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第47話 最悪な二人 後半戦②
悲しい声の響きだった
康太は顕彰の頭をガシガシ撫でると
「静間顕彰は死んだ
お前はもう母親を気にしなくても良い
誰に気を使わなくても良い
お前の人生だろ?
お前の好きに生きれば良いんだ!」
「………良いの?そんな風に生きて良いの?」
迷子のような瞳をして康太を見ていた
「……こいつの中身は空っぽだな……」
康太が呟くと兵藤も「昔の隼人みてぇだな」と言った
「放っておけねぇんだろ?
お前は昔からそうだもんな」
兵藤はそう言い康太の胸を叩いた
「………オレも空っぽだったからな……
中身のなんにもない傀儡……でしかなかったから解るんだ
自分が誰よりも空なのを知っているのに……詰められなくて苛立つ事しか出来ない……そんな自分を……な。」
「康太………」
「静間顕彰、お前はこの名を捨てる事となる
それで良いか?」
康太は話をそらして顕彰に問い掛けた
「はい。もう……僕にはなにもない……」
言われる通りにします……とか細い声で言った
「村松康生、お前は監督の息子になって人生をやり直せ!
お前の大好きな映画監督の息子になれ!
オレの名前を一文字やるから生きろ!」
康太は胸ポケットからペンを取り出すと、村松康生と漢字で書いた
「村松……康生……それが僕の名前ですか?」
「おう!正式に手続きしてやるからな、そしたらお前は村松の元で映画のノウハウを叩き込まれろ!
父を越す映画監督になれ!」
顕彰は俯いて……顔を覆った
康太はPCの画面を眺めたまま
「ヘッドハンティングの北村は営業
現場を取り仕切るは秋田、中西、伊東、佐橋
実働は 木内、並木、前田、宮前
社長は緑川慎一だな」
人選をしていく
元社員達は何が起こったのか解らず…不安そうな面持ちで座っていた
PCを触っていると胸ポケットの携帯が震えた
康太は取り出して電話に出た
「慎一、待っててくれてる?」
『はい。今日は監督は都内のスタジオにいたので楽勝でした』
「後少しで到着する
天宮は来てるか?」
『はい。東青さんは俺が来る前に来ておいででした』
「なら総ての駒は出きったな!」
康太はそう言い電話を切った
バスは都内のスタジオの駐車場で停まった
駐車場には慎一が出迎えに来ていた
「慎一、突然に悪かったな」
「構いません!
総ては貴方の想いのままに配置して御座います」
「そっか!ありがとう」
康太はバスから下りてスタジオの中へと入って行った
スタジオの中へ入ると村松康三が康太を待っていた
「監督、待たせたな!」
「私に逢わせたい方がいるとの事ですが、何方ですか?」
村松は事前に慎一から聞かされていた質問をした
康太は顕彰を前に押し出すと
「村松康生と言う名前にして、お前の息子として育ててくれ!」と、とんでもない事をさらっと言ってのけた
「………今……さらっと言いましたね」
「村松康三を継ぐ者だ」
「……この方はこの方の人生があったのでは?」
無理強いじゃないかと村松は心配して口にした
「こいつの人生は今日、この時からスタートするんだ
お前が嫌でないのなら、こいつに新しい人生をスタートさせてやってくれ!」
「……私は親になれるかは……解りません」
こんな大きい子の親になんてなれますか?と村松は嬉しそうに笑った
顕彰は不安そうな顔で…ガクガク震えながら立っていた
村松は顕彰の肩を抱いて
「名は?」と尋ねた
「……捨てた名前は……」
「違うよ!康太が君に与えた名前は?」
顕彰は掌を開いて見せた
「村松康生か、良い名前だね
私と康太の名前を一文字取って生きろと言う意味ですね」
顕彰は驚いた顔して村松を見た
「なら君は今、この時より村松康生となりなさい!」
名前を貰った
与えられた名前を聞いて……康生は泣いた
村松康生としての人生が始まった瞬間だった
康太は配置さえすると後は興味もないのか、天宮に
「登記簿の作成してくれた?」と問い掛けていた
「はい。準備万端に御座います」
「慎一、大変だろうけど一年間、頼めるかな?」
「はい。大丈夫です
この中の一人を仕込んで仕事させれば良いだけの事です
それだけの実力は伴っている人材なのですよね?」
「倉橋はヘッドハンティングをしていただけに人を見る目はある
営業にも向いてるし、しかも計算に長けている
お前の補佐に着かせて、秋田を監視主任にさせれば良い
中西、伊東、佐橋は監督をしていただけあって現場を見通す目はある
木内、並木、前田、宮前は主任をしていただけあって即戦力になると想う」
「……流石、我が主、適材適所配置されたと言う事なのですね!」
「そうだ!捨てる神あれば拾う神あり
コイツらは飛鳥井建設を退職した奴等だ!
改めて履歴書は受け取って一応面接はしとけ!
書類を作成する時誓約書も添えてな書かせろ!」
「総て天宮さんが作ってきてくれました」
慎一は元社員や元ヘッドハンティング達を着席させると
「我が社はセカンドチェンジと言う会社です
主な業務は、熱き想いと言う映画のセットの建設
小道工の作成……まぁ映画のセット全般を手掛ける会社だと想って下さい
期間は一年間
それ以降の契約を希望でしたら自らの手で実績を作って下さい!
実績が出来れば生き残れる可能性は出て来るので頑張って下さい
ざっと説明しましたが、解りましたか?」
倉橋は「……あの……新しい職場を……用意して下さるのですか?」と問い掛けた
慎一は「貴方達は我が社で働く事となります。」と説明した
康太は元社員や元ヘッドハンティングを見据えて
「資本金は一億
この会社は映画のセット建設の業務が主流となる
お前達が良い仕事をすれば、この会社は契約を過ぎても生き残れる可能性はある!
潰すもお前達だし、遺すもお前達だ
自分の会社だと想って第二の人生を歩んでくれ!
そして給料は実績を作らねぇと出ねぇと思ってくれ
慎一が資本の半分を株式に投資して自社の株を作る
その株を増やすのも減らすのもお前達の働き次第だ
株式会社セカンドチェンジ
そこでお前達は仕事をしてくれ!
それがオレに出来る最大限の譲歩だ
でも実績が出来るまで給料がないのは無理があるからな……支度金として一人30万円出す事にする
その金はオレの給料の一年ぶん以上だ!
伴侶が用意してくれたからな
お前達に渡す
それで最低でも二ヶ月は遣り繰りして逝ってくれ
本当に少なくて申し訳ないが……オレが出せる限度だからな容赦してくれ」
康太はそう言い慎一に「みんなに渡してくれ」と言った
慎一は鞄の中から封筒を取り出すと一人一人名前を確かめて本人に手渡した
封筒は事前に用意されていて、本人の名前が明記してあった
総ては……見えていた事となるのだ
職も収入も途絶えると想っていた元社員や元ヘッドハンティング達は封筒を手にして驚いていた
「さてと、会社を教えねぇとな
貴史、さっきのバス、返しちゃった?」
「まだ待機してさせてある
俺達が会社に戻る足を確保しねぇとならねぇだろ?」
「なら呼んでくれ!
んで慎一に聞いてそこまで送ってくれ」
「了解!」
兵藤は携帯を取り出すとバスの運転手に電話を入れた
康太は村松康三に「置いて逝っても大丈夫か?」と問い掛けた
村松は「……私は子を持った事がないので……至らぬ点が多いとは想いますが、この子に私の総てを教えてる覚悟で共に逝きたいと想っています」と覚悟を伝えた
「村松、コイツは静間建設の社長の長男だ
まぁ社長の息子と言ってもヒステリックな母親のみに育てられ懐柔された傀儡みたいなモノだ
己がない
傲慢で独り善がりのピエロだった
だがその枷を解き放ち、適材適所配置するのがオレの務め
コイツはその場所では生きられない定め
居場所が違うんだよ
無理矢理お仕着せの服を着せられ飾られた傀儡だった
そこからコイツの天性の場所へと送り出すのがオレの務めだと想っている
お前は父になり師になり康生に生きざまを見せて逝け
そしたら康生はお前の背中を追いかけて、本来の天性の才を発揮する
村松康生は父を越す映画監督に育つが定め
オレは本来の場所に配置しただけだ
これからはお前達が進まねぇとならねぇ
楽な生活じゃねぇかも知れねぇ
迷った時は逢いに来いよ!
そしたらオレが軌道修正してやるからよぉ!
オレはそれが役目で現世に生きているんだからよぉ!」
重い言葉だった
その重い言葉を受けて、康生と言う名前を貰い生きて逝こうと決めた
別の人生を生きると決めた
康生は頷いた
その瞳には光が宿り先を見越して輝いていた
康太はその瞳を見て先へ繋がった事を確信した
康太は兵藤達とその場を後にした
村松は康生に近寄り
「宜しく康生
今日から君は私の息子です
妻もきっと喜びます
康太に言われていたので君の部屋は用意してあります
君の部屋を用意して二年目です
やっと君が………私の息子になってくれて嬉しいです」
二年目?
そんな前から…聞いていたと言うのか?
「……あの……父さん……康太さんからはどう聞いていたのですか?」
康生は村松を父さんと呼び歩み寄る事にした
村松は嬉しそうに笑って
「康太は私に約束してくれたのです
何時かお前の子供をやる………と。
村松康三を継げる子供をやるから……と。
妻は……子供が産めません
子供が総てだとは思っていませんが……
康太を見ていると我が子と言うのは本当に愛しくて……絶対の存在なのだと……羨ましかったのです
康太の子は本当の実子ではない
だがどの子も両親を愛し、優しい子に育っています
私はもういい年なので……小さいのは育てられるか心配でしたが……
君ならば私の総てを教えて共に生きて逝けると想いました
こんにちは!私の息子君
よく来てくれましたね」
村松はそう言い康生を抱き締めた
抱き締められた康生は人の温もりを知って目を瞑った
親に……抱き締められた事なんてなかった
遠い……誰よりも遠い人たちしか知らなかった
なのに今……我が子として抱き締めてくれる人の温もりに………康生は堪えきれなくなって泣いた
「………父さん……」
「康生、私の自慢の息子」
村松は嬉しそうにそう言った
始まったばかりの親子関係は既に構築されていたかの様に自然体だった
後日、戸籍も村松の戸籍に入った
村松の妻は息子の誕生に物凄く喜んで迎え入れてくれた
村松と妻とで康生の取り合いをする程に……
三人は仲良く日々を送っていた
その話はまたの機会に……
セカンドチェンジの会社は飛鳥井康太が所有するビルの3階フロアー総てだと言った
連れてこられたテナントビルは競争率の高い誰でも知っているビルだった
バスから下りビルの中に入って逝くと、エレベーターの前に立った
慎一はエレベーターが来て乗り込むと3階のボタンを押した
エレベーターが3階で止まると、エレベーターから下りた
「このフロア全部がセカンドチェンジの会社となる!」
全員、フロアを見渡した
「奥には更衣室、んでもって事務仕事もしねぇとならねぇからな、机を用意した
これで当面は業務に差し支えはねぇと思う
資材は駐車場の一区画を使って倉庫を建てて置くしかねぇ!
それらはお前らがやれ!良いな」
全員『はい!』と返事した
新設の会社で働ける場所が提供されるのは夢のような話だった
規模は小さいが設立したての会社にしては、随分箔の付いた面構えをしていた
「業務は当面、時代劇のセットの建設となる
今回の映画は榊原伊織がプロデュースする映画だ
スポンサーに名を連ねてくれいる方達の為にも失敗は出来ねぇってのを肝に刻んでおいてくれ!」
瞳を輝かせ、仕事が出来る期待に胸を踊らせる
こんなにも自分達はモノを造り出すのが好きなのだ
ラストチャンスを手にした男達は、第二の人生へと踏み出して逝った
セカンドチェンジは熱き想いの映画のセットや小道具、大道具を一切合財手掛けて信用と実績を積み上げて行った
最悪な二人が導きだした明日だった
康太は「オレらって何気に凄くねぇ?」と給料を満額支払える様になるまで数ヶ月と言う実績の書類を見て言った
兵藤は「俺らがすげぇんじゃねぇだろ?実績を作っているアイツ等がすげぇんだろ?」と康太の鼻をつまみ上げた
「痛てぇって!貴史!」
「踏ん張った人間ってすげぇって立証されたケースだよな?」
「オレは?オレもすげかったから、こうなったんだよな?」
康太は熱き想いを取り扱った雑誌を捲ってそう言った
カラーで村松親子の記事が取り上げられていた
村松は厳しい映画監督の顔をして
康生は父から何もかも盗み取ろうと監督を見ていた
そして時折仲良く笑っている親子の姿が載っていた
兵藤はその記事を見て「上手く行ったみたいだな」と呟いた
顔つきの変わった康生を見れば良く解る
その場所こそが康生のいきる場所なのだったのだ
康太はこの雑誌を持って静間建設へ行った
英彰と豪彰はその記事を見て目頭を押さえた
あれから真光寺家とは円満解決出来、離婚した
静間建設会長は引退し、相談役になった
そして静間建設社長が会長へと繰り上がり
社長には事業建て直し職人と呼ばれた浪花孝三郎氏が就任した
浪花孝三郎は徹底した経営戦力で静間建設の底力を見せ付けた
外資に隙を見せぬ経営力を徹底して日本のトップの建設会社として君臨した
これこそが約束の共存共闘を目指した日本経済の底上げとなるだろう
それよりも経済情報誌はトップに君臨する静間建設の株価上場を取り扱っていた
「………なぁ、俺って働き悪かった?」
飛鳥井建設は相変わらずゼネコン十本の指の小指の方で…バカみたいに業績伸ばしてる静間建設、宮瀬建設、蕪村建設の強豪トップ3には及ばなかった
「飛鳥井は敢えてトップに出ねぇんだよ」
「……それは何でよ?」
「目立つ力は狙われるじゃねぇかよ!」
飛鳥井家真贋がいればこそ……そう思われるのは迷惑なだけだった
この日で兵藤はお役御免になる日だった
「なぁ貴史、セカンドチェンジの方、少し頼めるか?」
「良いぜ!任せとけよ」
「慎一は別件で使いてぇからな頼むな」
「良いぞ!ビシビシ鍛え甲斐がありそうだもんな」
「セカンドチェンジは飛鳥井の傘下として遺そうと想っているんだ」
「だと想った」
「せめてテナント料を払える程に儲けて貰わねぇとな」
セカンドチェンジは飛鳥井康太の持ちビルのフロアを使って稼働させていた
そして倉庫はそこの駐車場の一区画を使っていた
もっと稼働させるなら人員も資材置き場も、改善せねばならないだろう
「自社ビル建てるしかねぇか……」
康太が言うと兵藤は
「それは任せておけ!」と言った
総てを任せられる相手だった
社員は康太と兵藤の二人を見ると……チビりそうになるが、それも今日で終わりだと想うと……残念な気もする
康太は兵藤に拳を向けて
「お前の家は政治屋で」と笑って言った
兵藤はそれを受けて
「お前の家は建築屋だ!」
「オレ達はおギャーと生まれた時から」
「死ぬ瞬間まで」
二人は拳を合わせて「腐れ縁だ!」と言った
兵藤は康太の瞳を見て
「切っても切れねぇ縁は魔界に逝っても続く!
オレは炎帝の親友で、お前の為にだけに動く存在だ!」
康太はその瞳を受けて
「お前とは果てまで続く腐れ縁だ
誰よりもなくせない友人でオレの理解者だ!」
「共に……逝こうぜ!」
「あたりめぇじゃねぇかよ!」
兵藤は笑っていた
無邪気な子供みたいな笑顔で笑っていた
こんな笑い顔は滅多と見られなかった
「取り敢えず、大学三年に進級した祝いしようぜ!」
この度見事に大学三年の進学を確定させた二人は喜びを分かち合おうとした
「だな!お前の奢りなら行く!」
康太は兵藤に奢らせる算段をしていた
兵藤は「ならさバイト代弾んでくれよ!」と奢り分の上乗せをした
転んでもタダでは起きない二人だった
最悪な二人はこの先も続く
副社長代理は終わっても、この縁は切れない限り続くのだった
社員は……副社長代理に心ばかりのプレゼントを贈った
兵藤はそれに感激して……
「また変わってやるからな!」と嬉しそうに言った
愛すべき存在、兵藤貴史だった
社員は兵藤の事が大好きだった
兵藤貴史は社員に抱えきれない花束を貰い、会社を後にした
そしてやっと、榊原伊織が副社長室に還って来た
どちらも鬼だが……
最悪な二人が動き出すよりは少しだけマシだった
飛鳥井は今日も安泰だった
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