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第43話 逢いに行くよ

隼人は横浜が一望出来る霊園に立って 妻だった女の墓石の前で報告していた 「菜々子、音弥がお歌を歌ったのだ」 隼人はそう言い携帯の再生ボタンを押した 携帯からは音弥の声が聞こえた 楽しそうに歌う声が響き渡った 「音弥は幼稚舎に入って成長したのだ」 音弥の誕生日には今幾つになった……とか 音弥の運動会やお遊戯会には、音弥はどうだったと何かにつけて報告に来るのが、隼人の日課となっていた この地に墓石を設けてくれたのは康太だった 菜々子の両親は死に絶え 何処に墓があるか解らなかったから…… 康太はこの地に菜々子を眠らせてくれた 大好きな横浜の地をが見える場所に……眠らせてくれた 隼人は我が子の報告に来るのが日課になった 隼人は菜々子と死に別れてから恋はしていなかった 今……誰も愛せないと想った 恋はまだ怖い 誰かを愛すのは…… まだ怖い 手に入れても亡くすかも…… と考えると怖くて動けなかった そんな時……康太は何時も言ってくれる 『焦らなくても何時か愛する人はお前の前に現れる そしたら一緒に住もうな……死ぬ瞬間まで一緒にいような……』と。 だから歩こうと想った 歩みは遅くとも…… 歩いて逝こうと決めたのだ 「………菜々子……音弥は本当にオレ様似ているのだ……」 音弥を菜々子の墓前に連れて来た事は一度もなかった 連れて来たい想いはある だけど……音弥は飛鳥井の子なのだ…… 隼人がそう想いに耽っていると……腰の辺りにドンッとぶつかる感触がした そーっと下を見ると…… 「ひゃやと おとたんもおひゃかまいり ちゅりゅにょ!」 と音弥が笑っていた 「………音弥………」 隼人は唖然となった だが気を取り直して音弥に問い掛けた 「……音弥……誰と来たのだ?」 すると音弥は笑顔で「かぁちゃ!」と答えて指を指した その指の方に顔を向けると、康太が一生と一緒に立っていた 「………康太………」 隼人は泣きそうな顔になり……康太の名を呼んだ 康太は音弥を抱き上げて 「音弥、菜々子って言う人が眠っている 名前、呼んでみろ」 そう言い聞かせた 「にゃにゃきょ?」 「そうだ。菜々子にご挨拶しろ!」 康太はそう言い音弥を下ろした 音弥は墓前の前にちゃんと立つと 「あちゅきゃい おとやれちゅ! よろちく!にゃにゃきょ!」と挨拶した 康太は音弥の横に屈むと頭を撫で 「お前にとっても大切な人だ 絶対に忘れるんじゃねぇぞ!」と言い聞かせた 音弥は「あい!」と返事をした 返事をしたが……なにかを察して怖くなって、康太に抱き付いた 「………おとたん……わちゅれにゃい! れも…おとたん…かぁちゃにょきょ!」 そう言い泣き出した 康太は音弥を抱き上げると強く抱き締めた 「そうだ!音弥はかぁちゃの子だ とぅちゃの子だ…… オレと伊織の大切な宝物だ」 ギュッと康太に抱き着いて…… 「おとたん げんち! おとたん きょうらいとにゃきゃいい! おとたん あちゅきゃいのきょとちていきちぇる!」 とそう言った 隼人は音弥の頭を撫でて 「音弥は康太と伊織の子なのだ そんなのはこの先も変わらないのだ それを……このお墓の人も望んでいるのだ お前の幸せだけを……望んでいるのだ」 と口にした 音弥は隼人に手を伸ばした 隼人は音弥を受け取って抱き締めた 「………ありがとう康太……」 何時になっても音弥を逢わせる勇気は……出なかった 見せてやりたい気持ちはあっても…… 音弥を連れて来る勇気は出なかった 康太は菜々子の墓前に 「音弥は兄弟と仲良く日々成長している だから安心してくれ……」と想いを伝えた 親なれば…… 近くで我が子の成長を見たかったに違いない 我が子がちゃんと笑っているか…… 知りたかったに違いない それが出来ずに逝かねばならなかった運命だった そんな……命を懸けた母の事を…… 何時か話してやるつもりだった 何時かすべてを話す 我が子一人一人にすべてを話す それで飛鳥井から出て逝っても仕方がない事だと想っている 明日の飛鳥井の礎に組み込まれし運命だとしても…… 自由にしてやりたかった すべてを話して恨まれても仕方がないと想っていた 「忘れるな音弥 絶対に菜々子の事を……忘れるな」 康太は願う 我が子の幸せを…… 我が子の傍にいられなかった菜々子の分まで…… 我が子の幸せを願うと決めていた 「おとたん わちゅれにゃい おとたん いちゅかわかりゅひくりゅ…… れも おとたんはかわらにゃい おとたんはあちゅきゃいのきょらもん!」 なにかを感じて日々成長している子は…… 明日を信じて確かな道を歩んでいた 隼人は笑って康太に甘えた オレ様は飛鳥井康太の長男なのだ その想いは強い 誰に育てられずとも 自分は飛鳥井康太に育てられたのだ 血は繋がらずとも…… 飛鳥井康太の魂を受け継いでいるのだ 「康太、流生や聡一郎達を呼んでファミレスに逝くのだ」 自分が今生きてられるのは飛鳥井康太がいてくれたから…… 何も詰まってなかった自分に、総てを詰めてくれた人…… 唯一無二の存在 自分はその人の長男だから、胸を張って生きて逝こうと決めたのだ 「うし!一生、連絡頼むな ついでに運転も頼むな」 「解ってんよ! おめぇはなにもしなくて良い 気にするな!」 一生は笑って聡一郎に電話を入れた 隼人が康太に甘えていると、脛を蹴られた 「ひゃやとあまえりゅにゃ!」 「オレ様は良いのだ」 「かぁちゃ おとたんにょ!」 「康太はオレ様のだ!」 取り合いして喧嘩になる 何時もの事だった 「ひゃやと、ぎゃみゃんちらにゃい!」 「音弥、我慢知らない!」 言い合いは続く 隼人は菜々子の墓前に別れを告げる 「菜々子、また逢いに来るのだ」 すると音弥も後に続き 「にゃにゃきょ おとたんもまちゃくりゅにょら」 そう告げる 隼人は泣き出した 墓前にしゃがんで泣き出すと、音弥が隼人の頭を撫でた 「にゃきゃにゃいにょ!いいきょ!いいきょ!」 両親にやってもらっている事をする 良い子に育っのだ菜々子…… 本当に良い子に育ったのだ オレ様一人では、此処まで良い子には育てられなかったのだ 康太に託したから……今があるのだな菜々子 優しさや思い遣りを教えてくれた人 自分に子供をくれた人 菜々子………お前より愛せる人はまだ見付からない 菜々子……だけど……お前の想い出が……透き通る様に美しくなって逝くんだ…… 想い出になってしまうのが怖い 想い出は美しく…… 日々尊くなって現実から離れて逝くから…… 「隼人、オレ達は……それでも生きて逝かねぇとならねぇんだ オレだって……じぃちゃんを想い出にしたくなんかねぇ! 家族だって……そう想っている だけど日々生きて逝くってのは……止めておけねぇって事なんだ 想い出は美しい だってその人は時を止めているからな だけどオレ達は生きて逝かねぇとならねぇ…… 忘れるんじゃねぇ 想い出にするんだ 想い出は美しい 光輝く想い出になれば良い そうして人は先に進んで逝くんだ…… だから悪い事じゃねぇんだ 忘れちゃいけねぇって頑張らなくても……良いんだ」 「………康太……」 「日常に埋もれて忘れていても、夕陽を見て思い出す時だってある 人はそうして生きて逝くんだ 匂いと景色と情景と……脳に刻まれたその人が消えてなくならなかったら……それで良いと……オレは想うんだ」 「………オレ様は笑ってても……良いのか?」 「良いんだよ! むしろ、笑っててくれと菜々子は願ってるさ お前と音弥の幸せを誰よりも願っているのは菜々子だろ?」 「………康太……康太……」 隼人は子供の様に泣きじゃくり、康太に抱き着いていた 音弥はそれを見ていた なにも言わずに……黙って見ていた 車に乗る頃には隼人は眠っていた 音弥は隼人の横に乗り込み、隼人の手を握り締めていた 「……ひゃやと……にゃにゃきょ……いたにょに……」 墓前に哀しげに笑う人がいた 隼人は気付いていないが、音弥は気付いていた そして目が合うと優しく「音弥?」と問い掛けられた 音弥が頷くとその人は優しく音弥を抱き締めた 『音弥……幸せ?』 問い掛けられ音弥は頷いた 『そう……良かった……』 『おとたん わちゅれにゃい おとたん いちゅかわかりゅひくりゅ…… れも おとたんはかわらにゃい おとたんはあちゅきゃいのきょらもん!』 音弥は敢えてその言葉を口にした 菜々子は透ける手で音弥を撫でた 幸せにね…… 誰よりも幸せ…… 哀しげに紡がれる言葉が音弥を包む そして泣きじゃくる隼人を優しく抱き締めていた 音弥はそれをじっと見ていた 康太は音弥に「視えたのか?」と訪ねた 「にゃにゃきょ?」 「……そうだ……そうか……封印しても尚……その力衰えぬか……」 「かぁちゃ おとたん あちゅきゃいのきょ! おとたん かぁちゃととぅちゃにょきょ! ちょれ わかっちぇれば らいじょうぶって、とぅちゃいっちゃ!」 音弥の言葉に康太は笑った 「音弥、なに食うよ? 好きなの頼んで良いぞ」 「ひょーろーきゅん くりゅにょ?」 「貴史?……一生、貴史がご所望らしい……」 「わぁったよ!んとによぉ!」 一生はブツブツ言いながら路肩に車を停めた そして兵藤に電話を入れた すると兵藤は既にファミレスに来てるとの事で、一生は急いで車を走らせた ファミレスに逝くと、腫れぼったい目をした隼人は……照れ臭そうに…… 店内に入って行った ファミレスに逝くと榊原も来ていて、康太は榊原の横に走って行った 「伊織!」 「康太!」 恋人同士は場所も考えずに熱い抱擁をしていた みんなはそれには触れずに隼人を弄った 聡一郎は「隼人、こっちに来なさい!顔を拭いてあげます」と言い隼人の手を掴んだ 「後で目を冷やしましょう 明日は撮影なんでしょ?神野か卒倒しますよ」 「………聡一郎……すまないのだ」 「気にしなくても良いのです 最近食べてないんでしょ? みんなといる時は何も考えずに沢山食べなさい」 「聡一郎……」 聡一郎が言うと流生も 「はやちょ たくちゃんたべりゅにょ!」とニコッと笑った 太陽は「ひにゃのあげゆ」とハンバーグの横にあるウィンナーをホークで刺して隼人に差し出した 「……太陽のが減っちゃうのだ」 「へっちぇも……ひゃやとげんちににゃればいいのら」 優しさがそこにあった 大空も黙って唐揚げを差し出した 「………大空……」 「ひゃやと みんにゃいる げんちらすのにょら」 慰められて絆を感じる 日々一緒に暮らしている家族としての絆があった 翔は兵藤の手を引いて、ドリンクバーに出向きメロンソーダを入れてくれとせがんだ 「めりょん はやちょにあげりゅにょ!」 押してくれと目で訴える 兵藤はコップを取り出し氷を入れてメロンソーダを注いだ そのコップを翔は受け取り隼人へ運んだ 兵藤は翔に「翔、おめぇは?」と問い掛けた 「かけゆ めりょんちょーら」 「おし!メロンソーダだな」 兵藤はメロンソーダを入れると翔に渡した 流生はテーブルの下から兵藤の方に行くと 「ひょーろーきゅん りゅーちゃ おりぇんじ」 と甘えて訴えた 兵藤は流生にオレンジを入れてやると他の子にも何を飲むか問い掛けた みんなの好きなジュースを入れてやると、テーブルの上に置いた 康太が「貴史、オレは?」と便乗して甘えた 「メロンソーダで良いんだろ?」 「貴史は良く解ってるな」 康太が笑ってそう言うと兵藤は 「お前の子のメロンソーダ好きは母親譲りだな」 と笑ってそう返した 優しい時間が流れていた 隼人は優しい時間に癒され……日々を生きていた 隼人の家族と仲間たちだった 隼人は「オレ様は幸せだな」と呟いた 康太と榊原は笑っていた 聡一郎と慎一は顔を見合わせて 「僕も幸せですよ」 「俺も幸せだな」と答えた 一生も「俺もめちゃくそ幸せだぜ」と答えると 兵藤も「俺も!最近本当に大切なモノが何かって解って来たんだ! 俺は大切なモノを護る為なら何だって出来る どんな事だって出来る……って想うんだ だからさ大切な日々を感じれる時間は大切だな」と答えた 隼人はそんな兵藤の言葉を黙って聞いていた それすらも愛しき日々 康太が教えてくれた愛だった 菜々子が命を懸けて護ってくれた愛だった 菜々子…… お前の他の誰かを愛したとしても…… オレ様はお前に逢いに逝くのだ 愛する人と逢いに逝くのだ だから見守っていてくれ……菜々子 音弥を見守っていてくれ…… 隼人はギュッと胸を押さえた 幸せはあなたを包んでいるから…… それこそが菜々子の願いだった

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