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第12話

「どこに行くんだ?」  市井は、突然の声にギクリと飛び上がった。  人の気配は全くなかった。それもそのはず、声の主は人ではない。 「お前、どこに隠れてやがった?」  ボールは、ピョンと台の上に飛び乗った。  目線が、市井より少し上になる。 「池田のところに行く気か? あいつを置いていくのか?」  バカにするようにユラユラと揺れながら、市井を見下ろす。  市井は、コブシを握りしめた。 「仕方がないだろ? あいつは、蛇のように執念深い。この店も、ユースケも滅茶苦茶にされる」 「簡単に諦めるのか? ずっと一緒にいるって約束したんじゃないのか?」 「お前なんかに、俺の気持ちがわかるかっ! この店の経営は軌道に乗ったし、俺がいなくても大丈夫って、お前が言ったんだろ? お前も一緒に連れて行ってやる。それで、いいだろ?」 「よくねーよ。男なら、約束を守れよっ! やる前から、諦めるなっ!」 「ボールは人間と違って、気楽でいいよな? 人間は、しがらみとか色々とあって自分の思い通りにできないんだ。わかりもしない癖に、口出しするなっ!」  ボールの言う通りだ。正論だ。  わかっているのに、素直に認められない。  市井は、大声で怒鳴ると、力任せにドアを叩きつけた。 「やる前から諦めてるのは、俺だな……ボールだって、しがらみがあるし、気楽じゃないんだからな」  ドアの向こうから、ボソリと呟き声が聞こえる。  中に引き返したい衝動にかられるが、思いとどまる。  考えろ。一番いい方法を考えろ。  市井は、ベンチに腰を掛けると、目を閉じて顎を擦った。  そして、おもむろに、スマホを取り出すと、電話をかけた。

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