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第4話

*** 『ゆうじさん、おはようございます。学校行きたくありません』  駅のホームで三本電車を見送った後、迷った末にダイレクトメールを開いて送信した。  僕は駅のホームにあるベンチに座って鞄を抱えながら、手持ち無沙汰にゲームのページをあちこち飛んでは、まだ引いてない朝のラッシュの人波に視線を流した。  笑顔の人なんて一人もいない。  皆能面みたいな顔で、個々の目的地へ向かっている。僕もさっきまであの中の一部だった。けれど、ドロップしてしまった。リタイア。  どうしても、学校に行きたくない。  僕は俯いてスマホを握り締めた。俯くと、頑なな心の殻の強度が増した気がする。こうやって、一人になっていく事が、安心する反面、孤独で心細くて、一人きりなのは自分だけだという不安にかられる。けれど、一歩足を出すことも引くこともできない。  すると、着信を知らせるバイブで、スマホが震えた。 『おはよ。俺も仕事行きたくない。学生なんだから、一日くらいサボっても問題ないんじゃね?』  ゆうじさんのどこか他人事で、それでいて突き放しはしない言葉に、僕は少しだけほっとしながら、 『もうサボって三日目です』  と、返信した。  返事は一分と経たずに返ってきた。 『不登校じゃん。なに、嫌な事でもあった?』  嫌な事。  不意に心の表面が分厚い氷みたいに堅くなった気がした。僕はキーボードの上で指を滑らせながら言葉を躊躇い、何もないです、と打っては消して、実は僕、と打っては消してを繰り返した。  電車がホームに滑り込んでくると、強い風が吹いて、髪がふわりと舞い上がり、視界を邪魔する。朝のざわめきが鼓膜のそばで響いては遠退いていった。 僕はスマホの画面に浮かぶキーボードをタップした。しかし、 『カズ』  不意に画面に無機質な文字が、僕を呼んだ。  僕は指を止めて書きかけた文字を消した。 『なに?』 『言いたくなかったら言わなくて良いんだけどさ。言いたいけど、なんて思われるか怖くて言えないって迷ってるんだったら、迷い損だからな』  ゆうじさんはそう言うと、 『満員で殺されてからの社畜入るから、なんかあったら言って。暇見つけて返す』  そう言うと、彼の気配が画面から消えた。 『ありがと。いってらっしゃい』  僕はそう返して、スマホの電源を落とした。 「学校、行こうかな……」  見逃すはずだった五本目の電車が、ホームにうるさいアナウンスと共に流れ込んでくる。僕は立ち上がると鞄を肩に掛けて、少しだけ姿勢を正した。

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