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第68話 桜 ~君と見る永遠の日々~
ヒラヒラ
ヒラヒラ
桜の花びらが舞う
ヒラヒラ
ヒラヒラ
風に飛ばされた花びらが康太の肩に落ちた
榊原はその花びらを手に取った
「君と見る桜は何時だって変わらず綺麗ですね」
幾千の世を共に生きて来た
幾万の世の桜を見上げて来た
何時の世も横に愛する炎帝がいた
「来年も再来年も10年後も20年後も‥‥
生在る限り‥‥共に一緒に見よう‥‥
君はそう言いましたね
人の世に堕ちて君と幾千の夜を‥‥幾万の日々を過ごした
君がいたからこそ耐えられた日々でした
君がいたからこそ輝いていた日々でした」
「オレもお前と共にいたからこそ耐えられた日々だった
お前がいたからこそ輝いていた日々だった
ありがとう伊織」
「改まって謂われると‥‥何だか永久の別れみたいに聞こえますよ?」
「オレはまだ逝かねぇよ」
「当たり前です」
「何時の世も‥‥お前と見る桜は綺麗だ
お前とずっとずっと‥‥共に見てぇからな‥‥
魔界に桜を植えたんだ
人の世のモノを魔界に持ち込むのは禁止だが‥‥来世の転生はないと聞いた時に桜の苗木を魔界に持って逝ったんだ
根が着くかは賭けだった
土質事態が違うからな‥‥無謀なオレの望みを兄者や黒龍、釈迦や菩薩が一丸となって、あれこれと試行錯誤してくれてな
今年は満開の桜が咲いたそうだ
オレは魔界に逝ったら、それを見るつもりだ
それまでは人の世の桜を単能しようと想う」
「魔界に桜ですか‥‥
土着信仰の御饌の為に産み出された元は神の木ですからね
魔界には相応しいかも知れませんね
人の体躯を媒体として植樹された桜は命を吸い咲くとされた花です
人の生き血を吸った木々は散り急ぐ様に花をつけ‥‥散る
まるで人の生の様にいさぎが良い‥‥
君の様な花だと‥‥僕は想っていました」
康太は榊原の手を強く握り締め、天を仰いだ
夜空には桜の花びらがうすピンクに浮かび上がっていた
「寒くありませんか?」
「大丈夫だ伊織
まだこうしていてくれ‥‥」
「君が望む通りに‥‥」
榊原は康太の肩を引き寄せて強く抱き締めた
「伊織‥‥」
「何ですか?」
「来年も再来年も‥‥命続く限り‥‥一緒に見ようね!って約束した夫婦がいたんだ」
「‥‥‥?」
「同じ桜の花を見上げて‥‥その夫婦は未来を信じて疑わなかった」
「‥‥その夫婦は今‥‥どうしているのですか?」
「別々の所で互いを想い‥‥生きている
一年に一度、夫は妻だった女に手紙を書くんだ」
「‥‥‥悲しい話ですね」
「妻だった女は返事は書かない‥‥何でだと想う?」
「忘れて欲しいからですか?」
「違う‥‥手紙を書こうと想うと想いが溢れだし‥弱音を吐いてしまいそうになるからだそうだ
だから妻だった女は返事を書かねぇ‥‥
弱音を吐けば‥‥どうしたって夫だった男は助けに来てしまうからだ‥‥
想いは繋がって‥‥今も‥‥同じ桜を見上げている気になる
だけど現実は‥‥もう逢えねぇ場所にいる二人なんだ」
「悲しいですね
想いは繋がっているのに一緒にいられないのですね」
「当たり前の日々はねぇんだ
共に‥‥生きていられる未来を信じて疑わなかった二人だって、別々の道を逝かねぇとならねぇ現実が在る‥‥」
ねぇあなた、もし私が先に逝ったら‥‥
あなたは必ず追い掛けて来てよ
私もあなたが先に逝ったら
必ず追い掛けて逝くから!
共に同じ時を生きた盟友よ
この先も同じ時を刻もう‥‥
あなたは私がいなきゃいきられないんだから!
私もね、あなたがいなきゃいきられないんだよ?
知ってる?
ねぇあなた‥愛してるわ
あなたは言ってくれないけど愛してるのよ?
困った顔で笑うあなたが大好きだった
永遠に続くと‥‥
ずっとずっとずっと‥‥想っていたの
桜の木にしみついた想いを‥‥
康太は視る
今も笑って手を繋ぐ残像を視る
桜の花の様に‥‥キラキラ光る残像は‥‥
悲しい愛を康太に視せていた
「どうしたのですか?康太?」
「悲しい愛の残像が視えたんだ‥‥」
「さっき言っていた‥‥夫婦の話ですか?」
「そうだ、あやかしは時として残像を視せる
永遠を信じていた明日を視せる
終わらない想いを‥‥誰かに視せる」
「当たり前の日々はない
慣れてしまった日々は奇跡なんだよ‥と伝える為に、僕らに視せるのかも知れませんね
桜の花が視せる幻影
悲しい愛の物語‥‥
幸せになって欲しいですね
何時か‥‥互いの肩の重い荷物を下ろしたときどき‥‥また始められる明日が待っていると良いですね
同じ時は刻めない
だけど始める事は出来る
‥‥僕はそう信じていたいです」
「愛してる伊織‥‥」
「僕も愛しています奥さん」
共に‥‥
共に逝こう
共に生きよう
その明日は当たり前の日常なんかじゃない
愛を育て
枯渇しない様に日々大切に大切に育てて逝く
どうか繋いだ手を離さないで下さい
その手はあなたの愛を繋ぐ絆でもあるのですから‥‥
桜の花が視せた幻影は‥‥
誰かの愛の物語
悲しい別れの物語
愛していても離れ離れに生きねばならぬ愚かな人間の物語
そんな愛も在ると謂う‥‥
幻影だった
「冷えますね
もう帰りますか?」
「帰ったら暖めて‥‥」
「ええ。僕の愛で暖めてあげます」
「なら帰るか
明日は子供と家族と一緒に来るとするか!」
「喜びますよ
ワン達も連れて来ましょう」
「だな!」
康太と榊原は満開の桜に背を向けて
我が家へと還って逝った
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