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番外編④ Chocolat
訪ねてきたカーディスから手土産にチョコレートを貰った。
ソラスは見たことも食べたこともない。整然と箱に納められ茶色くつやめくそれらをしげしげと見つめている。
カーディスが感想を教えてくれればいいよ、と言いながらどさくさに紛れてソラスに手ずから食べさせた。
甘くて美味しい、と緑の瞳を輝かせているのをとても満足そうに眺めるカーディスに苛つくやら、ソラスの反応が可愛らしくて胸が疼くやら、複雑な心境だった。
『 』
ソラスは私にも口を開けるよう促し、チョコレートを口元に差し出してくる。
美味しいよ、という無垢な笑顔が眩しく目を逸らしながら口に入れた。噛み砕くとカカオの香りが弾け、まばらに溶けゆく破片から甘さと苦味が広がっていく。
しばらく咀嚼していれば、ソラスから感想は?と聞かれる。美味いと答えれば、にこやかにもう一つ口元に持ってこられた。
『僕も欲しいな』
カーディスは笑いかけながら自分の口元を指す。
ソラスは何の躊躇もなくカーディスの口に運ぶ。これ幸いとばかりにソラスの手を取り指先に唇で触れるカーディスが本当に腹立たしい。
『もうやめなさい、行儀が悪いよ』
ソラスは途端にしゅんとしてごめんなさい、と萎れた花のような可憐さで俯いた。
私は罪悪感に胸を詰まらせた。悋気からソラスに当たってしまった。ただ、私以外にそうするのはやめて欲しいと、そう言えば良かったのに。
だがニヤニヤとこちらを眺めるカーディスの手前もあり何も言えなかった。
カーディスが帰った後、薪と菜園の野菜を取りに行く為に外に出る。日が落ちるとぐっと冷え込む。だが頭を冷やすには丁度いい。
薪を抱えて中に戻ると、チョコレートの箱が机の上に置いたままで、しかも暖炉の手前にあったものだから焦った。
ソラスがどうしたのかと私と一緒に箱を覗く。
形は保たれていたものの輪郭が少し緩んで、溶けてしまったのが明白だった。
『暖かい場所に置いてはいけないよ、溶けてしまうからね』
ソラスはいまいち分かっていないようで、摘もうとして触ってしまった。チョコレートはどろりと指に纏わり付き、ソラスは慌てて手を引っ込める。壊してしまった、とまたしても申し訳なさそうにしゅんとした。
涼しい場所に置いておけばまた固まると説明すれば、食べられるのかと目を瞬かせつつ、ほっとしたように口元を綻ばせる。
『大丈夫だよ、ほら』
ソラスの手を取りチョコレートの付いた指先を口に含む。口内で舐めとればすぐ甘さと芳ばしい香りが立ち昇る。
しかし飴玉のように丸くなるアーモンド型の瞳を見て、すぐ口から離した。これではまるであの変態のようではないか。
ソラスからは、行儀が悪いんじゃなかったのか、と少し不満げに、だがはにかみながら訊かれた。
『まあ・・・私と二人のときくらいならいいだろう』
何とも適当で都合の良い答えだ。しかしソラスの表情が明るくなったのでよしとしよう。
チョコレートの箱を窓際に置いておけば、夕食の後にはもう固まっていた。茶を淹れゆっくりと味わう。
時たまソラスが私に口に運んでくれるのが嬉しくもありとても気恥ずかしかった。ソラスにも同じ事をしてやれば、私から貰うとより美味に感じると屈託なく笑う。
林檎酒の色に似た暖炉の火に照らされながら、甘い時間が流れていった。
end
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