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第41話 お茶漬け

誰もいなくなった家を歩き回った オレっちが育った場所は人がやたらと多くて 見知らぬ人が遊びに来る旅館と言う所だった 遊びに来た客が廊下に寝ているオレっちを触る オレっちは面倒臭いから好きな様に触らせてやった 可愛い よく言われた よく言う…… こんな汚い毛並みの猫なんて要らないって言って捨てられたオレっちが…… 可愛いと言われて撫でられた 夢のような時間だった でもさ、夢は醒めちゃう あんなに沢山の人で賑わっていた空間にいた人間は消えた 誰もいない 声もしない 気配もない この家には……誰もいないのだ 還って来ない家の中で…… 還らぬ人を待つ 迎えなんて来ないのを解っていて…… それでも心の何処かで…… 迎えに来てくれって想っちゃう バカだな…… 置いていかれたのを解っているのに…… 雪降る寒い日にオレっちは死ぬかと想っていた 血統書つきの母さんが雑種の父さんと子を成したから…… 怒った飼い主はオレっち達兄弟を段ボールに入れて捨てた 見目の良い順から拾われた 拾われなかった兄弟は………雪降る寒い夜に…… 動かなくなって逝った このまま……自分も……死ぬんだと想っていた そんな時「あれ?子猫?」と気付いたアイツがオレっちに近寄ったんだ 緑と茶色のゴマゴマ模様は汚いと言われた オレっちを見る奴総てが汚いと言った 緑色の毛なんて呪われてる……とまで言われた なのにアイツは…… 冷たくなった兄弟の中からオレっちを抱き上げて…… 「俺の所へ来るか?」と聞いたのだ オレっちは寒さで鳴く事も出来なかった ブルブル震えて…… 抱き上げてくれたアイツのぬくもりに…… 安堵したんだ アイツは段ボールを持ち上げると、オレっちをブレザーの中へ入れてくれた そして冷たくなった兄弟は…… アイツんちの庭の片隅に埋めてくれた それがアイツとの出逢いだった 家に連れていってくれたアイツはオレっちを暖かいブランケットで包んでミルクを飲ませてくれた 「お前、変わった毛色してるな!」 オレっちの毛並みを触ってアイツは言った 解るから…… 汚いんでしょ? オレっちは傷付いた瞳をアイツに向けた アイツは優しげに笑って 「お茶漬けみたいな毛並みだな 緑と黒のゴマゴマ……お前、お茶漬けな! 何かお前見るとお茶漬けが食いたくなるな!」 オレっちに名前をつけてくれた お茶漬け それがオレっちの名前だった 「お茶漬け、ただいま!」 そう言いアイツが帰ってくるのをオレっちは待つ オレっち……アイツが好きだ 心優しいアイツが好きだ オレっちは本当にアイツに拾われて良かった 一時でも飼い猫として幸せな時間を送れた アイツと暮らした五年の月日は幸せだった もう充分だ アイツの家の経営が上手く行かなくなっていたなんて知っている 日々減っていく客と猫なんて見る余裕のない回りの大人を見れば…… 状況なんて把握出来ていた ある日突然……アイツが還って来なくなった…… 家から……母さんが消えて 父さんも消えた そして誰も……いなくなった…… 還って来る人がいなくなった…… 灯の灯らぬ家に一匹 取り残されたのだ 捨てられたのだ 解っていても……… オレっちは……アイツが来てくれるんじゃないかって…… この家から離れられずにいる 迎えなんて来ないのを解っていて……… 心の何処かで迎えが来るのを待っているんだ…… シゲ…… シゲ…… オレっち……何時まで待てば……… お前に逢えるんだ? このまま……召されるのかな? 空腹と飢えに脱力して寝そべっていると 「お茶漬け!」と名前を呼ばれた 重い体躯を持ち上げて声のする方を見た 見知らぬ奴だった 「お茶漬け、迎えに来るのが遅くなったな 葛西の意識が戻らなかったからな……気付いてやれなかった」 ニャー(あんた誰?) 「俺は緑川一生、お前のご主人様の知り合いだ」 ニャーニャーニャー(何でいるのさ!シゲはどうしたんだよ!) 「葛西は入院しているんだ…… 葛西の意識が戻らなかったからな お前がこの家にいるのが解らなかったんだ 葛西は心配していた 家を空けて4ヶ月は経っているからな…… 死んでないかな……って心配していた 良かった……餌、何とかあったんだな」 ニャーニャーニャーニャニャニャーニャー (アイツの親父が十キロのキャトフードの袋を破いて置いて逝ったから餌はあった) 「そっか……間に合って良かった さぁ、行こうなお茶漬け」 ニャーニャーニャーニャニャニャーニャー (何処へ行くのさ……シゲの所か? シゲの所へ連れて逝っておくれよぉ…… シゲに逢いたいよぉ……) 一生は辛い顔をしてお茶漬けを見た そして告げる 「……葛西は入院しているから、葛西の所へは逝けねぇ…… そして治ったとしても葛西は還る家がねぇからな寮に入る だからお前は……悠太って奴の所へ逝くんだ お前のご主人様の友達だ ………と言っても悠太も入院しているからな 取り敢えずお前は病院に逝くんだ そこで検査して貰って体調を元に戻せ 良い子で待ってれば葛西に逢わせてやる 更に良い子で長生きすれば大学に入ったら一緒に過ごせる様になる だから今は耐えろ………耐えて現状を受け入れてくれ……」 お茶漬けは泣いていた…… その瞳からボタボタ涙を溢して……泣いていた ニャ……ニャーニャー……ニャー…… 苦しげに鳴き声をあげる (シゲ……何処か怪我したのか? ならオレっちは此処でシゲを待つ) 「…それはダメだお茶漬け 葛西は此処へは戻らねぇ……戻れねぇんだ」 ニャー……ニャ…… (……何で……オレっち……また捨てられたのか?) 違う…… と言ってもお茶漬けにとったら……捨てられたも同然の事だろう 「………葛西は瀕死の重体だったんだ 怪我は治っても動ける様になるにはリハビリしねぇと動けねぇ…… 葛西は当分病院からは出られねぇんだ…… そしてこの家はもう誰も還っちゃ来ねぇ 此処の家の家族は皆、別々の場所で違う道を歩き始めた……… もう家に還って来る家族はいないんだ」 辛い現実を告げてやる 猫は家に宿る 犬は人に宿る その棲家はダメだから次の所へ逝けと言っても…… 容易ではないだろう それでも……この家にいさせる訳にはいかない ニャー……(いつか……) ニャニャニャーニャー?(シゲに逢える?) ニャンニャン……ニャニャニャン (シゲに逢えるなら……何処ででも待ってる) 最大の譲歩だった 「……何時か逢わせてやる 俺が逢わせてやるから……今は……堪えてくれ……」 一生は泣いていた 動物の言葉も想いも解る赤い龍は……… 小さき魂を見守ると心に誓った ニャー(解った) 一生はお茶漬けを抱き上げた お茶漬けは抵抗もなく一生に抱き締められていた お茶漬けを腕にして車へと向かう 車の前には榊原と康太が一生を待っていた 一生の手に猫の姿があり康太は息を吐き出した そんな康太の肩を抱き榊原は 「……ご苦労様でした一生……」と労いの言葉を投げ掛けた 康太は「生きてたんだな……」と猫を見て呟いた 「十キロのキャトフードの袋を破いて置いて逝ったらしい 息子の飼ってる猫を捨てるにしても……飢えさせるのは忍びなかった……って事だろ?」 一生は胸くそ悪そうに吐き出した 「ガリガリだな……」 痩せてガリガリな体躯を痛々しげに見詰めて言葉にする 「キャトフードも底着いていたからな、あと少し遅かったら……間違いなく逝ってただろうな」 康太は後部座席のドアを開けた 一生は猫を抱き締めたまま乗り込んだ 後部座席には猫のキャリーも置いてあったが、キャリーには入れずに腕に抱いていた 榊原は康太を助手席に乗せると運転席に乗り込み車を走らせた 車は一ノ瀬動物病院へと向かう 一ノ瀬には葛西の家に逝く前に連絡を入れた 『……生きていたら連れて逝くから……頼めるか?』 ………と。 一ノ瀬は『はい!必ず連れて来て下さい!僕は連れて来たら処置できる様にして待ってます!』と言ってくれた 「……一生……辛い事を頼んで悪かった……」 「……気にするな康太…… 俺はコイツを助けに逝けて良かったと想っている 俺が抱き締めてやれて良かったと想っている」 「……ありがとう……一生」 「おめぇが望むなら……この命だってくれてやって言ってるじゃねぇか!気にするな!」 「……お前の命なんて要らねぇよ! 消化不良おこしそうだかんな!」 一生は康太の座席をドカッと蹴りあげた 「そのお口……縫い付けてやろうか?」 「それは嫌だもんよー! お口を縫い付けられたら伊織のを舐めれねぇじゃねぇか! 伊織の全部、舐めれねぇのは嫌だかんな、止めてくれ」 盛大に惚気られ一生はうんざりとした顔をして 「………お前……もう黙れ!」と怒った 康太は笑って……… 「お茶漬け生きろ! 何時か一緒に暮らせる日まで……長生きしろ!」と言葉にした お茶漬けは「ニャー」と答えた 一ノ瀬動物病院へお茶漬けを連れて逝くと、即入院となった 衰弱した体躯は餌も受け付けなさそうで、点滴された お茶漬けはどんなに痛い苦しみにも耐えて鳴かなかった シゲの所へ逝くんだ シゲに逢えるその日まで……オレっちは死なない シゲと暮らせるその日まで……オレっちは死なない そう自分に言い聞かせ 生きる希望をその瞳に灯した 元気になったお茶漬けは飛鳥井に引き取られた 【後日談】 お茶漬けは金髪のイケメンに飼われる様になった 金髪のキラキラは聡一郎と名乗った その聡一郎は子持ちで、その子供がお茶漬けと一緒にいたがった 「永遠、またお茶漬けと寝るのですか?」 換毛期の猫は毛が凄いのだ 一緒に寝るって事はお布団も凄い事になるのだった 「ダメですか?父様」 悲しそうな顔で謂われると‥‥ついつい 「ダメじゃないです」と謂ってしまう 永遠はお茶漬けに頬ずりした お茶漬けも………最近は何とか永遠に抱き締められても大丈夫になってきた 慕われて好きと言われて嫌な気はしない 病院を退院して飛鳥井の家に貰われて来た 飛鳥井の家はやけに犬臭かったが、優しい犬はお茶漬けを無条件で受け入れてくれた 家の中を好き勝手に歩ける様に、猫用のドアがもうけられた 聡一郎の部屋と、応接間に猫用のドアが出来ていた 聡一郎の部屋を出てウロウロと歩く ここ最近のお茶漬けのお気に入りは応接間 日当たりの良い場所を犬に譲ってもらって丸くなる 時々、コオとイオリがペロペロ毛繕いをしてくれる 『コオ、イオリありがとう』 『お茶漬け、この家に慣れた?』 コオが無邪気に問い掛ける 『慣れたよ……もう大丈夫……』 お茶漬けが強がるとイオリが 『お茶漬け、ボク達の前で強がる必要はありません 君が誰かをずっとご主人様だと想っているなら忘れる必要なんてないのです』 強がりな猫を鼻で突っつき言葉にしてやった 『…イオリ……それじゃ……恩知らずな猫になっちゃうよ』 『君がいたい場所へ逝く ボク達はそれを恩知らずなんて想いませんよ? ボクはコオの隣にいたくて、この場所に来た この場所がボクのいる場合だと想っています でも君のいる場合は此処じゃないんでしょ? それはそれで良いとボクは想うよ 君は君のいたい場所へ逝けば良い 逝けると良いですね 君のいたい場所へ逝けると良いですね』 『………イオリ……』 お茶漬けはニャーニャー泣き出した 『夢は諦めなきゃ叶います 諦めずにいれば、願った先に逝けます!』 優しい言葉だった 優しい言葉はお茶漬けを癒して……泣かせた 『………何時か……シゲの傍に逝くんだ……』 『逝けますよ』 『きっと逝けるよ!』 コオとイオリはお茶漬けに笑い掛けた ガルは母さんに甘えて眠っていた 『でもねイオリ……コオ…… オレっちはこの家のみんなも好きだ…… この場所も大好きだ……離れたくない程に……』 優しい人の想いに触れて、お茶漬けはこの場所もかけがえのないモノになって逝く 『そっか……ボクもお茶漬けが大好きですよ』 『オレも!大好きだぜ!お茶漬け!』 『…う~ん……ボキュも……好きだよ』 コオとイオリが言うとガルも寝ぼけてそう言った お茶漬けは『ありがとう……』と言い泣いた 玲香があずきと共に応接間に入って来ると、お茶漬けを持ち上げた 「少し重くなったのぉ~」 嬉しそうに言う ソファーに座りお茶漬けを膝の上に乗せて撫でる 「毛艶も戻ったな 沢山食べて元気になれ そしたらよい事がきっとあるからのぉ~」 お茶漬けはゴロゴロ喉を鳴らして撫でられていた あずきがコオとイオリに甘える様に近寄って逝った コオとイオリはあずきを舐めてやった 飛鳥井の動物は皆、仲良しさん達だった 葛西の元へ逝ける日までお茶漬けはここにいようと心に決めた 葛西の元へ逝ったたとしても、この家の人たちの事は絶対に忘れない 絶対に……

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