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第2話
カーディスはほう、と気もそぞろに返事をし、メイス女史の前に歩み出る。
「カーディ」
「どけ、"売女"め」
名乗りかけたものの、言葉で一蹴どころかバッサリ斬り捨てられていた。すれ違うメイス女史を視線で追いながら、カーディスはワオ、と子どものように感嘆の声を上げる。
手応えがありそうだ、とむしろ楽しそうにしていた。変態め。
「さて、ドレイグ・ファフニール教授。貴様、今までどこをほっつき歩いていた。退職金などという上等なものが用意してあると思うなよ」
腕組みをし、居丈高に述べる。私より背丈は低いが、まるで見下ろされているような威圧感は学生だった時から変わらない。
「学長もお前の失踪に心を痛めておったのだぞ」
女史は形の良い眉を下げ、威圧感が少しだけ消えた。
「学長が?」
あれだけ目をかられていたというのに、とメイス女史は吐き捨てる。
「人ならざる者ばかりにかまかけおって。馬鹿弟子め」
それは学生時代の話でしょう、と続けようとすると、背後の扉からドタバタと足音が聞こえてきた。
「ほら、おいでなすったぞ」
「学長代理!今この部屋に侵入者がーーー」
部屋に飛び込んできたのは、小柄でビールっ腹の老人であった。
「おや、お前だったか」
黒いローブとマントはこの大学の警備員の制服である。しかし警備と言っても、飼育している魔法動植物が暴走した時や許可なく魔術を使った者を取締る役目を持ち、外から来た悪しき者と相対することなど滅多にない。背中に刺繍された校章の色が青ではなく紫なのは、この者が責任者であることを示していた。
「私が呼んだ。スタボーン、お前も見覚えがあるだろう」
「あれまあ、ファフニール教授!」
老人ースタボーン氏は腹を揺らしながら私に駆け寄ってきた。
「いつお帰りに?!いやあ無事で良かった。
遂にドラゴンにでも喰われたかと」
私は苦笑いを返すしか無かった。スタボーン氏はソラスやカーディスに目をやる。
「お連れの方ですかい?これまた綺麗な顔した・・・おや驚いた!エルフなんざ初めてお目にかかる」
身を乗り出すスタボーン氏にソラスは肩を竦めた。
「とんがった耳も綺麗なお顔も、オレのひいバアちゃんの言っていた通りでさあ」
梟のように目を丸くし顔を覗きこむスタボーン氏に気圧され身体をのけぞらせている。
「スタボーン、そろそろ仕事に」
「おっと、失礼しやした。ではファフニール教授、ごゆっくり!」
スタボーン氏はまたドタバタ騒がしく部屋を出て行った。しかし、ドアからひょっこりと顔を覗かせる。
「ファフニール教授、学長にも会ってやっておくんなせえ。アンタに会いたがっていましたぜ」
「わかった、ありがとう」
「そうそう、アンタの研究室のモン」
「スタボーン」
女史が語気を強めると、ああおっかねえ、と悪戯っ子のように顔を引っ込め、賑やかな足音とともに去っていった。「さて、エルフか」
今度は女史がソラスに向き直る。
片眼鏡を直し無遠慮にソラスの顔や耳や髪や身体をじろじろと眺める。悪気があるわけでは無い。知識欲が服を着て歩いているような人物なのだ。
「お前が捕まえたのか?」
「お言葉ですが、彼を珍しい生き物のように扱うのをやめていただきたい。彼は私の大切な伴侶です」
ソラスの肩を抱き寄せると、女史は目を剥いていた。彼女の驚いた顔は滅多に見られるものではない。ソラスははにかみながら私を見上げる。目が合えば甘い空気が流れた。
「ついでにキスでもしてやったらどうだい」
カーディスが面白がって言う。まだいたのか。さっさと帰れ。
女史はため息を吐いて先程の表情を打ち消す。
「まあ、お前ならケルピーやデュラハンと結婚しても不思議ではないがな。
先程は失礼した。名はなんと言う」
女史はソラスに向き直る。ソラスは私をちらりと見て、私が頷けば口を開いた。
「ーーーソラス、です」
「ほう、言葉は通じるのか」
「まだ、練習して・・・勉強中、です」
これでいいのか、というように私の方を何度も振り返る。
『大丈夫だよ、良くできたね。それに、この人にはソラスの言葉が通じるはずだ』
ソラスが普段通りに話し始めても、女史は流暢に返答することができた。
魔法は使えるのかと聞かれ、突然の質問に一瞬身体を硬らせたが頷いた。
「ほう、本物の魔法は久方ぶりに見る」
女史の口の端が上がり青い目が貪欲に光る。知に飢えた魔女の目である。
結論から述べると、ソラスは自身が知る限りの魔法を使わされ、さらに魔力はどう乗せているのか、糧は何か、いつから魔法を使えたのか、どうやって魔法を習得したのか等々、立て続けに問われ目を回しそうになっていた。
おかげで私やカーディスは完全に蚊帳の外である。
女史が一先ず満足する頃にはソラスは疲れた、と客用のソファに上半身を預けていた。
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