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第6話
「ああんっ」
マサが背中側から抉るように腰を打ち付けると、目の前の男は背を逸らせて喘声をあげた。
その拍子にギュッとペニスを粘膜で締め上げられ、マサも思わず、呻き声をあげてしまう。
奥歯を噛みしめ、射精への衝動をやりすごし、男の汗ばんだ背中をペロリと舐めた。
男との初めての経験は、想像を絶するものだった。
女とは違う、入口のキツイ締め付け。ミミズのようにうねうねと絡みつく絨毛。
どうして、こんなことに?
まさか自分が男の後孔に突っ込むことになるとは思わなかった。
しかも、小心者の癖に、プライドが高く、僻み根性が強い、そのうえ、小太りで醜悪なブ男となんて。
「で、出ちゃうっ」
男は、幼児がイヤイヤをするように首を左右に振ると、自身のペニスを両手で押さえながらプルプルと痙攣し始めた。
もう、限界なのだろう。
男の仕草にマサの加虐心が煽られる。
「勝手にいったら、お仕置きですよ。組長?」
意地悪く耳元で囁くと、マサは腰の動きにあわせて、男のペニスを扱いた。
酷なことはわかっているが、徹底的にいじめたい。
「あーっ」
男は、嗚咽まじりのひときわ高い声をあげてマサの手の中に吐精した。
粘膜の締め付ける衝撃に耐えきれず、マサも中に吐き出す。
どうして、こんなことに?
もう、何度目かになる問いを繰り返す。
あの時、組長との電話の後、マサは市井のいるビルを目指した。
市井の弾避けになるため。
しかし途中で池田の元に引き返した。
組長の企みの全てを池田に暴露し、市井の無実を訴え、説得を試みる方が効果的だと思ったから。
勝算はあった。
市井は、池田のお気に入りだ。
誤解が解ければ、きっと、悪いようにしないはず。
事務所に戻って来ると、ちょうど池田が若い衆の運転する後部座席に乗り込んだ所だった。
慌てて、タクシーを捕まえ、後を追う。
車は町外れの廃墟となったビルの前で停まった。
池田とその手下は、中に消えた。
マサは、ビルの前で池田が出てくるのを待った。中々、姿を現さない。
待つのも限界だ。入り口に足を踏み入れた。
建物の中は、荒れ果てていた。
床材は剥がれていて、歩くたびにミシリと音がする。
すっかりガラスが割れ落ちた扉から、奥を覗くが人影は見当たらない。
物音ひとつしない。このフロアではないようだ。上にあがろうと、辺りを窺う。
エレベーターはあるが、電気が通っていないのか、作動する気配はなかった。
諦めて、エレベーターホールの隣にある階段を進む。
微かに怒鳴り声が聞こえ、踊り場で足を止める。耳を澄ます。今度は、はっきり聞こえる。気のせいではない。
マサは、階段を駆け上がり、声の方向に急いだ。
ドアの隙間から、人影が見える。1、2、3、合計5人。真ん中に、池田がいる。
全員が、同じ方向を見ている。マサの位置からは見えない右側の奥を凝視している。
見えないそこから、人の殴られるようなバシーンと鈍い音が響いた。
すすり泣くような声が聞こえる。
「いつまでも、こじらせてんじゃねーよっ! あんたは、組長だろ? この組のオヤジだろ? 父親としての自覚を持て! 組員を……自分の家族を死ぬ気で守るのが組長の仕事だ。あんたが命張らねーと、誰もあんたの為に命を張れねーんだよっ!」
市井の声だった。いつも冷静な市井が、ここまで声を荒げるのを聞くのは初めて。
「お前には、俺の気持ちはわからないよっ! いつもいつも、お前と比べられて、お前が組長なら良かったってみんなに思われて。先代だって、本当はお前に組を継がせたかったに決まってる……」
「ばかか? あんたに継がせたかったに決まってるだろ? 死ぬ直前、最後の力を振り絞って、あの人は俺に土下座をしたよ。本来なら、自分が仕込みたかったのに、残り時間が足りない。あんたが組長として独り立ちできるまで、サポートしてくれってな。だから、約束を破って……ヤクザになることに決めたんだ。18歳の誕生日にあの人と盃をかわしたんだ」
「遅い、遅い」と呪文のように唱えながら、号泣する声が聞こえる。
「…う、ううっ……もう、遅い。お前は破門した。池田さんのシマも荒らしたっ……」
「あんたが、ケジメを見せたら済む話だろ? 池田さん? あなたも命まではとるつもりはないですよね?」
「そうだな。高田? ケジメ、みせろや? 誰か、ドス貸したれ」
池田がニヤリと唇の端をあげる。
ガチャリと何かが床に投げ出される音がして、すすり泣く声が大きくなる。
誰も一言も発さない。それが、見えない意思となって逃げ場を塞ぐ。
泣き声は、やがて小さくなって、聞こえなくなった。
「池田さん、すみませんでした。ケジメつけさせてもらいます」
語尾は震えていたが、さっきのすすり泣きとは違う。覚悟のできた声。
この人は、ようやくこれで本当の意味で組長になるんだ。
そう思ったら、自分も見届けないといけない気持ちになった。マサは、部屋に飛び込んだ。
部屋には5人の他に、組長、そして市井がいた。
組長は、腕組みをしている市井の足元に膝をついて左手の小指にドスを押し付けている。
「うぉおお」
組長は、短い雄叫びをあげると、一気に力を込めた。一筋、赤い血が滴り落ちる。
「ううっ」
悲鳴とも呻き声ともつかない声が聞こえる。
組長の顔は、汗と涙でぐちょぐちょになっている。
見ていられなくて、目を逸らす。
骨を切断するのは、かなりの力が必要だ。現実は、テレビのようにいかない。
「もう、いい。それで十分だ」
池田は低い声で制すると、手下に合図を送った。組長の手からドスが取り上げられる。
マサは組長に駆け寄り、ポケットからハンカチを取り出すと、小指の根元にきつく結んで止血を試みた。
思ったよりも傷は深くない。
これなら、縫合せずに済むかもしれない。
「全部、市井と仕組んだことだ。中国マフィアを一網打尽にしたかったが協定のせいで手が出せない。それで、市井に相談したんや。予定通り、今頃、あいつらは警察に一斉検挙されているはずだ。それも公安にな」
「え? 麻取(マトリ)じゃなく?」
思わず、マサは立場をわきまえず、池田に問いかけた。
話が見えない。
市井が池田の後を引き継ぎ、説明を続けた。
「よく考えろよ? 麻薬だったら、こっちが荷物を受け取る側で、渡すのはおかしいだろ? マサが池田さんのシマで中国の奴らに渡した荷物は、麻薬じゃなくて金型。それも軍事機器の大量生産を可能にする超国家機密級のものだ。だから、公安、つまり外事が動いた」
「ええ?」
予想外の方向に進む話に、マサは言葉を失った。
市井は、自分の裏切りを全て知っていた。
知っていたどころか、自分は市井の計画通りに動かされていた。
自分だけでなく、組長までが、市井のコマの一つ。
やはり、敵わないとしみじみ思う。
人間の器が違う。
市井はいつも自分が想像もしないあざやかな方法を考えつく。
「池田さんの希望するように一斉に排除するには、警察の力が必要だ。マル暴じゃ足りない。もっと強力な力が。だから、情報を操作して罠を仕掛けた」
「中国の奴らはいいとして、こっちは大丈夫なんですか? 同じように逮捕されないのですか? 」
「うちのものを無理矢理奪われたんだ。どうして、こちらが逮捕されるんだ?」
借金で首が回らない幾つかの小さな町工場と共同開発して、画期的な製品を作りあげた。
国も参入して専用の会社も立ち上げた。正式な許可も得た。数か月後には輸出を開始する。
そんな状況を利用したのだ。
政府としても、手を出しにくい中国マフィアを一掃したいという思惑があった。
市井も、池田に恩を売っておきたかった。
それに、組長に組を率いる覚悟と自覚を持たせるという目的もあった。
それぞれの利害が絡んだ結果が、今回の出来事だったのだ。
「それにしても、あの会社って、そんなことをやっていたんですね」
市井と組長と自分の3人だけになるのを待って、マサが感心したようにいうと、市井は呆れた顔をした。
「脅して金を作らせるような昔のやり方じゃ無理なんだよ。金を作る仕組みから考えないと。そもそも、高田組は俺が入ってから法に反することはやってない。……グレーなところも、最近ではあいつに邪魔されてやってないしな……。組長を送っていけ。その傷口だったら、病院に行くこともないだろう。これからは、お前が組長を支えろ? 俺は破門されたし、もう高田組とは関係ない人間だからな」
「え?」
「もう、俺がいなくても大丈夫だ」
市井は端正な顔を歪ませ、ドアの外に消えた。
マサは、放心したように床にうずくまっている組長の足元に近づいた。
「組長。帰りましょうか?」
「………」
背を向けて無言を貫き通す男に、もう一度繰り返す。
「組長? 帰りましょう」
腕を取り、強引に引き起こそうとするが、思わぬ力で抵抗される。
「嫌だ。組長なんてやめる。俺には無理だ。全部、あいつにやる。あいつが組長になればいい」
まだ、そんなことを言っているのか?
組長としての自覚が生まれたんじゃなかったのか?
子供のように頑なな男に腹が立つ。
思わず、目の前の男の頬を張る。
「あんた、いい加減にしろよっ! ガキみたいな事、言ってんじゃねーよっ!」
「何をするんだっ!」
頬をグーで殴り返され、体が壁にぶつかる。
張り手に拳で返すのか?卑怯者め。
情けない根性ナシ。
30歳だというのに中身は甘ったれなガキ。
本当に、いい所がない。最悪の男。
マサは、ガバッと震える体に背中から抱き着いた。無性に抱きしめたくなった。
体を固くして、思いっきり抵抗される。腕に力を入れて構わずに抱きしめる。
そのまま10分ほどくっついていると、強張った体がゆるんだ。
すかさず顎をとり、強引に唇を重ねる。
根性が悪くて、ブ男で。
だけど……
目が離せない。
放っておけなくて、構いたい。
傷ついた心を温めたい。
思いっきり、抱きしめたい。
「あんたが、俺の組長だ。今までも、これからも」
マサは、男を抱きしめる腕に力をこめた。
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