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第34話 お盆

今年もお盆が来た 緑川慎一は飛鳥井源右衛門の仏前に生前大好きだった井筒屋の羊羮と桃を供えた そして何時も使っていたテーブルの上の灰皿に、タバコに火を着けて置いておく 月命日とかも欠かさない慎一は何時もそうやって源右衛門の好きだったモノを供えていた 「源右衛門……子供達は幼稚舎に入園しました 貴方が見ていた頃よりも……大きくなりました」 源右衛門の仏前に日々の報告をしていく 「清隆さんは来年には会社を辞める気です 玲香さんはそんな清隆さんと共に辞める気です 二人して孫の子守りをしながら過ごすつもりです 瑛太さんは京香さんと仲良しで……京香さんは今妊娠中です 蒼太さんや恵太さんは前より飛鳥井に来る様になりました あぁ……恵太さんの娘の恵美ちゃんが菩提寺の姫巫女として入内しました 本来なら親元を離れて……が、決まりだった見たいですが、恵美ちゃんが親元から離れたくないと言ったので通いで……って事になりました」 返る言葉はない だが慎一は源右衛門に報告する 「………まだ引退は早い気がするんですけどね…… 源右衛門はどう思います?」 突然の清隆と玲香の引退発表に…… 誰しもが驚いた だが……そうさせてやりたい想いも強い 榊原は了承した 瑛太は渋々……了承した 玲香のポジションは京香が引き継ぐ事になった 清隆のポジションは空席のまま 後 数十年も経たないうちに、子供達が仕事を覚えるだろう そしたら副社長の部屋は子供達に明け渡して 榊原が社長、瑛太が会長になる ………との事だった 「………まだ引退は早い気がするんですけどね」 やっぱし……腑に落ちない慎一だった 「源右衛門、引退はまだ早い! ってビシッと言ってやって下さいよ」 ついつい愚痴る 一頻り源右衛門に話をして席を立って出て逝った 『……ふむ……そんな事になっておろうとはな……』 慎一はそんな呟きは聞いていなかった その夜 玲香は魘されていた 夢の中に源右衛門が出て来たからだ 『お主、仕事を辞めてどうすると言うのじゃ?』 目の前に源右衛門が現れて、玲香は驚いていた 「……お義父さま……」 本当に源右衛門なのですね…と玲香は泣いた 『………お主はまだ……我の死を悔やんでおるのか?』 「………源右衛門……我の残りの人生は…… 源右衛門が護ったあの子たちの傍で、あの子たちと共に源右衛門を悼む為に捧げようと想っておる」 『バカモノ!!!』 源右衛門の雷が落ちた 懐かしい怒鳴り声だった 「……お義父様……」 『よいか玲香、良く聞くがいい 飛鳥井はまだまだ乱世の真っ只中じゃ お主と清隆が支えずしてどうするのじゃ?』 「……そうでしたね……何故……忘れてしまったのだろう……」 『清隆にも雷を落としておく! お前たち二人はまだまだ楽など出来ると思うな! 儂が想い遺した総てを……担ってくれ玲香 あの子達が継ぐ日まで……飛鳥井の礎になって先へと繋いでくれぬか? 儂が出来なかった想い……お主と清隆で……』 愛すべき孫たちだった 源右衛門は家族を護る為に、その命を擲った だから玲香と清隆は、源右衛門が護るべき子達の傍で守ろうと決めたのだ だがそれは間違いだった…… 「……源右衛門……明日の飛鳥井の礎になり、あの子たちに……繋げて逝ける日まで護る事を約束します」 『それでよい……玲香、決して悔やむでない 儂はお前達を護れて、本当に良かったと想っておる 儂の命は尽きた……だが、飛鳥井は尽きはせぬ 飛鳥井はこれからも先へと続く それを護れたと言う事は儂の誇りじゃ だから儂の意思を継いで逝け玲香 康太を……頼む あの子は……そんなに長くは生きれまい…… だから……悔いのない人生を送れる為に……尽力を尽くしてやってくれ…』 「………お義父様……そんな事は……」 愛する我が子なのだ お腹を痛めて産んだ我が子なのだ その子が自分よりも先に逝く…… そんな事など考えたくはない だが……避けては通れぬ事実なら…… 我はもっと強くならねばならぬ…… 玲香はそう思った 「……お義父様……我は飛鳥井の女 我が子に悔いなど遺させるものですか! 康太が……逝くその日まで…… そして……康太が逝ったその後も…… この命が尽きる瞬間まで……護ろうと決めておる」 『玲香……京香が子を孕んでおる 知っておるか?』 「………え?……康太は瑛智が最後……と……」 『言っておった筈じゃろ? なのに今妊娠しておる 京香は堕胎する気でいた それを止めたのは康太じゃ 康太はその子を産ませる気でおる 京香はその命……賭する覚悟で出産に挑む覚悟じゃ 支えてやれ玲香 そして導いてやるのじゃ』 何かが……歪んでしまったのだろうか? 康太の果てが歪む それはあってはならない事だった だが……生を成した子を……歪みだと思いたくはない…… 玲香は覚悟を決めた瞳で源右衛門を見た 「源右衛門、我はまだまだ楽隠居する年ではなかった! 京香を支えて、孫の行く末を護ろうと思います」 『………修羅の道を歩ませるな玲香……』 「何を仰有います源右衛門 我は望んで歩んだ道なのじゃ… 死ぬまで突き進むしかない覚悟ならとうに出来ておる」 玲香はそう言い艶然と笑った 源右衛門はその笑顔を見て笑っていた そして静かに……消えて逝った その夜、清隆も源右衛門の夢を見た 清隆の場合…… 母 清香も出て来て、こってり絞られた 朝起きて清隆は涙を拭いた 夢だとは想えない怖さだった 清隆と玲香は引退を取り消した 康太は爆笑して 慎一は自分がボヤいたからかな?……と冷や汗をかいた お盆は亡き人の想い出に浸らせてくれる そんな邂逅の日々でなのかも知れない

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