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第61話 聖夜 inNY

兵藤貴史はニューヨークの夜空を眺めて想いに耽っていた 誰にも文句を謂わせない為にアメリカに来た 実力至上主義の国で必死に将来必要になる箔を身に付けるべく勉学に勤しんでいた 毎日忙しく目が回る程の日々を送っていた そして気が付いたら二度目のクリスマスを迎えていた アメリカに来たばかりのクリスマスは帰国しなかった だが今年は帰国しようかな‥‥ などと考えてしまう自分がいた 声を聞くと逢いたくなるから電話はしない 姿を見ると逢いたくなるから逢うのは止める そう決めてひたすら勉強に打ち込んで来た 途中、人肌か恋しくて‥‥ 蒼い目の彼女とこのまま‥‥この地で暮らしても良いかな? なんて逃げ口実を探して‥‥ 桃太郎を苦しめた 以来軽率な関係は持たない様に心掛け清らかな日々を送っていた この日兵藤はニューヨークに来ていた 桃太郎とタイムズスクエアで盛大なクリスマスを過ごそうと出て来たのだった カフェに座りイルミネーションを横目に珈琲に口を着けた ペット同伴のカフェだと犬も同席が許されていた 桃太郎は犬用のケーキを食べながら嬉しそうに尻尾を振っていた 人の多い場所では吠えるなと兵藤は言って聞かせたから、桃太郎は言う事を聞いて大人しくしていた カフェから出てあてもなく歩く その時小さな子供が兵藤にぶつかった ヨロッとよろけそうになる子を慌てて支えようとして‥‥兵藤は動きを止めた その子は兵藤を見上げて 「ひょーろーきゅん」と嬉しそうに名前を呼んだ 懐かしき悪友に似たその顔に‥‥‥ 兵藤は唖然とした 緑川一生に酷似した顔をして自分の事を『ひょーろーきゅん』と呼ぶのは世界で一人しかいない 兵藤は恐る恐る「流生か?」と問い掛けた 「あい!りゅーちゃです」 別れた頃はたどたどしい言葉しか言えなかったのに‥‥ 今はちゃんと言葉を話していた 時間が流れているのを、そんな所から知るのが辛かった 「一人で来たのか?」 そんな訳ないの解っていて問い掛ける 「かぁちゃととぅちゃ、かじゅもみんないっちょにいるよ あ、みおちゃもいっちょらよ!」 流生の父と母は榊原伊織と飛鳥井康太 そしてみおちゃは兵藤美緒、兵藤貴史の母だった 思いがけない言葉を聞いて兵藤は夢かと想う カフェで寝ちゃったのか?俺‥‥ 夢じゃなきゃ‥‥ あり得ない! 流生の後ろにはSPが着いて流生を護る為に瞳を光らせていた 日本にいた頃康太の護衛に着いていたニック・マクガイヤー、その人だった 「流生、戻って来い!」 懐かしい声が呼び掛けると流生は走り出した 流生を護る様にニックも動く 桃太郎は流生の後を追う様に走り出した 「うわっ!桃!!」 兵藤にリードを預けたまま必死で走るから、兵藤も桃太郎に引っ張られ声の方に走る事となった 「クリスマスの夜を桃と共に‥‥とか少し灸を据えすぎたかのぉ‥‥なぁ玲香、そう思わぬか?」 声の主は母、美緒だった 美緒は深紅のドレスを身に纏い艶然と笑っていた その横で淑やかに和服に身を包み玲香も一緒に笑っていた 「金髪美人と最中だったら、それはそれで大変ではないか」 まぁ最中でも構わず入るけどな!と玲香は笑ってそう答えた 毒舌は健在 でなくば毒しかない徒花の母の友達は出来ないであろう 「それもそうよのぉ康太」 美緒が康太の名を呼ぶ 兵藤はギョッとなって康太を見た また可愛くなった どんどん可愛くなって逝く 兵藤は「‥‥康太‥‥」と呟いた 「よぉ貴史!」 「‥‥お前‥‥何で‥‥」 兵藤は気のきいた言葉も出て来ずに呟くしか出来なかった 「オレは家族と海外旅行に来たんだよ 明日はハワイに飛ぶ、その前に母ちゃんが友達に逢いに来たんだよ」 康太は流生の手を引いていた 榊原は烈を抱き上げていた 一生は太陽と聡一郎は大空と手を繋ぎ 慎一は翔と隼人は音弥と手を繋いでいた 瑛太は北斗と和希と手を繋ぎ 清隆は和真と美智瑠と手を繋いでいた 真矢と清四郎は康太の手から流生の手を引き、兵藤の背を押した 兵藤は唖然としたまま康太の目の前に立った 「元気そうやんか」 「‥‥うん‥‥お前は?」 「オレか?見ての通り満身創痍だからな 暖かい場所に移動中だ! だからなこんな寒い所にいたら死ぬんだよ!」 よく見たら康太は包帯だらけだった 榊原を始め‥‥聡一郎や一生、隼人、慎一に至るまで満身創痍で見て解る怪我に覆われていた 真矢は「寒いですからホテルに逝きますか?」と問い掛けた 美緒は「そうだわいな!ホテルに逝くとするかのぉ!」と楽しそうに答えた 兵藤は慌てて「桃いるけど、俺も着いて逝って良いですか?」と問い掛けた それに答えたのは玲香だった 「さぁ貴史、逝くわいな! 明日からのハワイも当然逝くのであろう?」 ほほほほ、と玲香は笑って歩き出した その横を美緒が歩き仲良く共に逝く 共に生きて来た絆が伺えられて羨ましくなった 美緒の夫の昭一郎は清四郎と共に笑って歩いていた 穏やかな顔で笑う父を見るのは久方振りだった 兵藤は桃太郎のリードを引きながらホテルへと着いて行った ホテルに入ると桃太郎は犬専用の部屋へと連れられて行き、兵藤は康太の横を歩いた 「‥‥どうしたのよ?その怪我‥‥」 「‥‥狸が出て来たからな急ブレーキを掛けたらスピードが着いていたからな横転したんだよ」 車が横転したと簡単に康太は言った 兵藤は暗殺か殺し屋の仕業か?と疑いたくなった 「事件に巻き込まれたのか?」 「だから狸が急に出て来たんだよ! 避けようとして慎一がブレーキを踏んだら車が横転したんだよ で、オレ等は車の下敷きになって怪我だらけなんだよ!」 兵藤はさっぱり解らない‥‥と一生を見た 一生は困った顔して 「伊織の誕生日の少し前に、康太がネットでみた秘境のキノコを食いたいと言ったからな 車を走らせて食いに行ったんだよ かなり山奥の穴場をネットで調べたんだよ 旨かったら家族で行こう!って先に味見と称して向かったんだよ そしたらキノコ食う前に車がひっくり返ったんだよ 当然キノコは食えなくて、俺らは怪我だらけになったんだよ 瑛兄さんや義母さん達には自分達だけで行こうとするからだ‥‥って責められた 散々な出来事だったからな‥‥聞いてくれるな これでもマシになった方なんだぜ?」 狸の所為‥‥まさかの狸なのか? 兵藤は誤魔化して言ってるのかと想った だけど榊原は困った顔をして、一生や慎一は開き直っている 聡一郎はその美しい顔に絆創膏を貼って 隼人は役者の命の顔に‥‥絆創膏がペタペタとあった 隼人は「小鳥遊には酷く怒られたのだ‥‥役者として自覚がないなら辞めておしまいなさい!とまで謂われたのだ‥‥」と悲しそうに言った すると笙が爆笑した 「この顔で映画の番宣に出されたもんな隼人」 「そうなのだ‥‥嫌だと言ったのに小鳥遊は鬼なのだ」 「一条隼人の顔の傷が話題になったもんな んで社長の神野晟雅が会見する羽目になったんだよね 『狸を避けて車が横転した』と発表すると、意外にも犯人は狸か‥‥とTwitterのトレンド一位に『狸』がなった程なんだよ 痴情の縺れならぬ相手は狸って事で爆笑されまくる顛末付きで、ね。」 笙はそう言うと週刊誌を兵藤に渡した ホテルの部屋へと入りルームサービスを頼む 給仕がテーブルを整えてディナーの準備を始めた その横で兵藤はソファーに座り週刊誌を見ていた 隼人の顔は今よりも打ち身で痣みたいになってたり傷も生々しく‥‥ 見ていて哀れな程だった 同乗者は飛鳥井康太も含まれる‥‥とあって書かれ方は好意的で、近年野性動物を避けてと言う事故が増えていると書かれていた 玲香は「旬のキノコを自分達だけで食そうとしたバチが当たったのじゃ!」と笑ってのけた それでも康太より隼人や聡一郎、一生や慎一、そして榊原の方が怪我の具合が酷いのは‥‥ 瞬間的に己の身よりも康太を優先した結果なのだろう 聡一郎は歩く時にビッコひいていた 一生は腕を吊っていた 傷はまだ生々しい 康太は「しかし‥‥秘境のキノコ‥‥食いたかったな‥‥」と呟いた 瑛太は「来年の秋には兄が連れて行ってあげます‥‥狸には罪はありません‥‥ だから狸鍋だけは‥‥止めておきなさい」と愛する弟を慰めた 「あの時狸が飛び出なかったら‥‥」 秘境のキノコを食べられたのに‥‥ 榊原は慌てて「康太、ロコモコを食べるのではありませんか? あの日、修学旅行で通った道を歩く予定なのではないのですか?」 と意識をキノコからハワイの料理へと向けようとした 康太の瞳がキラーンと光るのをみて榊原は胸を撫で下ろした 事故の後康太は『狸鍋』にして食ってやる!と怒っていた 下鴨の四兄弟が好きな一生は何としてでも止めてくれ!と榊原に泣き付いたのだった 兵藤は懐かしき騒がしさに目を細めて見ていた 兵藤のお膝に流生が抱き着いたと想ったら他の子供も皆兵藤のお膝に抱き着いた 音弥に「ひょーろーきゅん‥‥さみしいよぉ」と悲しそうに謂われれば‥‥ 胸がキュンキュン痛む 康太は「約束、守らねぇのか?」と少しだけ怒って謂うと、音弥は「ぎょめんなさい!」と謝った 真矢が音弥の手を引くと、優しく抱き締めた 音弥は最近足の調子が悪かった 成長期に骨が着いて逝けなくて骨折しやすくなってて運動を制限されていた 真矢はそれを知っていて慌てて音弥を抱き締めたのだった 翔が音弥を護る様に立っていた 康太は「約束したんじゃねぇのか?」と厳しい声で言った 翔は「はい!らからもぅ‥‥おとたんはいわないです‥」と庇う様に言った 康太は厳しい瞳を翔に投げ掛けた 流生は康太の前に出ると 「いまはおこらにゃいで!」と頼んだ 「怒らせたのは誰よ?」 一歩も引かない母に流生も腹を括った 「ほんね‥‥いっちゃらめなにょ?」 「事前に約束した意味がねぇじゃねぇかよ?」 「わかってます れも‥‥りゅーちゃもおもってた‥‥」 「‥‥ならお前達はもう還れ!」 「‥‥っ‥‥!!」 流生は堪えきれなくなって泣いていた 母に逆らうのは容易な事ではないのだ 容易な事ではないのだけど、兄弟の為に‥‥ 流生は訴えて出たのだった 兵藤は「もう止めとけ!」と言い流生を抱き上げた 兵藤が日本にいる時よりも厳しさを増していた それが見てる方には辛くて‥‥堪らなかった 美緒は兵藤に「貴史、口出しは禁物じゃ!」と止めた 「美緒‥‥」 「康太は厳しい母だが‥間違った事は謂わない 『約束』したのであろう‥‥ならば守らねばならないと身をもって教えるのは母の務めじゃ! お主は口は出してはならぬ」 美緒に謂われて兵藤は流生を下ろした 榊原が流生を引き寄せて抱き締めた 流生は父の胸に顔を埋めて泣いていた 音弥は康太に「すみまちぇんれした」と謝った 「約束は守れるか?」 「あい!まもれまちゅ!」 「なら辛くても悲しくても弱音は吐くんじゃねぇぞ?」 「あい!わかりまちた」 「なら‥‥それで良い飯を食うぞ」 康太は立ち上がると我が子に背を向けた 誰よりも厳しく躾け教える 時間がないから余計厳しくなるのは否めない 何処へ出しても恥ずかしくない我が子に育てる それが康太の責任だった 長くは生きられないのは今世に限った事ではない 飛鳥井の家に100年に一度生まれる稀代の真贋は常に短命だった 我が子の成人式まで生きられはしまい‥‥ 康太はそう思っていた 思っていたからこそ、心を鬼にして我が子に接していた 嫌われても良い 罵られても良い 我が子が己の足で歩む様になった時、母の教えが解れば良い それが傍にはいてやれぬ親の想いだった 子供達は康太の足に縋り着いた 烈も母に飛び付いて「らいちゅき」と訴えた 末っ子は逞しいモノである 流生は負けずと「りゅーちゃもだいすき!」と母に飛び付いた 厳しいが母の瞳は何時も我が子を見ている 子供達はそれを知っている 知っているから怒られても母が大好きだった 音弥も「おとたん、かぁちゃだいすき!」と母にすり寄った 太陽と大空も「「かぁちゃ、らいちゅきらよ!」」と母に甘えた 翔はそっと母に寄り添い「かけゆもすきらから」と母に訴えた 康太は我が子6人を抱き締めて‥‥聞こえるか聞こえないかの声で‥‥ごめんな‥‥と呟いた そして笑顔で我が子に「んじゃ、飯食うとするか!」と言った 母が笑っているのが一番嬉しい 母の笑顔が一番好きだった 食卓台に着くと、ディナーは始まった ディナーが終わるとワインをたんまり運ばせ飲み始めた 家族はご機嫌で飲んでいた 康太は我が子と窓の外を眺めていた 流生が窓の下を見て「きょわいね、おちにゃい?」と訪ねていた 康太は笑って「落ちねぇよ!」と我が子の手をギュッと握った 音弥は夜景をみて「きれいね」とうっとり 「だな、クリスマスツリーみてぇだな」 太陽は「あちゅかいの ちゅりーもきれいよ」と楽しそう 大空は「おうりんにょ つりーもちれーよ!」と桜林学園の樹齢百年を超すもみの木に飾り付ける桜林伝統のクリスマスツリーの事を言った 「桜林のツリーも綺麗だな」 翔は「ばぁたんとこもきれいだよ」と真矢の家のクリスマスツリーも綺麗だと言った 子供が成長しても毎年真矢はクリスマスツリーを飾っていた 毎年毎年、見る人がいなくてもツリーを飾っていた だが近年は孫がツリーを見に来る様になり なんだか報われた気分になっていた 真矢は嬉しそうに笑っていた 「あのクリスマスツリーはな、お前らの父ちゃんの子供の頃からあるツリーなんだぜ?」 康太が謂うと翔は「すごいね」と想いを馳せ 「らいねんは、かけゆもかざりつけする!」と答えた 真矢は瞳を見開き‥‥ 「翔が手伝ってくれるの?」と言葉にした 「ばぁたんといっしょだとうれしい」 真矢は立ちあがり翔を抱き締めた 音弥も真矢に「おとたんもやるよ!」と言った 流生は「りゅーちゃもやる!」とムードメーカーが参入すると話が盛り上がる 太陽と大空はなにも言わず兄弟を見ていた 烈は母に抱き着き甘えて真矢の方は見なかった 敏感な子供達は何かを感じて本能で避けているのか? 真矢はそれを解っているから無理強いする事はなかった それでも大好きなばぁたんなので、太陽と大空も時には傍に逝く時もある 傍に来る太陽と大空を優しく見つめ真矢は何時だって微笑んでいた 「ばぁたんとこのつりー ちなもかざる」 「かなもかざる! ばぁたん だいすき!」 兄が甘えると烈も甘えた 「ばーたん」 真矢は幸せだった 6人の子を抱き寄せて笑っていた 子供は真矢が面倒みていた 康太はずっと外を見ていた 兵藤は康太の横に立つと 「来年から長期休暇は日本に還る事にする と言うか、俺は頑張って勉強しまくったんだぜ? 通常の人が何年も掛かって習得する学位を一年そこそこで習得したりと結構大変だったんだぜ?」 「知ってる 幾度となくオレはお前の住む街に行ってたからな」 康太が謂うと兵藤は驚愕の瞳で康太を見た 「‥‥気のせいじゃなかったんだな‥‥」 幾度となく康太の気配を感じた 「お前があの国で目的を見つけるのなら‥‥それはそれで良いと想っていたんだよ」 「お前の果てに立っていない俺かぁ‥‥それは考えたくもねぇよ」 「オレは‥‥お前が幸せなら‥‥それで良いと想っていた」 「俺は俺の望む道を逝く それは俺の望みであり幸せだ」 「無理すんなよ」 「お前も怪我するなよ! それと鳳凰を使う位なら俺を呼べよ! 魔界に用があって逝った時、伯父貴に武勇伝の様に聞かされた俺の気持ちが解るか?」 「お前を呼べばお前の足を引っ張る事となるかんな‥‥それは出来なかった」 「あのクソ親父‥‥お前はもう用なしじゃ!などとの賜りやがった!」 康太は爆笑した 「お前が帰国したら頼むとするわ!」 「帰国してなくても頼れよ! 俺はある程度の学位と単位は習得したからな 特別講義の時意外は長期休暇を取って帰国するつもりだったんだよ」 「あんまし無理すんなよ」 「お前こそ怪我すんなよ!」 「あれは狸が悪い!」 メラメラ狸への怒りが再燃する 榊原は兵藤をめっ!と怒り康太を席に戻した 「さぁ食べなさい! 君の好きなプリンも来ましたよ!」 「お!プリン!」 康太はプリンを食べ始めた 兵藤は榊原に「すまん」と謝った 「康太は皮膚が弱いので中々治らないのです だから狸の話はご法度と言う事です」 「承知した」 「秘境のキノコを食べられなかった食い意地のはった康太の怒りは総て狸に投影されてますからね‥‥困ったものです」 「狸鍋にしそう‥‥って嘘じゃなく?」 「ええ‥‥下鴨の四兄弟をこよなく愛する一生が慌てる程に‥‥ね 怒りが総て狸に向いてましたからね‥」 「下鴨の四兄弟ってのは、解らなーずだけど‥‥狸の一大事って事だな」 「そうです鍋にされるのは避けねばなりません 狸の身の安全の為です‥‥いや、それ以前に動物愛護の精神を忘れない為に‥‥阻止せねばなりません」 「お前も大変だな‥‥」 「仕方ないです康太ですからね‥‥」 「だな‥‥だったら旨いモノをたらふく食わせて忘れさせるしかねぇな」 兵藤はそう言い笑った 「ハワイまで共に行きますか?」 榊原は単刀直入に問い質した 兵藤は吹っ切れた顔をして笑って 「あぁ、一緒に逝きてぇな 修学旅行は別行動だったからな」 「でしたね、今度は一緒に回りましょう そうそう、修学旅行の時、聡一郎が希望してコナ・コーヒーに逝く予定が入っていたんです 康太は、あんでハワイまで来て粉珈琲を飲まねぇとならねぇんだ!ってかなり怒っていましたよ またコナ・コーヒーに逝こうと想っています」 榊原は当時を思い出して笑って言った 「コナ・コーヒー? そうか‥‥康太は粉珈琲‥‥インスタント珈琲だと勘違いしたか」 「そうです 勘違いは正されましたけどね、康太は紅茶派なので、やはり珈琲の良さは解っては貰えなかったのですけどね‥‥」 「苦いの苦手な奴には無理な話だからな」 「あの日‥‥君はいなかったですけど‥‥ 今度は一緒に回りましょう‥‥」 「ハワイかぁ楽しそうだな」 兵藤は南国での日々を想い、想わず顔を綻ばせた だが‥‥それに反比例して一生の顔は強張っていた 兵藤は何故一生がそんな顔をしているのか解らなかった 兵藤と榊原は席に戻ると、兵藤のお膝に流生が甘えて抱き着いた 「ひょーろーきゅん」 「どうしたよ?流生」 流生は答えずに兵藤にスリスリしていた 兵藤は流生の頭を撫でてやった 「今日は俺と寝るか?」 兵藤が謂うと流生は顔をあげて兵藤を見上げた うるうるとした瞳が可哀想になる程に我慢した顔をしているのが伺えれた 「いいによ?」 「あぁ、一緒に寝ような なぁ美緒、このホテルに部屋を借りれるか?」 兵藤が謂うと美緒は息子にカードキーを渡した 兵藤はそれを受け取り「ありがとう」と礼を言った 「んじゃ、お子様は寝る時間だ! 俺の部屋に逝くとするか!」 兵藤はそう言い立ち上がると烈を抱き上げて流生達と部屋を出て行こうとした 「慎一、手伝ってやれ!」 康太が謂うと慎一は立ち上がって兵藤の傍に逝き、部屋を出て逝った 部屋を出て美緒が借りてくれた部屋に逝きカードキーを差し込むとロックが解除された 兵藤はドアを開けて部屋に入った 慎一は子供達を部屋に入れると 「大丈夫ですか?」と問い掛けた 「あぁ大丈夫だ それより一生が元気なかったみてぇだが?」 「力哉が仕事の都合でハワイに行けなくなったから‥‥寂しいのでしょう」 今回の旅行に力哉は行かないと申し出た 『君の想い出の地に僕は‥‥逝けないよ 僕はそんなに強くないから‥‥まだ皆と一緒に‥‥ハワイには逝けない‥‥』 力哉はそう言った 力哉の愛だった 今も傷は血を流し一生を苦しめている それを知っているから‥‥ 力哉はまだ一緒には逝く事が出来ずにいた 「喧嘩したのか?」 「違うと想いますよ? 力哉も色々と想う事があるのでしょう 悪化するなら康太が出る 出てないのは二人の問題なのでしょう‥‥」 「そうか‥‥やっぱ離れてると‥‥」 見えて来ない部分は大きいな‥‥と呟いた 慎一はなにも言わなかった そして子供達にパジャマに着替えさせると、部屋を出て逝った 兵藤は子供達と一緒にベッドに乗り込み 「んじゃ!寝るとするか!」と言った 子供達は兵藤に抱き着いて笑った そして幸せそうに夢の国へと堕ちて逝った 兵藤は子供の暖かい体温を感じて長かった“時間”を想った 子供って目を離すと、こんなにも成長するもんなんだ‥‥ 身をもって実感する 離れていた時間を実感する 傍にいなかった日々を想う そして‥‥‥悔しいと感じていた 子供の成長は本当に早い 成長期の日々を共に刻めなかった時間が惜しい 兵藤は流生達を抱き締めた お日様の匂いがする こんな所はやはり親子だ‥‥似ていた 微かな康太の残り香‥‥ 懐かしい匂いを肺一杯に吸い込み‥‥ 兵藤はこれからの時間を想った 一緒にいられなかった時間はもう取り返せれない だがまだ一緒にいられる時間は無限にある 一緒にいられる時間を大切にしよう お前達の成長を刻み付けよう‥‥ お前達の未来を護る存在になるから‥‥ それが果ての兵藤貴史と言う政治家になるのだろうから‥‥ 兵藤は懐かしき匂いに包まれて眠りに落ちた 翌朝早く部屋のドアがノックされた 寝ぼけた兵藤はノックの音で目が醒めたが‥‥ 此処が何処だか考えるのに少しだけ時間を要した 「貴史、起きて下さい 飛行機の時間があるので着替えをシェルまで取りに行かないと着のみ着のままハワイに逝く事になりますよ?」 慎一の声だった 兵藤は慌てて飛び起きて‥‥流生の顔をムギユッと手で潰した 潰された流生は「いちゃい‥‥」と涙目で兵藤を見ていた 兵藤は慌てて「ごめん痛かったか?」と流生の頬を撫でた 「ドアは空いてる」 兵藤が謂うと慎一が顔を出した カードキーは枕元にある だとしたら美緒がカードキーを二枚用意させた事となる 兵藤は起きて洗面所に逝き歯を磨き顔を洗った そして身支度を整えて出て来ると、子供達は着替えていた 「部屋に戻ったら歯磨きしますよ」 「「「「「「あい!」」」」」」 6人の子は元気にお返事をした 慎一は「瑛太さんが待っているのでロビーまで逝くと良いです」と告げた 「え?」 「着替え、要るのでしょ?」 「あぁ‥‥着替え‥‥持って来ねぇとな あ、桃太郎は逝けねぇよな?」 「桃太郎はペットホテルに移動しました さぁ支度をしに逝って下さい 俺も子供達に食事をさせないとなりません」 慎一はそう言うと慌ただしく子供達と部屋を出て逝った 兵藤はロビーへと向かった すると瑛太が待っていて兵藤を見付けると笑顔で 「貴史、荷物を持たずにハワイには逝けませんよ!」と謂った 兵藤はカードキーを瑛太に渡そうとした すると瑛太は 「美緒さんが清算を済ませてますから、このカードキーをフロントに渡して来て下さい」 と言いカードキーを受け取らなかった 兵藤はカードキーをフロントに渡して、瑛太と共にシェルまで向かった 慌ただしく荷造りをして車に乗り込んだ 瑛太はゆっくり走り空港まで向かった 空港には康太達が待っていた 兵藤は空港の中へ早足で歩き、皆と合流してハワイに向けての手続きへと向かった 順番待ちをしている列に並ぶ 何だか榊原は浮かない顔をしていた 「どうしたのよ?伊織」 そう聞かれて榊原は苦笑した 「康太達と飛行機に乗るのは結構大変なんですよ? 貴史も覚悟しておくと良いです」 「‥‥え??‥‥」 覚悟?どんな???‥‥‥ 兵藤は四悪童健在で何よりだな‥‥と苦笑した そんな事よりも皆といられる喜びの方が大きい 兵藤はハワイへ向けて気が逸った 修学旅行の時は別行動だった 一緒には行けなった 行動も共には出来なかった あの日、共に歩けなかった後悔が‥‥払拭される訳ではない だが‥‥あの日‥‥共に見れなかった景色や空気‥‥そして朝陽を共に見られるのかと想うと胸が一杯になった 兵藤は『四悪童』たる由縁を甘く見ていた事に後悔するのは‥‥ 『年末年始 ハワイ狂想曲』でお伝えする事にして、兵藤の聖夜は慌ただしく過ぎて 今は希望に満ちて笑っていた 仲間といられる時間が一番楽しい 辛い事も楽しい事も‥‥ 共に歩める盟友 そんな友の存在が誇らしい 兵藤は皆と共に飛行機へと乗り込んだ 共にいられる時間が‥‥ えええええ!!!!‥‥ 飛行機止めてぇ! 下ろしてぇ!

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