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第37話 葛西繁樹
葛西の家は名跡に入る程の老舗旅館だった
代々受け継がれた老舗旅館には歴代の総理大臣や天皇家も幾度も訪れる程だった
葛西繁樹の父と言う人は、その評価だけでは満足出来ず
事業を手広くやっていた
バブルの頃は波に乗った事業だった
金持ちや中流階級の客がこぞって金を落とす時代だった
名跡の家名の出す事業なら……と少々高くても客は足を運んだ
だがバブルが弾けて
国内の情勢もかなり変わっていった
変化に応じたサービスを提供出来た者だけが、先へと駒を動かし
不景気の風を感じられなかった企業は縮小や破綻して行った
葛西の家もその仲間だった
バブルが弾けても、葛西の父親は上流思考を覆さず商売していた
それで傾きだした経営状況はどんどん坂を転がる様に堕ちて逝った
手広くやっていた事業は手放し
幾つも持っていたビルも手放し
幾つか持っていた土地や山も手放した
代々受け継がれて来た名跡が堕ちたも同然にされた
それでも……と躍起になり足掻いて手をだし
総てが裏目に出て……
葛西の家は虫の息となった
それでも……娘を欲する金持ちに、娘の意思など無視して嫁に出し
何とか食い繋いで来た
そんな時、葛西繁樹が拉致られて監禁され怪我をおった
息子が集中治療室に入れられ、治療されて行く
父親は……
「………治療費を払う金なんてない!」と母を責めた
元々、名家に相応しい家柄の嫁を目取っただけの間柄だった
二人の間に……愛などなかった
「お前の息子だろ!
治療費はお前の実家に出してもらえ!」
父親はそう言い一切見舞いに来なかった
母親は……もう実家に頼めないのを知っていた
事業の建て直しの為に……実家はかなりの出資をしてくれた
だが総て焦げ付いてしまって……
兄に『これ以上の出資は無理だ……共倒れになる……』と言われていた
母親は病院に事情を話して、支払いは待って貰う様に頼んだ
策は尽きて……母親は……息子を置いて蒸発するしかないと……まで追い詰められていた
家庭の事情を話して息子は大部屋に移る予定だったのに‥‥葛西は個室に入れられた
母親は払えないから大部屋に変えてくれ!と訴えた
『飛鳥井康太様が支払いはされるので個室に……と仰られたので個室に移しました
あなた方は支払いの事は気にせず、今は治療を優先になさって下さい』
と言われた
母親は心の底から安堵した
その事を夫に話すと、父親は『飛鳥井家真贋が繁樹には着いているのか……』と強気に出る様になった
飛鳥井家真贋が着いてるから……と融資をモノにした
自分達のバックには飛鳥井家真贋が着いてる
それは勝機を呼んだも同然だとばかりに……
自分達に止めを刺した
そして………総て取り上げられ……父親は破産した
私財を売っても足らない借金に………
母親は……離婚を切り出した
人身御供に出した子供達に……もう良いから……と連れ出した……
この奈落の底の様な生活を終わらせるには死ぬしかない
母は子供達に一緒に死のうと……言った
子供達は母親と共に散る方を選んだ
長らくの生活で…思考は正常な判断を欠いていた
無理心中しようとしている所に……天宮東青と言う弁護士が現れて……
離婚を成立させてくれて、住み込みで働ける場所も提供してくれた
母親は……人身御供に出した子供達と再出発を果たした
最後まで……葛西繁樹の事を気にしていた
だが、今の自分達は……生きていくだけでも精一杯で……
何も出来ないのは明白だった
天宮は『繁樹さんの事は面倒みるとおっしゃってます
今は…それを信じてあなた方は自分の人生のやり直しをして下さい
何時か逢える時は必ず来ます
繁樹さんも今、戦っています
後遺症に癒えない痛みと不自由さと戦っています
だからあなた方も……戦って下さい
そして何時か……繁樹さんに逢ってやって下さい
その時までは頑張って生き抜いて下さい』と今は離れるしかない現状を伝えた
母親と葛西の兄弟達はそれを受け入れ
新しい人生を歩み始めた
葛西繁樹の父親は、息子に出資したのなら……
と一縷の望みを抱いて、飛鳥井康太の周りを彷徨いた
最後は息子を人質にすれば言う事を聞かざるを得ない
そんな風に簡単に想っていた
ある日突然、息子が病院から消えた
気付いたら……葛西繁樹と言う人間はこの世から消えていた……
自分の知らぬ間に繁樹の親権を……母親である康子に移されていた……
その妻は離婚して何処にいるやら解らない
……八方塞がりとなった……
葛西の父親は……破産した
それでも多額の弁済は残り、少しずつ支払っていく事が決定した
住み込みで働ける所を探して働き始めた
人に使われると言う事を初めて体験して解る事が沢山あった
そして………無くしたモノの多さに……
贖罪の日々を……今も送っている
それでも……許されるなら……
何時か……この世を終えるまでには………
我が子に逢いたいと想う
そんな想いが強くなっていた
繁樹は……どうしたのだろう……
他の子も……どうしているのだろう……
怪我をおった子に……無理難題吹っ掛けた
飛鳥井康太を、連れてこい!と怒鳴った事もある
可哀想な事をした
色んな想いが思い出され
悔やむ想いが募る
悔やむ
そして贖罪の日々を生きる
そして夢見る
何時か…………
葛西は……入院中に……母を失った
母は……泣きながら……
『ごめんね……ごめんね……』と言い続けた
もう……とっくに限界を超えていた
愛のない結婚生活だったけど……
自分には子供達がいた
だが……その子供達を夫の言いなりになり……
政略結婚させた
政略結婚で嫁がされた自分だったのに……
子供達に同じことをさせた
夫の言いなりになっていた自分が悔やまれる
そして……何より……怪我して傷付いた子を……
置いて自分は行こうとしている……
限界を超えていた……
だからと言って……この子を置いて逝って……
心が鬩ぎ合う……
離婚が成立して葛西は母親の姓を名乗る様になっていた……
戸籍上は『室岡繁樹』
だが、葛西は葛西のままでいようと想った
何時か……父の無くした旅館を、手に入れる
葛西の名跡を蘇らせる
そうしたら……この命……
飛鳥井康太の為だけに使う
そう決めていた
自分を生かしてくれたのは飛鳥井康太だ
ずっと憧れていた
初めて飛鳥井康太を目にしたのは悠太と友達になる前だった
神楽四季を呼びに行った時、葛西は初めて生命力の漲る人をみた
そしてその強さに恋をした
その日から葛西はずっと焦がれていた
胸の中に咲く……飛鳥井康太と言う想いの花
彼の瞳に写る日が来れば良い
そんな想いだけ便りに葛西は生きてきた
初恋
だった
淡い初恋は今も胸のなかで膨れ上がり……
初恋の花は胸の奥深くに突き刺さり……血を流している
だが葛西は……飛鳥井康太が幸せそうに笑っててくれれば……
生きていけた
今までも
この先も………
自分の命を捧げる人
俺は……貴方が笑っててくれれば……生きていけるんだ
葛西は親に捨てられた
だが、飛鳥井康太に拾われ
命を繋がれた
葛西は天涯孤独になったが、康太がいてくれるから……生きていけた
そして何より……
共に生きる友が生きていてくれた
その存在は大きい
無くさなくて良かった
友がいてくれる限り……自分は歩み続ける
共に歩み続ける
その先に……康太さん
貴方がいるならば……
葛西は康太の弁護士の天宮東青に総ての手続きをして貰った
そして葛西繁樹の後見人に飛鳥井康太がなったと告げられた
寮の費用、毎月の生活費
必要なモノは毎月振り込まれる中から捻出する事
と具体的な生きてく術を与えて貰った
そして桜林の寮へと入った
葛西は天宮に「俺は恩返しなんて大それた事は出来ない……だけど康太さんの役には立ちたい
なので飛鳥井建設でバイトさせてください
現場は無理ですが、経理なら家でやってました
家を建て直すまでは出来ませんでしたが……少しなら役に立てます」と申し出た
天宮は康太から葛西がそう申し出るだろう……と聞かされていたから……
『君の家は、君が手を貸さねばもっと早く破綻は来てました
君は最後まで頑張ったと康太は申してました
君が旅館を取り戻せる様に鍛えて貰って下さい
その手筈は着けてあります
君は飛鳥井建設が誇る経理監査役の元でバイトをなさい
大学までは面倒を見ます
それ以降は、自分の好きな道を逝けと……康太は申しております
返す恩などないから、お前はお前の好きな道を逝け
誰かの為に逝く道は逝くな
そう申してます
それが飛鳥井康太の望みです
ですから君の人生は君が主役の人生をお逝きなさい』
康太の無償の愛が痛かった
葛西は泣いた
泣いて
泣いて……胸に刻んだ
そして想う
貴方を愛して良かった………と。
葛西は名は変わったが、学園では【 葛西 】のままでいたいと申し出た
天宮は『ならば総て取り計らいましょう!』と申し出を飲んでくれ……
葛西は今も葛西繁樹として生きていた
このステージを作ってくれたのは康太さんだ……
だから葛西は全速で逝くと決めていた
友と駆け上がると決めていた
「葛西!本番だ!」
「あぁ、解ってるさ悠太!」
「康兄程じゃなくても俺達の伝説を築こうぜ!」
「だな!俺達しか出来ない日々を刻んで逝こうぜ!」
葛西は笑っていた
これからも生きる為に笑っていた
そして少年達は駆け出した
今を生き抜く為に駆け出した
「共に逝こうぜ悠太!」
お前と共なら……何処までも逝ける
「あぁ!逝こうぜ葛西!」
お前がいるから逝ける果てに……
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