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第65話 それぞれの道~新庄高嶺~

新庄高嶺は、子供の頃からの夢だった野球選手になって、マウンドに立った マウンドに立つ以上は必死に勝利を勝ち取る為に努力した 無我夢中で過ごした時間だった 掴み取った栄光を死守すべく 日々の鍛練は怠らなかった 夢の中で生きる時間を一分一秒でも長く現実にする為に出来る事は総てやった 傲らず 怠けず 勝ち取った世界だった 勝利の歓声と称賛が飛び交う そして厳しい現実に絶対にも勝ち続けると誓った そうして生きて来た これからも生きて逝くつもりだった‥‥‥ なのに‥‥‥ あの日、俺は総てを失った 高嶺には結婚も考えた交際中の女性がいた 恋人は実力派と謂われる女優、二階堂 亜希だった 忙しい二人は中々逢えない日も続き 高嶺は横浜で試合がある日は、彼女の横浜のマンションで泊まり二人の時間を作る様にしていた 彼女のマンションに止まった日は必ず、球団から迎えの車が寄越されていた 交際は認めたがスキャンダルを提供するのは最低限少な目にと球団側の配慮だった 何時ものように球団側から使わされた車に乗り込み、試合会場へと向かう事となった 横浜スタジアムへと向かう車の中 俺は当然の様に約束された明日があると信じて疑わなかった 努力すればしただけの勝利を掴み取り そう遠くない将来、交際相手と結婚し 幸せな家庭を作る 結婚間近のカップルとして高嶺と二階堂 亜希は週刊誌を騒ぎ立てていた どちらも真剣交際を表明し ゴールインも遠くない二人の仲は温かく見守られていた そんなある日‥‥‥ 横浜スタジアムへと向かう球団関係者の車が事故に巻き込まれ‥‥ 俺は明日を失った 乗用車二台とタクシー、そして高嶺の乗った車が‥‥ 信号を無視した装甲車ばりの頑丈な車に突っ込まれ‥‥玉突き事故となった 突っ込んだ車の運転手は即死で‥‥車は大破していた どれがどの車か解らぬ程の形状だった 乗用車に乗っていた運転手は車大破して潰されてしまっていた 溶接と電気カッターで潰れた車の中から虫の息の人間を救助する 助け出された人間は血だらけで‥‥ まるで死んでいる様だった そんな救助の様子を‥‥薄れ行く意識の中で‥‥断面的に見ていた 前の二台の車はまともに撃破され、車の破損状況も酷かった 次に救助されたのはタクシーに乗っていた乗客員 運転手は既に‥‥息をしていなかった‥‥ 悲惨な状況の中から‥‥大きなお腹をした女性が助け出された タンカーに乗せられて救急車て搬送される 高嶺の乗っていた車は頑丈な外車だった為、そんなに被害はなかった 被害はなかったが‥‥後部座席の高嶺目掛けて車がなだれ込んで来たせいで後部座席のドアに車がのめり込んでしまっていた 運転手は辛うじて助かったが‥‥ 高嶺はなだれ込んで来た車とシートに挟まれて‥‥ 身動き取れなかった 手の感覚がなくなって逝った‥‥ 血が流れて逝くのを感じていた 薄れ行く意識の中で高嶺は恋人を想った 出逢いは友人との飲み会に二階堂亜希が参加していた偶然だった ツンとしたぶっきらぼうな話し方をする女性だった 怒ってるの?って想う程にぶっきらぼうな話し方で 「怒ってるの? 俺何かした?」 と聞いた程だった 彼女は爆笑して 「野球選手って謂うからさ もっとこう傲慢な奴だと想った 付け上がられるのが嫌だから近寄らなかっただけよ!」 と答えてくれた 女優をやっていると色々と出逢いはある その出逢いが総てよいものではないからな! 彼女はそう言った その素直さに高嶺は惚れた そして友人として傍にいて、フラれるたびに、別れるたびに慰めてもらい‥‥ 何時しか‥‥なくせない人になり、交際をスタートさせた 愛しているのだ 彼女とならば共に生きて逝ける そう思っていた そう思っていたが‥‥ 意識を取り戻し、永遠に野球が出来なくなったと知ると‥‥ 高嶺は別れ話を切り出した 彼女は「お前がそう望むなら‥‥」と離れて逝った 何もかも無くした瞬間だった 高嶺は夢も愛も‥‥名声も‥‥総て無くした 生きて逝くのが辛いと想った 息をするのが辛いと想った 回りに同情されるのが煩わしく想った ‥‥‥‥動かない腕が‥‥‥ 総てを無くしたのを教えてくれた ‥‥‥生きるのを止めようと想った 辛い 辛い 辛い ‥‥‥神様‥‥何故俺から総てを奪うのですか? 俺が何かしましたか? 神に背く様な事は一度もしなかった 貴方を信仰しなかった日はなかった 何時も貴方の存在に感謝して 生きていたじゃないですか? 俺が何かしましたか? 俺が貴方の教えに背いた事がありましたか? ならば何故‥‥ 俺から総てを奪うのですか? 高嶺は看護師の目を盗んで幾度も幾度も‥‥ 自殺未遂を繰り返した 体躯は治っても‥‥ 心は現実を受け入れることを拒否していた 退院したとしても‥‥ 高嶺は死に囚われているのなら‥‥ 精神科に転院させるしかない‥‥ そんな声が聞こえ始めた‥‥ そんな時、飛鳥井康太が俺の前に姿を現した 飛鳥井康太は新庄高嶺の前に姿を現し 「オレの名は飛鳥井康太だ! おめぇの母ちゃんが過労で倒れた これ以上お前の看病を続ければ共倒れだと、医者から謂われたらしい お前の母親は我が伴侶の母と女学校時代の旧友だとか 彼女は真矢さんに助けを求めて来たんだよ 真矢さんは伊織に相談してオレが動く事になった だから迎えに来た お前、伊織とは子供の頃は仲良かったんだってな?」 目の前には飛鳥井康太の他に榊原伊織も立っていた 榊原は高嶺を優しい瞳で見て 「久しぶり高嶺」挨拶した 高嶺は榊原を懐かしそうに見て 「伊織‥‥」と呟いた 榊原は「君は退院したら飛鳥井の家に逝く事になります」と今後の事を説明した 「‥‥‥飛鳥井?」 高嶺が呟くと康太が「あぁ、オレの家に来る事をおめぇの母親と話し合って決めて来たんだよ!」と伝えた 「伊織‥‥俺の事は放っておいてくれないか?」 母親が何を言ったとしても‥‥ 放っておいて欲しかった 康太は何も謂わず高嶺を視ていた 果てまで見透かされそうな瞳が怖いと想った‥‥ 高嶺は顔を反らそうとした が、「動くな!」と康太に謂われ‥‥‥ 動く事すら叶わなくなった じーっと視ていた康太は 「あぁ‥‥そうか‥‥そこへオレが導いてやろう‥‥」 呟いた 康太は榊原の手を握り締め 「果てへと繋がっているだろ?」と呟いた 榊原は嬉しそうに笑って 「そうですね‥‥人は緣(えにし)を結ぶものですからね 繋がる縁は緣を結び先へと繋がる 本当に人の縁とは奇なるものですね」 「オレが死しても緣は繋がっている 繋がった緣は‥‥我が子を助ける軌跡を呼ぶだろう‥‥」 「康太‥‥」 「まだ死なねぇよ」 「当たり前です」 榊原はそう言い康太を強く抱き締めた 榊原伊織は男と結婚した‥‥ 一時期、マスコミを騒がせたスキャンダル 高嶺の耳にも届いていた あれは本当だったのだ‥‥ 榊原は高嶺に「退院したら飛鳥井の家に逝きましょう」と告げた 高嶺は何処にいようとも‥‥この思いが報われる訳がないと‥‥想っていた 退院した足で高嶺は飛鳥井の家にやって来た 慎一の不在をサポートすべく家に入った 京香や玲香の手伝いから始める事となった 康太は殺し屋の一件が終結して落ち着いた頃 榊原の母、真矢の所へ逢いに来ていた 色々と動けぬ状況があり、榊原の家に迷惑を掛けないように距離を取っていた だがそれもやっと落ち着き、逢いに逝ったのだ やっと総てが動きだし、歯車が回り動き始めていたのだった 真矢は撮影現場にまで逢いに来た康太に喜んで迎えてくれた 「義母さん、今日は頼みがあって来ました」 康太は礼儀正しく真矢に頭を下げた 「康太、頭をあげて‥‥逢いに来てくれて嬉しいわ」 「総て‥‥カタは着きました なので飛鳥井の家に遊びにも来て下さい」 「そうなの? それは嬉しいわ で、頼みって、何かしら?」 「義母さんは二階堂亜希と言う女優を知っていますか?」 「‥‥亜希ちゃん?知っているわよ?」 「ならば出逢わせて下さい」 「‥‥事情を聞かせてくれるかしら? 康太が女優と逢いたいなんて‥‥伊織は何かしたのかしら?」 真矢は心配そうに呟いた 榊原は母に「心配無用です!僕も同席しますから!康太を誰かに渡す気は皆無です!」と説明した 真矢は息子らしくて、クスッと笑った 「まぁ伊織ったら‥‥」 「飛鳥井の家に高嶺を預かっているのは知っていますよね?」 そう言われてやっと真矢は康太の意図する事が解った 「‥‥高嶺の為?」 「そうです 先に逝くには‥‥誰かの支えがなくば難しい 総てを無くした人の心は諸刃の剣ですからね」 真矢は高嶺と二階堂亜希との噂は聞いていた 高嶺の母から結婚式には出てね!と謂われていたからだ‥‥ 真矢は「解ったわ!愛する息子の頼みは聞いてあげなくてはね!」と言い康太を抱き締めて頭を撫でた 榊原はピキッと怒りマークを額に張り付け 「貴方の息子は僕の筈ですが?」と言い捨てた 「貴方の嫁は私にとっても子供も同然なのですよ!」 真矢は何時も私の愛する息子と康太の事を謂う 真矢の口癖だった 真矢は笑って「何時逢わせたらよいのかしら?」と問い掛けた 康太は「一生が還って来たら高嶺達の居場所はなくなるだろうかんな‥‥ 早ければ早い方が助かります」と慎一が還って来た今、後は一生を白馬から還す算段をしている事を明かした 慎一が還り、一生も還るとすれば高嶺の居場所はなくなってしまうだろう‥‥ それは真矢だって理解出来ていた 真矢は高嶺の母から相談を受けた時、榊原に話せば康太が出てきてくれ何とかしてくれるんじゃないかと‥‥‥ 心の中で願ったいた だから康太が高嶺を飛鳥井の家に引き取ってくれた事が嬉しくて堪らなかった 高嶺の母とは女学校時代の友だった 名家に嫁いだが、高嶺を連れて離婚したと聞いて何かと力になってあげたいと想っていた 久しぶりに逢った友は看病疲れで窶れていた 我が子の事を心配し、何もできない現実に助けを求めて来たのだった 真矢は榊原に相談した 榊原に謂えば康太が出て来てくれかと‥‥頼ったのだった 康太はそんな真矢の願いを聞いてくれた 真矢は嬉しそうに笑って 「慎一も還りました 一生も還りますか‥‥離れ離れに過ごした日々がやっと終わりを告げるのですね」と呟いた ならば星と高嶺はあの絆を見せ付けられれば居場所はないと想うだろう‥‥ 「高嶺はもう選手として生きて逝くのは絶望的だそうです‥‥ アメリカへ逝かせてオペをしたら少しでも希望はないものか‥‥久遠に頼んでいたんだが‥‥野球選手としての生命は既に断たれていると謂われた ならば第二の人生を用意してやらねぇとな それが飛鳥井康太のせいで人生を狂わされた者達への償いになればと想っている‥‥」 「‥‥‥康太‥‥高嶺の事故は貴方には関係ないのよ?」 「それが関係あるんですよ 高嶺は“その場に”居合わせただけで‥‥狙いは飛鳥井康太の懐刀、栗田一夫と陣内博司でした 当然、二人も今は治療中の身です 生きてるのが不思議な程だと謂われた程の怪我だった それは看病してくださった義母さんが一番よく知っていると想います 高嶺は飛鳥井康太のとばっちりで人生を狂わせた だからオレは高嶺に償いをしてなくてはならないんです」 「‥‥‥康太‥‥」 真矢は言葉もなかった 誰も悪くなんかない‥‥ 誰かが悪いんじゃない 悪いとすれば事故をおこした方なのに‥‥ 康太は自分が関わって起きた被害者を救おうと動くのだ‥‥ 真矢は「解ったわ、今、亜希ちゃんの予定を確かめて直ぐに逢える手筈を整えるわ」と席を立って応接間を出て逝った 康太は携帯電話を取り出すと電話を掛けた ワンコールで相手が出ると「オレ!」と答えた 本当に何時も想うが良くも「オレ!」で伝わるものだと感心する 『康太、久しぶりだな! 逢いに逝くのも止められて‥‥淋しかった』 「オレも淋しかったぜ!繁雄」 名前を呼んだのを聞いて電話の相手が三木繁雄なのを知る 『それでは御用を聞きましょうか? 貴方がわざわざ掛けて来たんですから、俺を動かしたいのでしょう? 三木繁雄、貴方の為ならどんな頼みでもお聞き致します!』 畏まった言い種に康太は笑って 「そう構えるな繁雄」 『久々に声が掛かったので気合いが入ってるんだ!そこは見逃しなさい!』 と三木は笑った それに対して康太は単刀直入に「お前、二階堂晃嗣を知っているか?」と切り出した 『‥‥!!!!この時期に二階堂晃嗣ですか?』 三木は叫んでいた この時期‥‥と三木が叫んだ様に、政界は今、総裁選挙の真っ只中だった 現総理大臣の安曇勝也と二階堂晃嗣 この二人が対峙しての総裁選挙となった この時期にその二階堂晃嗣と逢いたいと謂うタイミングを三木が勘繰ったしても‥‥ 仕方がないと言うモノだろう 康太は今更ながらにクスッと笑って 「そう謂やぁ総裁選挙の真っ只中だったな」言い放った 『意図はないと?』 「まぁな、然るべき定めだ!」 『‥まさか‥俺に二階堂に関わる仕事をさせるつもりですか?』 「まぁお前が適任だからな 正義だと警戒させるからな」 三木繁雄は飛鳥井家真贋の懐刀だと、周知に知れ渡っているから下手に警戒されるんじゃないか‥‥と三木は想った 『‥‥‥余計警戒されませんか?』 「準備が整ったらオレは二階堂に逢いに逝くつもりだ その前にお前はオレの指示を待って動いてくれ! お前に『書』を渡すからな、それを二階堂の秘書にでも渡してくれ! そしたら二階堂の方も考えるだろう」 『了解しました! で、その書は何時取りに伺ったら宜しいですか?』 「慎一に連絡を取れば直ぐに慎一が渡してくれる」 『解りました‥‥これより慎一に連絡を取り行きます そして指示通り『書』を二階堂の秘書に渡しに逝きます』 三木はそう言い電話を切った 康太は電話を榊原に渡すと‥‥果てを視ていた 繋がるべき明日を視ていた 「‥‥‥これは‥‥運命でしかねぇな‥‥」 「ですね、総てが繋がっていましたね」 真矢はそう言い強く手を握り合う我が子を見ていた 康太は真矢の存在に気付くと 「義母さん、どうでした?」 「これから逢ってくれるそうです 彼女がホテルを用意してくれるそうなので、ホテルが取れたら連絡をくれるわ」 「なら着替えに逝くとするか?伊織」 「そうですね、その為にスーツを持って来たのですからね」 榊原が大きな袋を持参で来た理由がそこに在ったのか‥‥と真矢は感心した 康太と榊原は榊原の家にある自分の部屋へと向かい着替えに逝った 康太と榊原はスーツに着替えて部屋を出るとバッタリと笙と出逢った 笙は康太を見るなり康太に飛び付いた 「康太、逢いたかった!」 「笙、元気か?」 「あぁ、元気でやってるよ!」 「明日菜とは仲良くやってるか?」 「勿論!大切な奥さんですから!」 笙が謂うと康太は笑って「伊織、惚気けられたな」と言い笑った 笙は慌てて「惚気じゃないよ!」と否定した 康太は「幸せならないい!これからも幸せにしてやってくれ!」と言い笙の肩を叩いて一階に下りて逝った 応接間に顔を出すと真矢も綺麗に化粧して着物を着ていた 「連絡がありました これより30分後にホテル・ニューグランドのロビーで待ち合わせとの事です」 康太は頷いた 真矢と榊原と共に外に出て榊原の車に乗り込んだ 榊原は康太を助手席に乗せ、真矢を後部座席に乗ると運転席に乗り込み車を走らせた 比較的空いてる道路に車は順調に走行してホテル・ニューグランドに到着した 車寄せに車を停めるとキーをベルボーイに預けてホテルの中へと入って逝った ホテルの中へ入ると二階堂亜希が既に待っていた 真矢の姿を見付けると「真矢さん」と声を掛けた 真矢は艶然と笑って「無理言って御免なさいね!」と女優の顔でそう言った 二階堂亜希はフロントに向かいキーを貰うと、案内は丁重に断り 「それでは逝きましょうか?」と声を掛けた フロントを離れて部屋に向かおうとすると 「康太様、お久しぶりに御座います」と声が掛かった 康太は振り返ると声の主に 「ご無沙汰だったな副社長」と返した 「今日はお泊まりに御座いますか?」 「違う、待ち合わせをしてたからな、これから部屋で話をするだけだ」 「そうでしたか、ではご迷惑でないのであれば、お部屋の方にお茶を差し入れさせて戴きますが?」 「良いのか?」 「はい。貴方に喜んで貰えるのが私のホテルマン人生の総てですから!」 「近いうちに部屋を用意して貰わねぇとならなくなる」 「何時でも御用意致しますとも! 貴方は何時でも気軽に申し付けて下さるだけで良いのです」 「ありがとう」 「帰られる時にお声をお掛け下さい ティータイム(お茶一杯の)の時間を下さい」 「あぁ、帰る時に声を掛けるわ」 康太がそう謂うと副社長は深々と頭を下げて見送った 二階堂亜希は何者?と戦々恐々としながらも、真矢達と共に部屋へと向かった 部屋の中に入るとドアがノックされた 榊原はドアを開けに逝くと給仕が立っていた 副社長からのサービスだった 給仕はお茶と茶菓子をそれぞれの前に置くと、部屋を出て逝った 二階堂亜希は給仕が出て逝くと、真矢に誰なのか?尋ねた 「私の愛する息子達よ!」 真矢はそう言い康太を抱き締めた 榊原は貴方の息子は僕なのですが?と想ったが堪えていた 二階堂亜希は「息子さん?」と呟いた 康太は真矢から離れると二階堂亜希をジーッと視た そして単刀直入に「二階堂亜希、お前は今も新庄高嶺を愛しているか?」と問い掛けた 二階堂亜希は驚愕の瞳を康太に向けた 総てを曝け出させ嘘はお見通しだと謂わんばかりの瞳に‥‥亜希は観念するしかなかった 「‥‥はい。愛してます」 「なら単刀直入に謂おう! お前は高嶺を支えて生きて逝け!」 その言葉に視界が明るく輝き‥‥目の前が一気に広がって逝く様に感じていた 「‥‥でも‥‥あの人はそれを望まない‥‥」 だが‥‥現実はそんなに簡単じゃない‥‥ 「望もうが望まなかろうが関係ねぇんじゃねぇのか? お前が後悔していないのか?後悔しているのか?だろ? 悔いを遺しての別れは何時までもお前をそこに留めて先へは逝かせてはくれねぇぜ?」 図星だった 今もあの日‥‥高嶺の謂う別れを承知しなければ良かったのに‥‥と悔やんでいた その思いは常に自分の中に在って‥‥ 想いを留めていたのだ 「‥‥私は‥‥どうすれば良かったんですか?」 亜希は呟いていた 「どうしたって壁にぶち当たるなら、後悔しない方を選べば良かったんだとしか言えねぇな 絶望の中にいる人間を支えるって謂うのは至難の技だ 聞く耳を持たねぇ奴には何を言っても聞いてはもらえねぇからな だから何が正解だとはオレには謂えねぇが‥‥ 後悔する位なら玉砕覚悟でやれる総てを懸ければ良かったんだよ」 康太の言葉が胸に染み込んで‥‥ 心の壁を取っ払って逝った 「‥‥本当に‥‥玉砕覚悟でブッ飛ばしてやれば良かった」 「ならさ、今からブッ飛ばしてやる気はあるか?」 「え?‥‥」 「新庄高嶺の手をもう一度掴む気はあるか?と聞いている」 亜希は康太の瞳を射抜いて真っ直ぐに見た 「ある!」 「辛い事ばかりかも知れねぇぞ?」 「あぁ、それでも後悔するよりはいい そうだろ?」 「相手は無職だぜ?それでも背負えるのか?」 「私が稼げる時は稼いで食わしてやろう! アイツが一人で立てる様になったら楽させて貰うさ!」 その顔は晴れやかに輝いていた 「高嶺にもう一度、野球に携わる仕事をさせてやりてぇ それにはお前の父親にも動いて欲しいんだが? 親父を動かせれるか?」 「親父を?それはどうだろ? 今、アイツは総裁選挙の事しか頭にないだろ?」 「その総裁選挙だけどな、アイツは一度身を引いた方が今後の政局の要になれるんだけどな」 「アイツは目先の損得しか目に入らないからな 自分の得になるならば娘だって‥‥武器にしようとする鬼畜だ 私は父に利用される気はなかったからな政略結婚の出汁に使われる前に家を出た」 「お前の瞳には‥‥いい父親には映っていねぇんだな‥‥」 「私は父は大嫌いだ そんな父に従っている母も好きではない」 「‥‥‥高嶺同様、おめぇも真実を何一つ視ていねぇんだな‥‥ 先入観を棄てて、その瞳に両親の本音を映し出しても良いと想うぞ?」 「それは不可能に近い‥‥」 亜希の意思は固くて康太は何か謂う事を諦めた 「‥‥‥まぁ親の事は嫌でも視るしかねぇからな 今は何も言わねぇが、高嶺とはこの先一生を共にしても良いと謂うんだな?」 「あぁ、私の想いは変わってはいない」 「ならさ、飛鳥井の家を出る高嶺を支えて共に逝ってくれねぇか?」 「願ってもない事だ! 高嶺の一人くらい背負って逝ってやる」 男前な発言に康太は笑った 康太は榊原を見て「何とかなりそうだな伊織」と言葉にした 榊原は康太を引き寄せて「ええ‥‥後は高嶺ですね まぁ高嶺が動かないのなら、蹴りあげて発破をかけてあげます 亜希さん共に蹴りあげる事にしましょう」と亜希に話をふった 亜希は伊織お聞いて思い当たる名を口にした 「榊原伊織?」 結婚式の招待客リストに載っていた名前だった 親族席に入れてあるから身内なの?と聞いた事があった 親族よりも親身になってくれる人達だ 身内はそっぽ向いて助けてもくれなかったが、母の友達だけは精一杯の事をしてくれた 母を励まし支えてくれたのは榊原真矢と言う女優さんなんだ!と高嶺は言った あぁ、何で解らなかったんだろう? 榊原清四郎、榊原真矢、榊原伊織‥‥結婚式の招待客リストに名前を連ねていた人達なのに‥‥ 榊原は「はい。僕が母の息子の伊織です」と答えた 亜希は「え?‥‥」なら‥‥私の愛する息子と謂うその子は?‥‥ 亜希は怖くて聞けなかった 真矢は笑って康太を抱き締めて 「私の愛する息子よ!」と答えた 聞いちゃダメそうな気配を感じる 聞かないでおこう‥‥ そうしよう‥‥ 亜希がそう結論に至るのを見透かした様に 榊原は母から康太を奪い返した そして膝の上に乗せて大切そうに抱き締めた 真矢は「本当に伊織はケチね」とボヤいた 「勿体ないですから!」と笑って答えた その姿は何処から見ても親子だった 康太は亜希に静かに話し出した 「オレには6人の子供がいる そのうちの3人の子が真矢さんが生んでくれた子なんだ! 真矢さんは我が子の為に子を成してこの世に産み落としてオレに託してくれた人なんだ」 康太が謂うと榊原は優しく康太の額に接吻けを落とし 「それとなく解りますよね? 僕と康太はマスコミに騒がれていた事もありますから‥‥」 榊 清四郎と榊原真矢の次男はゲイで、飛鳥井康太と事実婚とも言える生活を飛鳥井の家で送っている‥‥と言うスキャンダルが出た事があった 亜希はそれを思い出していた 亜希はコクッと頷いた 「僕の愛する人は同じ性を持つ存在だけど、恥じはしない! 僕は妻を愛していますから!」 世間の風は冷たいだろうに‥‥榊原は堂々とそう言った 羨ましいと想った その潔さ その生き方に‥‥羨ましささえ感じていた 私も‥‥あの人を恥じる事なく愛していた 何時かあの人の妻になる日を夢見ていた 愛しているのだ 昔も今も‥‥‥ 愛している 愛している その想いはちっとも消えてなんかいなかった 亜希は康太を見た 「私と高嶺の間には何一つ障害なんてないじゃない!」 愛しているなら籍を入れればいい 世間に堂々と公表して夫婦になれるのだから‥‥ 「良い顔してるじゃんか!」 「高嶺に逢わせて! アイツに逢ったならもう離してやらないんだから!」 「そうだ!掴んだ手は絶対に離すなよ 愛していて離れるなんて愚か者する事だ 手の届く範囲にいるなら‥‥ その温もりを感じていられるなら、絶対に離すんじゃねぇぞ!」 「はい!」 「愛は日々育てて逝かねぇと枯れてしまうんだ 二人の愛を育てて逝け!」 「受けて立つとも!」 何処までも男前な女性だった 「取り敢えず高嶺のサポート面は亜希に任せて 後は生き甲斐となる人生の部分だな‥‥」 「‥‥ですね」 「そろそろ繁雄から返事が来るかな?」 康太が謂うと榊原は胸ポケットから携帯を取り出して康太の手に乗せた 「良い返事だと良いですね」 「‥‥‥総裁選挙真っ只中なのがネックなんだよな?」 「そうですね 敵対している陣営と逢うのは難しいでしょうね」 「だよな‥‥」 「でも大丈夫です 慎一が君の書いた書を繁雄に渡したのなら、返事は必ず来る筈です」 君が飛鳥井家真贋であるなら無理は絶対に出来ないのだから‥‥と榊原は言った 榊原は康太を膝の上から下ろして、ソファーに座らせると近くの鞄を取り書類を取り出した それを亜希に手渡した 亜希はそれを受け取り「これは?」と問い掛けた 「貴方にして戴く事です 貴方は既に歯車の一つに過ぎない 1つでも歯車が噛み合わなければ回らないのです! その書類を見て答えを聞かせて下さい 直ぐでなくて構いません! 飛鳥井康太が動くと謂う事は嵐が来ます 大海原を乗り切れない者は、そこで終わります そうなりたくないのならば、踏ん張りなさい! 貴方はとんでもない人間を動かしてしまったのです 飛鳥井康太が動けば無傷では終われないでしょう だが一つだけ謂えるのは、踏ん張れば先に未来が見えるであろう確かな果てです それを掴みたいのであれば君も荒れ狂う大海原に共に逝くしかないのです」 目の前で‥‥とてつもない運命が動き出そうとしていた その運命は回りを巻き込み‥‥ 広がって逝くだろう 「覚悟なら出来ております! 考えるまでもなく私も駒の一つとして寸分違わず動く所存です」 亜希はそう言い深々と頭を下げた 迫り来るハリケーンから逃れる術なんて持ち合わせていない 巨大なハリケーンは総ての膿を出しきるまで唸り吹き荒れるだろう ならば己もその大海原の中に身を投じ 踏ん張ってみようと想った 康太は亜希の覚悟の瞳を受け取り 「話は終わりだ!」と果てを見て言った 回り出した歯車はもう誰にも止められはしなかった 亜希との話を終えてフロントに向かうと、副社長からお茶に誘われた 康太と榊原と真矢は亜希と別れ、副社長の部屋へと招かれた 副社長自ら紅茶を淹れ、美味しそうなケーキを皆の前に置いた 副社長は紅茶に口をつけ味わうとティーカップを置いて康太を見た 「康太様はオリンピック開発事業を何処まで知っておいでですか?」 「開催地に近いこの街も特例ではなく、開発構想に入ってて住民を無視した開発プロジェクトが持ち上がっている事くらいだな」 副社長の謂わんとする事をズバリと言ってみせた 「この近くにモノレールを通すと言う案も出ています モノレールで会場まで行き来する ホテルの入り口までモノレールが止まる それも総てオリンピックでの観光客を見込んでの構想です その流れに乗った客を横浜まで足を伸ばさせようと必死に集客率を上げようと算段した陣営が押しきる様に進めている‥‥と。」 そうすれば‥‥横浜の本来の外観が壊れる‥‥ 開発を推奨する派と推奨反対派と対立は免れない構図となっていた 推進派に二階堂高嗣の名前を頭に浮かべ 「そう言う事か‥‥総ては繋がりし理なりだな伊織」 「ですね」 「副社長、堂島正義が部屋を取りに来たら最高に良い部屋を頼む! この街がちゃんと美しく見える部屋を頼む」 「畏まりました! 私はこの街を愛しております この街が変わるのは仕方がない事だと想っておりますが‥‥過度の変化は必要ないと想うのです」 副社長は窓の外を眺めてそう言った 窓の外には美しい横浜の外観が映し出されていた 「住民を無視した開発は廃るのも早い それで見向きもされなくなった街も‥‥多いからな この街はそうならねぇ様に未来に生きる者達に、(あの大人達は)誇りまで捨てたのか‥‥と謂わせねぇ為に踏ん張らねぇとな」 「そうですね 街は人と共に発展するものです 虚勢の富を誇示しようとしても、そこで生きる者には無益なお祭り騒ぎにしかならないですからね‥‥」 「やはりキーは二階堂高嗣か‥‥」 康太が呟くと同時に携帯がけたたましく鳴り響いた 康太は「失礼!」と謂い電話に出て 「繁雄か?どうなったよ?」 『慎一に連絡して預かっていると言う『書』を受け取り、二階堂高嗣の秘書に渡しました すると直ぐ様『協議に入ります』と連絡が入りました』 「そうか、なら正義と調整を取って動いてくれ」 「了解!」 「ホテル・ニューグランドの副社長には堂嶋正義が部屋を取りに来たら最高に良い部屋を用意してくれ!と頼んでおいた! だから部屋は取りやすくしておいてやったぞ?」 『正義に言っておきます でさが‥貴方が取っておいて下さっても宜しいのに‥‥』 そこまでしてくれるなら部屋を取っておいてくれても良いだろうに‥‥と三木は呟いた 「部屋を取るのは正義じゃなきゃダメなんだよ! お前等が無益な開発構想を反対するのなら、そこに住む街の美しさを知るべきだろうが!」 『‥‥‥そう言う事なのですね 解りました!ホテルまで足を運んで最高に美しい景観の部屋を取るように言っておきます 俺が見ても納得の部屋を選びたいと想います』 「最高の舞台を頼むな繁雄 この勝負は結婚をかけたカップルの今後の人生にも影響して来るかんな‥‥」 ‥‥‥え?‥‥それは大役ではないですか‥‥ 康太は笑って 「総ては決められし理だ繁雄 これよりオレが起こすハリケーンの最大級の嵐の中へと突入する事となる! もう誰も途中下車は許されねぇ檀上へと強制参加となる 吹き荒れて狂う嵐は既に始まっている」 三木は息を潜めて‥‥覚悟を決めた 飛鳥井康太が動くならば嵐は巻き起こる 知っていた筈だ 彼の起こすハリケーン級の嵐を幾度も目撃して来た筈じゃないか‥‥ 『康太、覚悟も命も俺はお前と共に在る!』 引き返す道なんて元よりない‥‥と三木は覚悟を決めていた 「んじゃド派手にやるとするか! 風が静まった時、膿は総て吐き出される筈だ」 『俺はお前と共に動ける事が嬉しくて堪らない お前の役に立てると想う事こそが誇りだ!』 「これが片付いたら一緒に飲もうな!」 『あぁ‥‥目の前に人参を吊るされたなら突き進むしなねぇな』 「んじゃ正義が部屋が取ったら連絡してくれ!」 『了解した!ではまた』 康太は電話を切った そして果てを視て‥‥ 「盤上に駒は総て配置された‥‥」と呟いた 榊原はにこやかに「それでは副社長、堂嶋の事を宜しくお願いします」と謂い立ち上がった 康太に手を差し出すと、康太はその手を確りと掴んで立ち上がった 真矢も立ち上がると康太は副社長に背を向けた そして後ろ手にヒラヒラと手を降り還って逝った 副社長はその姿を見送り‥ 康太様、今日の貴方は嵐を呼び起こすお背中をしておいででしたな と呟いた 彼は何時も糺す為にいる 適材適所、配置するが為に彼は動く これが間違った配置ならば‥‥ 彼は必ずや糺してくれると信じて‥‥ 彼は深々と頭を下げた 城之内星が飛鳥井の家を出て逝った 飛鳥井の家には一生も還って来ていた 仲間が揃った今、高嶺の居場所はないと感じていた そんな頃、康太にホテルに呼び出された 「高嶺、そろそろ先の事を話そうか?」 そう切り出され高嶺は息を飲み込んだ 高嶺は「飛鳥井の家を出て逝けば良い、それだけでしょ?」と何を今更‥‥と想った 「それでは何一つ解決はしてねぇんだよ! お前が進むべき明日へ繋げられねぇなら、お前の果ては屍も同然になるしかねぇんだよ」 屍‥‥まさに‥‥果てを視られる者の言葉だった 「‥‥俺に‥‥何を望みますか?」 「オレはおめぇの幸せしか望んでねぇよ! そのままこの家を出て逝っても、おめぇは絶望の中から抜け出せねぇじゃねぇかよ」 図星過ぎて言葉がなかった 「おめぇの逝く道は決まっているんだよ! 星を果てへと送り出した様に、おめぇも果てへと送り出してやる!」 「‥‥‥康太‥‥」 高嶺は言葉もなかった 康太の謂う果てがどういうモノなのかは知らない だけどそこへ逝ったって‥‥ 無くしたモノは手には入らない‥‥ 俯く高嶺をジーッと視て康太は 「随分、体躯が出来て来たじゃん!」と言葉にした 康太は高嶺に子供達のスイミングスクールへと送り迎えを頼んだ そして高嶺も一緒に子供達が学んでいる間は、基礎体力を着ける為に訓練すると良い そう言い子供達と共にスイミングスクールへと通い始めた 鈍っていた体躯は直ぐに悲鳴をあげ‥‥ こんなにも自分は‥‥柔くなっていたんだ‥と自覚をした その日から慎一と共にマラソンに出掛け、体力作りに精を出していた ある程度体力が着くと、今度はスポーツジムへと榊原に誘われた そこで体躯を鍛え上げて鍛練を積み重ねて逝った 現役の当時には程遠いが、結構筋力も着いて来ていた 康太は高嶺に書類を手渡した 「これは?」 「見てみれば解る この為に結構大変な目に遭ってきたかんな」 ‥‥‥?何の事やら高嶺には解らなかった 書類を出して目を遣ると、そこには‥‥ 「‥‥‥独立リーグのコーチ‥‥ですか?」 「あぁ、取り敢えず関東近郊のチームと独立リーグの契約を結びリーグを立ち上げてみた そこでお前は選手を育てて逝け! 独立リーグに留まるんじゃなくプロへの足掛かりになれる選手を育てて、自分が叶えられなかった夢を紡いで逝って貰いたい 本当なら‥‥お前のその腕を‥‥元に戻してやりたかった だけどそれは無理みてぇだからな‥‥」 康太は苦しそうに言葉にした 康太が悪い訳ではないのに‥‥ 何でこの人はこんなにも道を示してくれるのだろう??? 「‥‥コーチなんて俺は出来ませんよ?」 「グランドに立てばお前の血は滾る 選手として立てない無念を感じるだろう‥‥ だけどお前の夢は潰えてはいねぇ‥‥ 選手としての夢は叶えられねぇが、お前の魂を受け継いだ選手を育てて逝く事は出来るだろう 何の経験もないおめぇをコーチとして雇うのは球団側としても賭けだ その賭けに勝つも負けるも‥総てお前次第だ 試合を放棄するのも敢闘を続けるのもお前の意思次第だ オレはお前の果てを用意してやった それだけだ‥‥」 「‥‥‥俺の果て‥‥‥」 高嶺は呟いた 選手生命を断たれた時に自分の将来は放棄したも同然となっていた 将来の事など考えていなかった 愛する人を手放して‥‥ 人生を手放して‥‥ 絶望の中は真っ暗で‥‥何も考えてなんかいなかった 将来を考える 俺の人生は終わってはいなかったと謂うのか? 終わってはいなかったと謂うのなら‥‥ 俺はどうやって生きて逝けば良いんだ? 何も解らない 目の前が真っ暗になった 足元がグラグラと崩れ出す感覚に‥‥ソファーを想いっきり掴んだ 怖い‥‥ 怖い‥‥ 怖い!!!! 高嶺は初めて‥‥怖さを感じていた 「高嶺」 康太は静かに高嶺の名を呼んだ 「はい‥‥」 「今も愛している?」 誰の事を言ってるのか? 康太の瞳には総てお見通しなのだろう‥‥ 「‥‥‥離してやる事こそが‥‥俺の出来る最大限の愛でした‥‥」 「馬鹿だなお前は‥‥ 寄り掛かる選択肢もあっただろうに‥‥」 離れる事こそが愛だと‥‥共に逝く事を拒絶し別れた 想いは残し‥‥ 愛を残し‥‥ 無理矢理意識を遠ざけようと‥‥離れた 高嶺は知らないうちに泣いていた 静かに涙を流していた 視界がボヤけて何だろう?と頬に触れ‥‥ やっと自分が泣いているのを知った 愛しているのだ 今も心が叫びたくなる程に‥‥愛しているのだ 「彼女はこんなになった俺でも捨てる事はしない‥‥それが解るから‥‥彼女に寄り掛かってはダメだと想った‥‥ こんな将来のない男など‥‥彼女に相応しくなんかい!」 「ちゃんと話し合うべきだったんだ高嶺」 「‥‥‥え?‥‥‥」 高嶺は涙で揺れた視界の先の康太を見た 「話し合って納得した別れなら、悔いなんて遺していねぇんだよ」 そうだ‥‥ 全くその通りだ‥‥ ちゃんと自分の想いを口にすれば良かったのだ 想いに耽っている高嶺とは裏腹に康太はケロッと真髄をズブズブ突いて来ていた 「お前の為に今回オレは結構無理を通したんだ 政治的介入を蹴散らし 根回しと莫大な資産の投入 腹筒み叩きまくる狸親父との攻防戦の果てに勝ち取った未来だ! 総てはお前にかかっていやがるんだ! 悩む暇に働きやがれ! んで、オレに還しやがれ!」 焦れったくて康太が叫ぶと榊原が康太を抱き締めた 「今回、本当に君は頑張りました 御褒美はちゃんとあげたでしょ?」 康太の首には今も生々しい紅い花が見え隠れしていた 何だか生々しい会話に高嶺はいたたまれなくなった 康太は榊原を睨み付けた 榊原はしれっと笑っていた 「さてと、高嶺、悔いは日にちが経つ程に未練となる 未練は残りの人生を費やして杭を打ち続けるだろう だから話し合え! そしたら答えは見えて来る筈だ!」 康太がそう言うと榊原は立ちあがりドアへと向かった そして来客を迎え入れると「高嶺」と名を呼んだ 顔を上げた高嶺は唖然とした 康太は立ちあがり 「と謂う事で話し合え!」と謂い榊原と共に部屋を出て逝った 高嶺は言葉もなく‥‥俯くしか出来なかった 部屋に通されたのは別れた恋人の二階堂亜希だった 亜希は高嶺に「座っても宜しいかしら?」と問い掛けた 高嶺は「どうぞ。」と謂い固まった 前のソファーに座るのかと想っていると、亜希は高嶺の隣の席に座った そして高嶺の手を掴んだ 「君はさ直ぐに本音を隠すからな!」 そう笑い手を掴む姿は‥‥別れた時のまま‥‥ いや、別れた時よりも美しくなった 高嶺は降参するしかなかった 亜希は本題にさっさと入った 「高嶺」 「何?」 「お前さぁ、何で私と別れたのよ?」 「‥‥君は了解してくれたよね?」 「お前が聞く耳を持っていなかったからな 総てを拒絶している人間に謂う言葉は見つからなかった‥‥ だけど‥‥それは逃げだった 私は怖かったのだと想う 変わってしまった高嶺との明日が不安だったのだと想う 何を言ったら貴方が明日に向いてくれるのか解らなかった‥‥ 私は逃げたんだよ高嶺 貴方との明日を‥‥手放してしまったんだよ」 本音で語る そんな彼女の本音が聞けて良かったと高嶺は想った だったら自分も真摯でなくてはフェアではないと感じていた 「‥‥‥俺は‥‥総てを失って絶望の中にいた‥‥ こんな絶望しかない自分の人生を背負わせるのは忍びなかった と謂うのは建前だ‥‥俺は怖かったんだと想う 野球選手として生きて来た総てを失った俺が‥‥お前の隣にいて良いのか‥‥ そればかり考えていた 輝かしい道を逝くお前と‥もう光在る道には逝けない自分‥‥ 共にいても‥‥何時か自分が重荷になるしかないのなら‥‥早目に手放そう そうした方が傷は浅い‥‥そう考えて君と別れた‥‥ 結構俺は‥‥セコい奴なんだ」 「貴方のそんな一面、私は見ようとはしなかった 貴方は何時も格好よくて‥‥弱音なんて聞かせてくれる人じゃなかったからね 最初はそれで謂いと想っていたの 何時か貴方が総てを委ねてくれた時、貴方の本音を聞かせてくれるなら‥‥それで謂いと想っていたの」 亜希は綺麗な笑みで高嶺を見ていた こんな顔‥‥交際中には見せてくれなかったのに‥‥ 「俺は‥‥別れるしかないと思っていた 釣り合わないからな‥‥」 「釣り合いって何?」 「‥‥‥無職の‥‥障害者を背負わせる訳にはいかないと想っていた‥‥」 「確かにね、あの時君を背負うのは無理だった だけど私は別れる気はなかった 貴方が働けないのなら私が養えば良い そう考えていたからね! でもそれだと貴方のプライドを傷付ける‥‥ だから引くしか出来なかった でもね、後悔ばかりしていた あの時、貴方の手を離さなきゃ良かった‥‥ そう考えて後悔ばかりしていた あの日‥何故私は貴方の手を離してしまったんだろう‥‥ 未練たらっしく‥‥考えてばかりいたの だからもう後悔なんてしたくないの!」 「‥‥‥俺も‥‥後悔ばかりしていた 何でああなったんだろ? 君と別れるしか方法はなかったのかな? 幾度も幾度も考えて‥‥後悔ばかりしていた だからもう後悔はしたくない」 「ならば謂おう! 好きです生涯の伴侶になって下さい!」 謂おうとしていた事を先に謂われて高嶺は唖然とした 「君が謂うのか?」 「お前が謂わないからな、謂ってやるのさ! これより生涯、共に生きてくれないか?」 高嶺は亜希を引き寄せて強く抱き締めた 「男前過ぎだろ?お前‥‥」 「嫌いか?」 「好きだよ!愛しているよ!」 この想いは何一つ変わってはいない それどころか離れて互いを想った分強く深くなった 「私も好きだ愛しているぞ!」 「きっとお前の収入の半分もいかない情けない奴だけど‥それでもお前を愛する気持ちだけは誰にも負けてはいない‥‥そんな男だけど‥傍にいさせてくれないか?」 「願ってもない事よ! 収入は気にするな! 稼げる奴が稼げば良い 私が落ち目な女優になったらお前が食わしてくれれば良い 私は女優を止める気は皆無だからな それを許してくれる奴は大変貴重な存在なのだ!」 「君は女優でいれば良い 天職な仕事を授かったんだから‥‥その分夫の出来が少し悪くて帳尻合わせになるか」 「愛があれば殆どの事はなんとかなる 愛が潰えた時の方が厄介になるんだと康太が教えてくれた だから愛し合えるうちはガンガン押し進めば良いらしいぞ! そして今宵、私はお前の子を孕むらしいぞ? だから私を抱け! そしたら私もお前を抱き締めてやろう」 高嶺は立ち上がると亜希を抱き上げた 「俺を‥‥抱き締めてくれ‥‥ そしたら子を孕む位お前の中に俺の愛を注ぎ込もう」 「お前、それ言ってて恥ずかしくないか?」 「恥ずかしいよ! 俺は役者じゃないから台詞なんて吐けないに決まってるじゃないか!」 「どんな言葉(台詞)よりお前の言葉は私を熱くしてくれる‥‥」 「‥‥お前‥‥本当に女優だよな?」 「そうか?」 「こんなに俺を狂わせてどうしてくれるんだよ!」 「それより高嶺、私を抱き上げたりして腕は大丈夫なのか?」 「お前と別れて幾度となくオペをした 世界に名だたる名医にオペをして貰った だからな俺の手は選手にはなれなかったが、お前を抱き上げる位、平気になったのさ」 「そうか、では期待できるってモノだな」 高嶺は顔を赤くした なにを期待なさるのですか?亜希さ~ん 「初い奴だなお前」 「あぁ、もう黙れ!」 高嶺は亜希をベッドに放り投げた 「妻を放り投げるとは‥ぞんざいな奴だ」 「本当に君‥‥交際中はこんな性格じゃなかった気がするんですけど?」 「お前に一度捨てられたからな‥‥」 それで少し性格が捩れたのだと亜希は言った 「この性格を知っていたら‥‥俺は一緒に地獄に堕ちてくれ‥‥と頼んでいたのに‥‥」 「お互い猫を被っていたのだろ? 本音が解って良かったな」 「あぁ‥‥お前もう黙れ!」 高嶺は強引に唇を塞いだ 後は甘い時間が二人を酔わせて包み込んでいた 新庄高嶺は、飛鳥井の家を出て逝った 新天地に向けて旅立って逝った 半年後、康太は独立リーグのマウンドに立っていた 独立リーグ発足式に関係者として参加していたのだ 新庄高嶺は独立リーグの一つのチームのコーチとして、再出発を始めていた この日、飛鳥井建設所有のスタジアムの観戦席には少しだけ腹が目立って来た亜希が夫の勇姿を見る為に来ていた 大反対されると想っていた結婚は案外スムーズに逝った 何年かぶりに逢う両親は‥‥ 亜希の記憶の彼方にいる人達と違っていた 飛鳥井康太との結婚の条件の中に両親と連絡を取る‥‥とあった 両親と連絡を取った頃は両親は結構大変だったらしく‥‥ 色々な出来事を巻き込んで暴風圏の真っ只中にいた その話は‥‥別の機会に明らかになるが‥ 今は高嶺の再出発の場に相応しくないから割愛する事にする 高嶺は増える家族を想い‥‥ 家族を亡くした星を想った 彼等はどんな想いで‥‥ 明日を生きていたのだろう 想像を絶する想いを感じ高嶺は幸せを噛み締めた もう絶対に手離さないと誓う 飛鳥井康太 この幸せは貴方がくれた明日だ 俺は何時か貴方に‥‥返して行こうと想う 何が出来るが解らないが‥‥ 悔いのない人生を‥‥ この一瞬一瞬を精一杯に刻むと決めた 星に逢いに逝こうと想った 星の顔が見たいと想った 絶望した時を共に過ごした盟友よ‥‥ 君の上にも安らかな時間が過ぎて逝きます様に‥‥願って止まなかった 時は刻み始めた 痛みと想いを刻み 動き出した 高嶺は高い空を眺め‥‥明日を夢見た

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