52 / 95
第52話 救い 温もり
………寒くて
………お腹が減って
死ぬかと想った
死を………隣に感じた時
ボクは祈ったんだ
助けて……死にたくないです………と。
この世に産まれて………まだ幾日も経ってない
気が付いたら段ボールの中で……
寒くて寒くて……死が……すぐそこまで来ていた
四宮聡一郎はこの日、四宮興産の大口契約交渉の為、ホテルニューグランドに来ていた
大口の契約に社長は必ず同席せねばならず、最大級の笑顔で接待をしていた
契約が無事終わると、お互いの前途を祝して会食に突入、祝杯の美酒を交わした
相手の社長を見送る頃には、すっかり酔いも回って……吐きそうだった
秘書兼副社長の佐々木文弥が聡一郎を気遣って支えに来た
「社長、タクシーに乗って下さい
お送り致します」
「文弥……今車に乗ったら確実に吐く自信あるんだけど?」
「では部屋をお取りしましょうか?」
「僕は主の傍じゃなきゃ眠れないから帰るよ」
飛鳥井の家にしか居場所なんかない
あの場合じゃなきゃ眠れない……
「………では風に当たりますか?」
「うん。一人で駅まで歩いて行くからさ
文弥、お前はタクシーに乗ってお帰りなさい
愛する奥さんと子供が待っているんでしょ?」
揶揄すると文弥は赤い顔をした
総てを諦めいていた頃には考えもつかない事だった
総てを諦め
明日を諦め
投げ槍で生きていた
そんな自分が愛する人と出逢い、子を成した
そんな事が出来たのも聡一郎のお陰であり、飛鳥井康太のお陰だった
その聡一郎の手助けをするために連日連夜、聡一郎の手足となり働いていた
それで少しでも恩返しが出来るなら……と考えていた
でも……と言う文弥をタクシーに押込み、聡一郎は見送った
そして一人で歩き出す
海から来る風は冷たく気持ち良かった
公園の傍を歩いていると、何処からかキューンキューンと言う犬の声が聞こえた
か弱い……今にも消え入りそうな鳴き声だった
聡一郎はその声を求めて探し回った
今更飛鳥井に一匹増えたって大丈夫だろう
そう思い探すと垣根の中に段ボールを見付けた
携帯で辺りを照らすと子犬が震えて座っていた
その子犬は聡一郎を見上げてキュンキュン鳴いていた
「どうした……捨てられたのか?」
犬は汚れきって震えてた
聡一郎は昔の自分と犬とをフラッシュバックさせて重ねていた
ボロボロだった……
汚れきっていた……
そんなバラバラになった自分を繋ぎ止めて、繋ぎ合わせてくれたのは一生だった
そして生かしてくれたのは康太だった
何時も光の中を歩く康太が眩しかった……
愛してやまない存在だった
炎帝と知らぬうちから求めて止まない存在だった
康太がいたから生きてこられた
人間の自分は酷く危うく脆かった……
この命を捨てて……
炎帝……貴方の還る日を魔界で待った方が良いのか?
何度も想った
それほどに生きているのが辛かった
聡一郎は上着を脱いで犬を包むと、走って来るタクシーに手を上げた
タクシーは停まりドアが開けられると、聡一郎は乗り込んだ
「唐沢にある一ノ瀬動物病院まで」
タクシーは走り出した
聡一郎は震える子犬を抱き締めていた
タクシーは一ノ瀬動物病院の前に停まると、聡一郎はタクシーから下りた
そして緊急用のインターフォンを押した
『何方ですか?』
一ノ瀬じゃない声がする
「四宮聡一郎ですが、子犬を……見て貰えませんか?」
聡一郎が言うと一ノ瀬の声で
『今ドアを開けるので入って来て下さい』と聞こえた
聡一郎は「夜分遅くにすみません……」と謝罪しながら病院の中へと入って行った
一ノ瀬聡哉は「今患者さんの手当てしているので待ってて下さい」と言い患畜さんの手当てを始めた
大きな猫が診察台の上で治療を受けていた
診察台の横に見慣れた人を見つけ聡一郎は、その人の名を呼んだ
「力哉……どうしたんです?」
聡一郎が呼ぶと泣きそうな顔をした力哉が振り返った
「聡一郎………仕事の帰りに跳ねられてた子を見つけたから連れて来たんだ……」
「跳ねられたって……運転手は?どうしたの?」
「この子を跳ねたまま…何処かへ行っちゃったんだ……だから手当てしなきゃって連れて来たんだ」
「そうだったんですか……力哉は優しいですね」
「優しいの聡一郎だろ?
どうしたの?その子?」
「帰り道の公園で捨ててあったんです
雨が降るなか屋根もない所に置いておけないので……連れて来ました」
「犬?」
「だと想います
力哉は猫……ですか?」
成犬と同じ位の大きさだったから猫か犬か判断が遅れた
「猫さん……なんですけどね
持ち上がらなくて一生が持って来てくれました」
「一生?いるんですか?あの人」
「今ね着替えに帰ってる
血だらけだったからね」
「そうですか…力哉は汚れてませんか?」
「僕は大丈夫だよ」
力哉が言うと聡一郎は力哉の手を握り締めた
体温が力哉を安心させてくれる
そうなってやっと心細かったのだと思い知った
「聡一郎……」
「力哉は優しいね
その子の飼い主を探してやらなきゃね」
「………うん……ありがとう聡一郎
聡一郎は、あのワンちゃん……飼うの?」
「どうだろ?康太に聞いて大丈夫だと言うなら飼ってやりたいね
捨てられていたんだ……
他の兄弟は貰われて行った後なのか………
この子だけ段ボールの中で残っていたんだ
虐められていたのかな?随分汚れているし……
怯えているからね飼ってやりたいと想っている」
「聡一郎は優しいね」
「力哉の方こそ優しいよ」
顔を見合わせてクスッと笑っていると一生が病院に戻って来た
一生は聡一郎の顔を見るなり
「聡一郎、この病院は動物が見て貰う病院だぞ?
ちゃんと解っているか?」と話し掛けて来た
「解ってるよバ一生」
「俺の名前の前にバを着けるんじゃねぇ!
おめぇは父親をバカ呼ばわりする気かよ?」
「お父様、僕はお腹が減りました」
「何も食ってねぇのか?」
「契約の後に食事をしましょう!と言われても食べられないよ……」
「後で康太達を呼んでファミレスに逝くか?」
「奢り?」
「…………俺に奢らせるのか?
俺は……薄給な牧場主なんの知ってるか?」
「知ってる!
だけどお前は僕の親でしょ?
組み立てた責任は取らなきゃ」
「ったく……仕方ねぇな……奢ってやる」
「やった!」
嬉しそうに笑う聡一郎を見て一生も嬉しそうだった
こんな時、少し妬けるから困る
“親子”だと解っていても………
割り込めない関係に……淋しさを覚えずにはいられなかった
「所でお前はあんで此処にいるのよ?」
今更ながらに一生は聡一郎に問い掛けた
こんな所が一生らしくて聡一郎は笑って
「犬を拾ったんだよ」と答えた
「力哉は怪我した猫を拾って、聡一郎は犬を拾ったんのか……今日は何だ?ペットを拾う日か?」
一生はそう言い聡一郎の腕の中の犬を見た
「サモエドか?この顔?」
「知らないよ……白い犬だから父さん犬と一緒じゃないの?」
「違うだろ?
この顔、スピッツに似てるだろ?
だから多分、サモエドだと俺は想うけどな?」
「…白い犬ならボスだって白じゃない?
顔だってボスに似てない?」
「ボスはホワイトシェパードだからな顔が違う」
「………一緒じゃないの?」
「………お前……どの犬も同じ顔に見えてねぇか?」
「………失礼な!アフガンハウンドの玉三郎の種類は解るよ」
「聡一郎……アフガンハウンドとサモエドが同じ顔に見えるなら俺はお前に………眼医者に行きなはれ……と言うしかねぇぞ!」
「この犬はそのドザエモンとか言うヤツなの?」
「………ドザエモン……聡一郎……父さんはお前をそんな子に育てた覚えはないぞ?」
「………一生、この犬……捨てろなんて言いませんよね?」
「言わねぇよ……子犬はお前の手に余るからな俺が面倒見てやるよ」
「一生……」
一生は聡一郎の頭を撫でた
そんな姿は親子だった
親子だと想うけど……力哉はやはり少しだけ妬けるのだ
処置を終えた一ノ瀬が血だらけの術着を脱ぎ捨てて、聡一郎の所にやって来た
「力哉さん、この子は当分入院です」
「聡哉先生……この子の身元解りませんか?」
「この子はメインクーンと言う種類の猫です
多分僕が担当していたお宅の猫だと想うんです……
ずっと探していました……」
一ノ瀬は探していた猫だと言った
「聡哉先生の探していた猫なんですか?」
「はい。メインクーンの猫を飼われる家はそんなに多くはないのです
人懐っこい種類ですが、大きくなるのでそれなりの部屋が必要となるのです
その子は飼い主の首輪をしています………
間違いなく……その子は探していた猫なのです」
「では飼い主さんの所へ……」
「この子の飼い主さんは老人ホームに入られました
何処かへ連れられると思った猫が逃げ出したのです
僕は……この子を探し出し里親さんには引き渡すと約束しました
「………老人ホーム……ですか?
なら……この子にはもう………」
「この子を飼っていたご婦人が………認知症を患い……普通の生活が出来なくなり施設に入られたのです
娘さんはお母様の飼っていた猫を里子に出される事を決めました……
勿論、娘さんは飼いたい気持ちはありますが、ご子息が喘息を患っておいででペットは無理な現状なので、私に委託されたのです
良かったです……何処へ行ってしまったのか探していたのですが見付からず困っていたんです」
物凄い偶然だった
力哉は「なら……その子は僕が引き取ります。此処で出逢ったのも何かの縁、その子は飛鳥井に来る運命だったのかも知れません」と申し出た
聡哉は力哉に「……そうですか…飛鳥井で飼って下さるなら、この子にとって最適な場所でしょう」と胸を撫で下ろした
聡哉は聡一郎の腕の中の子犬に手を伸ばし
「この子の診察をさせて下さい」と微笑んだ
聡一郎は聡哉に子犬を渡した
痩せ細っている子犬は常に震えていた
聡哉は子犬を診察台に乗せると、子犬に怪我はないか確かめた
怪我がないと洗面台へと向かい、子犬を洗い始めた
真っ黒で汚い犬だった
所々、白い部分が見えてなきゃ、黒い犬だと勘違いしそうになる程の汚れだった
「栄養失調と言っても良い程に、この子は栄養を接種していない
その為に体温の維持が出来なくなっている
このまま放置されていたら……朝には冷たくなっても不思議じゃない……そんな状況だったよ」
子犬を綺麗に洗うと、真っ白な犬が姿を現した
「一生の見立て通り、この子はサモエドで間違いない
でも純潔じゃない………耳が少し長いから血統は混ざった感じ……だね」
血統が純潔でない子犬に価値はないかの様に捨てられたと言うのか………
聡一郎はやるせなくなった
「……助かりますか?」
「助かったとして、この先………この子をどうするの?」
「飛鳥井で飼います」
「飛鳥井には既に既存の犬がいるよ?」
新しくその輪の中へと入るのは容易ではないと、聡哉は苦言を呈した
一生が「俺が面倒を見よう」と申し出た
聡哉は「…………君は力哉と恋人同士だと聞きました……
力哉は猫、君は犬を飼うと言うのですか?
あまり勧められる環境ではないのは確かですね」と眉を顰めた
動物の環境を想えばこその言葉だった
「俺は犬を。聡一郎は猫を。
俺は牧場を護らせる犬が欲しかった
常に行動を共にして連れ歩ける犬が欲しかった
ここまで子犬なら躾け甲斐もあるだろうし、行く行くはうちの牧場の番犬になってもらいたい
まぁ番犬が無理ならアイドルでも構わねぇ
聡一郎はどっから見ても猫って雰囲気だろ?
部屋に猫の棲息場所を作ってやり、猫用のドアを作れば、後は猫は気紛れに過ごすだろ?
まさに聡一郎にもってこいの動物だろ?」
一生がそう言うと聡一郎は
「そうですね猫なら僕でも飼えそうですね
そのメインクイーンは僕が飼いましょう
この子には飼い主と決めた人がいた筈
それを今日から僕が飼い主だとは言えないので同居と言うカタチで共存して逝こうと想います
心地よい空間の中で僕もこの子も暮らせたら一番良い環境だと想います
悠太も猫を飼いたがっていたので世話は悠太がしてくれるでしょうし」
と楽しそうに笑った
飛鳥井の家で二匹とも飼う事が決まった
猫は聡一郎が、子犬は一生が飼うと決めた
だが猫は当分入院が必要だし
子犬も入院が必要となった
その日は入院の手続きを取って聡一郎と一生と力哉は帰って逝った
その日から一週間後
聡一郎と一生は正式な書類を交わして里親になった
飛鳥井の家には聡一郎が猫を、一生が子犬を飼う事に了承を取っていた
康太は聡一郎が猫を飼う事に対して
「聡一郎が猫か……」と想像して笑った
聡一郎こそが猫みたく気紛れで気高い生き物だったからだ
聡一郎は自分の部屋に猫の好きそうなアイテムを用意してその日を迎えた
だが猫は聡一郎が用意したクッションよりも聡一郎が座るソファーに寝そべって聡一郎を見ていた
「………ジャガ……お前の座る場所はあっち!」
聡一郎はメインクイーンの猫の名前を康太に頼んだ
そして康太の命名どおり「ジャガ」と呼んでいた
ジャガは用意されたクッションを一瞥するか、知らん顔でソファーに寝そべっていた
聡一郎がソファーに座ると聡一郎の膝の上に面倒くさそうに乗って目を瞑る
気怠そうな聡一郎と気怠そうなジャガ
悠太は良く似た聡一郎とジャガを見て笑っていた
案外心地良さそうにジャガが寝るのを見るのが悠太は好きだった
一生の所に貰われたサモエドの子犬、コロ(康太命名)は今日も元気に一生に着いて歩いていた
何処へ逝くにも一生に着いて歩いていた
寝るのも大学に逝くのも会社に顔をだす時も、片時も離れないから、力哉が少しだけ妬いたのは、内緒なのだが……
緑川牧場の立派な番犬になる日は近い!
牧場の皆もコロを可愛がっていた
もう立派な緑川牧場のアイドル犬になりつつあった
はしゃいで走る、走り回る、コロコロ走る
子犬は疲れ知らずだ
コロはコオやイオリ、ガルとも仲良く一緒に散歩にも行っていた
コロは一生を精一杯見上げ尻尾を振る
ボク……幸せだよカズキ
コロは拾ってくれた一生に恩返しすべく全身全霊懸けて日々を生きていた
ちゃんもお返しするからねカズキ
コロは立派な番犬になるべく頑張ってコロコロしていた
ともだちにシェアしよう!