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第9話
「この店は、じきに潰れる。でも、そうはさせない。俺が再建してやる」
「そんなことを言っても、どうせ、途中で約束を破るんだろう? お前の言うことなんて信じられない」
市井の言葉にユースケは、下を向いて不貞腐れたように呟いた。
25歳の大人の男なのに、小学生の頃の面影が重なる。
こんな態度をとるのは、素直になれず、本心と逆の言葉を口にする時だ。
ユースケは、昔から感受性が豊かで喜怒哀楽が激しい。
「ちゃんと、再建する。一緒に頑張ろう」
ありったけの気持ちを込めて言う。
ユースケがいたから、今の自分がいる。
ずっと、ユースケを守ることができる大人の男になりたいと思っていた。
ユースケは、無言で背を向けると棚の整理を始めた。
背中が小刻みに震えている。
きっと、必死で涙を堪えているんだろう。
感激屋で涙もろいから。
市井は、気付かないふりで事務的に言葉を続けた。
「まずは、この切り花だな。在庫ロスが多すぎる。もっと種類も量も減らす必要がある。それに、店先に切り花を置くんじゃなくて、店の奥の冷蔵庫内にいれておけばもっと長持ちするだろう? 一般的に廃棄率は30%というが、この店は80%を超えているだろう?」
ユースケは、勢いよく振り返ると声を荒げた。
「花屋に花がなくて、どうするんだよっ! 店の前を花でいっぱいにするっていうのは、父さんや母さんの方針だ」
切り花にこだわるのなら特化するという手もある。胡蝶蘭などの単価の高い鉢植えや冷蔵庫をなくすことで固定費が削減できる。
「じゃあ、廃棄寸前の切り花はブーケやアレンジメントにしよう。ラッピングはなくていい。コストがかかったら意味がなくなるから。ちゃんと、アレンジできる?」
ユースケは、頬を膨らませた。
「一応、教室に通って資格も持ってる。ブーケやアレンジメントを作ってどうするんだよ? 店先に飾っても売れないよ? そういう事はもうすでに試した」
「ちがう、俺が営業するんだ。このあたりのオフィスに無料で配る。無料ならどんな会社でも受付に飾ってくれる。そうやって、3、4日おきに持っていくことを1ヶ月続けて、花のある光景に慣れた頃に格安で定期契約の話を持っていく」
試供品と一緒。ビジネス手法の初歩だ。
儲けにならなくても、まずは、花のある日常に親しんでもらう必要がある。
それに、定期的に顔を出していれば、慶事などの金になる需要も取りこぼさない。
「これ」
差し出された手には、布が握られていた。
ひろげると、エプロンだった。
「これでもつけて、花屋らしくしろっ! 言っとくけど、お前のことを許した訳じゃねーからなっ!」
ユースケは、耳を赤くしながら、憎まれ口を叩いた。
市井は、そんなユースケを心の中で微笑ましく思いながら、スーツの上着を脱いで、エプロンを身に着けた。
□ ■ □
営業時間も場所のニーズに応じたものに変更し、配達も積極的に行った。
熱血漢で愛想の良いユースケと、無表情で愛想なしだけど長身で冷たい美貌の市井の男二人のコンビは、花屋としては異質だったが、それが却って評判となった。
地方紙ではあったが、取材を受けることも度々あり、定期契約をする会社はあっという間に増えた。
店で購入する客も増え、佐藤生花店の売り上げは、順調に増加していった。
「市井? この花を配達したら、そのまま買い物して帰るな。夕飯も作っておくよ」
市井は、ホテルを引き払って、ユースケの家に同居していた。
初日こそ、ギクシャクしたがすぐに以前のような関係に戻った。
一緒に暮らして、ユースケの店で二人で働く。
夢見ていた生活、そのまま。
「了解。ありがとう」
「何か食べたいものある?」
「このまえの魚の煮つけが美味しかったし、あれが食べたい」
「わかった」
舎弟に任せっきりで料理をしたことがない市井と違って、祖父母が亡くなってから一人で暮らしているユースケは料理が得意だった。
「あのさ……俺たち……」
ユースケは市井の肩に手を置き、顔を近づけてきた。
空気が、緊張をはらんだものに変わる。
ユースケの瞳の奥に欲情の色が滲む。
市井が身をすくませた瞬間、来店を知らせるチャイムが鳴った。
ユースケは、慌てて身を離すと、店の入り口に向かった。
「あれ? おかしいな。誰もいない?」
ユースケは首をひねると、足元に転がるゴムボールに気付かぬまま、配達に向かった。
「お前らは、新婚さんか? キモッ!」
ユースケの姿が消えた瞬間、毒を吐く声が聞こえる。
「別に普通だろ? お前さ、性格が悪くなってない?」
抗議するように、触手がにょろりと伸び、市井の唇の輪郭をなぞる。
市井は、侵入を拒むために、思いっきり歯を食い締めた。
僅かでも隙間があれば、こじ開けられてしまう。
だが、そこに気を取られているうちに、もう一本の触手が忍び寄り、ウエストから股間に向かって侵入してくる。
「うわぁ」
亀頭の敏感な所を嬲るように刺激され、ぞわりとした感覚に呻き声をあげてしまう。
その隙を見逃すはずはなく、触手は口腔に侵入すると、市井の舌を絡めとった。
「あっ、あっ」
口の端から、唾液が零れ落ちる。
いつの間にか触手の表面は、おびただしい数の絨毛で覆われ、人間では到底不可能な複雑な刺激を与え始めた。
「いっ、いくっ」
蜜口に被さる様な形に変形していた触手は、市井が吐き出した液を1適もこぼすことなく吸引すると、何事もなかったかのようにシュルシュルとボールに戻っていった。
ボールが、水色からピンク色に変化している。
ボールが再び、活動を始めたのは、ユースケとの同居の初日だった。
甘い雰囲気になるのを邪魔するかのように、さりげなく二人の間に割って入ってきた。
ユースケの前では普通のボールを装っているが、こうして市井が一人になった途端、エロいことを仕掛けてくる。
反応のなかった期間が嘘のように、ゴムボールはパワーアップして戻ってきた。
ますます、精力絶倫になり、一日、一回だけだった行為が、今では隙あらば何度でも狙われる。
そして、何より違うのが、言葉を話すようになったことだ。
「あー、うまい。お前は最高だな」
ボールは嬉しそうにバウンドし、チュッと市井の唇についばむようなキスをした。
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