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第56話 また逢おうぜ!②
兵藤は留学を決めた時、桃太郎も一緒に連れて逝く事を決めていた
航空会社にペット同伴申請して書類を揃えて搭乗の許可を取り
ペット可の部屋を探した
総ての準備に1ヶ月を要した
日本を旅立つ晩
兵藤は康太と二人でホテルのバーにいた
「………傍にいねぇ間に……怪我するんじゃねぇぞ………」
「んなん気にせず、お前はお前の道を逝けよ!」
「本当は離れたくねぇの……解ってる?」
「解ってるよ
でも……お前はお前の道を逝かねぇとならねぇの……解ってる?」
「解ってるよ……解ってるから逝くんじゃねぇか……
人がずっと思い悩んでる所を衝いてくるんだもんな……
そりゃぁ……オレも……想っていたさ……
でも本当に桜林の経歴だけでも良いか……とも想っていた……
箔がねぇのは実力でカバーすれば良いか……なんて狡い事を考えていた……
でもそれだと経歴がモノを謂う世界では磐石ではないのも……解っていたよ」
「貴史、道を違えるなら……オレらは共には逝けねぇぜ?」
「………っ………解ってる!
だから逝くんじゃねぇか!」
兵藤は苦しそうに言葉を投げ掛けた
「オレだって……離れるのは辛いさ
一生を送り出した後にお前を送り出さねぇとならねぇんだからな……」
「……一生?あんで一生がお前の傍を離れるのよ?」
「このまま篠崎におんぶに抱っこのままじゃ……あの牧場には先がねぇって事だ
篠崎も年だ、そんなに無理が利かない年になって逝く
この先も篠崎もおんぶに抱っこのままじゃ共倒れになる
調教師の免許を取らねぇと牧場は……華々しい実績も上げられず終わるしかねぇ
それを実感しているのは一生と慎一だ
慎一は経営学の勉強を始めた
利益を上げない牧場は……存続が困難になるからな……
そして……アイツ等は……共にいる事を優先して
牧場の改革を疎かにした
採算の取れない牧場に価値はないと謂う現実が叩き付けられた
存続するならば互いがそれなりのスキルを取らねばならない
当初慎一が馬を育て一生が経営を担う……筈だった
だが二人はオレを優先して……道を外した
狂っちまったんだよ
狂っちまった先は同じ様には逝かねぇもんだ
一生が28になったら調教師を取るしかなくなった
調教師を取る為のスキルを稼がねば28になっても試験さえ受けれない状態に陥る
だから白馬に行きスキルを稼ぐ為に今必死に勉強してる
下積みがあって実績があって知識があってこその調教師だからな
馬の息遣い毛並み、それだけで何処が悪いか解るのが一流の調教師だかんな
一生も一、二年は帰って来れねぇだろう
お前も一、二年は帰って来るなよ
お前はお前の為に時間を使って果てへと繋げろ
一生も自分の為に時間を使って果てへと繋げ先へ逝く
だから貴史、帰って来るな」
兵藤は両手で顔を覆った
「……おめぇは……本当にひでぇ奴だな」
「……ごめん……」
「だが一番ひでぇのは……解ってて伸ばし伸ばしに来た自分だ!
だから……俺はなりたい自分になれるまで……
還らねぇと約束する!」
「貴史、果てで逢おうぜ!」
後はもう言葉もなく……
飲み明かした
夜が明けると兵藤は立ち上がった
「さぁ康太、俺を家に送りやがれ!
俺は家に還って桃太郎を連れて来ねぇとならねぇからな」
「桃太郎、連れて逝くのかよ?」
「俺がいねぇと家中探して歩き回るらしいからな……
爪なんて剥がれて足が擦りきれても止めねぇって聞いたら置いて逝けねぇだろ?」
「なら家まで送ってやんよ!」
「美緒や親父に挨拶して荷物を持って来るから、そしたら空港まで送りやがれ!」
「解った、タクシーで良いか?
それとも誰か呼ぶか?」
「……伊織は?どうしたのよ?」
「伊織は映画の製作が始まったからな、そっちを優先させている」
「………離れ離れって……何かあったんじゃねぇかって勘繰りたくなるんだけど?」
「何もねぇよ!
そもそも伊織の映画は悲願でもあった
それを飛鳥井の人間は達成して貰いたくて、映画を優先させている
その為に斎王の次男を副社長代理に据えた」
「……伊織……不安じゃねぇのか?
映画が終わったら還る場所がないんじゃないかって……」
「それでも逝かねぇと道は途絶えるしかねぇんだ!
それでも逝くなら望みは繋がり夢は叶う
飛鳥井の家族は伊織の夢を叶える為に総てを優先にさせると決めたんだ」
「………一生もいねぇ……慎一は経営の勉強を始めたなら…飛鳥井は大変になるな……」
「………その為に二人、サポートを入れた
タクシーより、そいつを呼ぶとするか」
康太は朝早くだと謂うのに電話を入れる事にした
ワンコールで電話に出た相手が
『何処へ逝けば良い?』と尋ねた
「HOTEL NEW GRANDの前で待ってる」
『了解!10分後玄関に出てて下さい』
相手はそう言い電話を切った
「来るって、少ししたら外に逝こうぜ」
「……家族は……他の奴等を迎え入れたのか?」
「入れたぜ?
子供の面倒を見る奴もいるしな……
オレに着いてくれる存在も(一生のいない今)必要だしな」
「………一生……本当に逝っちまったんだな……」
別れの挨拶もなく………
一生は逝ってしまった
だから兵藤は一生が白馬に逝ったのを知らなかった
「一生は……ちょっとそこまで逝って来る……そんな感じで逝きたかったんだよ
だから誰にも告げずに家を出た
別れの挨拶なんてしたら還れなくなりそうで……アイツは別れを告げる事を拒んだ
だから誰もアイツが不在な事は知らねぇだろ?
LINEもTwitterも繋がりがある奴等とは常に繋がって逝けると想っているんだろ?
だからアイツは『別れ』を謂うべきではないと想った
ちょっとそこまで……未来を掴みに逝ってるんだ」
「……それ良いな……なら俺も、ちょっとそこまで未来を掴みに逝って来る事にするわ!」
「おー!逝って来い!」
康太は笑ってホテルの外へと出て逝った
少し待つと康太の前に車が停まった
運転席から男が下りて兵藤に挨拶した
「新庄高嶺です
以後お見知り置きを!」
目の前にいた男は……前シーズンのペナント覇者の新庄高嶺だった
兵藤は「………新庄高嶺……」と呟いた
新庄は兵藤を後部座席に押込み、康太も乗せた
ドアを閉めると運転席に乗り込んだ
「康太、何処へ逝きますか?」
「兵藤の家に送ってくれ!
そして貴史が荷物を持って来たら空港まで頼む」
「了解しました」
高嶺が乗っていた車はアウディだった
榊原が昔乗っていた車とは違う、スポーティーな車だった
高嶺は兵藤の家まで走った
そして兵藤の家に着くと車を停めた
「少し待っててくれ!
ほれ、貴史逝って来いよ」
康太が言うと兵藤は、康太の首根っこを掴み
「お前も来いよ!」と言い強引に康太を連れて家の中へと入って逝った
兵藤は康太を自分の部屋に連れて逝った
兵藤の部屋はガラーンとして壁には何かを貼っていたのか……外した跡がやけに淋しさを増加させていた
荷造りして何もなくなった部屋は……主の不在を物語っていた
そんな部屋の中央に桃太郎が淋しそうに兵藤を待っていた
兵藤は桃太郎のリードを手にすると、桃太郎は嬉しそうに兵藤に飛び付いた
「待たせたな桃太郎」
待ってたよぉ!とでも謂わんばかりに桃太郎はワンワン鳴いて兵藤に引っ付いていた
「なぁ康太、あの高嶺って奴……プロ野球選手だよな?」
「……元……プロ野球選手だ」
…………元………それが意味する言葉は……過去の事だと告げていた
「あんな知り合いいたのか?」
「あれは伊織の幼馴染だ」
「え?伊織の幼馴染……二人とも親交があるようには感じられないけどな?」
「伊織が桜林に入るまでは、ずっと一緒だったらしいぜ?
桜林に入ってからも交流は続いていて、飛鳥井康太とスキャンダルが出ても高嶺は変わらず伊織の友でいてくれたそうだ
その友が……栗田と陣内が遭遇した事故の巻き添えになり……現役の道を閉ざされた
伊織は高嶺を導いてやって欲しい……と頼んで来た
ならば夫の頼みを完遂するのが妻の務め
少し飛鳥井に置いて、高嶺の未来へ送り出してやるつもりでいる
だから高嶺は飛鳥井にいるだけだ
お前が心配する一生の代わりとかじゃねぇから安心しろ!」
「……別に心配してねぇよ……
でもお前は時代劇に出て来る様な男前が好きじゃねぇかよ?」
顔の趣味で言ったら一生より高嶺の方が趣味だろうが……と想ったのだ
康太は爆笑した
「オレの趣味は総て青龍だ!
それ以外は必要ねぇと想ってる」
「惚気かよ?」
兵藤は笑って……そして背筋を正して康太を見た
「何かあったら……『呼べ』……そしたら絶対に駆け付けるから……」
「あぁ、解ってる
お前も何かあったら電話して来い!
愚痴くらい聞いてやるからな」
駆け付ける……とは謂わなかった
駆け付ける気はないと……兵藤に伝えた
兵藤は笑って
「声を聞くと……還りたくなるだろうからな……
電話はしねぇ……還るまで…声は聞かねぇでおこうと思う……」
と刹那げに言葉にした
「それで良い!
お前はお前の成すべき事をしろ!
オレはオレの成すべき事をする!」
兵藤は拳を握り、康太の前に差し出した
「………お前の家は建築屋で!」
「お前の家は政治屋だ!」
「俺達は、オギャーと生まれた時から」
「友達で、死ぬまで腐れ縁だ!」
兵藤と康太は、拳を合わせ合い笑った
子供の頃何時もやっていた挨拶だった
「逝くぜ康太
此処で止まらねぇ為に逝って来るわ!」
「逝って来い貴史
逝って未来を掴み取って来いよ!」
兵藤は清清しい想いで康太を見た
此処で終わりじゃないから逝くのだ
その為の第一歩なのだから……
兵藤は桃太郎を抱っこすると部屋を出て逝った
康太はその後を着いて逝った
応接間のドアを開けると着物を着た美緒が夫の昭一郎と共に座っていた
兵藤は深々と頭を下げると
「………大変な時に我が儘言って申し訳ありませんでした」と謝罪を述べた
美緒は艶然と笑って
「お前が気にする事ではない
お前は己の道の為に逝くがよい!」と送り出した
「では逝って来ます」
兵藤はそう言い背を向けた
学位と学士を取るまでは絶対に還らない気迫が美緒には伝わっていた
そんな息子を送り出す
何も心配はするな…と送り出す
母の愛だった
胸を張り艶然と笑う美緒は美しかった
兵藤はそんな母が誇りだった
どんなに辛くても苦しくても母は笑って胸を張っていた
そんな母の背中を見て過ごした
兵藤は断ち切るように応接間を出て逝った
靴を履いて家の外に出ると……
車が変わっていた
運転席のドアが開き、中から出て来たのは榊原だった
「高嶺から連絡がありました
なので君を送るのは僕の役目だと変わって貰いました」
榊原は後部座席のドアを開けると、康太と兵藤を乗せた
後部座席のドアを閉めると、榊原は運転席に乗り込んだ
助手席に桃太郎のお気に入りの骨を取り出すと、桃太郎に渡した
桃太郎は兵藤の膝の上で嬉しそうに骨にむしゃぶりついた
そして兵藤には綺麗に梱包した箱を渡した
「康太からです。向こうで開けて下さい」
兵藤は榊原から箱を受け取り荷物に入れた
道路は早朝と言う事もあり空いていた
スムーズに走り、かなり早く空港に着いた
榊原は待合室で椅子に座る康太と兵藤の為にジュースを買って来て渡した
ジュースをゆっくり飲む
言葉はなかった
搭乗の案内入ると兵藤は立ち上り
「ならちょっくら逝って来るわ!」
と笑って……走って逝った
桃太郎はずーっと康太の方を見ていた
康太は兵藤と桃太郎の背に手をふって見送った
兵藤の乗った飛行機を見送る為に、康太と榊原は展望デッキへと向かった
康太と榊原の目の前を兵藤が乗った飛行機がゆっくり離陸して飛んで逝った
「逝っちまったな……」
兵藤を見送り康太は呟いた
榊原は康太を抱き寄せ
「また台風の様に強烈な帰国を果たしますよ」
慰めた
「だな……でも淋しいな……」
「僕も淋しいです……
君と人の世に堕ちた時は…誰も知らない世界に二人きりだった……
それに比べれば…待てば…彼等は還って来るのです」
「……そうだったな……
人の世に堕ちた時は…二人きりだったな
それから幾回と生まれ変わり……
兄者の息の掛かった奴とか、オレを追って来たくれた奴とか……増えて今世に続いた……
それを想えば待てば還って来る今の現状を淋しがるなんて贅沢だなって想えるな」
「君には僕がいます」
「あぁ……」
榊原と康太は何時までも空を眺めていた
どうか……貴方達の行く末が穏やかであります様に……と祈りを飛ばした
桃太郎はペット用のゲージに入れる為にスタッフに連れられて逝き、兵藤は搭乗手続きを経て飛行機に乗り込んだ
暫くすると離陸して……飛行機は目的の地へと飛び立って逝った
兵藤は断腸の思いで歯を食い縛って耐えていた
離れたくない想いなら誰よりも強い
それでも逝かねばならない現実に歯を食い縛り耐えるしかない
兵藤はまだ見ぬ世界の始まりに、一分一秒でも早く帰国すると心に決めた
大学にも慣れて友達もちらほら出来た頃
兵藤の前に上質なスーツを着た男が姿を現した
男は兵藤に「Mr. Hyodo?」と話しかけて来た
兵藤は「Yes, Who are you?」と答えた
すると男は兵藤に「一緒に来て下さい!」と告げて歩き出した
兵藤は慌てて男に着いて逝った
男は政治学の教授のドアをノックすると、ドアを開けて部屋へと入って逝った
兵藤は促されて部屋へと足を踏み入れた
「手を…見せてくれ…」
訳の解らぬ事を謂われて兵藤は両手を出した
男の目的は……榊原に見送りの時に渡された箱の中に入っていた腕時計だった
アメリカに着いて直ぐに兵藤は榊原に渡された箱を解いて中を開けた
箱の中には今はめている腕時計が入っていた
そしてメッセージがあった
康太の字だった
「貴史へ
ハーバード大学に通う様になったら必ずはめて登校しろ!
ちゃんと欠かさずはめて逝くんだぞ!
飛鳥井 康太 」
と書いてあった
だから日常から常に肌身離さず着ける事にしたのだ
「sirベルクマン、お連れ致しました」
男は奥の立派な椅子に座っている白髪の気のいい老人に声をかけた
「彼が康太の謂う?」
「はい!ケネディスクールに推薦の時計をはめております」
男が謂うとsirベルクマンと謂われた男は高笑いした
「ジル、君の弟子が出来ましたね?」
「……それは今後見定めないと……なんとも謂えません」
sirベルクマンと謂われた男は兵藤に手を差し出した
兵藤はその手は取らなかった
「俺を茅の外に置いて話す奴に友好を結ぶ気はない!」
そう言い放つとsirベルクマンは爆笑した
「ジル、君と同じ事を言ったよ!」
男は嫌な顔をして兵藤に向き直った
「失礼、ジルベール・ファーカスだ!
上院の議員だ!
康太から面白い奴が渡米したから面倒を見てくれと頼まれた
しかもシンクタンクも顔負けの頭脳を持っていると聞くと興味が湧いて……揶揄した訳ではない許してくれたまえ!」
「康太のお知り合い……なんですか?」
「そう。私は康太から有能な頭脳の教育を頼まれている
堂嶋正義を教育したのは我が師sirベルクマンだ!
私と正義は同じ師を持つ弟子だ
君は私に師事せよとの命を貰った
ハーバード大学で君は政治学を学ぶ
それと平行してケネディスクールに入って政治の基本を根本的に叩き込まれて来なさい
大学やスクールに行かない日は私の事務所に顔を出して今までの経済の事案に目を通しなさい
君を叩き上げるのが私の死命なのです!
良いですか?」
「はい!宜しくお願いします」
兵藤は深々と頭を下げた
「私の事はジル先生と呼んで下さい
私はこの大学に講師として入る時もあります
君の事は貴史で良いですか?」
「はい!ジル先生!」
「君は康太が謂う通り……信念をぶち抜く瞳をしてますね
アメリカの大地と日本とでは何もかも違うでしょうが、人間がいる場所では政治学は万国共通だと想いなさい
君が学んだ事は君の中で糧となり、君を助ける日が来るでしょう」
未来を見る力強い瞳をしていた
ジルベールは兵藤の力強い瞳に未来を感じていた
この子に教えたい!
そう思えた
久しぶりの感覚だった
兵藤はジルベール・ファーカスと言う師を持ち
学ぶ事になった
生半可な日々でないのを肌で感じつつも、充実した日にせねばと誓う
一日も早く
一分でも一秒でも早く還る為に……
兵藤は歯を食い縛った
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