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第7話
カーディスは珍しく神妙な顔をしていた。学長は青ざめており、涙脆いスタボーンは鼻をすすってていた。女史は表情一つ変えず、腕を組むと深く長いため息を吐く。
「ふむ、よく分かった。やはりお前は愚か者だな」
メイス女史は鼻を鳴らして私を睨む。
「奨学金を出してやり学生兼弟子として召抱えてやれば私の技術だけ掠め取り、架空生物などと訳の分からん領域に手を出しおって。それでも卒業後は教員として置いてやったというのに。
たった1人のエルフに絆されて何もかも捨てていくとはな。
ーーーーこの恩知らずめ!」
室内に雷鳴が轟き閃光が迸る。偽物だと分かっていても萎縮してしまう。
「お前は昔からそうだ。人ならざる者に魅了され人間に関心を持とうとしない。
それでもお前を慕う人間が不憫でならぬわ・・・」
メイス女史は学長の背中に手を当てる。
その手つきはいつになく優しい。
「ファフニール先生は、人間がお嫌いなのですか・・・」
学長の目に涙が溜まり、空色の瞳は雨模様になる。
「前からファフニール先生は誰とも関わろうとしなくて・・・。いつも優しかったけど、迷惑だったのですか。
大事な人を酷い目に遭わされて、嫌いになってしまったのですか」
「違います。見たでしょう。竜の姿が私の本当の姿をなのです。こちらでは化け物扱いだ」
スタボーンが気まずそうに鼻の頭を掻いていた。
しかしメイス女史は追及の手を緩めない。
「人間の姿になれるのなら問題ないはずだが?」
「人間の姿になるのに数年掛かりました。
魔力が乱されれば先程のように失敗もします」
ソラスはとても愛らしかったと微笑んでいたが。
「じゃあ、先生は帰って来なかったんじゃなくて、帰って来られなかっただけなんですね」
イーグナー学長の声は幾分張りを取り戻していた。
「人間が嫌いになったわけじゃ無かったんですね」
「ええ、昔からそうですよ」
学長に微笑むと、安堵したように頬も涙腺も緩ませていた。
「ご心配をおかけしました。申し訳ありません」
私は2人に改めて頭を下げた。
こちらにも私の居場所は残っていたのだ。
過去に縋り、周りに目もくれず"隣人達"をひたすら追いかけていた私にも。
それに今も昔も気付かずに過ごしていたことに猛省していた。
「フン、貴様はクビだ」
「やっぱりまだ籍を置いていたのですね」
学長の言葉にメイス女史の表情が強張る。
思わぬ僥倖だ。だが、私は大学の講師として生きたかった訳ではない。研究室や実験室や資料室の本を借りられるのは魅力的ではあるが。
丁重に復職を断ると、やはりメイス女史に罵られた。カーディスは勿体ないと肩をあげる。
「残念です、ファフニール先生の論文が読めなくなるのは」
学長が寂しそうに独りごちる。
私が"かの国"でまとめた"隣人"達の資料があると言えば、彼の瞳は晴れた日の空の色になる。
「それ持ってきてください!絶対!いつでもいいので!」
「学長、先に対価を決めてください。
後からふんだくられますよ」
「あ、じゃあ、何がいいですか」
私はしばし頭を悩ませた。
「では、ここの研究生にしてください。資料や研究設備を使わせていただきたいのです」
「おや、一学生に戻ると言うのか」
「やはり私はこのような性分なのですよ」
「ふん。根っからのギークという訳か。
ちょうど良い。非常勤の講師を募集していたところだ」
「いえ、あの」
「我が校の設備を使わせるのにそれっぽっちの資料で足りるものか。足りぬ分は働いてもらうぞ」
「いいじゃないか。肩書きがあった方がこちらに来たとき何かと便利だろう」
カーディスがまた適当なことをぬかす。
レジュメの作成や課題の精査にどれほど労力がかかるか知らぬくせに。ソラスと過ごす時間を失いたくない。
「ソラスさんも遊びに来てくださいね」
学長がソラスの手を取る。
それはいけません、と言いつつ学長の手を解いた。
「そうだねえ、彼は美しいからね。見張るには君の目がいくつあっても足らないよ」
カーディスは可笑しそうに肩を竦める。
「違う。エルフをただの生き物としてしか見ていない輩や魔法に群がる輩がいるからだ」
「そんなこたぁこの私がさせません」
スタボーンが胸を反らす。これは心強い。
「では、詳細は追って手紙を出す。仕事に励むことだな」
女史はステッキを回転させる。浮かび上がる魔法陣が私達に迫り、身体に触れると来た時と同じような閉塞感を味わい、空中に吐き出された。天井に焼き付いた魔術式を目にしたと思えば、テーブルや椅子や床に身体を跳ねかして皿やティーカップと共に着地した。
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