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第55話 また逢おうぜ!①
安曇貴也、貴之、貴教兄弟の夢に近付く為に旅立つ姿を目にして一生は……
焦っていた
牧場の今の現状は……篠崎にオンブに抱っこの状態だった
康太を優先した結果……牧場を蔑ろにしてしまった結果となった
慎一はもう飛鳥井になくてはならない人間となった
慎一が白馬に逝けば……飛鳥井の家は困ってしまうだろう
本当は慎一が馬の調教を手掛け、一生が経営で牧場を支える
筈だった
だが現実は……総て白馬で管理されサポートされているだけに過ぎなかった
慎一は経営をちゃんとせねば!と大学の学部を、経営学部に移動して勉強を始めた
そして専門学校に通い勉強を始めていた
慎一は歩き始めていた
そんな自分が……留まっていて良い筈がない
だが……康太の傍を離れたくなかった
傍にいたかった……
そんな想いが……牧場を狂わせてしまった
親父が生きていたら……怒るだろう
何をやっているんだお前は!
総てが半端なんだよ!
そう怒るだろう……
だから一生は……在るべき場所に逝こうと想った
決意を決めてからも……中々言い出せなかった
だが兵藤が着実に留学に向けて動いているのを見ると……
このままじゃダメなんだ……と心が逸った
在るべき場所に逝く
それを康太に告げた
「俺、白馬に逝くわ!」
やっと口に出した言葉だった
「おー!逝って来い!」
「…お前に何かあっても……今度は還らねぇと決めて旅立つつもりだ」
「それで良い
それでなければ旅立つ意味がねぇからな」
「本当は!………逝きたくなんかねぇんだよ…」
「……解ってる……解ってるよ一生」
「だから怪我なんてするんじゃねぇぞ!
一度還れば……逝けなくなる……」
「お前は心配性過ぎるんだよ
オレはまだ死なねぇ!絶対にな!
だからお前はお前のやるべきことをやって来い!
どの道、伊織も映画が始まるとそっちを優先させるつもりだ
回り始めているんだよ一生
弾かれねぇ様に踏ん張って逝かねぇと、振り落とされんぜ?」
「とうとう……映画が始まるのか?」
「そう。副社長の座を代理を立てて伊織の負担を軽減するつもりだ!」
「………康太……それだと伊織は還る場所がなくなったと……想うんじゃないのか?」
「それでもな、逝かねぇとならねぇなら逝くしかねぇんだよ!
慎一も勉学を優先させてやりてぇからな
サポート出来る奴を入れるつもりだ」
「………俺は……還って来るって……」
言っても……人を入れるのか?とは聞けなかった
一生ばかりか慎一も忙しくなるなら、サポートが必要になるのは当たり前の事なのだが……
還る場所を盗られたみたいで……
やるせない気持ちになった……
「後で聡一郎とかから聞くよりは良いだろうから……今言っておく事にした
飛鳥井の家にお前達以外の人間を入れるけど……それはお前達の還る場所を奪う為じゃねぇって事だけは覚えておいてくれ」
後で聞くよりも“今”聞いておいた方が心積り出来て良いのかも知れない
でも頭で解っていても……心がそれは嫌だと訴える
言える資格なんてないのに……
自分達以外に子供達が懐くのは嫌だと訴える
「………康太……俺は…還って良いのか?」
「お前が還りたいと願うなら……還れば良い……
還りたくないと想うなら……お前は好きな場所へ逝けば良い
お前の思う通りにすれば良い」
「還るよ!還りてぇよ!
だけど俺の不在に……他の誰かがいるなら……
子供達は忘れてしまうかも知れねぇ……
俺達の居場所がなくなっちまうかも知れねぇ……それが怖いんだよ」
「んな事は考えなくて良い……
お前はお前の想うまま……生きて逝けば良いんだ!
もう…煩わされる事なく進んで逝ってくれ!
それだけがオレの願いでもある」
一生は康太を抱き締めた
「康太……遥か昔から……過ごして来た時間より……今…共に生きてる時間が……輝き過ぎて……
離れたくないと想うんだ
一緒にいたいと願っちまうんだ……
出来る事なら……可愛い盛りの…アイツ等の成長を見ていたかった……
他の奴に……明け渡したくなんかなかった……」
「……一生……大丈夫だ!
誰もお前達の場所は奪えねぇ……
お前達が還って来るまでサポートさせたとしても、それは永遠に一緒にいられる訳じゃねぇ
時が来たら送り出してやる存在
傷を癒して羽ばたける様になったら……送り出してやるつもりだ
だから誰もお前達の場所を奪う訳じゃねぇ……」
「奪われたとしても奪い返してやる!
俺達の絆は誰にも亀裂一つ入れさせる気はねぇからな……康太……お前の声を聞くと……還りたくなるから……電話はしない……」
「あぁ……それで良い」
「だから……怪我するんじゃねぇぞ!」
「解ってる!」
「………夜が明けたら逝く……」
「ん……体躯に気を付けて頑張れよ」
一生は泣いていた
それを隠す様に背を向けて……踏ん張っていた
「さよならは……謂わねぇ…」
「またな!一生」
「おう!じゃ……ちょっと逝ってくるわ!」
一生はそう言いリビングを出て逝った
その足で部屋に戻り荷物を持って飛鳥井を出るのだ
覚悟の背中を見送り、康太は目を閉じた
朝、一生は皆に別れも告げずに家を出て逝った
康太は朝食に皆が集まった時
「一生、家を出て逝った」と告げた
事前に一生が牧場を背負う為に家を出て逝く……と言う話は聞いていた
一生と一緒に北斗も白馬に行く事になっていた
前日、皆に転校の挨拶をした
また還って来るからね……
そう約束して別れた
また還れるか解らない
不安はあった
だが義理の父の一生が自分を置き去りにして白馬に逝くんじゃなく
一緒に逝こう!って言ってくれたのが嬉しかった
義父と共に……牧場を支える一員になりたい
そう思っていた
そして何時か……義父から牧場を受け継ぐと決めていた
だから……皆と別れるのは淋しかったけど悲しくはなかった
白馬に着くと、空気が綺麗だと想った
もう……康太や飛鳥井の人々に逢えないんだ………
と、澄みきった空気を吸って実感した
涙が溢れそうになり……北斗は空を仰いだ
一生も………空を仰いでいた
一番……離れたくないのは……一生なんだと北斗は想った
誰よりも康太を想い
康太の傍にいたいと願った一生だったから……
白馬に着くと篠崎が、一生親子の家に案内してくれた
一生の家は一軒家で………
庭には……あずきが尻尾を振って一生を待ち構えていた
「………あずき……なんで……」
一生が呟くと
「玲香さんが寂しがり屋の一生の為に、あずきを貸し出してくれたんです
そして縁側の猫は貴史から預かって来ました
チェリーと言う一生の為にペットショップで買った猫らしいです」
一生は詳しく説明してくれる人間を見た
信じられなくて……
「……何で……来たんだよ?」
何で康太の傍を……お前も離れたりするんだよ?
一生は信じられない想いで……涙が溢れそうだった
「僕は白馬に出来る結婚式場の管理を任され白馬に来たのです
結婚式場の責任者と、白馬で上がる馬の報告の為に辞令を経てやって来たのです
この家は康太が買ってくれた……僕と一生、北斗の三人の家です
北斗、僕と一緒に暮らすのは……嫌ですか?」
力哉は不安そうに北斗に問い掛けた
北斗は「康太ちゃんから力哉君が来るのは聞いてたの!やったー!ヨロシクね力哉君」と喜んで力哉の手を取った
「あ、そうそう、康太から北斗君の通学のサポートも頼まれているんだ
白馬は都会と違って通学時間が長いからね
付き添ってやってくれと頼まれているんだ
北斗君の足の事、康太は心配してたからね」
「力哉君、車で送り迎えとかは辞めてね
都会の奴は軟弱だなんて謂われるのは嫌なんだ
ごめんね……なるべく……自分でやりたいんだ」
力哉は北斗の頭を撫でた
「解ってるよ
三人で頑張ろうね」
還れる、その時まで頑張ろうね
力哉はじっと待っていようと想っていた
足手まといにだけは、なりたくなかったから…
一生の帰りを待とうと想っていた
だが康太が「逝ってこいよ力哉」と謂い送り出してくれた
だから力哉は犬と猫を乗せて、白馬までやって来たのだ
力哉の方が早く白馬に来ていた
家の掃除をして犬小屋と猫の寝床を作り、一生達を待っていたのだ
庭にあずきを繋いで、猫は抱っこして一生達が来るのを待っていた
力哉にだって不安はある
白馬から一生が還れまで待とうと想っていた
一生の浮気は心配してないが……
そんなに離れて暮らして……
手の届かない距離にいたら……どうなるのか?
不安で仕方がなかった
一生は還って来る
還って来ればまた恋人として暮らせば良い
そう思おうとしていた
だが離れたくない……と言う心が何処かに在って……
着いて逝きたい気持ちが爆発しそうだった
康太はそんな力哉の気持ちを知っていたから……
力哉を白馬に逝かせたのだった
「白馬の結婚式場が起動に乗るまで還って来なくて大丈夫だ!」
そう言い送り出してくれたのだ
力哉は涙を拭こうとしてポケットを探って、朝倉への手紙を思い出した
「あ、僕、朝倉さんに手紙を渡さねばなりません!」
そう言い頑丈に封をしてある手紙をフリフリした
一生は「飯食いに行くついでに渡せば良いだろ?」と謂い北斗を車に乗せた
力哉も車に乗り込むと、一生は事務所に向かった
事務所に顔を出すと、仕事を終えた朝倉に出くわした
力哉は朝倉に「康太君からです!」と謂い手紙を渡した
朝倉はニコッと笑って手紙を受け取った
朝倉は胸ポケットに手紙を入れると……
恋人が待っているので!と謂い一生達と別れた
白馬での生活が始まった
出足は順調
後は一分一秒でも早く還れる様に頑張るしかねぇ!
一人では乗り越えられない壁なれど
二人なら乗り越えられる壁に近付ける
三人ならば乗り越えられない壁はない
大地に踏ん張り、一生は走り出した
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