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番外編③ My little
『 』
大学へ行こうと鍵を回した時、歯車が噛み合う音に紛れてソラスが何やら呟いた。
『どうしたんだ』
振り向くが、ソラスは目を左右に彷徨わせた後、何でもないと首を振る。
何か言いたげな様子であったが、講義の時間が迫っていたので後ろ髪を引かれつつも出かけることにした。
気になっていたものの、一張羅のジャケットに袖を通すと講義の内容や流れの事で頭がいっぱいになってしまった。研究室に篭るとなお悪い。
長年放置された部屋を整理する為、状態の悪い標本や要らなくなった資料の取捨選択をするのはまだ良い。書きかけたメモや論文の清書を始めてしまったり、未読の文献を読み耽ってしまったりすると時間が魔法のように過ぎて行く。
気付けば夕方になっていた。
昼過ぎには帰れると言ってきたのに。
帰りも行きと同じように、研究室の鍵穴に鍵を差し込んで回すだけだ。それなのにやけにもたついてしまって余計に気が急いた。
ドアノブを回し家に飛び込む。
悪かった、と言い終わる前に、暖炉の前にいたソラスがどうしたのか、と言葉を被せてきた。
心配そうな表情に罪悪感が疼く。
仕事につい夢中になってしまったと話せば、ソラスの眉がどんどん下がっていった。
家を出る時に見せたものと似ていて、今度は私がどうかしたのかと訊ねる。
ソラスは儚げな声で、人間の世界にいた方がよかったのではないかと吐露した。
仕事も続けられるし、友人や恩師に必要とされていたのに、自分が引き離してしまったようなものではないかと。
私は耳を疑った。
それは断じて違う。そもそもこの仕事をしていたのも"かの国"へ訪れる手がかりを探す為だ。
それに、もうソラスのいない生活など考えられない。
慌ててそう捲し立てれば、本当なのかと言いたげに上目遣いで緑の瞳を向けてくる。
照れや羞恥を呑み込み、やっとの思いで愛していると伝える。耳まで熱くなってきた。情けないものだ。愛の言葉を紡ぐのは未だに慣れない。
あの変態ですら息をするように出てくると言うのに。
ソラスはそっと身を寄せてきた。
すぐに腕を背中に回し囲い込む。私はソラスのこととなるといつでも必死なのだ。
『 』
遅くなるのは構わないが、約束は守って欲しいと言われた。尤もだ。
『 』
やっぱり小さいままの姿で良かったのに、とソラスは呟く。
それは小さな竜の姿になってしまった時の事だろうか。私が首を捻っていると、あの姿のままならどこにも行かせやしないし誰にも渡さないのに、と続けた。
なんてかわいい事を言うのだろう!
心が震え、衝動のままソラスを強く抱き締めた。
『悪かった。寂しい思いをさせてしまったね。
何処へ行こうとも必ずソラスの元に帰るよ、私はソラスのものだ』
ソラスは頷いて、華奢な身体を胸に委ねてきた。花の香りが鼻をくすぐる。
それに誘われるように口付けた。花弁のような唇を啄み口付けを堪能する。
やはり私はこちらの姿の方がいい。
顔を離してそう言えば、ソラスの顔に笑みが咲く。
すっかり機嫌を直して、夕食の準備をしよう、と腕を解いた。
しかし私はまだソラスを離す気がなかった。
腕を引いて抱きとめる。
翌朝は笑顔で見送られた。
あの後燃え上がってしまい夕食が朝食になってしまったことは割愛しておく。
end
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