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第54話 遥か昔の物語

僕は……何の力も持たぬ蛇だった 龍は蛇として生まれて修行を積んで龍と成す 龍になれずに蛟のまま死に絶えた同胞も多くいる 龍になれるのはほんの少しの存在でしかない その中で『龍』にならねばならぬ期待を掛けられた蛇がいた それが四龍の兄弟と後になる 四匹の蛇だった 蛇は人間界に生まれ堕ちる運命だった 5000年経った後に蛟になれる者だけが神界に渡り龍になる 蛇のまま寿命を終える者も 蛟のまま龍になれず寿命を終える者もいた その中で将来が約束された蛇がいた それが四龍の兄弟だった 四龍の兄弟の蛇は各々が名前と同じ色をしていた 蛇じゃない色 蛇は四龍の兄弟を驚異に想った 人間は色の違う蛇を見ると騒ぎ立てた だから人間に関わらず生きていかねばならなかった 兄弟で助け合おうぜ そう赤龍は言った だが青龍は兄弟に賛同する事なく淡々と生きていた 「きゃー!何よこの蛇!色が蒼いじゃない! 呪われているわ……どうしょう私達呪われちゃうの!」 蒼い蛇を見た者は大袈裟に騒ぎ立てた恐れた 黒い蛇は世の中には多くはないがいる 赤い蛇も珍しいがいたりする 茶色い蛇は定番なのか姿を見ても人間は驚いたりはしない だけど蒼い蛇は目にするなり騒ぎ立てる 蛇じゃない!! 蒼い蛇なんていない! ………うるさい……僕が何色をしていようとも関係ないでしょ! 蒼い蛇は……生まれ落ちた時から自分の色を呪った 同じ蛇からも黒龍、赤龍、地龍は受け入れられるのに…… 青龍だけは受け入れられなかった 蛇仲間からも青龍は忌み嫌われて生きていた 世の中を斜に構える様になったのは、こんな生い立ちがあったから……なのだろう 冷めた青龍は世の中を憎んでいた 絶対に龍になってやります! そしたら馬鹿にした蛇共にブリザードでも吹き付けてやりましょうかね? 蒼い蛇だって同じ蛇なのに…… 僕だけ仲間外れにしやがって! 仲間外れにされた恨みは案外根深く残っていた 『近寄るな!災いが来る!』 理不尽な言葉に石を投げ付けられた事さえある 赤い蛇は「わぁ珍しい南国とかにはいるよね?」なんて謂われるのに 蒼い蛇は「気持ち悪い……何か災いを引き起こしそう……」と謂われねばならないのだ 色が……悪かったのか? 何故、赤いのや、黒いのや、茶色いのは世間に受け入れられて…… 蒼いのは拒絶されるのか? この差別は青龍の心に深い傷となり残った 蛟なになり神界に渡ってからも、それは続いた 神界には八百万神や仙人が暮らす世界だった 崑崙山に渡る前の八仙が四龍の兄弟の教育係になった 神界には四龍の兄弟の他にも黄龍の子の雅龍もいた 他にも幾匹かの蛟がいた それらは……みなそれらしい色をしていた だからやはり青龍は蛟になっても目立っていた 同じ蛟でさえも、『あの色……何だか怖い…』と謂う程で青龍は孤立して逝った だが元々他の存在など受け入れてはいない青龍には関係のない話だった だが、忌み嫌われた青龍が皆の注目を集める事となった 八仙の神からの信託を聞いたからだ 『青龍殿は龍族唯一最高位の皇教となられる』 法を司どる神の最高位に上る存在と予言されると、掌を返したかの様に皆がちやほやした 青龍は『……この色……気持ち悪いんじゃないんですか?』と根に持っていた 自分なんか誰も愛さない 誰にも愛される筈などないのだ 青龍の心を占める想いはそれだった 誰にも興味はない 向こうも青龍には興味がない 興味があるのは青龍と言う龍が、上り詰める立場にだけ それがない青龍になど何の魅力もない そんなの解っていた だから誰も許さない 誰にも心を許さない それは蛇の頃から変わってはいなかった 人と違う色が嫌だった 寒々しい色が嫌だった やはりこの色が……と思うと塗り替えたい位に嫌だった にょろにょろと動く蛇が可愛いと言われるのは黒いのや赤いのや茶色いのだった 蒼い色は好かれない色なのだ ならば、僕は誰も好きになんかなりません! でも…… 何時か…… お前の色が好きだと言ってくれる人を見付けたい…… そう願っちゃいけませんか? 蒼い蛇は何時も神に祈った 蒼い蛇は空を見上げて祈った 神様 僕の色を変えて下さい 何度も何度も祈った こんな寒々しい色じゃなかったら…… 可愛いと謂われたのかな? にょろにょろ…… 蒼い蛇は精一杯高い場所へと登った 少しでも高い場所なら神へ近付けるかと想って、高い場所へと登った だけど青龍の声は聞き届けられなかった 青龍は総てを諦めた 蛟から龍になり魔界へと渡った 魔界の規律、魔界の秩序、青龍として生きて逝く事となった 男も女も誰もが青龍に近付こうとした 自分の空っぽの穴を埋めようと、それでも青龍は足掻いて…… 他の龍の真似事をして恋愛もした だが誰も愛せない 愛されていないのが解るから、相手は疲れて離れて逝った 何時の頃か青龍はかなりのプレーボーイと魔界で噂が飛び交った そんな時、青龍は黒龍が連れて来た炎帝に一目惚れした お日様の陽を身に纏った存在 だが炎帝に好かれる気は皆無だった 誰もが青龍を嫌うから…… 欲しい 炎帝が欲しい そう想っても願い事なんて一つも叶った事はない 諦める 好きだと想った瞬間から諦める それが青龍だった 康太は夢を見ていた 蒼い蛇が神に祈る夢を…… 愛らしい姿に円らなひとみが可愛い なんて愛らしい姿なんだ! 胸ポケットに入れて歩きたい どんな姿の青龍も愛している どんな姿をしていようとも青龍ならば愛せた 蒼い蛇は孤独だった だから夢の中だと解っていても、康太は蒼い蛇へ近寄った 「……何をそんなに必死で祈っているんだよ?」 「誰?」 「通りすがりの……人間さ」 「僕が気味悪くないの?」 蒼い蛇は悲しそうに問い掛けた 「あんでだよ? お前は綺麗な色をしている 何処が気持ち悪いんだよ!」 「……災いがおきるかも……知れないよ?」 「どんな災いが来たとしても、オレは蒼い蛇を綺麗だと想うし、可愛いと想う」 「本当に?」 円らな瞳が涙で潤んでいた めちゃくそ可愛い なんでこんな時に出逢えなかったんだ? 勿体無い 自分が蒼い体躯だから……傷付いて誰とも接触を阻んだ あの頃のお前の傍にいてやれたら…… 康太はそう想った 「僕、神様に体躯の色を変えて下さいとお願いしてるんだ」 「どうして?」 「………だって……」 べしょべしょ蒼い蛇は泣き出した 「青龍は綺麗な龍になる その鱗の一枚さえも美しい龍になる 蒼く光輝く青龍は魔界で一番美しい龍なんだぜ? なのに色を変えるって謂うのかよ?」 「………僕……このままでいて良いのかな?」 「良いに決まってるやん!」 康太は蒼い蛇の頭を優しく撫でてやった 「僕……嬉しい」 にょろにょろ蒼い蛇は康太の手によじ登って来た 「青龍、ありがとう」 「え?僕、なにもしてないよ?」 蒼い蛇は首をかしげた こんな夢 本当は見せたくなんかなかったろうに… それでも見せてくれた 過去を紡いで見せてくれた 康太は榊原の愛に満ち溢れる想いを掻き抱いた 「青龍、今日の月は綺麗だな」 「だね、何時か愛する人と月を見たいと想っているんだ」 「見れると良いな」 「うん!」 蒼い蛇は康太の肩まで上っていき、一緒に月を見ていた 何時かきっと見れるから…… 康太は想った 青龍はどんなに小さくとも頑固で融通が効かない青龍だった 真面目で不器用で……淋しがり 愛を求めて 愛する存在を求めて 神に願う蒼い蛇は、青龍そのものだな 青龍、オレはお前と出逢えれて幸せだ 青龍、お前もそう想ってくれるかな? 青龍…… 青龍…… 愛しいオレの蒼い龍 「今宵の月の美しさは…絶対に忘れねぇよ」 「僕も忘れないよ」 蒼い蛇は嬉しそうに笑っていた めちゃくそ可愛い姿だった 目を醒ますと目の前に榊原の顔があった 「見れましたか?」 榊原は問い掛けた 康太は嬉しそうに笑って、異国の地の空を眺めた 夢の中で見た良く似た月だった 「めちゃくそ可愛かったな蒼い蛇」 「嬉しいです康太」 「愛してる青龍 お前がどんな姿でも、愛しくて堪らない お前がどんなオレでも愛してくれる様に、オレはどんなお前でも愛している」 榊原は嬉しそうに目を眇ると、康太を抱き締めた 月の砂漠の真ん中で見上げている月の様な錯覚に陥る この世で二人きりの世界にいる気分になる 『ねぇ僕は何時か誰かを愛せるのかな?』 蒼い蛇はそう問い掛けた 今…お前にその答えを返せれたかな? 昔、昔、蒼い蛇は神に祈りました どうか体躯の色を変えて下さい………と。 だけど今はその願いが叶わなくて良かったと想えた 僕を愛してくれる人が見つかったから…… 「愛してます 君だけを愛してます」 想いは果てへと繋がり 一匹の蒼い蛇は幸せそうに月を見上げていた

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