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第10話
「なあなあ? お前って、普段は迫力あるヤクザって感じなのに、エッチの時だけ乙女になるのな?」
顔があるなら、さぞかし子憎たらしい表情をしているだろう様子でボールは言った。
市井は、どんな男も凍り付かせると評判の鋭い目つきで、ギロリと睨み付けた。
乙女って、なんだよ? ムカつく。
このクソボール。話せるようになってから、やたらと癇に障る。
どうやったら、この口を閉じさせることができようか?
市井の無言の圧力を全く意に介すことなく、「なあ、なあ?」となおも繰り返しながら、ピョンピョンと市井の体に乗り上げてきた。
「お前って、ひょっとして、今まで経験はなかったのか? チェリーちゃん?」
答える気がないってことに気付かないのだろうか?
市井は、空気を読まずにしつこく食い下がるエロボールを壁に投げつけた。
全く、ペラペラと五月蠅い。
「そんなに、あいつのことが好きだったのか?」
気のせいか、さっきまでの冗談めい口調が、探るものに変わる。
実際、市井には性経験がなかった。
モテなかった訳じゃない。
ヤクザになる前も、なってからは特に、市井と寝たがる者は多かった。
女からも男からも誘いは、それこそ星の数ほどあった。
別に操をたてていた訳でも、最初はユースケとなんて考えていた訳でもない。
ただ、そんな気にならなかっただけ。
「言っとくけどな、お前の初めては俺だからな? 最初で最後の男。そこんとこ、ちゃんと理解しておけよ?」
「はあ? お前はバイブやローターと一緒だろ? 俺は、まっさらだ。それに、お前って男だったの? ただのボールだろう?」
無視を貫き通すはずが、つい、言葉を返してしまう。
売り言葉に買い言葉。
「……俺だって」
「え?」
一瞬、ボールが酷く傷ついたように見えて、ドキリとする。
慌てて、謝罪の言葉を口に仕掛けた時には、ふてぶてしいエロボールに戻り、ニヤリと触手を伸ばしてきた。
「俺のテクは、人間を凌駕するぜ? 俺以外には勃たない体にしてやる」
どこで覚えたのか、一昔前のエロ親父のようなセリフを口にして触手は服の中に忍び込んできた。
良かった。いつもと一緒だ。
市井は安堵している自分に戸惑いを覚えた。
「ただいま。あれ? そんな所で何をやってるの?」
配達に出掛けていたユースケが戻ってきた。
憎たらしいエロボールは、何の変哲も無いどこにでもある平凡なゴムボールに戻っている。
ユースケは、足元に転がっているボールを手に取ると片手で握りながら、市井の正面に立った。
「あのさ、今日は店が休みだし、外に行かないか? その……で、……デート……デートしよう?」
真っ赤になりながら、つっかえつっかえ言葉を選んでいる。
ユースケから漂う緊張感が半端ない。
「うん。もちろん」
市井は、ニコリと頷いた。
部屋で外出着に着替えていると、ボールが市井の目の前にやってきた。
「あいつ、プロポーズするつもりだぞ。結婚するのか?」
やっぱり、いつもと違う。不安を押し殺したような、探る口調。
市井は、安心させるように優しく微笑みかけると、「ばーか、男同士は結婚できないんだよ」とボールを軽く小突いた。
ボールは家に残し、ユースケに連れて行かれたのはホテルの上の三ツ星レストランだった。
ラフなユースケらしからぬ改まった雰囲気に、ボールの言うように本当にプロポーズされるのかと身構えたが、普通に食事をし、部屋に泊まることもなく帰宅した。
「じゃあ、おやすみ」
部屋に戻ると、ボールがベッドの上にいた。
市井は、ボールを枕元に移動させると、「今日は疲れているし、エッチなしだから」と先にけん制した。
今日は、朝と昼間にやったし、晩までは流石にきつい。
「あいつにプロポーズされた?」
「だから、それはあり得ないって」
「でも、ずっと一緒にいようって言われたんだろ?」
「別に何も言われてない」
「じゃあ、帰ろう? もう軌道に乗ったんだし、この店はお前がいなくて大丈夫」
「はあ? まだ、そんな訳にはいかないだろ? ユースケ一人にはできないよ」
ボールが顔のすぐそばに移動してきて、市井の唇にチュッと口づけを落とした。
「もう、だからエッチなしって言ってるだろ?」
唇から離して向こうに押しやると、叱られた子犬のようにコロコロ転がって部屋から出て行った。
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