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第3話
「貧弱なやつだ。エルフの魔力量はもっと多いはずだぞ」
「そうなのですか?」
「ああ、こいつよりお前の方が魔力は多いくらいだ。というか、お前、いつの間にそんなに魔力の量が増えた?」
女史の片眼鏡の奥の目付きが鋭くなる。
私は口を噤んだ。まだ、正体は明かしていない。
「瞳の色も微妙に違う・・・。
お前、本当にファフニールか?」
メイス女史の青い目に猜疑心が満ちていく。
瞳の色は確かに変わった。茶色だったが竜の姿になってからは金の燐光を帯びるようになった。
女史がアールヌーボーを彷彿とさせる細かな装飾が施されたステッキをすっと前に出す。
天井付近で何かが光る。吊り下げられた円盤のような魔具がクルリと回転し、舞台の照明のように金の光が差した。"かの国"の入り口から漏れる光のようなーーー
それに照らされた瞬間、身体の中で心臓が爆発したような衝撃と痛みが走った。呻き声をあげる暇も無く視界が高くなり、ぐらりと巨体が傾いて床に伏した。地響が部屋を揺らし本棚の本を落とし調度品の配置を変える。痛みはまだ胸に鈍く残り体が熱い。
信じられない!強制的に正体を暴かれた。
「チッ私とした事が・・・!」
メイス女史がスタボーンの名を叫ぶ前に、黒いコートを着た集団がどこからともなく現れた。
「ヒョー!ドラゴンか!
魔物退治は数十年振りでさあ!」
すっかり張り切ってしまったスタボーン氏が目を爛々と光らせる。腕を降れば隊列から鉄の棒のようなものがいくつも飛んできた。ソラス達を護るように身体を丸める。鉄の棒は私達の周りを囲うように突き刺さり、頑強な檻と化した。ソラスが風を起こしてもびくともしない。身動ぎするも、鉄の棒に触れれば紫色の火花が飛んで鋭い痛みが走る。このままでは元の姿に戻ることも難しい。
「どうなってるんだここは?!"裏道"も"鍵"も見つからない!」
カーディスが私に隠れながら言う。退路もないということか。
ソラスは私の身体に背中をつけ息を切らせている。魔力切れだ。
「結界が張ってあるからな。お前達のような"ネズミ"が入らぬように」
メイス女史が悠然と腕を組み階段の上から私達を見下ろす。
「さて、何用でここに参った。そしてファフニール教授はどうした」
弁明しようにもこの姿では話せない。やはり通信用の陣とゴーグルは普段から持ち歩くべきだな。
「やれやれ、手荒い歓迎だね」
カーディスが立ち上がる。そして役者のように手を広げた。その動作に注意が集まる。
「申し訳ない、僕達が逃げるのに"目を瞑っていただけませんか"」
カーディスが両手を打ち合わせると同時に、目に帳が降りたように真っ暗になった。見開きたくとも糊で閉じたように目蓋が動かない。
こいつ、"閉める"こともできたのか?!
戸惑いやどよめきの声が飛んでくる。女史は流石といったところで、詠唱を始めていた。
「おっと、口も"閉じて"もらおうか」
急に静まり返った。背筋が冷たくなる。普段はふざけた変態だが、やはり強大な力を持った人外なのだ。あの正真正銘の魔女を出し抜くとは。
「悪いね、さ、今のうちに戻るんだ」
目蓋に手の感触を感じると同時に、耳の奥でカチリ、と微かに錠が開く音がした。
ようやく目が開く。光が染みて目を瞬かせた。
周りを見れば、警備の者達が目を押さえたり口を開けようと頬に手を食い込ませたり、人や物にぶつかりながらよろめいたり、ついには地面に這いつくばったりと無音で地獄絵図が繰り広げられていた。
「大丈夫、僕達が逃げるまでだと言っただろう。
だから早くここから出ないと」
しかし、元に戻れそうにない。体内の魔力を集約させようとするも、あちこちに散らばって行ってしまう。川の中で泳ぐ魚を手で獲ろうとしてするりと逃げられてしまうようなもどかしさだ。
業を煮やし魔力の奔流を無理やり押さえつける。すると、身体が縮み始めた。
よし、上手くいった。
と思ったのも束の間だった。
私の身体は随分視点が低くなった。地面に近い目線からは、まるでソラス達は巨人のように見える。鱗や尾や翼もそのままだ。
私は竜の姿のまま、ソラスがひょいと抱き上げられるほどの大きさになっていた。
「し、仕方ない、行こう」
笑いを噛み殺しながらカーディスは床をトントンと爪先で叩いた。木目が湾曲し広がっていき、黒い穴がぽっかりと口を開ける。カーディスはお先に、とそこに飛び込むと、檻の外に立っていた。
部屋の中は移動できるのか。
ソラスも私を抱き抱えて続く。
カーディスは少し考える素振りを見せ、
「よし、普通に出よう」
と観音開きの扉に手を掛けた。
そして私達は堂々とドアを開け、部屋から出て行ったのである。
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