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第8話
泊まっていくといい、と誘われたがきっぱりと断った。しかしここは"裏道"しか通っておらず、カーディスがいないと帰ることができないと言う。
『で、何が望みだ』
『友人を泊めるのに何か理由でも?』
『理由ではなく対価はなんだと聞いているんだ』
『では光の君と一晩一ーー
冗談だよ、そう睨むな』
その話は後で、とカーディスは暖炉の上の呼び鈴を鳴らした。若いパーラーメイドが現れる。風呂を用意するよう言いつけると、メイドは一礼をして部屋から出て行った。
『いつの間にメイドを雇ったんだ?』
『ちがうよ、彼女はシルキーだ』
シルキーは家の仕事を一手に引き受ける妖精である。なぜメイドの格好をしているのか聞けば、彼女の趣味だと言う。変わった嗜好だ。類は友を呼ぶということか。
風呂が沸くまで茶と軽食を喫した。
やがてシルキーが私達を呼びに来た。
私から浴室に案内される。
廊下に出てギョッとした。ドアが壁に隙間なくびっしり並んでいる。しかもドアが色を変えたり、隣のドアと引っ付いて大きな観音開きの扉になったりと、ドア達は絶えず生き物のように動いていた。
シルキーの話によれば、"裏道"で様々な場所に繋がっており、下手をしたら違う国や空間に迷い込んでしまうという。移動する際はカーディスやシルキーを必ず付き添わせるよう注意された。
カーテンで仕切られた脱衣所の向こうのタイル張りの浴室に、湯気を立てる猫足のバスタブが用意されていた。
風呂に入るのはフィンランドでサウナに入った時以来だ。いつもは川や泉で行水したり、濡らした布で身体を拭くのみだ。
服を脱ぎ、湯に浸かると指先に血が巡るのをはっきり感じ、閉じ込められていた疲労感が身体の中に浸み出すようでもあった。
と、扉がノックされた。
開けてもいいか、とソラスの声がする。
どうしたのかと聞けば、入り方が分からないから一緒に入りたいと言う。
カーディスに勧められたらしい。
私が困る顔を想像しながらニヤニヤとソラスをけしかける姿が目に浮かぶ。
あいつめ、また私を後でからかう気だな。
私を身動き出来なくしてからソラスを差し向けるなんぞ周到なことだ。
『いいよ、おいで』
諦めてそう声を掛ければ、ソラスはそっと扉を開けて中を見回す。小さく感嘆の声が漏れていた。
服を脱いでから手桶で身体を洗い流すよう教える。
湯気に煙るソラスの身体は神秘的なまでに白くしなやかだった。片膝をついて手桶で湯を身体に流す様が妙に艶めかしい。私はソラスと交代しようとバスタブから立ち上がろうとしたが、その前に足の間に細い足が差し込まれてしまった。
バスタブから湯が溢れる。
ソラスは私の胸に背を預け、心地が良さそうに息を吐いた。私は溜息がでた。仕方がない、しばらくこうしているとしよう。私がいなくなれば湯が減り寒い思いをしてしまうだろう。
髪が短くなったため、白いうなじから肩までの曲線がはっきりと分かる。身体が温まってきたのか、そこが薄紅色に染まり始めた。そろそろ出るとするか。タオルで身体を拭き、服を着るとシルキーに寝室へ案内された。
薄々感づいてはいたが、やはり清潔なシーツが張られたベッドは一つだけだった。
ソラスは寝具に腰掛けると、こんな柔らかい寝床は初めてだ、と寝転がる。
そしてじっと私を見つめる。私はソラスの隣に身体を横たえ、髪を撫でた。
『対価をソラスに支払わせてしまったな。申し訳ない』
ソラスは首を振り、爪でも鱗でも私を取られるのが嫌だった、と呟いていた。こちらが赤面してしまう。
愛おしさが込み上げ抱きしめていた。
腕を身体に回したまま髪を撫でたり額や米神に口づけを落としたりしていると、ソラスは早々に寝息を立て始めた。あちこち連れ回された上に、そこそこ大掛かりな魔法を使って疲れたのだろう。
見計ったように、ドアがノックされた。
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