ソラスが緑色の目を矢尻のように鋭くする。 私は手を前に出し下がらせた。また無茶をさせるわけにはいかない。 「それは良い、僕はお相手がいても構いませんよ」 カーディスは悠然と笑う。 「本当に婚約されたのですね。血筋を存続させるためとはいえ思い切ったものだ」 くだらない会話に乗ってやった。その間にどうすれば良いのか思考を巡らせる。 「なんだ、お前までジェニアスを若輩者扱いするのか？齢15にして立派に家業を引き継いでいる一人前の男だぞ」 「やっぱり僕の女神様だ・・・」 イーグナー学長は顔を紅潮させて崇拝の眼差しを送っている。上手くいきそうで何よりだ。 さて、この正真正銘の偉大なる魔女はどうしたものか。 「学長代理！いやしたか？！」 スタボーンがやかましく足音を立ててやってきた。私や学長を見て、また驚いていたが。 私から切手ほどの大きさの札が剥がれてスタボーンの手の中に納まる。着けられていたか。 メイス女史はソラスを見やる。 「お前の伴侶だと言っていたな」 ステッキを向けると、目にも留まらぬ速さでステッキの模様がソラスの頬から首筋に掛けて張り付いた。唐草模様の青い刺青のようだ。ソラスの唇が動くが、 「おっと、魔力を流すなよ。首が落ちるぞ」 頭に血が昇りそうになったが、カーディスが肩に手を置いたことで我に返った。振り返ればこわいこわい、とニヤニヤしている。 メイス女史は、サーカスの芸人のようにステッキを一回転させた。ステッキ全体に描かれた模様が空中に光の軌跡を残して魔法陣となる。 青い光を放っている。 「真実を話せ。この陣が赤く光ればこのエルフも赤く染まる事になる」 「ファフニール先生、どういうことですか」 学長が私の袖を引く。 「学長、こちらへ。その者の疑いが晴れたわけではありません」　 メイス女史は手を差し出す。 「疑いって・・・ファフニール先生が何かしたんですか」 「その者はドラゴンです。フレイズマルの一族の者かもしれません。あの一族は大抵ろくな者じゃない」 「馬鹿な、それはただの神話のはずだ」 私は思わず口を挟んだ。 「愚か者め、自身が御伽噺の住人の癖に何を言う」 「やめてください、折角ファフニール先生が帰ってきたのに」 「ジェニアス、」 女史がイーグナー学長の名を窘めるように呼ぶ。 どこか柔らかな響きを含む声に、学長は哀しげに目を歪ませた。しかし、すぐに目を吊り上げ背筋を伸ばした。 「では学長の名において、命令します。 ファフニール先生に乱暴はしないでください。お連れの方にも」 「お忘れですか。権限があるのは私ですよ」 「・・・1番心配されていたのは貴女なのに」 イーグナー学長が呟くと、女史から出かかった言葉が口内に留まった。 「僕より一生懸命探してましたよね。 籍も研究室も置いたままですよね」 「それとこれとは別です。私は学生や職員の安全を守らなければなりません」 「ファフニール先生は優しい方です。害を成すことなんてしません。マリオンさんお願い」 「駄目です。それにそれはずるい」 痴話喧嘩の様相を成してきた気がしないでもないが、僅かに私達から注意が逸れている。 私はカーディスに目配せをした。しかしカーディスは首を横に振る。逃げられないらしい。 「年月が人を変えることもありますよ。無事ならなぜ戻って来なかったとお思いですか」 「・・・それは・・・」 イーグナー学長が私の方を見た。 「何か、事情があったのでは・・・」 「私は、それを聞こうとしているのですよ。出来ることならファフニール教授に危害を加えたくありません」 だったら、とソラスを見る。 「ファフニール教授が正直に話せば何もしません」 「先生・・・・・・」 学長は縋るように私の目を見る。 やれやれ、やり込められてしまったか。まあまだ子どもだから仕方ない。 「惚れた弱みかもしれないよ」 カーディスがクスリと笑う。 しかし、どうしたものか。私が消息を絶った事情を話すには、ソラスの過去を話すことも避けて通れない。陣のおかげで誤魔化しも効かない。嫌な思いをさせたくないのだが。 ソラスは、"かの国"に来た経緯を話せばいいのかと聞いてきた。私は頷く。 ソラスは、自分から話し始めた。 どうやって私と出会ったのか、それから何があったのか、包み隠さず、すべてを。 自分の意気地の無さを恨んだ。私は肝心な所でソラスに犠牲を払わせてしまう。 最後まで魔法陣は青い光を灯したままだった。