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第48話 最悪の二人 + 鬼が織り成す大掃除大作戦 ①

「2016年 締め括りの大掃除の日がやって来た 皆、一年の汚れを払うべく全力を尽くしてくれ! 俺も見回りに全力を尽くしたいと想う! では副社長の言葉といこうじゃないか!」 兵藤貴史が熱く語るのを、社員たちは固唾を飲み込んで聞いていた よりにもよって………今年は最悪の二人が雁首を揃えていた その横で鬼が目を光らせていた 何なんだ……この異様な重圧は…… 瑛太は父に「社員を脅してますね……あの子達は…」と、やれやれと困った風に呟いた 清隆は………少し前ならお前が社員を脅していたんですがね………と心の中で呟き苦笑した 「今回の大掃除は地獄の大掃除と謂われてるらしいですね なんせ最悪の二人と鬼のAAA級の恐怖の襲来と謂われてるらしいですよ 秘書が教えてくれました」 瑛太は……父さん……と呟いた そこはニコニコ言う台詞じゃないでしょう…… 会長と社長は社員の無事を願って…心の中で祈った 榊原は「皆さん、会社の顔は社員の心です! 霞めば会社も霞んでいくのです! 輝けば会社も輝いていけるのです 皆さんが心がけて磨けば、会社の顔は美しくなります その会社こそが、貴殿方の勤める会社だと心に刻んで磨こうじゃありませんか! さぁ各所自分の持ち場に戻って掃除を始めて下さい」 と戒めを吐いて康太にマイクを渡した 康太はマイクを貰うと 「てめぇら!掃除スタートだぜ!」と叫んだ その声を聞いて皆が持ち場へと走った 慎一はお昼のお弁当の手配に走り 一生は掃除の道具を配布して歩いた 隼人は一生の手伝いをして掃除道具を手渡していた 一条隼人に掃除道具を手渡して貰えるなんて…… 光栄すぎて…皆、恐縮して受け取っていた 聡一郎は洗剤を各部署に配達に悠太と一緒に回っていた 力哉は真贋の部屋の掃除に余念はない 康太の秘書として恥じぬ仕事をせねば! 気を引き閉めて年末に挑む 今年は秘書を増やされて少しショックだった もう要らないのかな……不安になった だがオーバーワークを一番感知してくれていたのは康太だったのだと、今の仕事の状況を見て感じていた あのままだったら………過労で倒れていたかも知れない だからこそ、主の為に一年の汚れを祓って、心機一転お仕えせねば! 力哉は気合いを入れて掃除をしていた その為にここ数日一生とはベッドを別々にして、体力を温存して挑んだ大掃除だったのだ 「頑張るぞ!」 燃える力哉を尻目に…一生は、今夜は疲れてダウンだな…と苦笑した 「力哉、ほれ掃除道具」 「ありがとう一生、隼人」  隼人は力哉に「頑張り過ぎるな力哉」と言われた 「え?此処で頑張らずにして、どうするの!」 力哉は訴えた 「大掃除は今年だけのイベントじゃないのだ 来年も再来年も……十年後も……二十年後も……ずっとずっと飛鳥井は終わらない 康太の子供の代になり、その子供が受け継ぎ続いて逝くのだ」 だから張り切るな……と隼人は言った 力哉は改めて隼人の言葉に気付かされた 今年だけじゃない ずっとずっと……続く年末の行事なのだ 力哉は笑って 「それでもね隼人 今年は二度と来ない日々の積み重ねだからね 僕は誠心誠意、心を込めて掃除するよら 来年の僕への戒めも込めて、掃除するんだ」 「……力哉の気持ちは解った だけど一人で張り切らなくてもいいのだ オレ様も仲間も何時でも手伝える準備はしてる だから皆と一緒にやればいいのだ」 隼人は優しく笑った 一生は隼人が人間的にも成長したのを感じていた 隼人は菜々子を亡くして、痛みを成長に変えた 日々吸収して成長していく 「隼人、ありがとう」 「家族なのだ! 力哉は家族だから心配なのだ オレ様は康太の長男だけど、力哉は康太の兄なのだ 瑛兄も言っていた 力哉はうちの子で康太の兄さんなのだと言っていたのだ」 「………え?………」 力哉は始めて聞く言葉に涙が溢れ出すのを止められなかった 「母さん(玲香)も言っていた 父さん(清隆)も言っていた パパさん(清四郎)とママさん(真矢)も 力哉は飛鳥井の子供だって 後、姉さん(京香)も言っていた 力哉は弟だって 皆、力哉は家族だと想っている だから遠慮は要らないのだ 頼る所はちゃんと頼るのだ………あ!……オレ様……余分な事を言ったか? ………すまないのだ力哉……泣かないでくれ…」 隼人はそう言うと泣き出した まだまだ甘えん坊の康太の長男だった 収拾がつかないと感じた、一生が康太をメールで呼んだ 「さぁ大掃除だぜ隼人! 今年は母の手助けをするから、先陣切って頑張ってくれるんじゃねぇのかよ?」 振り返った隼人は康太に抱きついて泣いた 「………オレ様……力哉を泣かせてしまったのだ……」 隼人が言うと康太は力哉を視た そして優しく微笑むと 「力哉は嬉しくて泣いてるんだ だから隼人も泣き止んで大掃除頑張ってくれねぇとな!」 隼人は涙を拭い 「頑張るのだ! だから康太は監視に徹してればよいのだ!」 立ち直り隼人はそう言った 康太は力哉の肩を叩くと「ほれ、真贋の部屋は力哉に任せた!」と言った 力哉は「はい!任せて下さい!」と笑って言った もう大丈夫と確認すると、康太は隼人と共に真贋の部屋を出て行った 一生は「大丈夫か?」と心配して問い掛けた 力哉は「はい!大丈夫です。ですから一生は仕事に戻りなさい!」と言い、一生の背中を押して真贋の部屋から追い出した 幸せだ…… こんなにも自分には幸せが詰まっている 自分を詰めて生かしてくれたのは康太なのだ だから康太の役に立ちたい そう想って躍起になって頑張って来た だけど隼人は皆がいると教えてくれた もう家族だと教えてくれた 凄く嬉しかった 物凄く泣けてきた 嬉しくて……嬉しくて……身震いした 僕に……家族がいた 嬉しい…… 何もないと想っていたのは自分だけだった……… 力哉は家族の想いを噛み締めて、精一杯掃除にせいを出した 掃除が終わったら家族で食事が待っていた 今年は食堂で食べるのが決まっていた 康太の子供達が掃除が終わるとやって来るから、一緒に食堂で食べる事になっているのだ 力哉は嬉しくて、その嬉しさをバネに動いていた きっと一生の予想通り………今夜は疲れて夢の国の住人になるだろう 恋人を満足させてやるのは、まだ少し先の事になりそうだった 掃除用具が配られると、皆一斉に掃除に取り掛かった 普段から副社長の言い付けで掃除は綺麗にやっていた 『君達は会社の顔を汚して平気ですか? 会社が汚いと信用も失墜します 会社は値踏みされる顔だと想いなさい!』 それを地を這う低い声で謂われると…… かなり怖い 怖いから掃除をする訳ではない…… 会社を大切に想っているのは社員も同じだから…… だが……その顔は怖すぎですってば…… 社員達は言いなりになるのではなく、自ずから自発的に動いていた 愛社精神なら負けない……自負は在った 最悪な二人が各部署を回る 顔を視るなり息が詰まる代理と、視られるだけで震え上がる真贋 この二人がダブルで来るだけでも驚異なのに…… その横には鬼が…… 妻にだけ優しく、他には厳しく立っていた 社員は思う 今年の大掃除も……息も抜けない……… 今年は一人多くて、もっと息が抜けない…… 飛鳥井建設の各部署には姿見が入り口付近に必ず備えて在った その姿見に己の姿を写し出しなさい! と言う副社長の申し付けによって備えられた姿見だった その鏡は曇り一つなく常に磨かれていた ある意味、己の戒めにちゃんとなっていた 「副社長、真贋、代理! 今年は謂われる事なく終える所存です」 城田が康太達を見掛け声をかけてくる 榊原は城田に「みなさんプロ意識が備わって来ましたね」と見回りをした感想を述べた 「当たり前じゃないですか! 自分の姿を汚す奴なんて誰もいません 我が社は愛社精神が旺盛な人員が揃ってますからね 少なくとも、自由参加の大掃除に欠員は0な風に、皆が会社を磨きあげ、己を磨きあげる為に参加しているのです」 飛鳥井建設には塵一つない そんな噂を確かめるべく会社に来た取引相手は社内を見回す 目に見える場所以外にも掃除は徹底されていて、社員の意識の高さを教示願うべく榊原に面会する社長連中も少なくない 施工部、建設部の統括本部長の栗田一夫が康太を見つけると傍へと寄ってきた 「康太!見回りですか?」 「おー!一夫、体躯はどうよ?」 大事故を起こし栗田は半年近く自分の足で歩く事も叶わなかった 今でも足を引きずる だが本人はそんな事は気にせず仕事をしていた 「寒いと……骨身に染みます……」 栗田は本音を吐露した この人の前で強がっても同じだから…… 「ちゃんと病院に行ってるか?」 「病院に行かなきゃならないのは蒼太の方だと俺は想う アイツ………無理してるのバレバレなのに……仕事してるからな」 「………それは一夫も、だろ? 城田がオレの所に注進に来る位……だったろうが!」 そう言われると部が悪い 「……だから今はセーブしてます 虐めないで下さい……」 「んとに無理するな一夫 お前に倒れられたら……誠一の所から貰い受けた時にした約束を破っちまう事になるじゃねぇかよ……」 幸せにする 栗田一夫の逝く道はオレの傍へにしかねぇ以上は絶対に幸せにすると約束する だからオレに託してくれねぇか…… そう言って貰い受けた約束が果たせねぇ……と康太はボヤいた 栗田は「……俺は幸せなので約束は破ってませんってば……」と取り成した 「過労で倒れたなんて耳に入ったら……オレは誠一が機嫌を直すまで傍にいてやらねぇとならねぇだろうが…… んな面倒臭せぇ事をオレにやらせる事になるんだぞ? 解っているのか?一夫」 …………師匠……チャンスとばかりに……あんた何をヤってるんですか! 栗田は心の中でボヤき…… 「そんな事にはならない様に気を付けます」と苦笑した 「そうしてくれ! でねぇとまた看病疲れで恵兄が倒れるかんな オレとの約束、ちゃんと果たしてくれねぇとな一夫」 そうだった…… 恵太を貰い受ける時に絶対に幸せにすると約束したんだった 「康太……俺は……アイツを幸せにしてませんか?」 ついつい情けなく問い掛ける 「もっと幸せにだ一夫 誰よりも幸せにしてやってくれ! オレはそれしか願っちゃいねぇよ だから一夫、体躯は大切にしろ」 「はい!気を付けます」 康太は笑って栗田の肩をポンッと叩いた 社員は何時もは表情の解らない栗田が、康太といる時だけは子供みたいな顔をする光景を優しく見守っていた 康太は見回りのついでに蒼太の所へと足を伸ばした その途中、陣内と出くわした 陣内は康太を見付けると「康太!!」と言い飛び付いて来た 「お、陣内じゃねぇかよ? 子供は大きくなったかよ?」 「はい!真贋、知ってますか? 赤ちゃんって日々顔が変わって行くんですよ 本当に見てて飽きません もぉずっと見ていたいです!」 康太は笑って「良かったな」と陣内の背中を撫でた そして陣内の妻の榮倉真奈美を想う 「榮倉に託児所に子供を預けて、病院に行けとオレが言っていたと伝えてくれ」 「……え?真奈美……何処か悪いのですか?」 「このままじゃ過労でダウンするぜ? アイツは何時も頑張りすぎるからな たまには託児所に子供を預けてオレとお茶でもしようって伝えといてくれ」 頑張り屋の妻は何時も気を張って弱音を吐かない そんな妻が無条件で甘える存在 それが飛鳥井康太だった 妻には康太が必要なんだと知る 「解りました伝えておきます!」 「うし!良い子だ!」 陣内は背中を撫でられ嬉しそうに笑った 「康太、たまには俺とも食事して下さい……」 「だから何時でも慎一に電話して時間を作って貰えって言ってるやんか! それをしねぇのは陣内、おめぇだろうが! まぁ親バカ炸裂して我が子を見ていたかったんだろから、仕方ねぇか」 康太はそう言い笑った 陣内は拗ねた様な顔をした 「オレに逢いたかったから逢いに来い! オレは何時でもお前に逢いに逝ってやるかんな!」 「………康太……」 「うし!それじゃ大掃除頑張れよ」 康太はそう言うと見回りを再開した 蒼太の所へ逝くと、蒼太は疲れた様な顔をしていた 「蒼兄!」 康太が呼ぶと蒼太は嬉しそうな顔をして傍に寄ってきた 「康太、見回りですか?」 「蒼兄、今年から大掃除の後の食事は食堂で食べる事にしたかんな だから昼になったら食堂に来いよ!」 「解りました! お昼には食堂に顔を出します でも何で食堂にしたんですか?」 「社長室でも会長室でもオレの子供達までは座って食べれるスペースがないのよ オレの仲間に家族に子供達……無理だからな食堂のテーブルを一区画だけ貸し切りにして食べる事にしたんだよ」 流石に清隆、玲香、京香、瑛太、康太、榊原、力哉、一生、聡一郎、隼人、慎一、兵藤………翔、流生、音弥、太陽、大空、烈………思い浮かべて無理だと想った 「今年は悠太も食堂に来る様に言ってある 悠太は誠一の所の修行を終えて一人立ちした設計者として飛鳥井に席を置く事になったからな だがまだ高校生だからな、スケジュールは調整しつつ、引かせてるんだがな」 「そうでしたね悠太と会社で顔を会わせた時、凄く驚きました そうですか……やっと悠太が君の描く明日に入りましたか……」 蒼太は嬉しそうに言った が……その顔には疲労の色が濃く出ていた 康太はその場を後にすると玲香に電話を入れた 「あ、オレ」 何時も想うが………よくもそれで解るな…… オレオレ詐欺じゃあるまいし……と兵藤は想った 「母ちゃん、蒼兄がかなり疲れた顔してた」 『そうか!それは休ませる必要があるわな』 「だろ!だろ!だからな母ちゃん頼まれてくれねぇ?」 『承知した! では無理矢理休ませる算段をするわいな』 「頼むな母ちゃん」 『解っておる あやつの事は我に任せておくがよい』 玲香はそう言い電話を切った 兵藤は「……あの人のフルパワーで来られたら余計疲れそうだな……」と呟いた 康太は「疲れ果ててなにも考えずに眠らせてくれるだろうな!」と笑った 何はともあれ、頼もしい母上だった 見回りを続けていると……人知れず隠れた場所で言い合う声が聞こえた 「お前さ本当に役立たずだな」 と罵る声が響く 「ご……ごめんなさい……」 「掃除一つまともに出来ねぇのかよ?」 「僕なりに……頑張ってるつもりなんだけど…」 「どこが?ちゃんと出来ねぇグズ野郎が! 何でお前みたいなのがこの会社にいるか解らねぇな 一体どんなコネでこの会社に入ったんだよ? 足を引っ張るしか脳のないお前見てるとイライラする」 「………バ……バケツを引っくり返したのは……謝るよ」 「謝罪は要らねぇから会社から消えてくれ」 「………それは………」 生活がかかってるから無理だった 辞めて消えれるなら、毎日の何かにつけて突っ掛かって来る状況を打破して辞めている 「会社は辞めないよ」 「このクソが!」 また殴られる そう想い目を瞑って衝戟が来るのを待っていた 会社に入社してから何かにつけて文句を言われ、イチャモンに近い事を毎日言われ続けている 見かねて康太は出ようとした それを制して兵藤が怒りまくってる男の腕を掴んで押し止めた 「楽しい事をやってるじゃねぇかよ?」 兵藤の声に……驚いた男が兵藤を見た 「………代理……」 兵藤の事を知っているのか、男は緊張して唾をゴクンっと飲み込んだ 「人を殴って憂さ晴らしか……お前は何処まで偉いんだ? 人を殴れる程の役職に就いるんだろうな?」 男は驚愕の瞳で康太達を見ていたい 「………俺は……チーフをやってます……」 男は呟いた 「へぇ、チーフか。で、お前は?」と怒鳴られていた男に尋ねた 「……僕は……」言って良いのか言い澱む すると康太が「鈴倉 春 29歳 役職は係長、役職でいけばチーフより係長の方が上の………筈だな」と何故部下からボロクソに言われているのか?不思議そうに鈴倉と言う男を見ていた 兵藤も殴りかかっていた男に 「チーフごときが何故係長を殴ろうとしてるんだよ? お前は自分の上司を愚弄していたのか?」と揶揄して問いかけた すると男は「上司?上司らしい事を何一つしない奴を上司なんて認められません!」と言い捨てた 康太は男を視た どす黒い嫉妬と羨望と絶望が渦巻く内部を、視ていた 「桜庭 湊斗 お前は自意識過剰なんだよ ろくに仕事も出来ねぇ癖に自己評価ばかりして人を見下してばかりだ 少なくとも鈴倉は会社の評価を得て係長職に着いている お前の評価はチーフ止まりなのは、それだけの評価だからだろ? コネ?飛鳥井建設でコネは存在などしない 能力のない者は去れば良い それだけだ! だから気に入らないのであれば……… 」 康太は桜庭を射抜いて「お前が会社を辞めろよ!」と言い捨てた 桜庭はワナワナと震えた 自分の方が会社の利益になっていると自負しているから…… 桜庭の口癖は「無能な上司なんて要らない」だった 無能な上司のサポートに当たっている 自分の立場と役職を完遂している自負があった なのに? 自分の方に………俺の方が辞めろ……と? おかしい おかしい…… 「お言葉ですが鈴倉は何をやらせてもドジってしまう無能ですよ? それの何処が俺よりも優れていると?」 桜庭が言うと康太は呆れて嗤った 「オレが係長に無能を据えるかよ? 適材適所、配置するがオレの務め! オレは会社の役職を適材適所配置したつもりだが? その任を背負えれない奴を据えている訳じゃねぇ お前は礼節もなければ気概もない 周りを蹴落として己がお山の大将にならねば気が済まねぇ奴だけど、お山の頂点に立てれるタイプじゃねぇ 己を知らねぇって事はそれだけで足元を掬われる事になるんだぜ?」 康太が桜庭に説教を垂れている横で、兵藤は電話をしていた そして「頼むな!」と言い電話を切ると 「康太、公開処刑と……逝くとするか!」と言い嗤った 「だな!根回し、してくれた?」 「おー!バッチしな! って事でコイツらの部署に逝くとしょうぜ!」 兵藤はそう言い歩き出した 「まだ飛鳥井にこんな愚かな莫迦が残っていたとは……嘆かわしいな」 「会社も人間(ひと)も日々教育、日々矯正して逝かねぇとならねぇって事だ 曲がらぬ様に道を示すのも上に立つ者の使命だ!」 「………だな……でも……泣くんだろうな……泣かせたくないのに……」と小さな声で呟いた 榊原は妻を引き寄せると「大丈夫です。総て代理が纏めて下さいますからね」と優しく慰めた 兵藤は「誰が泣くんだよ?」と問いかけた 榊原は「逝けば……解ります」とだけ告げた 社内を副社長、副社長代理、真贋が歩くだけでも目立つのに…… その御一行様が社員を二人引き連れて歩いている ………なれば、嵐が吹き荒れ…… ただでは済まない事態が来るのを感じていた 桜庭と鈴倉は黙って後を着いて歩いていた 行き着く先は【広報宣伝部】の部屋だった 広報宣伝部の部署の部屋をノックすると、一色和正がドアを開けた 副社長、副社長代理、真贋が顔を揃えている状況に一色はただならぬ殺気を感じていた 「………何かありましたか?」 一色は問い掛けた 康太は皮肉に唇の端を吊り上げて 「あるから来たんだよ」と答えた 一色は深々と頭を下げて「ではどうぞ!」と言い迎え入れた 堂々と来たと言う事は………公開処刑にも似た処罰を感じ取っていた 一色はドアを開け放ち、ブラインドを総て開けて 廊下から一目瞭然にした そして広報宣伝部の統括本部長 水野千秋の横に逝くと 「ではお話をお聞き致しましょう!」と受けて立つ姿勢を見せた 水野も覚悟を決めた瞳をして頷いていた 「鈴倉 春 広報宣伝部の係長で間違いねぇか?」 飛鳥井家 真贋に問い掛けられ水野は「はい。間違いありません!」と答えた 「で、次。 この男も広報宣伝部チーフの桜庭 湊斗、で間違いねぇか?」 「はい。間違いありません!」 水野が答えると一色は「この両名、何か仕出かしました?」と問い掛けた 「水野、一色、お前達トップから見て、この二人はどんな風に瞳に映っているよ?」 康太が問い掛けると水野は 「鈴倉は努力して成功に近付こうとする努力家で 桜庭は己の実力を過信して周りを視ない自信家です」と答えた 兵藤は「流石、部下を知ってるやん」と嗤った 一色は現状を単刀直入に告げた 「桜庭は何かにつけて鈴倉に文句を言って愚弄してました どうしたものか……真贋にご相談を……と考えていた所です」 と状況を説明した 目に余る行為が部署の空気を悪くしていた 一色の目の前ではやらないが、水野の目の前ではやる 過去に水野の事も認めずに愚弄していた社員の中に桜庭も入っていた 一色は桜庭を注意したとしても止まらないのは知っていた 自分よりも下に見下した時点で……… 何を言っても聞こうとしないだろうと判断していた こんな事が続けば近いうちに代理か真贋……副社長の耳に入るだろう……事を願っていた まさか……その総てにヒットするとは想ってはいなかったが…… 康太はソファーにドサッと座ると足を組み、総てを晒す瞳を全員に向けた 「一色、こうなる事を見越して放置したんだよな?」 図星を刺されて「はい!そうです!」と一色は答えた この人の前で自分を取り繕うのは無理だから…… 一色は「この者達、何処にいました?」と逆に問い掛けた 大掃除の最中、抜け出したのは知っていた 胸騒ぎを覚えていたのは、この為にか……と一色は想った 一色の問いに兵藤が答えた 「非常階段にいた 俺達は会社の移動は常にそこの階段を使用する 階段の人目につかない陰で罵倒する声が聞こえたから近寄った」 階段なんて滅多と使う奴はいない それを知っていて……使用したのが仇となった訳か…… 一色は遅かれ早かれ、事態は明るみになる訳だったのか……と理解した 一色は桜庭に「見付からないと想いましたか?」と問い掛けた 桜庭は悔しそうに唇を噛み締め 「この会社の人間はエレベーターを使うか、社内に設置された階段を使う…… まさか非常階段を敢えて使う人間なんて……」 と呟いた そして更に続ける 「こんな無能……皆が黙って係長にしてるなんて……気が知れねぇと想っていた 鈴倉の無能さを知らしめる良い機会になったみたいですね」と嗤って言い捨てた 兵藤は一色に 「コイツ……相当自分は出来ると想ってるみてぇだな……こんな奴の鼻っ柱をへし折る方法を知ってるか一色?」と問い掛けた 一色は「解りません……コイツは本当に懲りないのです 俺も色々と考えました……そしてそれとなく忠告もしました。 忠告しても聞き入れず鈴倉に更に八つ当たりするので……それも儘ならなくなりました……」と現状を伝えた 「一色、こう言うプライドが高いのは個別に注意するのは逆効果なんだよ どんだけプライドが高かろうが己を知らしめれば文句は出まい 己を知らねぇから文句が出る アイツより自分が優れていると勘違いをするってもんだ それを正してやるのも上に立つ奴の役目だぜ?」 「……力不足は否めません……どうかご教示お願い致します」  「なら一色、全社員を一階のレストランに集めろよ 丁度、レストランも大掃除の真っ只中で休業の筈だろ?」 「はい。解りました!伝令を流します」 一色はそう言い広報宣伝部の部屋を出て行った 兵藤は嗤って 「等しく公平に社員の総意に問い掛ける 飛鳥井建設全員に会社に必要なのはお前か鈴倉かを決めて貰えば良い! もし借りに鈴倉、お前が会社を辞める事になったとしても安心しろ! お前の事は俺が貰い受けて身の立つ様にしてやんよ!」 そう言った 鈴倉はなにも言わず、静かに現状を受け止めて立っていた 榊原は「………君達が一緒にいると事が大きくりますね……」と苦笑した 瑛太に『あの二人が揃いますか……嵐が来ますね』と謂われたばかりだった やはり吹き荒ぶ現状を招くのですね……と最悪の二人を見て想った 吹き荒ぶ嵐の中、嗤って飛鳥井家真贋は副社長と副社長代理と共に立っていた どんな風でも嵐でも動じない 確りと地面に根を下ろし立っている 彼等は道を示す 真贋は軌道修正する為に道を正す 一色は伝令を流し、一階のレストランを確保すると広報宣伝部に戻って来た 「総て整いました!」 一色が言うと康太は 「逃げねぇ様に連れて逝けよ!」と桜庭を押しやった 一色は桜庭を連れて歩き出した 水野は鈴倉と共にレストランへと向かった 伝令は会長や社長にまで届き、社長と会長はわざわざレストランまで来ていた 何も口は出さない だけど会社のトップに立つ者として見届ける義務があるから、やって来た 各部署の統括本部長が社員を連れてレストランまでやって来た 飛鳥井建設の大掃除に来ていた社員は総てレストランに集められた形となった 一色は各部署の統括本部長から総ての社員が揃った事を確認すると、副社長である榊原伊織に 「飛鳥井建設社員一同、総て揃いました!」と告げた 榊原は静かに「そうですか」と呟き一歩前に出た 「飛鳥井建設の社員の皆様 大掃除参加ありがとうございます 皆で磨きあげる大掃除の時間を使って、お手数ですが審議したい事が出来たのでご協力お願い致します」 榊原はそう言うと兵藤を見た 兵藤は一歩前に出ると 「わざわざ済まねぇな! 此処に皆が集められた理由は審議に参加して貰いたいからだ! 皆の総意を問いかけたいからだ!」 兵藤が言うと城田が「我等、飛鳥井建設社員一同、嘘偽りなく答えましょう!」と場を盛り上げた 城田は間違いなく会社の要として存在していた ムードメーカーで誰よりも便りになる存在となっていた 「此処にいるのが、広報宣伝部の係長、鈴倉春とチーフの桜庭湊斗だ! この二人を知っているか?」 と問い掛けた すると栗田が「知っています!」と答えた 「俺は統括本部長の役職に在るのに、社員の顔を覚えるのは苦手だったりする だけど、その二人は……何かと目立つし、社内報も作っているから取材とかにも来たりするから社内でも知らない奴の方が少ないと想う」 栗田の言葉に兵藤は「そうか、なら話は早い!」と愉しそうに嗤った 兵藤は「君達に公開裁判に参加して貰いたい!」と大声で告げた 蒼太は「………公開裁判?……尋常でない話ですね?」と眉を顰めた 「そう。尋常でない話なんだよ! 天狗の鼻っ柱は何で折れるか知っているか?」 「天狗の鼻っ柱?それは何なんですか?」 「自信に溢れて自分が誰よりも優れていると勘違いしている存在に、己を知らしめさせる それしか天狗になった鼻っ柱は折れねぇと言う事だ どっちが無能で使えねぇ存在なのか? どっちが人望がないのか? どっちが信用がないのか? 解らねぇから叩き出せる言葉なんだよな? だったら本当を視せて己を知らしめるのも上司たるものの使命だと俺は想っている」 そう言われ蒼太は引いた 全くその通りだったから……だ。 兵藤は榊原に 「んじゃ副社長、やろうじゃねぇか?」と声をかけた 榊原は「ですね。」と答え冷ややかに嗤った 一生や聡一郎はこんな時、桜林学園で培った二人の存在を想い知る 生徒会長と執行部 部長として共に生きて来た時間があるのだ その関係は絶対で兵藤は執行部 部長に全権を託し、榊原は兵藤に絶対の信頼を寄せていた 「康太は右、貴史は左 一生と聡一郎は右、隼人と慎一は左」 榊原が言うと、それぞれが役割の立ち位置に立った 「イエスだと言う者は右 ノーだと言う者は左に移動して下さい では尋ねます 飛鳥井建設の社員の方々にお聞き致します 貴方達は桜庭湊斗が鈴倉春よりも仕事が出来ると感じていますか? 仕事が出来ると想う人はイエスの右 いいえ!出来ないと想う人はノーの左 解らないと想う人は移動しなくて構いません では移動を始めて下さい!」 社員が一斉に鈴倉と桜庭を見る そして、それぞれに動き出した 社員は観察のプロである 康太の口癖だった 見ていない風に見えて、誰よりも互いを視ているのは社員同士だった 目に余る行為を続ければ、注進する 腐りそうな芽は早目に摘まなければ、周囲まで毒され腐るからだ 飛鳥井建設は新しい風を入れて、澱んだ空気を一新した 社員は目の前で重鎮と呼ばれた社員が斬り捨てられるのを見て来た 会社の利害にならない存在を斬り捨て一新する そうならない為に日々社員は自分を磨き、会社を磨く 社員達は桜庭の調子の良さと鼻に付く言動に、注進するレベルかを計っていた その日が来ただけの事だと社員達は想っていた 断罪されるは無益な存在故の事 会社が変わると同時に、社員の意識も変わって来ているのだ 自分達はプロなのだ 会社に仕える身なれど、最高級の仕事をして対価を得る その為に己に過信してはならない 身に戒め、仕えて来た社員達は判断を下す行動を取っていた 康太と兵藤はそれを見て、社員の意識の高さを垣間見た 榊原は全員の移動が終わると 「はい!そこまで! これからの移動は認めませんでので動かないで下さい」と終わりを告げた 結果は……… 桜庭の惨敗だった 桜庭はワナワナと震え 「………これは真贋の策略だ……」と訴えた 兵藤は「違げぇよ!飛鳥井建設は新しい風を吹き込み、社員も一新した それと同時に社員の意識も変わって来ているって事だ 社員達はプロ意識で他の社員の事も見てるんだよ 腐った奴が一人いると回りも影響を受けて腐って逝くから、害虫を気を付けて見る様になったんだよ その監視の中でお前は害虫と見なされていた それだけの話だ」と、言い捨てた そして「一生、総意を聞けよ」と一生に総意を聞けと命じた 一生は一番前に立っていた女性社員の所に逝くと 「何で此方側に立ったのか、判断の理由をお答え下さい」と問い質した 「桜庭さんは社内報の作成の時、鈴倉さんと一緒に取材に来たと言うのに、仕事もせずに総て鈴倉さんに任せて女性社員を口説いておりました 私達はそんな桜庭さんの言動に嫌悪感を抱いておりました この会社にそんな社員等不要 事ある毎に統括本部長の耳に入っていたと想いますが? 何故処分されないのか……不思議で仕方ありませんでした」 かなり辛辣な言葉だった 女性社員の言葉に康太は 「己を知り、照らし合わせる すれば違和感は言わずとも知れる……と言う事だな 社内の改革は確実に社員達の中に芽吹き育っていた めちゃくそ嬉しいな……ありがとう」と言った 改革が目に見えるのは何年も経った時 社員の意識改革も日々の積み重ね 一朝一夕で成し得れるモノではない 社員達は真贋の言葉を心して聞いていた イエスは少数で ノーが半数以上だった 慎一はイエスだと言う社員に問い掛けた 「何故イエスにいるのですか? 君は桜庭が仕事が出来ると想っているのですか?」 「仕事は出来る人だと想います 少し軽薄でサボり癖があるのが難点ですが、仕事は出来るので、この場に立っています」 「他の人も同意見ですか?」 問い掛けると皆が頷いた 榊原はイエスでもノーでもない、全く動かなかった社員に「貴方達は何故動かなかったのですか?」と問い掛けた その場から動かなかったのは仲村、愛染、瀬能、そして城田、綾小路の5人だった 愛染が「我等は賛否を問う総意には参加はしない所存です 我等が動く事によって、主の思惑が狂うかも知れぬ事態は避けねばなりません」と言い 瀬能が「主、我等は如何なる時も貴方の利益しか求めはしない なので動く気がない……のです」と続け 仲村が「総ては貴方の想いのままに……それしか望んではおりません」と想いを吐き出した 綾小路は「我等は貴方のモノですから」と清々しく笑った 城田は「と言う事なので動くのは得策でないと決めました。 まぁ俺等が動かずとも、広報宣伝部の桜庭……と言えば良いことは聞こえては来ません なので結果はさもありなんと想いました」 と笑って締め括った 康太は城田に「そんなに……然もありなん……なのかよ?」と問い掛けた 「でしょ?総意です それだけ彼の言動には眉を顰める人間がいたと言うだけです」 と真実を告げた 「桜庭湊斗の嫌がらせで会社を辞めた人間も少なくはない 彼は目の上のタンコブは尽く退職に追いやり自分が優位に立って来た そろそろ、そのツケが回って来ても良い頃合いだと社員は想っている……と言う事です」 「城田、このクソに再生の道はあると想うか?」 「どうなんでしょう……答えられる程に俺は桜庭と言う人間を知りません」 「だな!お前の様に這い上がって来れる奴は多くはない……と言う事だ」 康太はそう言い榊原に「社員の総意をお伝えしてくれ!」と頼んだ 榊原は桜庭の前に立つと 「飛鳥井建設の社員達は君の方こそ無能で不要だと判断しました 今後はチーフの分際で係長を蹴落とそうとした無礼な態度を悔い改めなさい! そんな態度では何処へ行ったとしても悪目立ちしてしまいますよ?」 と最後通牒を突き付けた そして更に追い詰める 「この総意に納得が行かない様でしたら、貴方は飛鳥井にいる事は出来ません 飛鳥井建設は新しい風を吹き込み生まれ変わろうとしているのです 多くの社員の中に腐った存在がいたら、他も影響を受けて腐って行く……… 貴方が楽して鈴倉に仕事を押し付けて、憂さ晴らしに上司をを罵倒する そんなふざけた言動をする輩は飛鳥井建設には要りません 上司はスキルや進級試験を経て適材適所配置された存在 貴方はチーフ止まりなのは人望もなければ、才能もないのだと気付きなさい 人は学んで上へと這い上がるのでさ 学ばずして這い上がる道などありません 貴方は人間性に問題がある この会社で続けるのなら、再教育しかありませんね」 榊原が言うと兵藤が 「人を蹴落として、人を愚弄して、己の場所が素晴らしいか?」と桜庭に問い掛けた 桜庭は何も言わなかった 康太は桜庭を見ていた 総てを曝け出す為に、深淵まで覗き込んでいた 桜庭の中はコンプレックスの塊だった 良く出来た兄は何時も両親の自慢で、弟の自分には見向きもしてくれなかった 母さん 母さん 僕を見てよ! 訴えても両親の視線は何時も兄へと向けられ、自分には向けられなかった 長男である兄が羨ましかった 大人しげな風貌の兄が嫌いだった そんな桜庭の中の兄は、何処か鈴倉に似た面持ちをしていた 真面目な優等生 気弱な秀才タイプ 桜庭が常にイライラ八つ当たりするのは、兄に似たタイプの社員だった 嫌いだ 嫌いだ 大嫌いだ…… 桜庭は兄が憎かった 自分にない総てを持っているから…… 両親に愛され、両親に期待され、両親の総てだった兄 なのに兄は……… 大学三年の時に、時を止めた 自殺だった 自分の部屋で冷たくなっていた兄を目にした両親の発狂した叫びで、自分は兄が命を絶ったのを知った 自慢の子供は……両親の前から消えた その日から両親は家に寄り付かなくなった 家には人が消え 一人になった 兄さん……貴方は死しても総てを奪って逝くんですね…… 年の離れた兄とは、滅多と口は聞く事はなかった なのに……最期に…… 「湊斗は……自分の好きに生きるんだよ」 と言う声が………常に消えてくれなかった 俺はあんたの様にはならない あんたは弱かったから死んだんだろ? 俺はあんたとは違う 俺は………あんたにはなれない 康太は桜庭を視て 「…………桜庭……」 と呟いた 桜庭は康太を見た その時、康太は桜庭の総てを視た 総てが……視えて来た 桜庭を護る薄い存在を確認して…… 「………あぁ、そこにいたんだな……桜庭陸………」 康太は優しく笑って、そう言った 桜庭はギョッとして康太を見た 「ずーっと見守っていたのか?」 桜庭を通り越して誰かと話していた 社員はその光景を黙って見守っていた 「どうだった? 親にも愛されずに育った弟は? お前が消えて、コイツは両親を失った お前は自分が作った罪だと想って成仏もせず弟を見守って来たのか?」 康太が問いかける 桜庭陸と呼ばれた存在が何か喋ろうとした時、弥勒の声が響き渡った 『康太、その者の声を聞こえる様にしてやろう! 桜庭湊斗に聞かせた方がよいと俺は想うぞ?』 「………弥勒……頼めるか?」 『お前の頼みならこの命など惜しくはない 我はお前が生きていれば生きていける お前の為なれば……我は何でもしてやろう』 弥勒はそう言い呪文を唱えると気配を消した 康太は天を仰いで「ありがとう弥勒」と呟いた そして桜庭に向き直った 「桜庭陸……自分の声で話してやれ…… さぁ弟に知らなかった真実を話してやると良い」 『………湊斗……』 陸の声が響いた 心なしか陸の姿が見える様になっていた 社員は桜庭に重なる様に存在してる陸を見ていた そしてそれこそが桜庭の深淵だと……見届けようとしていた 『……湊斗……年の離れた僕の弟…… 僕は生きている時に君とはあまり話せなかったね 君は気づいていないかもしれないけど、僕は君を何時も見ていたよ でも僕は……気の効いた言葉も言えないから……君に話しかける事は出来なかったんだ 湊斗……僕を恨んでいるかい?』 桜庭は悔しそうに「お前なんか嫌いだ」と答えた 『湊斗……僕は弱虫だった 両親から掛けられる過度の期待と、敷かれたレールの上を黙って通って逝くしかない人生に……驚異を覚えていたんだ あの人達は……自分の見栄を満たす為に僕が必要だった 貴方の為よ! そう言い僕の人生のレールを敷いて逝くんだ 受験する大学 就職する会社 結婚する相手 総て決められた人生が怖くなった その道を逝く事が……嫌だった 僕の人生なのに、思い通りにならない……… 僕はあの人達の玩具じゃない 僕は……自分の事に手一杯で……弟の君を思いやれる余裕はなかった 君が傷付いて悲しんでいるのを知っていて、動けなかったんだ 両親に反抗する術も知らなかった 嫌だと言う言葉さえ……言える勇気はなかったんだ』 陸は苦しそうに話していた 初めて聞く事だった 総て決められたレールの上を生きていけと……… あの人達は強要していたと言うのか? そんな事は知らずに兄を羨んでいた 兄を憎んでいた 総てを独り占めしていると想っていた兄が……… その呪縛から逃れようと命を絶ったと言うのか? …………俺は………何をしているんだ? 俺は………兄が嫌悪する側の人間として生きてしまったと言うのか? 兄が羨ましかった あの人達に見向きもされない存在の自分が惨めだった 見向きもされない哀しみから歪んだ自分と 期待と重圧で束縛から逃れようと命を絶った兄…… 俺は……貴方と話をすれば良かったのですか? 「………兄さん……そんな事を今更聞いても…… 俺が……今までして来た事がチャラにはならない……」 『……湊斗……ごめんね……』 「……兄さん……俺は……あんたが羨ましかった…… あんたが置かれた立場も知らずに……… ただただ……羨ましくて憎かった………」 『僕もね湊斗が羨ましかったよ 母さんの手を叩いてまで塾に行くのを拒んだ時の君を見て、あの強さが羨ましくて堪らなかった あの強さは僕にない強さだ……… 僕に少しでも君の強さがあったら…… 僕はあの人達の玩具にはならなかったかも知れない 何度も何度もそう思った 何度も何度もそう思い泣いた 僕は君にはなれない弱虫だ だから……自分の敷かれたレールの上を走る事に抵抗するのに……命を絶つしか方法がなかった 強さが欲しいと想ったよ そんな僕の心残りは……湊斗、君だった 僕は君が道を誤らない様に見守って逝こうと想った その為に成仏せずに君の傍にいたんだ……』 ならば……辛い日々だったろう……と桜庭は想った 兄が嫌悪する存在になって逝ったのだから…… 見ているのは辛い作業だったろう 桜庭は悔しそうに唇を噛み締めて……俯いた 康太は陸に声を掛けた 「陸、お前にはどんな風に映っていたよ?」 『湊斗が歪んで逝ったのは……僕の所為だと何時も想っていた 湊斗がイライラ八つ当たりしている存在は、何処か…… 僕に似ている……と想うとやるせなかった 湊斗に話が出来たら……何時も何時も想っていた 湊斗、湊斗……僕の弟…… 君を苦しめているのが僕なら……僕なんか地獄に堕ちてしまえば良いのに…… 償えないから僕は傍にいる事を選んだ 湊斗の罪は……全部僕が歪めてしまった僕の罪だから……湊斗を許してくれませんか?』 兄………の言葉だった 間違いなく、この人は兄なんだと、聞いている全員が想った 「陸、お前がオレの出す条件を飲むなら…… お前の望み通りに配置してやる どうだ?オレの出す条件を飲む気はねぇか?」 『……湊斗が幸せになるなら……僕は君の言う事を聞きます』 堪えきれず桜庭は泣き出した 心までは腐ってないのだと……そんな人間らしさを垣間見れた光景だった 真贋には……桜庭陸と言う存在が見えていて…… 配置する為にやったのだと……勘繰りたくなる光景だった 「桜庭陸、お前は成仏しろ!」 『はい。約束ですよ! 絶対に湊斗を虐めないで下さいね! 湊斗は少しだけ歪んだけど、本来はいい子なんです! 約束ですよ! 絶対に約束ですよ!! もし…湊斗が僕の所に来たら………』 陸は脅しに掛かった 少し迫力はない脅しに……皆が弟を想う想いにやられる 「約束を違えた事は一度もねぇよ!」 『化けて出ますからね!』 「……期待してる! その時は相当怖く出てくれよ!」 『……うっ……相当怖く……どうやれば怖がります? あれ?今の僕……怖くないですか?』 「可愛いなお前」 『……僕……お化けですよ?』 「だな。よしよし良い子だ」 康太は陸の頭を撫でた 『嬉しいです……こんな風に撫でられた事はありません』 「次に生まれ変わるなら自由に生きれる存在にしてやろう!」 『湊斗が幸せなら僕は……それだけで良いのです』 自分がいたから見向きもされなかった可哀想な弟が幸せになってくれるなら…… 消滅しても構わないと想っていた 兵藤は「魂の再生は俺が務め!」と言うと前に出た 桜庭の前に立つと 「未練なはないな」と問い掛けた 『未練はないと言ったら嘘になります……』 「だな、正直な者よ“無”になって魂の再生を待て」 兵藤はそう言い呪文を唱えた 社員はそれを固唾を飲んで見ていた 代理……只者ではないと想っていましたが…… やはり只者ではなかったですねぇ~ 兵藤が呪文を唱えると、陸の体躯が光り始めた 「さぁ辞世の句でも詠むがいい」 兵藤が言うと陸は弟に向き直った 『幸せにね 僕は何時もお前を見守っているから…… 誰よりも愛しているよ』 「………兄さん……もっと貴方と話がしたかった…」 『僕も……それだけが悔しい 弱虫な僕を許してくれ……』 「……俺……貴方に誇れる男になります こんな俺だけど……やり直すから…見ててくれよ」 泣きながら桜庭は訴えた 『見てるよ! ずっとずーっと見てる だから幸せにおなり』 「兄さん……兄さん…」 桜庭は泣き叫んだ 陸は兵藤にペコッとお辞儀をすると 『ありがとうございました』とお礼を口にした 「もういいのか?」 『はい。もういいです』 陸は嬉しそうに笑って………泣いていた 兵藤は陸に向かって両手を差し出した すると………陸の体躯が………消えて逝った そして小さな球体を掌に持っていた 「魂の管理、再生は朱雀が仕事! この者の魂は転生の道を辿る」 その声は威厳があり……冬の凍てついた空気より透き通っていた 社員は神の声だと………感じていた 兵藤は掌の中の球体を撫でた すると小さなビー玉位の球体を出して手に摘まんでいた 兵藤はそのビー玉位の球体を桜庭に差し出した 「本人のたっての願いだ これは桜庭陸の魂の欠片だ 常に身に付けているといい」 桜庭は兵藤から魂の欠片を渡してもらうと…… 優しく受け取り……胸に抱いた 桜庭はもう見る影もなかった 瑛太は優しい眼差しでそれを見届けていた 清隆はもはや言う事はないと……瑛太と共にその場を離れた 康太は社員に「桜庭湊斗の処分は?」と問い掛けた 城田が「………此処で退職なんて口にしたら、桜庭の兄さんが怒って来そうだな……」と口にした 愛染も「だな、陸さんを見送らさせて貰った今、桜庭を処分したら化けて出るって言ってたからな……必ず出ますね」と茶化した 仲村は「見たい気もしますが、弟想いな兄の想いを踏み躙りたくはありませんね」と続けた 綾小路は号泣していた 康太は「んじゃ、どうするよ?」と問い掛けた 栗田は「では今から協議に入ります」と言い、社員を集めた そしてヒソヒソ ゴニョゴニョ かくかく しかじか 協議をしていた 康太は兵藤に「その魂、持って逝くのかよ?」と問い掛けた 「あぁ、今夜にでも魔界に逝く事にする」 「トンボ帰りしろよ! 人の世は年末年始 今年も飛鳥井で新年を迎えろよ!」 「了解!赤いのを連れて逝って来るわ」 「だな。兄者に宜しく」 「言ってろ!」 兵藤は笑っていた 人間臭い顔して笑っていた 社員はやはりこの人たちは凄い…… と、痛感させられていた 敵に回せば怖い存在でも、味方にすれば百人力 頼もしいトップだった この人たちに出逢えて……最高に幸せだと想う 社員の為に動いてくれるトップを誇らしく想っていた 話し合いが終わると、栗田が榊原と康太、そして兵藤の前に出た 「話し合いの結果が出ました 飛鳥井建設、社員全員の総意です」 栗田が言うと榊原が「では、お聞き致しましょう」と答えた 「我々が導き出した総意は、桜庭湊斗にチャンスを! と言う事です。 このまま退職させたのでは、桜庭陸君との約束を違える事になってしまいます それでは嘘つきになってしまいます 不本意な事態は避けねばなりません! 真贋が我等を曲がらぬ様に導いて下さる以上、我等は曲がりは致しません! 等しくチャンスは与えられる 桜庭湊斗にも今一度チャンスを与えて下さい そこから先は本人の真価を問われる事となりましょう まずはスタートラインに立たせてやる それが我等は社員一同の総意に御座います」 「そうか。ならチャンスを与えてやる 此処から先は歯を喰い縛り血反吐を吐いても立ち止まれはしない! どうするよ?桜庭湊斗? チャンスを手に入れるか、尻尾を巻いて逃げて逝くか 決めるのはお前だ!」 康太が問い掛けると桜庭は真摯な瞳で康太を見た 「…チャンスを下さい! 兄に……誇れる男になりたいです このまま挫折して消える方が楽なのは解ります 自分が今まで何をしたか…… 解っているのは自分ですから…… でも……そこで立ち止まったら兄に誇れる人間にはなれません ですからチャンスを下さい どんな厳しい処罰でも受けます…ですから…お願いします」 桜庭はそう言い深々と頭を下げた 康太は「九頭竜遼一!」と名を呼んだ すると人混みを掻き分けて、厳つい男が姿を現した 「俺に用かよ?康太」 「お前に託して良いか?」 「了解。お前が望む以上に仕上げてやる」 「城田琢哉」 名前を呼ぶと城田が康太の前にやって来た 「はい。」 「遼一が躾た後はお前に託そう」 「解りました。お任せ下さい」 城田は深々と頭を下げた 一度は落とされた自分だから、教えられる事がある 城田はそう思っていた 「こいつをお前らに託す 何時か必ず俺に返してくれ! そしたらオレが適材適所配置する」 九頭竜と城田は「「御意」」と言い任を仰せつかって了承の意を示した 「って事で、大掃除、ラストスパートを掛けるぜ!」 社員は【おおおおおおー!】と返事を返した 「あと少しでオレの子供が会社に到着するんだよ そしたら食堂で食べるかんな! 逢いに来てやってくれ!」 康太が言うと社員は皆【是非に!】と喜んだ 色々とあったが、大掃除は無事終わろうとしていた 解散して皆がそれぞれの持ち場に向かう 康太は鈴倉に近寄って逝った 「この采配で良いか?」と問い掛けた 「はい。ありがとうございました」 「お前は…陸が見えていたんだな?」 「………両方とも解放してやりたかったのです ですので、真贋が見回りに逝くであろう場所に……いました」 鈴倉は事の真意を明かした 「お前は本当に…お人好しだな」 「違います……僕は陸さんの様に臆病者だっただけです 人と違うから…僕は謂われるのは仕方がないんだって何も言えないでいる臆病者です」 「お前の力はお前を護りたい祖母の力だ 自分を卑下するな! 卑下すればお前は祖母を卑下しているんだって気付かねぇとな」 「………え?」 「自分を護る存在には気づけねぇお前に言ってやる お前は護られているんだよ お前は祓い屋をしていた祖母の力を受け継いでいるんだ 祖母はお前の守護となりお前を護っている お前も勇気を持てよ ちゃんと桜庭を導いたじゃねぇか?」 「………真贋……」 「おめぇに足りねぇのは自信だな 大丈夫だ鈴倉 今は修行に出ているが、戻って来たならお前の右腕になってくれる筈だ そしたら約束の監査部、監理局を立ち上げてお前が部長になるんだろ?」 「………そうだったね……約束……果たされる日を楽しみにしているよ」 鈴倉は嬉しそうに笑った そこへ「鈴倉!」と言う声が掛けられた 振り返るとそこには桜庭が立っていた 「………許せないだろうけど……せめて……謝らせてくれないか?」 桜庭が言うと鈴倉は「謝る必要なんてないよ」と答えた 「………鈴倉……」 「君は公正に裁かれてチャンスを得た 皆の総意で許されたんだ 謝罪なんて必要ないよ」 「俺はお前に酷い事を言った……」 桜庭は「許してくれ」と言い深々と頭を下げた 康太は「鈴倉には陸が視えていたんだよ。だから二人を解放して欲しいって願っていた だからな桜庭、鈴倉はお前達が解放されて誰よりも喜んでいる」 と内情を少しだけ教えてやった

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