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第5話
「えっ?!ファフニール先生のお知り合いなんですか?!」
「ああ。待たせてもらえるかな」
「帰って来たんですか?!いつお戻りになったんですか」
「先程学長代理に面会してきたばかりだよ」
そうなんですね、と少年は笑顔を見せる。
嘘は言っていないものだから質が悪い。
「ファフニール教授は人気者だったようだね」
カーディスが私を見てにやりとする。
「うーん。正直、生徒は少なかったですね。必修科目では無かったですし」
困ったように笑いながら、抱き抱えていた紙の束を几帳面に元に戻していた。カーディスは吹き出しそうになるのを咳払いで誤魔化す。
「でも、僕は好きでしたよ。架空生物の研究というと御伽噺や伝承といった文献から資料を拾ってくることが多いんですけど、ファフニール先生は''隣人達"を生物学的な見地から見つめていているんです。科学的な面からアプローチする発想が面白いなって。
ファフニール先生も好きです。
変人で人嫌いだなんて言われていましたけど、話せばとっても優しい人でしたよ」
へぇ、と返事をしながら、カーディスは大笑いしそうになる口元を隠している。
そして、少年はそわそわと肩を揺らしながら、ドラゴンを見せて欲しいと強請ってきた。
「いいよ、でも誰にも内緒だよ」
少年は早速私の顔を覗き込む。
と、ソラスが私を隠すように身体の向きを変えた。彼がまた覗き込もうとすると、再び身体をずらす。私を抱きしめる腕に力が入った。
カーディスはおやおや、と面白そうにしている。
ソラスの顔を見上げれば、不機嫌そうに口を尖らせていた。どうしたのだろう。
「本当に君は可愛いなあ」
カーディスはソラスの頭をポンポンと叩いた。
「心配しなくてもそのトカゲは君に首ったけさ。
彼に取られたりしないよ」
私は目を瞬かせた。ソラスはおずおずと少年に向き直る。私をしっかり抱き締めたままだったが。
「わあ、ワイバーン種の幼生ですかね。
思ったより大人しいな。
鱗は結構乾燥しているんですね。木の皮みたいだ。
すごい、論文だと手触りまでわかりませんから。
あれ、これは」
よく見れば、鉤爪の根本に金色に光るものがあった。指輪だ。ソラスと揃いの。
私の身体に合わせた大きさになっている。そういえば魔力を流せると言っていたな。これは思わぬ発見だ。
「これは何ですか」
『 』
伴侶の証だとソラスは微笑む。
「えっ、そんな旧い言葉を話せる人がまだいたんですね!エルフはみんな話せるんですか?!」
少年の興味はあっという間にソラスに移った。
再び質問攻めにあっている。驚くべきことに、少年はソラスと同じ言語を操っている。
間違いないな、名前を聞いた時もしやと思ったが、この少年はーーー
魔法を見せて欲しいと強請るが、ソラスが今は魔力切れだと話すと肩を落としていた。
私はふと、思いついたことがあった。
ソラスの指輪に鉤爪で触れる。魔力を流してみた。指輪に彫り込まれた模様が光り、ソラスの顔に血色が戻る。ソラスは目をぱちくりさせ、半信半疑で詠唱すると紙の束が空中に舞い上がった。
少年はすごい、と無邪気にはしゃぐ。
ソラスも花が開いたように表情が明るくなり、私を褒める。自分もやってみると、ソラスは私の鉤爪に指をかける。
すると、私の身体はむくむくと膨らみ、人間の姿に戻った私はソラスの腕から滑り落ちた。積み上げられた本や巻物が崩れて身体の上に落ちてきた。
「ファフニール先生?!」
少年は私を頭の天辺から爪先まで見ながら首を上下させる。カーディスはたまらず身体を折って声を殺して笑っている。私は上半身を起こした。
埃まみれのマントを棚から引っ張り出す。
研究室で寝泊りすることもしょっちゅうだったので、着替えも置いてあって助かった。埃まみれでも今はありがたい。
「なんでドラゴンの姿に!?もしかして呪い?!
それで帰って来られなかったんですか?!」
「いや、そういう訳では」
少年は恥も臆面もなく私に抱きついてきた。
まだシャツがはだけたままなので困ってしまった。私より頭一つ分低い彼の身体は震えて嗚咽が漏れ始める。
「かわいい生徒と浮気とはやるな」
カーディスがニヤリと笑う。
「違う!確かに生徒ではあるが・・・」
気づけばソラスまで面白くなさそうにこちらを睨めつけている。これはまずい。
『 』
ソラスが呟けば、突風が吹いた。
少年は私から引き剥がされ尻餅をつく。
『ソラス、やめなさい』
すみません、と起き上がるのに手を貸していると、ソラスは途端に眉を下げ緑色の目を湿らせる。これはもっとまずい。
「紹介しよう。こちらがこの大学の学長の、
ジェニアス・イーグナー氏だ」
「学長?!この子が?!」
カーディスは身振り手振りで存分に驚きを表した。ソラスは権威や責任者等の概念にピンと来ていないようで首を傾げている。
「はい。僭越ながら・・・。学長とは言っても、肩書きだけで普段はただの聴講生なのですが・・・」
照れながら肩を竦める仕草は年相応の少年そのものだった。
イーグナー学長は、両親を早くに亡くし大学と事業を受け継いだ。流石に十にも満たない少年には荷が重かったので、成人するまで大学の運営をメイス女史に任せ、後見人と共に家業に専念している。確か鉄鋼業だったか。昨今の鉄道の普及と産業の機械化により幸いにも右肩上がりらしい。
そんなことを簡単に説明すると、カーディスは大したものだねえ、と感心していた。
「当たり前だ。いずれ我が夫となる者だぞ」
研究室の入り口が1人でに開かれ、メイス女史が佇んでいた。
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