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第6話
今使っている眼鏡を服ごと渡し、それに合わせて度数を変えたレンズを目に次々と当てられる。
鼻息だけでノーム達が飛んでいってしまうので、なるべく息を殺し、瞬きで意思の疎通をする。
外の様子が見えないのでどれくらい時間が経ったか分からないが、猫のように巨体を丸めてただじっとしているだけというのも中々疲れるものだ。
ソラスはどうしているだろう。カーディスめ、一体なにをしている。一向に帰ってこないじゃないか。
やっと帰ってきたかと思えば、カーディスもソラスも上着を脱いでおり、シャツのボタンを寛げていた。ソラスの頬は紅潮しており、パタパタと手で仰いでいた。
おい貴様ソラスとどこでなにをしていた!
鎌首をもたげて咆哮を上げてしまい、ドーム型の空間に反響して工房が揺れた。ガラガラと岩肌から工具が滑り落ちる。ノーム達は必死に私の鱗や縄梯子や角にしがみ付いた。
『このバカタレ!』
『全部おじゃんにする気か』
『落っこちるところだったぞ』
『食っちまうぞ』
喚いたりぴょんぴょん飛び跳ねたりして抗議するノーム達と唸りを上げる私に、カーディスは涼しい顔して歩いてきた。
『いやあ遅くなってすまない。彼の反応が新鮮で可愛くてつい』
ついどうした?返答次第では頭を噛み砕くぞ。
『そんなに怖い顔をしないでおくれよ。色々な場所に案内してきただけだ。さすがに大陸までは遠かったかな』
聞けば、市街だけでなく"裏道"を繋げてパリやイタリアにまで足を伸ばし、ついでにと喜望峰まで行ってきたそうだ。
ついでに海や大陸を超える馬鹿がどこにいる。船乗り達が聞いたら卒倒するぞ。
ソラスが帽子を取り私に駆け寄る。
肩口で切り揃えられた白い髪がさらさら揺れ、緑の目からは星が零れ落ちていた。初めて海を見ただの、同じ都会でも国が違うと町並みも食べ物も行き交う人種もまるで違うだのと珍しく興奮気味に語る。
楽しんできたのは大いに結構だが、カーディスに先を越されたのが気に食わない。
『 レグ 』
今度は私と行きたい、と瞳を輝かせる。
目元と口元がつい緩んだ。
『ドラゴンでも鼻の下を伸ばすんだな』
カーディスが茶々を入れるのを忘れない。
『よし、出来たぞ』
『付けてみろ』
『飛んでみろ』
『馬鹿だなここがぶっ壊れる』
『錠前屋、人気の無いところに連れて行ってやれ』
『今度酒を奢れよ』
ノーム達は飛行艇乗りがつけるようなゴーグルを持ってきた。後頭部の幅の広い紐には左右に動く金具が付いている。眉間に当たる金具も蛇腹状に折り畳まれ、大きさが調節できるようになっている。
一度人間の姿になり、地上に出る。
もう夜も更けてガス灯の明かりが灯り、人通りも馬車の往来も少なくなっていた。
カーディスに案内してもらう。パブの前の街灯を揺らすと、街灯の灯が支柱を舐めるように降りてきた。石畳の隙間を導火線の様に這っていく。
そして紙に火を当てたようにパブの壁を丸く焦がし穴を空けた。そこをカーディスに続いて潜り抜けると、辺りは真っ暗で遠くに街の明かりがポツポツと小さく見えた。どうやら街の郊外の丘陵地帯のようだ。
マントの下で衣服を脱ぎ、ゴーグルを着ける。
マントがぶわりと広がり、草の生えた地面に落ちる頃には私の視界は高くなり竜の姿になっていた。
うむ、悪くない。しっかり見えるし締め付けもない。
『ところで案内の対価だが』
カーディスが切り出す。なぜ今なんだ。
『僕も乗せてくれないか』
カーディスは少し照れ臭そうに微笑んだ。私とソラスは顔を見合わせた。
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