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第10話

朝になると、紅茶の香りで目が覚めた。 ティーコジーが被せられたポットとカップが枕元に運ばれている。 いつもは夜明け前に目が覚めていたのにまだ身体が怠い。カーテンを開けると、エーゲ海を思わせる青い海原の煌きと金色の朝日が窓いっぱいに溢れて目を刺した。我が国の灰色の雲が垂れ込める港とは大違いだ。出鱈目な屋敷だ。どの部屋がどこに繋がっているか分からない。 ソラスを起こし、ミルクの入った熱い紅茶を飲む。紅茶の銘柄には疎いが目覚めの一杯に相応しく濃い目に淹れてあった。呼び鈴の紐を引きシルキーを呼ぶと、カーディスのところまで案内してもらう。 カーディスは読んでいた新聞から顔を上げ、昨夜はよく眠れたか、とにやつきながは|宣《のたま》った。 『悪いな、寝過ごしたようだ』 さらりとかわして、そろそろ出立することを告げた。目的地に案内するとの申し出も断った。 ソラスと2人で行きたかったのだ。 『じゃあ対価を貰おうか。 "あちら側"での君達の家を教えてくれ。手土産に何を持っていけばいいかもね』   カーディスは片目を瞑る。 ソラスはそんなことでいいのかと首を傾げる。 調子に乗ったカーディスが、 『キスくらいだったら許してくれるかい』 といけしゃあしゃあと述べ、もちろん駄目だと言う前にソラスがカーディスの頬に接吻していた。 これでいいのか、と無垢な目で見つめられ、流石のカーディスも両手で顔を覆い 『これはずるい』 と嘆息していた。 『こちらに来た時はいつでも呼んでくれ。 それではご機嫌よう』 カーディスがドアを開け、そこを潜り抜けると、こちらに来た時降りた汽車の乗り場にいた。 振り返っても人混みが川の流れのように動いているだけだ。 人の波をかき分け、昨日行った郊外の丘陵地帯を目指す。ソラスは途中で花売りの少女から朝摘みの花のブーケを買っていた。 辻馬車に乗り、郊外まで来ると人気の無い場所でソラスの姿をくらます魔法をかけて竜の姿になり、そのまま目的地を目指す。 空を飛ぶとやはり早い。だんだん目的地が見えてきた。木造造の町並みの向こうに山々が連なり、その手前には針葉樹林が点在しているのが見えた。 針葉樹の森に囲まれた集落を見つけると、そこに照準を合わせ滑空する。針葉樹の森の外側に降り、人の姿に戻ってから森を抜けた。 共同墓地は幸い村の端に位置していた。 ソラスの、育ての親が眠る場所だ。彼は、まだ彼女に別れを告げていない。 墓石に彼女の名前は見つからなかった。 纏めて埋葬されてしまったのだろうか。 ソラスはしばらく灰色の景色を眺めた後、もういい、と一言だけ発して森に入っていく。 私もそれに続き、また竜の姿に戻り、今度は"かの国“の入り口を目指す。 ソラスは私と空へ飛び上がると、墓地の上を飛んで欲しいと言った。ソラスはそこでブーケを解き、花をばら撒いた。灰色の景色に淡い色の花が舞う。 亡くなった者すべてを弔うように。 これでいい、とソラスは満足そうに言い、帰ろうと私の背をさすった。

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