれた。 仕方ない。大人しくしているとしよう。

ともだちにシェアしよう!