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第5話

ノーム達は私の身体の上を駆けずり回り、流石に少し疲れたようだ。巻尺やらノミやらハンマーやらを下ろしながら汗を拭っている。   『さて、対価の話をしよう』 『身体の一部が欲しい』 『心臓が良い』 『肉は硬そうだな』 『シチューにするか?』 『なんでもいいぞ。角でも羽でも』 心臓なんぞやったら死んでしまう。角か爪あたりが妥当だろうか。 思案していると、ソラスが自分には支払えるものがないか、と提案してきた。 帽子を取り、髪と耳を見せるとノーム達は騒ついた。 『エルフだエルフだ』 『珍しいぞ』 『緑柱石の目だ』 『ミントの匂いがする』 『サマープディングが食いたい』 『誰ださっきから食い物の話ばかりしてるやつは』 ノーム達はソラスによじ登り、目を宝石用のルーペで覗き込んだり、髪に潜り込んだりしていた。 ソラスは目だけでノーム達の動きを追いかけるが、どうしていいかわからないようで肩をすくめるのみだった。 『それくらいにしておきたまえ。凶暴なトカゲが睨みを利かせているぞ』 カーディスが私を見て茶化す。ノーム達はリスのようにスルスルと降りていった。 『エルフは素材にならんな』 『蒐集家に高く売れそうだけどな』 『耳でも目玉でもいいぞ』 『どちらか一つでいい』 一つでもやれるか。 しかしソラスは腕を組み、何やら考えているようである。駄目だ駄目だ、早まるな。 喉を鳴らしても唸り声しか上げられないのがもどかしい。   『なんだ、トカゲでは無く猫だったか?」 お前は黙っていろカーディス。 ソラスはノーム達にナイフを借りると、束ねた三つ編みを根本からバッサリ刈り取った。 これでどうだろうか、とソラスはノーム達の頭上にぶら下げる。 虹色に輝く絹糸のような髪の束にノーム達がたちまち群がった。 『悪くないな』 『切り口を見ろ』 『魔力が流れているな』 『装飾品にも使えそうだ』 『よろしい、取引成立だ』 『まずメシにしよう』   ノーム達は髪の束を革袋にしまうと、工房の隅で何やらゴソゴソ動き始めた。 ソーセージや芋を焼く匂いがしてくる。 『僕達もお茶しに行こうか』 カーディスはソラスの肩を抱く。急いで人間の姿に戻ろうとするが、 『お前はここにいろ』 『調整がいるんだ』 『身に付ける物だからな』 『ハギス食うか?』 『ジャケットポテトもあるぞ』 『エルフと"錠前屋"はもういいぞ』 『そんな無粋な名で呼ばないでくれよ』 カーディスは苦笑する。 『気取るな悪党』 『ここも勝手に"開けた"だろう』 『田舎に引っ込め』 ノーム達はもぐもぐと口を動かしたりぐびぐびとエールを煽りながらカーディスを罵る。 ソラスはじっとカーディスの顔を見た。 『僕はちょっとばかり"鍵開け"が得意でね』  カーディスはニコニコと言葉を濁す。 何がちょっとだ。カーディスは人間達が知らない"隣人達"の通り道や"裏道"を熟知しており、そこの入り口を開けるのを得意としている。その"鍵"は呪文であったり、一定の動作であったり、物であったり様々だ。 カーディスはそれを瞬く間に見抜き、いとも容易く開けてしまう。 それを深窓の令嬢の部屋や貴族のパーティーに忍び込むのに使っているのだから笑えない。 そしてもっとたちが悪いのは、人の心の錠前さえ開けてしまうことだ。文字通り人の心を開くのに長けている。カーディスがその気になれば女王陛下の懐にだって潜り込めるだろう。 今のところジゴロ稼業にしか興味がないようだが。 『君は本当に美しいね。もっとよく顔を見せておくれ』 カーディスの大きな青い目が輝き、鏡のようになる。ソラスを映し、"鍵“の在り処を探っている。 『ふふっなるほど』 カーディスは困ったように笑い、私の方を見た。 『"鍵"は君か』 私は瞬きをする。鍵開けの事を知らないソラスは私とカーディスを交互に見ていた。 『安心したまえ。君の恋人には手を出さない。 しっかりエスコートさせていただくよ』 そう言って、カーディスはソラスと共に昇降機に乗り込んだ。ソラスは何度もこちらを振り返る。 大丈夫だと言うつもりで喉を鳴らす。 昇降機の扉が閉まり、箱が上に上がっていった。 カーディスは戯言や屁理屈ばかり言うが嘘は滅多に吐かない。だが気が気ではない。下衆な事を吹き込まれたりべたべた触られたりして困ってやしないか心配になる。姿が見えなくなるとますます不安が募る。 しかし食事が終わったノーム達に 『仕事だ仕事だ』 『動くなよドラゴン』 『おっと、その前にこの縄梯子を渡してくれ』 『あー美味かった』 『腹一杯だ』 『やはり爪を1本貰っていいか?』 と群がられ、身動きが取れなくなってしまった。

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