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第9話

ドアを開けるとシルキーがいた。カーディスが呼んでいるという。 着替えてから応接室に向かうと、暖炉に火が焚かれその前でカーディスはソファに深々と腰掛け寛いでいた。 『やあ、ワインがいい?それともスモーキーにする?』 テーブルの上には酒の瓶や葉巻の箱が乗っていた。 私はどちらも断った。ゴブラン織のクッションが背についたソファに身体を沈ませる。 『なんの用だ』 『なあに、近況を聞きたかっただけさ。ついでにあんな美人とどうやって知り合ったのかも聞きたいのだけれど』 『・・・それはソラスの了解無しには話せない。 あまりいいものでなかったからな』 『ふうん。今はどこに住んでいるんだい。大学は?』 『待て、いっぺんには答えられない』 大学ではフィールドワークと論文を書くことを繰り返していたこと、数年前、"かの国"への入り口を見つけソラスと共に移り住んだこと、大学は正式に退職するつもりだということ等、この街を去ってからどうしていたのか順を追って話した。 『そうか、とうとうそちら側に行ってしまったんだね』 カーディスは少し眉を下げた。 私はソラスと出会う前、この男に何度も"かの国"と道を繋げるよう頼んだが、はぐらかして煙に巻いたりわざと私を怒らせて気をそらしたりしていた。 今思えば私を"かの国"に行かせまいとしていたのかもしれない。 『寂しくなるね。恋人はたくさんいても、友達は君1人だったから』 カーディスはウイスキーを少し舐める。 『お前は"かの国"へ来る気はないのか』 『性に合わないのだよ。僕は人間に憑く質だからね』 『では勝手に来て勝手に帰ればいい』 『え、遊びに行ってもいいのかい』 カーディスはぱっと顔を上げる。 勝手にしろ、と吐き捨てると、カーディスはニコニコと、乾杯しようと酒を注いで渡してきた。 大袈裟な奴だ。 グラスを互いに掲げ、カーディスが音頭をとる。 『僕の友人に』 『ああ、くそったれのな』 『ワオ。もしかして酔ってる?』 『馬鹿言え。まだ一滴も飲んでいない』 『本当に変わったねえ』 カーディスは上機嫌でグラスを煽る。チェイサーも無しでよくそんなに飲めるものだ。 ああ、昔から酒には強かったな。 パブで飲み比べをして惨敗したり結婚詐欺の片棒を担がされそうになったりと思い出すのは録でもないことばかりだ。 しかし、社交界で流行している絵画や音楽の話は興味深かったし、図書館に忍び込んだ時は天井まで聳える本棚に不謹慎ながらも心が踊った。 カーディスと語らいながら酒を飲む私の口元は、知らぬ間に綻んでいた。 ソラスと一緒のベッドに入ったのは深夜になってからだった。布団をめくるとソラスの花のような匂いが漂ってきた。彼はまだ夢の中だ。 明日もやる事が残っている。 本当は私だけがこちらに来てもよかったのだが、ソラスに会わせたい人物がいた。 彼の頬に手を当てれば、うっすらと緑色の目が白い睫毛から覗く。 『すまない、起こしてしまったな』 ソラスは寝ぼけ眼のまま私の首に腕を絡ませて、唇を重ねてきた。 やっとキスができた、と微笑む。しかしそのまま枕に頭を乗せてまた寝入ってしまった。 やれやれ、ここまで我慢を重ねてきたというのに。 私はソラスの顔を掌で包み込み口付けた。 何度も口付けを重ねるうちに、甘い声が漏れ花弁のような唇が開いて私を受け入れる。 吸い付くように滑らかな舌や純白の歯を味わいながら、細い脚を伝い寝間着の裾から手を入れる。 今夜はまだ眠る事が出来そうになかった。

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