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第64話 それぞれの道 ~城之内 星~
城之内星は事故で愛する妻と生まれ来る我が子を一度に失った
妻と我が子を失ってからは、生きる屍と化していた
この世に生きる意味も希望も見出だせずにいた
明日生きる気力を失ってしまっていた
愛する妻と生まれ来る我が子の元に逝く
それこそが己のすべき事だと想っていた
助かった命を何度も何度も捨てる行為をした
兄はそのたびに悲しそうな顔をして‥‥
「生きてくれ‥‥」と哀願した
両親を亡くし、肉親はもう兄しかいなかった
兄は父の遺した寺を継ぐ為に修行に出て
厳しい修行に耐えて菩提寺に戻ってきた
年の変わらぬ養子を貰い妻を得て、幸せそうに生きていた
そんな兄を苦しめているのは重々承知していた
だけど‥‥妻のいない世界では生きてはいたくはないのだ
自分だけが幸せになってはいけないのだ
息をするだけの生活
それを生きていると言えるのか‥‥
何度も何度も自殺未遂を繰り返す弟に、兄は苦悩して身を窶していた
そして兄は縋るのだ
飛鳥井家真贋と言う存在に縋り‥‥
僕の目の前に現れたのだった
病院のベッドで寝ている僕の目の前に、キツい瞳の少年が姿を現した
「死にてぇのか?」
彼は僕の顔を見るなり‥‥そう問い掛けた
僕は頷いた
「なら理由を聞かせろよ」
「‥‥‥僕だけ幸せになっちゃいけないから‥‥」
「それ、お前の妻が言ったのか?」
僕は驚愕の瞳を彼に向けた‥‥
「お前の妻はお前が幸せになるのを望んでねぇのか?」
更に畳み掛ける様に問い掛けて来る
「‥‥だってそうだろ?
彼女は死んだ‥‥僕だけ幸せになって良い訳ないじゃないか!」
彼はじーっと何も言わず僕を視ていた
「死に囚われて死に染まる
死を望む人間ってのは他の声が聞こえねぇ視野の狭さを持っている
まさに‥‥おめぇの弟はそれだな」
「‥‥真贋‥‥助けて下さい‥
俺の命でなんとかなるなら‥‥この命差し出しても構わない」
その声で彼の横に兄がいた事を知る
看病で疲れ果てた顔をした兄は‥‥
己の命さえ差し出しても構わないと‥‥訴えていた
こんな事を言わせたのは自分だ‥‥
兄を苦しめているのは自分なのだ‥‥
解っている
解っているが‥‥
どうにも出来ずにいた
「取り敢えず飛鳥井の家で生活させるとするか」
「そうですね、飛鳥井は今、人手不足ですからね」
その声でもう一人いるのを知る
星は顔をあげて兄とその横にいる人間に目を向けた
康太は星の瞳を視て
「何も映していねぇな‥‥まるで悟と同じ瞳をしている‥‥」と呟いた
城之内は「‥‥悟‥‥どうなった?」と問い掛けた
少し前に悟は自殺未遂をおこしていた
仕事の還りに走っていた車に発作的に飛び込んで引かれたのだ
持たせておいた式紙が発動されて悟の体躯を飛ばし一命だけは取り留めた
だが何ヵ所か骨折する程の衝撃は避けられず、悟は管理された保養施設に入る事となった
悟の母、志津子には事故の事を話した
話した上で悟を志津子の元に戻す事はないと告げた
新天地でやり直しをさせる
康太はそう言った
それが悟の為になるのなら‥‥と志津子は受け入れた
父の義恭もそれを飲むしかなかった
やり直したい
だが壊れた関係は早々簡単には修復は出来ない
康太は悟から連絡を取れる様になるまで居場所は教える気はないと告げた
志津子は生きていてくれるなら‥‥と、祈る様に現状を受け止めた
「体躯は‥‥快方に向かいつつある‥‥」
と康太は城之内に言った
体躯は‥‥治る
だが心は‥‥今も血を流し死しか見えないでいるのだろう‥‥
「‥‥そうか‥‥傷は深いな‥‥」
「城之内、懸けるしかねぇんだよ
この化学反応がどうでるかはオレも解らねぇ‥‥だけど果てへと繋げてくれる様に祈って送り出すしかねぇんだよ」
哀しみは変わってやる事は出来ないのだから‥‥
自分の事を話されているのは解る
だけど‥‥もう‥‥放っておいてほしいとさえ想ってしまうのだ
放っておいて下さい僕の事は‥‥
男前でキッパリ物事を謂う妻だった
グズグスしがちの僕は何時だって怒られていた
優柔不断だと妻は何時も怒っていた
それでも、仕方ないわね!と笑って手を引いてくれる
そんな女性だった
ねぇ花音‥‥僕は君を亡くして‥‥
どう生きていけば解らなくなってしまったんだよ‥‥
君がいてくれないのなら‥‥
僕は笑えない
ねぇ‥‥僕の傍にいてよ‥‥
ねぇ‥‥僕を一人にしないでよ‥‥
退院すると、その足で飛鳥井の家に引き取られた
男前の「伊織」と呼ばれた人が身元引き取り人となってくれたのだ
兄さんは来なかった
飛鳥井の家での生活が始まる
僕が飛鳥井に来た理由
それは飛鳥井康太の子供の面倒を見る事だった
保父さんをやっていたから、子供の面倒を見るのは得意だった
だが‥今は子供の相手は‥‥辛い作業たった
「城之内星です、宜しく」
挨拶をすると、じーっとこっとを視つめる男の子がいた
何もかも見透かされそうな瞳に‥‥僕は康太と呼ばれた人と同じ何かを感じていた
翔は星に近付くと
「せいちゃ、よろちく
かけゆでちゅ!」と自己紹介した
「宜しく翔君」
翔の瞳は星を通り越して何かを視ていた
まるで康太と同じ様に‥‥
じーっと視ていた
流生が「りゅーちゃでしゅ!よろちく」と翔を隠す様に自己紹介して来た
子供の名前は事前に写真付きで教えられていた
次代の真贋、翔
ムードメーカーの流生
マイペースな音弥
空気を読む天才、太陽
寡黙な努力家、大空
そして末っ子の烈
他にも和希、和馬、永遠、瑛智と言う子供もいると教えられていた
音弥はニコッと笑って「おとたん、よろちくね!」とご挨拶
「かなでしゅ、よろちく」
と大空が静かに自己紹介した
「ひなだよ!よろちくね!」
太陽がにこやかにご挨拶をした
兄達に混ざってペコッと頭を下げてご挨拶するのは末っ子の烈だった
どの子も可愛い子達だった
最初は五人の兄弟の幼稚舎の送迎が主の仕事になると謂われ、5つ子なのかなと想った
同い年の兄弟だったら誰だってそう想うだろう
だが逢って気付いた
どの子も顔が違っていて‥‥
同じDNAとは到底想えなかったからだ
聡一郎と言う綺麗な外国人がどの子も康太の子ではないと謂う事を教えてくれた
父親も母親もそれぞれ違う
だがどの子も血は繋がらないが、飛鳥井康太の子だと、彼は言った
子供達は両親が大好きだった
父に甘える姿は‥‥何処にでもいる親子だった
母は厳しく礼節を子に叩き込む
翔はまだ幼稚園に通う年だと謂うのに‥‥
修行をしていた
母は厳しい師匠となり翔に誰よりも厳しく教えていた
生傷が堪えない翔は、それでも修行をしていた
日々鍛練
日々修行
彼の瞳には何もかも視えるのだと‥‥送り迎えをしているうちに知った
人の人生の断片を視る
それは‥‥知らなくても良い人の裏側で、子供が理解するのは大変なんだろう‥‥と想った
慎一と謂う人に変わり菩提寺まで送り迎えをする
他の子も精神統一の為に座禅や軽い修行をする
子供を待つ間、見学をする星は過酷な現実を知る
飛鳥井康太の子供として生きるのは‥‥過酷な現実が待っているのだと想った
「死んだような眼をしてるな」
子供を待っていると声が掛かった
振り返るとそこに飛鳥井康太が立っていた
「‥‥え?‥‥」
「その瞳は何も映してねぇ‥‥
時を止めて‥‥おめぇは想い出ばかり見ているのか?」
「‥‥そんな事は‥‥」
ないよ‥‥とは謂えなかった
「死に囚われるな‥‥」
「‥‥‥あの日‥‥行くの止めようかなって言ってる花音を‥‥送り出したのは僕だ‥‥」
星は絞り出す様な声で‥‥吐き出した
花音とは勤め始めた保育園で働いていた先輩保母だった
何かと世話を焼いてくれる肝っ玉の座った男前の女性だった
何時もケロケロ笑っていた
楽しそうに笑っていた
最初に好きになったのは花音の方
『あぁ!本当に世話が焼ける!
面倒見てやるから付き合いなさいよ!』
彼女はそう言い恋人になってくれた
強引で優しくて思いやりのある彼女が大好きだった
出産間近まで働いて、母親に早く実家に戻って来なさい!と謂われて笑って家を出た
『んじ、ちゃちゃっと生んで来るわ!
君に似て元気な女の子を生んで来るわ!』
君に似て元気な女の子だろ?
笑って送り出した‥‥
幸せだった
永遠に続くと想っていた
なのに‥‥‥
幸せは呆気なく崩壊した
僕の愛する人は‥‥二度と還らぬ人となった
現実を受け止めきれずに‥‥
何度も何度も後を追おうとした
病院に運ばれた自分を見て‥‥兄は手を握り泣いていた
彼女の両親は言葉もなく‥‥
『あの子の分まで生きて下さい‥‥』
と泣いて哀願していた
そんな声は自分を通り越して‥‥遥か遠くから聞こえているみたいで‥‥不思議だった
僕は‥‥何もかもなくしてしまったのだ‥‥
花音‥‥
花音‥‥僕を一人にしないでよ‥‥
花音‥‥
花音‥‥
幾ら呼び続けても君の声はしない‥‥
君を亡くしたら僕は‥‥
一人で立ってなんかいられないよ‥‥
「生きて逝くのは辛れぇか?」
僕は‥‥飛鳥井康太を見た
彼の瞳は‥‥やはり総てが視えているのだろう‥‥
嘘なんてお見通しの瞳をしていた
「‥‥辛いです‥‥」
星は辛そうに、そう答えた
「死に囚われるな
死を身近に捉えるな
死はお前を救ってなんかくれねぇぞ?」
そればかりか死はお前を底無し沼の不幸へと引き摺り込もうと手薬練引いて待ち構えている
「‥‥‥君は‥‥愛する人を‥‥失った事がないから言えるんだよ‥‥」
「オレは人の世に堕ちて幾度も転生を繰り返した
幾度も幾度も‥‥転生を繰り返した
その人生の大半が早世で逝くしかなかった
失う辛さなら‥‥誰よりも知っているよな?伊織‥‥」
康太が謂うと榊原は康太を抱き締めて‥‥
「ええ‥‥失う辛さなら誰よりも知っています
だから星、君が奥さんと我が子を想い後を追おうとする気持ちも良く解ります‥‥」
「‥‥‥ならば‥‥放っておいてくれ‥‥」
星はそう言い捨てて両手を握り締めた
康太の瞳は星を通り越して‥‥彼方の方を視ていた
「それは出来ねぇ相談だな‥‥
おめぇが逝くのを止めてぇとオレに頼って来た者達の想いがあるかんな!
おめぇの兄、優はお前の為なら我が命を差し出しても良いと哀願した
城之内には背負わせなくても良い業を背負わせた
アイツを修行へ逝かせたのはオレだ
そしてお前達の親父を‥‥葬り去ったのはオレだ!
オレにはおめぇに関わらねぇとならねぇ因縁があるんだよ!」
「‥‥‥兄さんは凄いよ‥‥」
僕は‥‥兄さんの様にはなれない‥‥
「おめぇの妻が事切れる瞬間、龍騎がその魂をオレの所に連れて来た」
「‥‥え?‥‥」
「お前の妻はオレに『せーちゃんは多分私が死んだら後を追うだろうから‥‥止めて下さい』と頼みに来たんだよ
お前の妻は自分がこの世を去らねばならないと理解した時、夫が後を追わないように兄の所に助けを求めに来たんだ
菩提寺に霊体が入って来たのを感知した菩提寺の陰陽師、紫雲龍騎がお前の妻と逢いオレに引き合わせた
オレはお前の妻の依頼も受けてるからな飛鳥井の家に引き取ったんだよ」
「‥‥‥花音が?‥‥後を追わないように?」
星はそう呟くと泣き出した
「‥‥酷いよ花音‥‥
君なしじゃ生きられなくして‥‥
後を追おうな?‥‥それはないよ花音‥‥
僕は君と生まれ来る我が子の為に生きると決めたんだ‥‥
その君達がいないのに‥‥僕だけ生きられないよ‥‥」
「それでもな人は生きねぇとならねぇんだ‥‥
愛する人を失って生きていたくない気持ちなら‥‥誰よりも解る
オレだって‥‥青龍を亡くして一分一秒だって生きていたくねぇかんな‥‥」
「‥‥なら僕を‥‥」
逝かせて下さい‥‥
「お前の人生、不幸なまま終わりを告げて‥‥
逝った先で(あの世で)背筋を伸ばして誇れるか?」
「‥‥‥ぁ‥‥」
星は嗚咽を漏らした
誇れる訳などないのだ‥‥
誇れる事など何一つしてないのだから‥‥
僕は君を失って逃げ道ばかり探して‥‥
楽になる事ばかり探しているのだから‥‥
「お前と同じ、死に囚われて今を生きている男がいる‥‥」
「‥‥え?‥‥」
突然の言葉に星は康太を見た
その表情は苦悩に満ちて苦しそうだった
「悟と言う男も‥‥妻と我が子を一度に失い‥‥死に囚われている
悟の妻は臨月間近に子宮癌が発見された
出産は危険だと中絶‥‥いや、掻爬(そうは)する事を進めた
だが親の愛を知らない悟の為に妻は自分の命に変えても家族を作ってやりたくて‥‥無理して出産に挑んだ‥‥
その執刀を父親に頼んだ‥‥
我が子はたった一度の我が儘を父に謂い‥‥
父はたった一度の我が子の我が儘を聞いてメスを握った
だが‥‥総てが遅すぎた‥‥
父は‥‥息子のたった一度の我が儘を聞いてやる事は出来ず‥‥
息子は総てを絶望して‥‥死に囚われた
死ぬ事こそが己の義務‥‥とばかりに死ぬ事ばかり考えて、自分は幸せになっちゃいけないと‥‥総てを諦めて死に囚われている
ただ息しているだけなのは生きているとは謂わねぇんだよ‥‥」
己の事を謂われているみたいに胸が痛かった
「‥‥‥愛していたんでしょうね‥‥その人も‥‥」
「あぁ‥‥だけどその妻もオレに『アイツが後を追わないように気を付けていてね!約束だからな!』と身勝手な事を頼んで来やがった
逝く者は遺す者を心配し‥‥
遺された者は愛する者を追う
逝かせてやりてぇけどな最期の願いは叶えてやりてぇんだ
だから星、お前春になったら白馬に逝け!」
唐突すぎて何がなんだか解らなかった
「‥‥白馬‥‥?」
「白馬にお前が働く保育園を作ってやった
お前はそこの園長になって妻と作る筈だった園を作れ!」
何時か二人で子供が伸び伸びと遊べる楽しい保育園を作ろうね!
花音の口癖だった‥‥
「家も用意してやる
家具も車も全部着いてるから安心しろ!
そこで‥‥さっき話した悟と一緒に住んで‥‥
一緒に保育園をやって逝くと謂い‥‥
近いうちに悟と逢わせよう‥‥」
「‥‥僕‥‥他人となんて上手くやっていく自信はありません‥‥」
「写し身だと思えば謂い」
「‥‥え?‥‥」
「自分の姿を鏡に写した、写し身だと思えば謂い‥‥
お前の姿は悟だと想えば謂い
悟にも言った
星の姿はお前だ
お前達は表裏一体
哀しみに囚われ、死に囚われた憐れな魂
触れれば待ってましたとばかりに壊れる諸刃の剣だ
お前は悟に何を見いだす?
悟はお前に何を見いだす?
お前と悟、同じ傷を持つ二人が出逢った時
何を齎すのか?
どんな化学反応が起きるのか?
オレにも解らねぇ‥‥
解らねぇけど‥‥それに懸けるしか道はねぇんだよ」
同じ傷を持ち、同じ悲しみを持つ二人
二人の向いてるベクトルが同じなら‥
待つのは破滅しかないのでないか?
誰もがそう言う
だが康太は破滅しかない二人を出逢わせて
破滅しかない先へと逝かせようと最期の懸けに出たのだった
痛い‥‥
そう言っても人はその人の痛みなんて解らない
痛いんだろう
可哀想ね
そう想うが痛みは本人にしか解らない
今も血を流し苦しむ人間と
亡くした哀しみに囚われて苦しんでる人間
二人は愛する人を一度に亡くした同じ傷を持つ
死に囚われて
死こそが救いだと謂わんばかりに死を射程範囲に捉えて生きている
ポンッと背中を押されれば容易く生を手放すだろう‥‥
まるで鏡を視ている様な写し身だと康太は言った
全く同じの存在
星はそんな人間がいるのだろうか?と想った
そして‥‥そんな人と生活して‥‥
考えるのが怖かった
死ぬ事なんて怖くない筈なのに‥‥
何でこうも胸が騒ぐのか‥‥
康太は星の頭を撫でて帰って逝った
頭を撫でられるなんて‥‥何時以来の事なんだろう‥‥
頭を撫でられると嬉しかった
だから子供達の頭を撫でてやっていた
誉めると嬉しそうな顔をする
そんな子供達の顔が、自分も嬉しかったのだ‥‥
忙しい親に変わって、自分達が一緒に過ごす時間を大切にしよう‥‥
そう思って沢山誉めて撫でて来たのだ
そして何時か花音と共に‥‥
子供達が伸び伸びと遊べる楽しい保育園を作ろうね!って約束したのだ‥‥
忘れていた
そんな事も忘れていた
哀しみに囚われて何一つ思い出すのを拒んでいた
君との思い出を‥忘れていたよ花音‥‥
星が飛鳥井の家を出るのも近くなって来た頃
飛鳥井の家に慎一が還って来た
慎一は何かにつけて星を気にかけて声をかけてくれた
眠れなくて‥‥
ワン達の顔でも見に行こうかと応接間に足を向けたら、応接間には先客がいいた
慎一が一生と話をして犬を撫でていた
「‥‥‥我が子が‥‥最近‥‥手厳しいのです‥‥」
慎一はそうボヤいてガルを抱き締めていた
「そう言うお年頃なんだろ?
俺だって北斗が手厳しいんだぜ?
『父さんは何かにつけて甘え過ぎなんです!』だってさ‥‥」
一生もボヤく
慎一は笑って
「お前の場合は図星だと想うけど?」
と謂うと一生は唇を尖らせて拗ねた顔をした
「あー!そうですか!そうですか!」
拗ねた弟を慎一は撫でて慰めた
「そう拗ねるな一生」
「一番拗ねてぇのは俺らがいねぇ間に殺し屋に狙われていた事なんだけど?
そんな大変な時に俺は何していたんだよ?と想うと許せねぇ気分になるんだよ」
一生が謂うと慎一も神妙な顔になって落ち込んでいた
「‥‥俺だってその時には家にはいなかったからな‥‥悔しくて悔しくて堪らない‥‥
片時も離れないと決めたのに‥‥悔しくて堪らない
和真には『過ぎた事を言ってるんじゃなく、これから汚名挽回すれば良いんだよ父さん!』って励まされ‥‥発破かけられているんだか‥‥」
一生は笑って「お前の方こそ図星やん!」と笑った
ドアがキィーッと軋みを立てると、慎一が音の方を向いて優しい笑顔を向けて来た
「どうかしましたか?星
眠れないならミルクでも入れて来ましょう!」
慎一はそう言いキッチンへと向かった
一生は立ち上がると星をソファーに座らせた
「どうしたのよ?眠れねぇのか?」
一生は星に問い掛けた
「‥‥ん‥‥で、ワン達の顔でも見に行こうかと想ったんだ」
「不安か?」
一生は星の横に座ると問い掛けた
「不安じゃないって謂えば嘘になる」
「だな、新天地に逝き始めるのは誰だって不安な事だ」
「‥‥君も不安だった?」
「俺は‥‥康太の傍を離れるのだけは‥‥嫌だった‥‥
だけど‥‥そうも言ってられなくて‥‥断腸の想いで離れた‥‥
何時だって想いはアイツの事ばかり‥‥
泣いていないか?
怪我はしていなか?
今どうしているか?
それを考えない様に過ごすのは至難の業だった
それだけが辛かったし不安だった」
「仲が良いんだね‥‥」
「共に逝く事しか考えてねぇからな」
「‥‥僕はそんなに大切な友はいなかった‥‥
だから君達の絆は羨ましいと時々想うよ」
「ならこれから、そんな存在を作れよ
己の命よりも大切な存在を‥作るんだ
何かあった時支えられる奴を見付けろ!
お前にとって悟が、そう言う存在になれば‥‥と俺は想っている
まぁどの道、俺はこれからも白馬にはちょくちょく顔を出す事になるからな
何かあれば言って来い!」
一生がそう言うと
「あまり役に立ちそうもありませんけどね?」
と揶揄する声が聞こえた
ミルクを入れて慎一が戻って来たのだ
「うるせぇよ慎一!」
「でも鼻が効く彼は機動力はあります!
人を動かす力もあるので頼っても大丈夫だと想いますよ」
「あー!頼れ!頼れ!」
一生がヤケ糞に謂うと、慎一は一生の前にも暖かいミルクを置いた
星は二人を見ていると兄を思い出した
「仲の良い兄弟だね君達は‥‥」
星が謂うと一生は「(血は)半分しか繋がってねぇ兄弟だけどな」と茶化して言った
「半分?」
何が半分なんだ?と星は想った
二人は良く似た容姿を持っていて、一目で兄弟だと理解出来る程だった
一生は星に「慎一は正妻の子で、俺は愛人の子だからな‥‥父親は一緒でも半分しか繋がってねぇんだよ」と説明した
星は絶句した
聞いてはならない事を謂わせてしまったのだと‥‥
「ごめんなさい」と謝った
慎一は「謝らなくて良いですよ!俺も一生も親父に似たと謂うだけの事ですから‥‥」と対して気にもせずに言葉にした
「仲が良いのは確かだしな!
俺は緑川の血が‥‥絶えなくて良かったと心底想うし‥‥慎一の存在は俺の救いでもあるからな‥‥」
「我が子よりも手の掛かる弟です」
慎一はそう言い優しく微笑んだ
その笑みは‥‥‥兄にも似ていて‥‥
星はポロッと涙を流した
「‥‥兄さん‥‥」
何時だって自分の事よりも、弟の事を気にかけている兄だった
この世で二人きりの兄弟だからな‥‥
血の繋がる存在がもういないと‥‥兄は言い‥‥
何時だって弟の事を気にかけてくれていた
長い修行に出ている時でも、暇を見つけて顔を出してくれていた
兄さん‥‥
兄さん‥‥
貴方はどんな想いで‥‥
唯一の肉親である僕を見ていたのですか?
死のうとする弟を見ていたのですか?
ごめんなさい兄さん‥‥
僕は貴方を苦しめてばかりでした‥‥
星は顔を覆い泣き出した
慎一は立ち上がると応接間を出て逝った
一生は優しく星を抱き締めていた
慎一が応接間に顔を出すと一生は目配せした
それに慎一が頷くと一生は立ち上がった
「星、今日は添い寝してやるから寝ようぜ!」
「え?‥‥」
あっという間に立ち上がらされていた
添い寝してやる‥‥って‥‥遠慮したいけど強引な一生に断る術もなく引き摺られていた
一生は客間に星を連れて逝くと、部屋に押し込んだ
そしてソファーに座らせると誰かとバトンタッチして部屋を出て逝ってしまった
唖然として顔をあげると‥‥そこには‥‥
城之内優の姿があった
星の兄だった
「兄さん‥‥」
想わず星は呟いた
「康太に呼ばれて来た‥‥
飛鳥井の家を出るんだってな‥‥」
飛鳥井の家を出て白馬に逝く
白馬で‥‥新生活のスタートを切るのだ
だが城之内は星が何処へ逝くかは知らされてはいなかった
「兄さん‥‥」
「お前が生きていてくれれば‥‥俺はそれだけで良い‥‥」
「‥‥ごめんなさい兄さん‥‥」
苦しめてごめんなさい
悲しませてごめんなさい‥‥
「兄さん‥‥僕はまだ花音を忘れられないんだ
だから彼女と作ろうねって言ってた保育園を作ろうと想う‥‥
彼女を忘れられるかは解らないけど‥‥
夢をカタチにする為に生きようと想う‥‥」
「忘れなくて良いんだよ星
無理して忘れなくて良い‥‥
一緒に生きて逝けば良いんだ
花音さんが生きられなかった日々を、お前が生きて逝けば良いと想っている」
「‥‥兄さん‥‥僕は兄さんがいるから甘えていたんだよ」
一生と慎一を見て想った
自分は兄に甘えていたんだと‥‥
「甘えても良いじゃねぇかよ?
俺はおめぇの兄ちゃんなんだから!」
ニカッと笑う姿は飛鳥井康太に何処か似ていた
兄と飛鳥井康太は共に過ごして来た時間があるのだろう‥‥
共に過ごして来たからこその信頼を垣間見る
「兄さん‥‥翔君がね‥‥
『せいちゃにょうちろには、やちゃちいおんにゃのちとがみまもっているにょ!
らからむねをはらにゃいとらめなんらよ!』って教えてくれたんだ‥‥」
「翔‥‥あれは生れた瞬間に重い枷を嵌められて生きている次代の真贋だ‥‥」
「あんな小さい子が血反吐吐いても立ち上がって頑張っているんだと想うと‥‥
僕も負けてられないなって想うんだ‥‥」
「‥‥そうか‥‥」
「僕、飛鳥井の家に来て良かった
康太君の子供達の方が確りしててね
僕はどれだけ救われたか‥‥」
「それぞれ生まれも違うが飛鳥井の礎になるべく生れた子供達だからな‥‥」
「‥‥‥あの子達の行く末は‥‥とても険しい茨の道だね‥‥」
あんな小さいのに‥‥
逝く道は決まってしまっている
「あの兄弟の絆は凄い‥‥何時も見てて康太の子だなってつくづく想う‥
血は繋がらずとも魂は受け継がれて逝くんだって‥‥
お前はお前の魂を注ぎ込んだ痛みの解る子を育てて逝くと良い‥‥」
我が子でなくとも‥‥
その魂は受け継がれて逝くのだ
「兄さん‥‥一歩踏み出し先へと進むよ!
明日を生きて逝こうと想うんだ‥」
「‥‥‥そうか‥‥なら兄はどんな事をしても‥‥お前の明日を護ろう‥‥
何かあったら来ると良い
何もなくても顔を見せなさい」
星は城之内の言葉に笑った
久しぶりの笑顔だった
城之内は星を抱き締めた
「‥‥‥お前をこの世に引き留めた‥‥
それが良い事だったのか‥‥
己のエゴだったのかは‥‥解らない
解らないけど俺はお前を死なせたくはなかった‥‥」
星は兄の背中に縋り付いた
「何で逝かせてくれなかったのか‥‥兄さんを恨んだよ‥‥
僕はもう幸せになっちゃいけないんだって想っていた‥‥
でも死ななくて良かった‥‥
もし死んでいたらあの世で花音に怒られていた
『自殺なんてして!アンタ成仏出来ないんだからね!
成仏出来ないって事は死んでも私の所に来れないんだからね!』って怒られる所だった」
妻ならば絶対に謂うだろう‥‥
何時も前向きで男前な妻ならば怒るだろう‥‥
何故忘れていたのだろう‥‥
哀しみに囚われて何一つ見えなかったのだろうか?
その夜、朝まで兄とたわいもない話をした
こんな兄弟で話すのは始めてだった
兄は高校時代の話をしてくれた‥‥
飛鳥井康太と出逢った時の話をしてくれた
そして‥‥父がした事‥‥
知らなかった事を総て話をしてくれた
兄は言った
「俺は菩提寺の僧侶になったのは親父や責任の為じゃねぇ!
アイツの力になりてぇと想ったからだ‥‥
人生で唯一無二の存在‥‥
そしてアイツの回りに集う奴等は共に逝く事を望み生きている
俺もその一人に過ぎねぇ‥‥」
兄の思いを知る
兄も普通の人だと痛感する
兄は凄い
兄は偉い
そんな想いをぶっ飛ばし生身の人間だと知らしめた
やっぱり兄さん、貴方は凄いよ‥‥
悲しみも憎しみも乗り越えて、その先に逝く強さを秘めている
僕にないのはその強さだったのかも知れない
強くなりたい
己の足で歩ける強さが欲しい‥‥
心底、そう想った
兄さん‥‥僕はもう貴方の背中を追い掛けるだけの子供は卒業します
憧れた兄さんの様になりたかった
兄さんの様に優しい笑顔を絶やさない男になりたかった‥‥
だけど今の僕は兄さんの様になりたいんじゃない
魂を繋げる強さを持つ『親』になりたいのだ
優しさや強さや痛みを教える親になりたいのだ
花音、君の子の親にはなれなかった
だけど僕にはこれから沢山の子が、僕の魂を受け継いで巣立って逝くのだ
二人の想いが受け継がれて逝くのだ
それだけで良い‥‥
それだけで生きている証が見えるのだから‥‥
数日後、星は白馬へと旅立った
白馬の家に案内されて入って逝くと‥‥
応接間のソファーに一人の男性が座っていた
酷く痩せて‥‥儚げな男性は星を見付けて微笑んだ
「康太君、彼?」
康太は頷いて「星、そこに座っているのが飛鳥井悟、お前よりも年上だ
悟、城之内星だ!
お前が経営する保育園の園長だ!」と紹介した
悟は立ち上がると星に手を差し出した
リスカの痕跡の手は見ていて痛々しい痕を遺していた
星は悟の手を取った
「城之内星です
宜しくお願いします」
悟は笑顔で頷いて
「飛鳥井悟です
君の保育園の経営管理をする事になる
そして今日から同居人になる
宜しくね!」
と挨拶した
星は深々と頭を下げて
「宜しくお願いします!」と挨拶した
康太はドサッとソファーに座った
「悟」
「はい!」
「陣内と栗田が巻き込まれた事故の犠牲者だ!
あの事故がなければ‥‥今頃は妻と子と幸せに暮らしていた
星も総てをなくした
そこから這い上がろうとしているお前の写し身だ!」
悟は星を見て‥‥
「‥‥星君は‥‥歩き出す瞳をしている
僕とは違うよ‥‥」
と呟いた
「違わねぇさ!
お前が死を選ぶなら間違いなく星も道連れになる道を選ぶだろう
二人は良く似た者同士だかんな!
星が死を選ぶならお前は間違いなく、あの世への同行人が出来たと喜ぶだろう
星も然りと言う訳だ!」
星と悟は驚いた顔で康太を見た
「そろそろケジメを着けようぜ悟!
お前の妻の想いを伝えても、家族の想いを伝えても‥‥お前は死に囚われすぎている
そろそろ現実に目を向けようぜ!
何かあると直ぐに負い目を持って己を責めて追い詰めて追い詰めて【死】しかないのだと命を粗末にしやがる!
そんなお前と共に志津子は逝ってやると死を覚悟している
お前は母親を殺そうとしているも同然なんだぞ?と言っても‥‥
お前は‥‥その瞳に死しか映さねぇ‥‥
だからな自分の姿を見るが良い!
己の姿を知るが良い!
表裏一体、お前と星は己の姿を写した写し身だかんな!」
星は悟を見ていた
悟は星を見ていた
言葉もなく二人は互いを見ていた‥‥
痛い‥‥
痛い‥‥
心が痛い‥‥
互いを見ている星と悟は‥‥顔を背けた
見ていたくなかったからだ‥‥
見ていたなら‥‥確実に互いの望むモノを見出だしてしまうだろう‥‥
望む先にあるモノは一緒だった‥‥
悟は驚愕の瞳を康太に向けた‥‥
康太は身も凍る冷たい瞳を悟に向けて嗤っていた
‥‥‥‥まるで悪魔の様に‥‥‥嗤っていた
「‥‥‥康太君‥‥‥」
果てには‥‥破滅しかないじゃないか‥‥
悟の想いは解っていた
「悟、おめぇが年上だかんな
星を支えて逝ってやってくれ!」
「‥‥‥無理だよ‥‥」
「んな言葉は聞く気はねぇんだよ!
オレは散々おめぇの為に時間を使って来てやった!
そろそろオレに返しても良いんじゃねぇか?悟
だから『生きろ!』悟
ただ息をしているのは生きてるとは謂わねぇんだよ!
おめぇは星を支えて白馬で一番の保育園を作る為に協力しあって生きて逝け!
それには体力を着けねぇとな!
毎日が戦場だぜ?
んな弱っちぃ体躯じゃ吹き飛ばされてしまうぜ?」
「‥‥‥逝くしかないんだね?」
「あぁ、逝くしかねぇんだよ!」
愛する人を失った‥‥同じ傷を持つ同士だった
自分だけ幸せになっちゃダメなんだって想っている者同士だった
破滅しか望まない二人を引き合わせて‥‥
その化学反応がどうでるのか?
怖くもある‥‥
康太は榊原の手をギュッと握った
榊原は康太を引き寄せて強く抱き締めた
「愛してます奥さん」
榊原の愛が体躯に伝わって来る‥‥
榊原は何時だって康太を支え、愛していると伝える
康太はそんな榊原の愛に支えられ歩き出すのだ
「‥‥オレも愛してるかんな」
「解っています
君には僕がいます!
何も怖がらなくてもよいのです!」
君が望むならどんな事でもしてあげるだから‥‥
康太は榊原に抱き締められてニコッと笑った
悟は慣れているのか、そんな二人を優しい瞳で見ていた
星は居心地悪くて‥‥困っていた
悟は星に「あの二人は何時だってラブラブだから、見てる方は居心地悪いよね?」と笑って言った
星はコクッと頷くと俯いた
「顔をあげなよ星」
悟に謂われて星は顔をあげた
「僕の方がお兄さんなんで、呼び捨てにして良いかい?」
「はい。構いません
では僕はなんと呼べば良いですか?」
「君の好きな様に呼んで構わないよ」
「では悟さんで!」
「ん、宜しくね星
康太は甘やかしてはくれないからね
明日から馬車馬の様に働かされるよ」
「はい。それは覚悟しています」
「僕は退院して直ぐに此処に連れて来られて経営の段取りをさせられたんだ‥‥
職員を集めたのは僕なんだ!
君が気に入ってくれると良いと想う‥
これからは経営をサポートする僕と、実際に現場に立つ君とコミュニケーションを取らないと出来ない事が増えて来ると想う‥
何でも話し合い改善して逝けたらと想う‥」
悟は想いを伝える為に精一杯の想いを込めて言葉にした
星はそんな悟の想いを受けて
「現場に立つのは僕ですが、経営の事は良く解りません
改善して逝かねばならない所が出て来たら、一緒に話し合って改善して逝けたらと僕も想っています
愛した人と作ろうと想っていた保育園を作りたい
だけど夢と現実は違うだろうと想う‥
違うだろうけど、僕は僕の目指す場所に逝きたい
理想をねじ曲げて目を瞑る事はもうしたくないんだ‥‥
だから僕の言葉に耳を傾けて下さい」
真摯な瞳が悟を射抜く
「あぁ、経営は机上空論じゃない
利益をあげなければ経営は破綻する
君の言葉を総て聞けるかは解らないけど、その都度話し合って解決出来たらと想う
それで良いかな?」
「はい!」
「‥‥‥僕は‥‥君の重荷にならない様に‥‥しなければならないね」
悟の言葉に星は
「僕も貴方の重荷にならない様にしないといけませんね
‥‥唯一の肉親を哀しませて死ぬ事しか考えていなかった‥‥
そんな僕が‥‥ちゃんと出来るかは解らない
解らないけど‥‥何も遺せないまま‥‥この世は去りたくないと今は想います
我が子も妻も‥‥この世を去ったけど、あの世で愛する人に恥じぬ生き方はしたいと想っています」
星の言葉が心臓を抉り取る
悟は星を見て‥‥泣いていた
「‥‥星‥‥君は強いね‥‥」
「僕は強くなんかありません
僕はこの世でたった一人の兄を哀しませ‥‥
一緒に死んでやるとまで謂わせてしまった
兄にも家族がいるのに‥‥
僕は兄の家族を哀しませる所でした
‥‥僕は今でも‥‥幸せになっちゃダメなんだと想っています
家族の後を追えるならば追いたい
命を断ったって逢えないのは解っている
自ら命を断った者が逝く所は‥‥ないと知っている
家族に逢える筈なんかないんだと解っていても‥‥僕一人生きるのは辛くて‥‥
奥さんと生まれ来る我が子を忘れちゃダメなんだと必死に足掻いて藻掻いて死しかないんだと思い込んでいた
今もね‥‥その想いに囚われている
生きる事が諸行無常でしかないと想っている
それでも生きるしかないと謂うのなら‥‥
僕は‥‥あの世で愛する人に恥じぬ生き方をしようと想うのです」
あの世で愛する人に恥じぬ生き方をしようと想うのです‥‥
その言葉が悟の胸に響き渡った
「星‥‥今も死は直ぐ傍にいるのかい?」
「僕の人生の総てでしたから‥‥」
想い‥‥重い‥‥‥
その言葉の重さに悟は涙した
君こそが我が人生の時‥‥だと妻を想った
そんな妻を愛していた時を思い出した
楽しい時間ばかり思い浮かんでいた
妻は勝ち気で男前な性格をしていた
母に良く似た気質に、何時も言い負かされてばっかりだった
うちはかかあ天下だから
僕は何時も笑ってそう言っていたね
悟は自殺なんてして逢いに来ても蹴り飛ばすだろう妻を‥‥やっと思い出した
そして悟は何年かぶりに大声を出して爆笑した
「忘れていたよ康太君‥‥」
涙で視界が揺らいだけど‥‥悟は笑っていた
「思い出したか?」
「ええ‥‥思い出しました‥‥
僕の妻は母さんに負けぬ勝ち気で男前な人でした
僕は‥‥妻の強さに惹かれ‥‥憧れていた
何で忘れていたんですかね?
悲しみに囚われて‥‥僕は‥‥妻を‥‥一人じゃ生きていけない程に弱い人だと‥‥思い込もうとしていた
彼女は‥‥‥‥死した後の僕を危惧したでしょうね‥‥
あぁ‥‥奥さんとの日々を何で僕は忘れていたんでしょうか?」
「おめぇの妻が『悟を頼むからな!後なんて追わせたら覚えてろよ!』と俺を脅していたからな‥‥」
康太は笑ってそう言った
悟の顔にはもう死の蔭はなかった
康太は悟の肩をポンッと叩いて
「おめぇも星も妻と愛する我が子を亡くした
血の繋がった我が子をその腕に抱く事は出来なかったが、おめぇの魂を注ぎ込み、育てて逝くと良い
子供は日々を吸収して成長して逝く
貴重な日々をお前達の心血と魂を注ぎ込み教えて逝くと良い
子は育つ、育って何時かおめぇらに逢いに来るだろう!
種を蒔いて育てて逝く
手間隙掛けて人の基礎となる時間を育てるんだ
それが悟と星のやるべき日々だ
己の子を育てるつもりで育てて逝け!
子供の日々は慌ただしい
毎日が戦争だ
そんな戦地に身を置けば、何時かお前は等は『親』となる
沢山の子供(園児)の親となれ!
それが生きて逝く定めとなる!」
悟と星は頷いていた
お互いの存在に目をやる
お互いの存在は写し鏡に映った己だと実感する
ならば、死に囚われず
日々を生きていける様に力を合わせねばならないだろう‥‥
一人では立っていられなくても、同じ傷を持つ者同士
支え合って生きて逝けば良い
そう定めを見出だした康太が出逢わせてくれた『緣(えにし)』なのだから‥‥
一歩
踏み出す
その先は互いの協力なくば成り立たない世界なのだ
共に逝こう
共に‥‥果てを見よう
一人では歩けないのならば‥‥
同じ傷を持つ者同士支え合えばよいのだ
康太は一生が置いて行った犬と猫を紹介した
「好きな名前をつけて育てろ!
そしてお前達の強い味方も紹介しておこう!
そろそろ来るかな?」
康太が呟くとドアベルが鳴り響いた
榊原が立ち上がると玄関まで迎えに行った
そして客人を連れて応接間へと戻って来た
「康太、(約束の時間ジャストに)来てくれました」
榊原が二人を応接間に連れて逝くと康太は、悟と星に二人を紹介した
「おぉ!藍崎、朝宮、呼びつけて悪かったな!
コイツらが話していた悟と星だ!」
藍崎は「藍崎一樹です、以後お見知り置きを!」と自己紹介した
朝宮も「朝宮一騎です、白馬全体の管理をしています!
君達の保育園もこのホテルの傘下になるので関わって逝く事も多いと想います!
宜しくお願いします」と挨拶をした
悟は藍崎の事は知っていた
康太が話してくれ事があるからだ
愛をなくして騎手としての人生も失った人‥‥
その壮絶な苦しみを乗り越えて、今輝く笑顔を持つ
康太は「人は縁(えん)を結わえて、緣(えにし)を結ぶ!
一人じゃ乗り越えられない時は協力して逝けば良い
お前等は痛みや苦しみ‥‥死に囚われた先にいる
解り合える事だろう!
藍崎、朝宮、二人を気に掛けてやってくれ!」
と二人の事を頼むと藍崎と朝宮に頭を下げた
藍崎は康太に抱き付き
「康太君、僕に頭を下げないで下さい!」と訴えた
「頼むなら下げるだろ?」
「僕には不要です!」
藍崎はそう言い笑った
とても幸せそうな顔で笑っていた
「藍崎、今幸せか?」
康太は藍崎の頭を撫でて問い掛けた
藍崎は「幸せだよ!君がくれた幸せだよ!幸せなのは当たり前じゃないか!」と言い胸を張った
「そうか、良かった」
「康太君、彼らの事は任せてよ!
もう彼らの瞳は先に向けられているよ?
ならば、この地で生きて逝けるサポートはさせてもらうよ!」
「頼むな」
「だからさ、夏だけじゃなく顔をだしてよ!」
「あぁ、また顔を出す」
「でも近いうちに顔を合わせる事になるんだよね?
今度のレースの馬は僕が育てた子達だからね!」
藍崎は調教師として敏腕を奮っていた
「だな、今度のレースは馬主席から見守らせて貰うよ!」
「見ててね!
調教師として僕は胸を張って送り出す所を‥‥」
「あぁ、見てるさ
この命の灯火が消えたとしても我が息子がオレの意思を継いでお前達を見守ってくれるかんな!」
「康太君!そんな縁起の悪い事を言わないでよ!」
藍崎は怒った
悟は康太の言葉が冗談でないのを知っていた
飛鳥井に生まれる真贋は何時の世も短命だと父が何時も嘆いていたからだ‥‥
無力だと酒に逃げた父を初めて見たのは何時の事だろう‥‥
僕は‥‥あの人の何を見て来たのだろう‥
悟は目を瞑って来た日々を想った
康太は悟に「落ち着いたら元気な声を聞かせてやれ!きっと心配してるからな」と言った
悟は何度も頷いた
だが、それなりの軌跡を遺せないうちは連絡は取らない覚悟を持っての出発だから‥‥
自分に自信が持てないうちは連絡する気はなかった
「歩き出すよ康太君」
悟は口に出して言った
気負った想いはなく
何者にも囚われず
逝きたいと想ったのだ
康太は笑って「あぁ、歩き出せ!」と言葉にした
星も「なら僕も‥‥歩き出します」と言葉にした
歩き出そう
気負わず
焦らず
ゆっくりと自分を見据えて‥‥
明日へと歩き出そう
悟と星の止まった時間は、時を刻み始めた
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