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第59話 初めての地で‥‥

ご主人貴史と共に飛行機ってヤツに乗って『あめりか』って国に来たんだ ご主人貴史はボクと住める為に、ペット可のシェルを探してくれたんだ 一匹で留守番は淋しいだろうと、ワンワン共有スペースがあり お留守番のワンワンやにゃん達は共有スペースで過ごす事が日常になっていた ボクもご主人貴史が登校する朝に共有スペースに連れられて行く でご主人貴史が帰るまで‥‥ この共有スペースで待っている事になっていた ドキドキ、ワクワクの共有スペース初日 ‥‥‥ボクは言葉の壁にぶち当たった 何か話し掛けてくれているんだけど‥‥ ボクにはそれが解らなかった 返事がないから肩を竦めて離れて行く ボクは‥‥共有スペースで孤立した それ以来ボクは共有スペースに行く事を嫌がった 「桃、共有スペースに行くか?」 ご主人貴史が問い掛けると、ボクはお尻を向けて拒否る そしてテレビを切ろうとすると、着いておいてと飛び着いた その日からご主人貴史はテレビを付けっぱなしで学校に行くようになった 言葉の壁を乗り越えるべく、ボクはテレビを見まくった 幾日も幾日もテレビを見て言葉を覚えた 部屋でテレビを見て外に出なくなった桃太郎を見て兵藤は‥‥ 「引きこもり‥‥してるみてぇだな」とボヤいた 煩いよ!ご主人貴史 ボクだって言葉さえ通じれば共有スペースに行けるんだ あの大袈裟な動作も怖いし 話し掛けても通じないのも怖い だからテレビで勉強しているんじゃないか あぁ‥‥コオやイオリ‥‥ガルちゃが懐かしい 元気にしてるかなぁ‥‥ そう考えたら目から鼻水が溢れて来た ダメだダメだ ボクはご主人貴史の傍にいると決めたんじゃないか! 日々の勉強は確実に成果を上げて 半年もすれば桃太郎は言葉の壁を感じなくなっていた その日、桃太郎はご主人貴史と共に部屋を出て行った 「‥‥桃、共有スペースに行くのかよ?」 不安げに聞くご主人貴史にボクはワン!と大きな声で返事をしたんだ もう大丈夫 テレビを見て過ごした日々は無駄じゃない 共有スペースに逝くと初日に話し掛けてくれたシュナウザーが『久しぶり』と声をかけてくれた ボクは『ボクは言葉が解らなかったから勉強していたんだ』と答えた するとシュナウザーは大袈裟に顔を前足で隠して『それはゴメンよ!』と謝った 桃太郎は飛び付いて『気にしてないよ』と答えた 桃太郎がアメリカナイズされた瞬間だった 言葉の壁を越えた桃太郎にはもう怖いものなんてなかった 欧米の生活に慣れて、段々仕草が大袈裟になって逝くのをご主人貴史は懸念していた ‥‥‥日本に帰ったら‥‥お前、ウザがられるかもな‥‥ 兵藤はそう思いつつ撫で撫でしていた‥‥ ある日ご主人貴史は金髪金目のボインなお姉さんと共に帰宅 ‥‥その夜‥‥ご主人貴史はボクを撫でてくれなかった‥‥クスンッ 翌朝、お姉さんが帰ると撫でてくれるんだけど、お姉さんが帰らない日もあって‥‥ お姉さんがボクの世話をしてくれたり、散歩に連れて行ってくれたりする日も増えた ボクは‥‥ご主人貴史を盗られた気分だった 日本に帰ろう‥‥ そう思って家を出たんだ‥‥ こんなに淋しいなら‥‥ご主人貴史と共に来るんじゃなかった‥‥ 泣いて‥‥歩いていたら美緒がボクの目の前に現れたんだ 「桃、家出か? 康太が言ってた通りだったわいな」 そう言い美緒はボクを抱き上げてくれたんだ ボクは美緒の匂いに懐かしくて‥‥ワンワン鳴いたんだ 桃太郎は泣き疲れて眠りに落ちると美緒は兵藤に電話を入れた 「貴史かえ?」 『美緒‥‥今、それどころじゃないから‥‥後で掛け直す』 「桃太郎は我と共にいる、と言っても聞く気はないかえ?」 『‥‥桃太郎‥‥何処にいた?』 「康太が予言した所におったからな回収しただけじゃ!」 『‥‥康太‥‥元気だった?』 「それに答える気はない ついでに康太はお前に会う気は皆無じゃ! お前の足を引っ張る気はない!と我に申し出た! 完遂したお前でなくば逢う気はないらしいからな、我が回収に来るしかなかったわい!」 『‥‥っ‥‥桃太郎を返して貰えませんか?』 「よいぞ?だけど家出する位なら我が連れて帰ろうぞ」 『‥‥美緒‥‥頼むから‥‥康太には言わないでくれ‥‥』 「それは無理じゃ 康太は視えていて桃太郎の助けに耳を傾けた 金髪ボインを抱くのも結構 お前が何をしていようとも我は口は挟む気は皆無 だが犬が家出をしたからと、わざわざアメリカまで回収に来ねばならぬなら話は別じゃ! 貴史、日本に還らずとも良い お主が惚れた相手なら婚約なぞ破棄しても良い 我はお主を縛る気は毛頭ない 何処にいようともお主は我が子なのに変わりはない 母は桃太郎を連れに来ただけじゃ お主に無断で連れ帰れは出来ぬからな」 兵藤の声は震えていた 『‥‥美緒‥‥頼むから‥‥チャンスを下さい』 「よいぞ!一度だけチャンスをやれと康太も申してくれているからな」 美緒はホテルの名前と部屋番を告げて電話を切てホテルへと昭一郎と共に戻った ホテルの部屋の中には康太がいた 「ちゃんと回収出来たんだな」 康太は笑って桃太郎を撫でた 「桃、元気だったか?」 『逢いたかったよぉ‥』と桃太郎はワンワン鳴いていた 康太は桃太郎を撫でながら 「美緒、貴史が来たらオレはいない、で通してくれ」と告げた 「解っておる‥‥」 「ならオレは隠れているな」 そう言い部屋を出て行った 暫くして部屋をノックされ、昭一郎が部屋を開けに行った ドアが開き昭一郎が出て来て、兵藤は驚いていた 「‥‥親父‥‥美緒と一緒にか?」 「ええ。桃太郎の回収に来ました 入りなさい、美緒が待っています」 昭一郎はそう言うと兵藤を部屋に招き入れドアを閉めた 部屋に入ると懐かしい康太の残像を感じて部屋を見渡した 何処かに隠れていないか部屋の中を探し回った 寝室や風呂、トイレに至るまで探した だが何処にも宿泊した部屋の中にはいなかった 美緒は兵藤が何を探しているのか知っていて 「貴史、桃太郎はここにいるぞよ?」と声をかけた 「‥‥アイツ‥‥いなかった?」 「アイツとは誰の事じゃ?」 美緒はとぼける 「康太‥‥」 兵藤は消え入りそうな声で‥‥呟いた 美緒は爆笑した 「康太はお前に逢う気がないと申さなかったか? ならアメリカになど来る筈などないではないか?」 「‥‥気配がした‥‥すみませんでした 気のせいでした‥‥」 兵藤は謝った 逢いたいと思いすぎて‥‥とうとう幻覚まで見えてしまいそうになったのか? 「飛鳥井家真贋の御遺志は固い 帰国するまで逢わぬと申されたのなら、絶対に逢う御方ではない お前が志し半ばで帰国したとしても真贋は絶対にお前にはお逢いにはならぬ 果てにない未来にいるお前に逢う必要などなくなる‥‥それは一番、お前が解っている事ではないのか?」 図星を刺されて兵藤は歯を喰い縛った 美緒はそんな我が子を見ながら続けた 「康太は我に犬だって言葉の壁はあると言った 桃太郎は見知らぬ地で生きて逝く術を己で感じ取ってお前に迷惑をかけぬ様に生活していた 総てはお前が笑っていてくれるなら‥堪えられたのじゃ‥‥ お前と共にいたいから見知らぬ地で頑張れた だけどお主に必要とされぬのなら‥‥ この地にいる必要がない‥‥そう感じていたのじゃ‥‥ だから泣きながら康太に助けを求めた 康太は桃太郎の助けを聞き届け‥‥我を遣わした 我は桃太郎を連れて帰ろうと想う」 キッパリ謂われて兵藤は項垂れた 兵藤は両手を握り締めていた 「‥‥‥逢いたい‥‥」 逢いたい‥‥ 逢いたい‥‥ 逢いたい‥‥ 心が叫んでいた だが一目でも目にしたら‥‥ 本来の目的を忘れて‥‥還りたくて仕方がなくなる‥‥ 「逢いたくて‥‥狂いそうだった‥‥ そんな時‥‥犬好きな子と知り合った 気を紛らわすには‥‥十分なぬくもりだった ‥‥俺は自分だけ‥‥淋しいと想っていて桃を思いやれなかった‥‥ 桃は還った方が良いのかもな‥‥」 昭一郎は我が息子の肩に手を掛けた 「本当に一緒に来てくれた桃太郎を還しても構わないのですか?」 「‥‥‥一緒にいても淋しい想いをさせる」 「それは詭弁です 桃太郎は寂しくとも君といたいと想って、此処まで来たのです そんな桃太郎の気持ちや想い‥‥解っていますか?」 「‥‥親父‥‥」 「私もね、貴史 君は自分の想い通りの道を逝けばいいと想っています ずっと‥‥この地に留まって‥‥違った人生を送るのも‥‥良いと想っています 君は君の想い通りの人生を逝きなさい 兵藤の家が‥‥私の代で終わったとしても、私は構いません 我が子の犠牲の上に‥‥成り立つ世界など不要 君が選んで良いのです」 「親父‥‥何と謂われても俺は政治家になる その為に必要な学歴を習得している 俺は自分の意思でこの地にいるんだよ 自分の意思で来たのに淋しさに‥‥誰かを代用しようとしていた 康太は‥視えていたんだな‥‥ 視えていて‥‥美緒を遣わした‥‥ 何も言えねぇよ‥‥言う言葉が見つからねぇ‥」 何時になく気弱な兵藤の言葉だった 静まり返った息子に美緒はトドメを刺す為に口を開いた 「今更の事だ貴史 康太はお前が素人の女と出来ていようが何も言わぬ 玩具にして捨てたとしても裏で手を回して、お前に解らぬ様に話をつけてくれる筈じゃ 子を成したと言うなら、お主の子を‥‥引き取って育ててくれるかもな‥‥ お主が捨てた輩の中にはお主を刺そうとする輩もいた‥‥それを片付けていたのは康太じゃ」 「‥‥それ‥知らない‥‥」 「知らせておらぬからな 言うつもりもなかったけどな、今後は康太は一切出ぬからな、耳に入れておくべきかと想ったのじゃ」 「何故?」 「お主は人の心の機微に疎い‥‥ それ故に切り捨てる事ばかりして来たであろう? だがそれは言っても解らぬ領域 だから康太は謂わなかった お主は知らなかった だが、もう康太はおらぬぞ? お主の尻拭いは誰もやらぬ事を知らしめておかねば、お主は簡単に人を切り愚弄する 男も女も‥‥お主の玩具ではない 対等な人間だと解らねばならない もう‥‥どんな事態になっても‥‥手は差し出されはせぬのじゃ そろそろ‥‥それを知るべきであろうて‥」 今更ながらに言われて‥‥トドメを刺され‥‥ 兵藤は言葉もなかった 目を醒ました桃太郎が慌てて兵藤の所に飛んで行った 縋る瞳で兵藤を見て甘えて摩り寄った 「‥‥桃‥‥淋しいなら還るか?」 兵藤が言うと桃太郎は悲しい瞳で兵藤を見た そして項垂れて兵藤から離れた もう要らないのだ‥‥ 桃太郎は飼い主の言葉を‥‥そう受け取った 美緒は耐えきれず「桃‥そうではない‥‥捨てたりはしておらぬ‥」と言い抱き締めた 昭一郎は「桃太郎は君に必要とされていないと感じたみたいです‥‥ 康太は言いました 桃がいなくなったらアイツはもっと寂しくなる筈だ‥‥と。 犬に限らず動物は誰よりも人間の言葉を理解出来る生き物です 軽はずみな言葉は相手を傷つけていると解りなさい!」とキツく兵藤に言った 兵藤は桃太郎の傍まで逝くと桃太郎を抱き締めた 「ごめんな桃」 桃太郎は一生懸命に兵藤の顔を舐めた 「‥‥桃‥‥言葉も解らねぇ国に連れて来て‥‥それでもお前は耐えて克服しようと頑張ってくれていたのに‥‥泣かせてごめんな」 桃太郎はご主人を護る様に飛び付いて顔を舐めた 「‥‥やっぱ離せねぇよ美緒‥‥ ごめん‥‥桃を連れて逝かないでくれ‥」 兵藤が顔をあげると美緒は電話の最中だった 何も言わず美緒は艶然と美しく笑っていた そして何も言わず電話を切った 兵藤は「誰?」と問い質した 「昭一郎、ディナーの時間じゃ! 貴史、お主はシェルに帰るがよい!」 「なぁ誰からの電話だったんだよ!」 兵藤が言うと美緒はキツい眼差しを兵藤に送った 「ディナーの時間の知らせを受けた」 「俺はそのディナーに一緒じゃダメなのかよ?」 「構わぬが桃は留守番じゃぞ?」 「‥‥久しぶりの親子の対面じゃねぇか‥‥ 飯でも食う時間‥‥あっても良いじゃねぇか」 ひょっとして‥‥と言う淡い希望が兵藤をそうさせた だがディナーの席に着いても、康太は席には現れなかった 兵藤はディナーが終わるとシェルに帰って行った 夜更けに美緒は空港にいた 空港で康太と榊原と合流した 美緒は「お主に一目でも逢えないか‥‥ディナーの最中は淡い期待をしておった‥」と逢わずに還る康太に声を掛けた 「望んだのは貴史だかんな オレはアイツの邪魔はしたくねぇんだよ」 「‥‥誠‥‥情けない‥‥ お主に逢えないと下半身は暴走気味で困る」 「寂しさの‥‥捌け口にするなとは謂わねぇけど‥‥確実に泣く子は出て来るだろうからな‥オレはアイツの人の優しさに付け入り利用する所は嫌いだ‥‥」 「‥‥言ってやるな‥‥唯一無二の相手を想って過ごしたお主の様な輩はそうそうおらぬと謂う事だ」 「オレみてぇに唯一人にしろとは謂わない 謂わないが、手当たり次第は‥‥そろそろ止めねぇと買わなくて良い恨みを買うかんな」 「ふふふ‥‥ガキみたいな貴史を見えたからな、我は満足しようぞ!」 「オレは桃に逢えたからな満足してやんよ!」 「一途な血は繋がっておったな‥」 美緒はそう言い、ふふふ‥と笑った 恋すべき存在を見つけて、ご飯も食べず死にかけ一歩手前で飛鳥井の家へと行ったイオリと 飼い主の為なら我が身さえ引く、甲斐甲斐しい一途な桃太郎 どちらも真剣に生きて輝いていた どちらも大切な人を護ろうと立ち向かっていた 桃太郎とイオリ 同じ母を持つ兄弟は今日も、精一杯に生きていた

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