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第71話 GWの一時
GWに突入して会社はお休み、勿論子供達もお休みに突入した
GWは子供達を楽しませよう!と玲香や清隆、真矢や清四郎達は日々遊びに連れ出してくれていた
帰って来るとクタクタに疲れているが孫と過ごす時間は楽しい様で、ハンディカムやデジカメに孫の姿を納めるべく奮闘していた
子供の時間の流れは早い
“今”の時は案外短いのかも知れない
そのうち各々の友達と過ごす様になり一緒に遊んでくれなくなるだろう
それはそれで嬉しくもあり淋しくもあるが‥‥
成長とはそう言うモノであるのを真矢も清四郎も玲香も清隆も知っていた
ネズミの国から還って来た玲香や清隆、真矢や清四郎に康太は「海に行きませんか?」と話し掛けた
玲香は「海か、よいわいな!」と乗り気で
清隆も「海ならワン達も遊べますね」と楽しそうに言った
清隆は最近、毎朝ガルと散歩に出る様になっていた
康太と榊原がコオやイオリ、ガルを散歩に連れて行っていたが、ガルの元気さに大変そうだったから清隆が連れて逝くと申し出たのだ
「ガルは私が朝と晩、散歩に連れて行きましょう」
そう言う清隆に康太は「え?良いの?父ちゃん‥‥ガルはめちゃくそ走るぜ?」と言ったのだが清隆はにこやかに
「玲香の犬と共に散歩に行っているんですよ
私も連れて出たいと想っていたんですよ」
玲香は朝晩あずきと共に散歩に出ていた
清隆も一緒に散歩に行くうちに自分も連れて逝く犬が欲しいと思い始めていたのだった
「‥‥父ちゃん‥‥ガルは止めとけ‥‥」
引っ張る引っ張る引っ張る引っ張る‥‥腕が千切れそうな程に引っ張るのだ
「大丈夫です
君達がいない間散歩に連れて行っていたのは私ですよ?」
「え!嘘‥‥そう言えば慎一も一生もいなかったっけ‥‥聡一郎か隼人が連れて逝ってるんだと想ってた‥‥」
康太はそう言い聡一郎を見た
聡一郎は気不味い顔で
「‥‥僕がガルに振り回されて3針縫う怪我をしたので‥‥義父さんが変わってくれたのです」と真実を口にした
康太は驚愕の瞳を聡一郎に向け
「それオレ知らナーズ」と口にした
「言ってませんから‥‥」
聡一郎はそう呟いた
謂えるか!って言うの!!
んな恥ずかしい事を謂えるか!
犬に引き摺られ3針縫う怪我をしました‥‥なんて‥‥‥言えるか!!
康太はそれでガルの聡一郎を見る時の気不味そうな顔に納得がいった
怪我させちまったら気不味いわな
康太がガルを見ると、ガルはくしゅんと項垂れた
清隆はガルの傍まで行って撫でた
「気にしなくて良いのです
聡一郎も恨んでなんかいませんよ!」
「ええ、恨んでなんかいません!
まさか‥‥犬に引き摺られ肘が擦りきれ膝がパックリ開いて3針縫う事になったとしても恨んでなんかいませんよ!」
はっはっはは!と聡一郎は笑った
絶対に恨んでる瞳で笑った
ガルは余計に項垂れた
清隆は聡一郎に「めっ!」と怒った
「聡一郎、君の好きな鰻を沢山食べさせてあげたのを忘れたのですか?」
「ですから恨んでなんかいませんってば!」
鰻を‥‥
それで清隆は聡一郎のご機嫌を取ったのか‥‥
「義父さん、また鰻食べたいです」
「良いですよ
また食べに行きましょう」
聡一郎が清隆に甘えて言う
清隆は父の顔をして包み込む優しさで微笑んでいた
一生も「俺も!」と謂うと隼人も「オレ様も!」と便乗して来た
清隆はワン達の傍にいた北斗や和希、和真の頭を撫で
「なら皆で行きましょう」と楽しそうに言った
家族だった
どの子も清隆と玲香の子供だと想っていた
玲香は「なら海の還りは鰻を食べにいくわいな!」と楽しそうに言った
慎一が「どの海に逝く予定なのですか?」と出掛ける算段をする
大人数での移動は足の確保から始まる
それが慎一の仕事なのだった
「三浦海岸に逝きてぇな
この季節ならまだ人もんなにはいねぇだろうからな
砂浜をワンや子供達と走り回って大丈夫だろ?」
「解りました!
バスを借りて来ます
何時もの様に俺が運転するので車だけ借りて来ます
で、料理はどうします?」
榊原が算段をして
「僕が軽いお弁当を作ります
夕方は鰻を食べに逝くのでしょ?
ならば昼は少な目にしないといけませんね」と答えた
「ならば明日は朝から出ますか?」
「朝の4時に出ましょう
そしたら三浦海岸に着く頃には朝陽が見えます」
康太の好きな朝陽が見える時間に着ける様に計算する
康太は榊原を見上げて嬉しそうに笑った
榊原はそんな康太の額に接吻けを落とした
清隆は「朝の4時ですか‥‥ならば客間で皆と雑魚寝をするとしますか!
さぁ子供達、じぃちゃ達と寝ますよ!」と言い客間へと子供達を連れて向かった
真矢と清四郎も楽しそうに客間へと向かう
慎一が一生を連れて客間へと向かう
放っておいたら大変な騒ぎになるのが目に見えてるから、あの人達が押し入れを開ける前に客間へと急いだ
客間へ着くとお布団を敷いて寝れる様に支度をする
玲香は北斗と和希と和真と永遠を連れて客間へとやって来た
「さぁ我と寝るのじゃ!」
玲香が謂うと和希は玲香に抱き着いた
「おばぁちゃまと一緒だ」
嬉しそうに言う和希の頭を撫で北斗と和真を引き寄せた
「今宵はばぁばと共に寝るのじゃぞ!」
「「「うん!」」」
慎一のいない間にすっかり玲香や清隆、真矢や清四郎に甘えて子供っぽくなった
北斗が康太の子供達に絵本を読んでやる
毎晩の日課だった
玲香は早々にお布団に入り眠りについた
和希と和真は玲香に抱き着き眠りについた
優しい温めりが和希と和真を包む
北斗も子供達が眠るとお布団に入った
すると真矢が北斗を抱き締めた
「おやすみなさいお義母様」
北斗は玲香を義母さん、真矢をお義母様と読んでいた
真矢は北斗の頭を撫でて「おやすみ北斗」と額に接吻けを落とした
北斗は瞳を瞑り優しい薫りを肺一杯に吸い込んだ
そして眠りに落ちる
優しさに包まれて眠りに落ちる‥‥
朝方、烈のキックで目を醒ますまで真矢は北斗を抱き締めていた
蹴られた頬を擦り真矢は「あらあら寝相まで康太にそっくりね」と笑った
どの子も寝相が悪く元いた場所では寝ていなかった
真矢は起き上がりかなり遠くまで転がって逝った流生を回収してお布団に戻った
流生の体躯は冷えきっていて真矢は抱き締めて暖めた
「本当に寝相までそっりなんだから‥‥」
大きくなった
初めて流生を見た日‥‥一生にそっくりだと想った
だが今は榊原に似た顔になっていた
一緒に暮らせば親に顔が似て来るのか?
それともそう想いたいと想う心がそう見せるのか?
それは解らないが‥‥
共に生きて来た時間がそうさせているのだと想いたかった
どの子も父と母に似ている
真矢が産んだ子だけど太陽と大空と烈も康太に似た笑顔をして、傍目から見ても康太の子だと想える程に似ていた
真矢はそれが嬉しくて堪らなかった
我が息子が選んだ相手は同じ性を持つ存在だった
だが心の何処かで‥‥やっぱり‥‥と納得出来てしまった
伊織は極端に女性が嫌いだと解る態度をするから‥‥
それだけでない
女性が嫌いもそうだけど、あの子は人間事態が嫌いなのだと想っていた
友達もいなく
恋人もいない
この先この子は独りで生きて逝くのだろうか?
それだけが心配だった
だから康太を見た時、相手がいたと謂うだけで安堵した
そして康太が伊織の子を願うなら‥‥
伊織と血の繋がりがある私が産んでやろう‥‥と覚悟を決めた
覚悟を決めた足で産婦人科へ逝った
私はまだ妊娠出来るのか調べて、妊娠が可能だと解った時‥‥
心から女に産まれて来て良かったと想った
清四郎と結婚して妊娠したいと想いセックスするのは初めてだった
求められ求める出逢った頃の様なセックスは二人の愛を深め揺るぎないモノにした
その甲斐あって太陽と大空が産まれた
難産の果てに帝王切開で子を産んだ
この子達を康太に渡す!!
その一心で子を産んだ
その子ももう5才
「年取る筈よね‥‥」
烈も3才なんだものね
「本当に大きくなったわね」
温かくなった流生は真矢を見上げ
「ばぁたん おはよ」と言い笑った
「おはよう流生
温かくなった?」
「なった‥‥りゅーちゃいちゅもちゃむいのね」
そりゃぁそうだろ?
お布団を飛ばして寝ている姿を思い出して真矢は笑った
「ばぁたんがいる時はばぁたんが暖めてあげるからね」
「ばぁたんちゅき」
「ばぁたんも流生が大好きよ」
真矢が流生を抱き締めていると割り込む様にして音弥が真矢に抱き着いた
「おとたんもばぁたんちゅきよ」
真矢は笑って
「ばぁたんも音弥が大好きよ」
と嬉しそうに言った
清四郎がそれを見ていて
「モテモテですね?」と笑った
「知らなかったの?
ばぁたんは子供達に人気があるのよ?」
流生と音弥は真矢に甘えていた
太陽と大空と烈は真矢と清四郎に距離をとる
それが寂しくもあり‥‥子供の本能だから仕方ないと想った
太陽は笑顔で「じぃたんとばぁたん らいちゅきよ!」と言った
距離を取るが‥‥ちゃんと言葉にはする
大空も「かなも、じぃたんとばぁたんちゅき」と榊原に酷似した顔でそう言った
烈は清四郎の膝にドスンッと乗って
「れちゅも!ちゅき」と言い手を上げた
清四郎は烈を抱き締めた
だが次の瞬間、烈は清四郎から離れ兄弟の傍へと向かった
翔が烈の耳の傍でなにやら喋ると烈は
「れちゅ、でべちょにゃにょ!」と言い服を捲っておへそを見せた
気まずくならない様に話題をすり替えたのだ
真矢はそんな翔の気配りを感じながら烈のおへそを見た
‥‥‥‥‥本当にでべそだった
「‥‥‥あら‥‥」
言葉のない程のでべそだった
玲香は爆笑した後で
「我もこのでべそは大丈夫なのかと想い久遠に見せた程じゃ!」と今後でべそで虐められない様に心配している事を口にした
真矢は「病気‥‥なのですか?」と心配そうな声で尋ねた
「小学校に入学してもこの状態なら手を打つと言ってくれたからな、今は様子見じゃ!
気にせずともよい
康太が何とかするであろうて!」
そうだ、この子は飛鳥井康太の子なのだ
康太が我が子の為に動かぬ筈などないのだ
真矢は優しく笑って
「それなら安心ね」と安堵の息を吐き出した
客間に一生が顔を出すと
「起きて下さい!
キッチンに朝食が出来ています
軽く朝食を取ったら出発です!」と告げた
真矢は起き上がり子供達を起こした
子供達は寝起きが良く、名前を呼ばれるとパチッと目を醒ました
音弥が「うみはひろいにゃおおちぃにゃ~」と覚えたての歌を歌っていた
太陽が音弥に「おとたん かいぎゃらあるかにゃ?」とワクワクして声を掛けた
「たくちゃんあるといいにょ!」
「たくちゃんあったらくみのこにもあげりゅにょ!」
「おとたん!ぎゃんびゃろ!」
「ひにゃ!ぎゃんびゃろ!」
二人は熱い包容で励まし合った
一生は「朝から暑苦しいから!」とバリッも二人を引き剥がした
太陽は「かじゅは」と残念そうに名を呼び
音弥は「わかっちぇにゃい!」と言い捨てた
一生は太陽と音弥を小脇に抱えて
「んな生意気謂うのはこうしてやる!」
と言いグルグル回った
「らめ!」
「めぎゃぁ~」
音弥と太陽は叫んだ
グルグル回って床に下ろすと、二人はフラフラだった
翔が二人を支えて「かじゅ‥ちぃちゃい!」と怒ると、一生は翔もグルグルと回した
「ぎゃぁ~」
「ほれ!誰がちいせぇって?」
「かじゅっ!」
「なら俺より大きくなれ!」
そう言い一生は翔を下ろした
下ろされた翔はフラフラと目を回していた
真矢が翔を引き寄せ一生に「めっ!」と謂うと一生は笑った
朝から騒がしく楽しそうな声が響いていた
キッチンに向かい朝食を取ると慎一が借りて来たバスに乗り込んだ
バスに乗り込むなり榊原は康太に凭れ掛かって眠っていた
真矢は「寝てないの?」と康太に尋ねた
「ええ。あの後キッチンに向かって朝食を準備してお弁当を作って子供達のおやつも作っていたら寝る時間をなくしたんだよ」
「あら‥‥康太は?寝たの?」
「寝てねぇよ
だけど一晩位ならなんとかなる
伊織は今日で3日目だかんな限界が来てるんだろ?」
「3日目って‥‥寝てないのがって事?」
真矢が尋ねると康太はコクッと頷いた
「何をしてるの?伊織は?」
「伊織は今、勉強中なんだよ
寝る間も惜しんで勉強してる最中だかんな
何日も徹夜なんて事はざらだ」
「勉強中?何の勉強をしてるの?伊織は‥‥」
「鷹司 緑翠が教える経営塾で勉強中なんだよ」
「鷹司 緑翠‥‥って多くの政治家や経営者を輩出する名門塾の?
でも簡単に入れないって有名な塾よね?それって‥‥」
真矢は驚いた様に口にした
真矢でさえ知っている有名な経済学者の名前だった
塾に入りたい者は数知れず
だが望んだとして入れはしない
塾に入れるのは緑翠が見込んだ人間限定とされていた
真矢でさえも耳にする程の有名な塾に入っていると謂う事は、飛鳥井康太の夫だからなのだろう‥‥
ならば手は抜けないのであろう‥‥と真矢は察した
「他はどうだか知らねぇが、伊織は緑翠が是非に!と懇願して教えている生徒だ!
緑翠が教えたいと自ら謂うのは正義以来だな」
そんなに簡単に言われても何と言って良いか‥‥真矢は困った
榊原は康太の肩に凭れ掛り眠っていた
その顔に疲労の影は濃く‥‥憔悴しきっていた
慎一は疲れた榊原を見かねて
「康太、GWも忙しい方ですけど気晴らしを兼ねて着いて行ってやると仰って下さいましたのでお連れ致しました」と康太に報告をすると
「限界をバリバリ越えやがって‥‥」
バスの一番後ろで寝ていた男が起き上がり榊原の方に近付いた
「久遠、お前も限界をバリバリに越えてねぇか?」
急患続きで休む暇もなかった久遠は病院にいるとついつい仕事に駆り出されると避難しようとした時、慎一の車が通り掛かり呼び止めた
「おーい!慎一!」
大声で手をふる久遠の姿に慎一は路肩に車を止めた
すると久遠はバスに乗り込み「俺も連れて行け!そしたらもれなく病人を見てやるよ!」と往診キッドが入った鞄をブンブン振り回した
職業病な久遠は病院にいたら患者から解放されない‥‥と避難したにも関わらず‥‥
その手には往診キッドが握られていて
慎一は立派な職業病ですがな‥‥と想った
バスに乗り込むなり久遠は後部座席を陣取り寝ていた
やはり久遠は医者になる為に生れたと言っても過言ではない
病人を見るなり瞳が輝いて医者の顔になっているのだから‥‥
久遠は憔悴しきった榊原をロックオンすると腕を捲り消毒を始めた
「疲労や過労に効くのを一本打っといてやる!」
久遠はそう言い消毒した腕に点滴の針をブッ刺した
「痛いっ!!!!」
榊原は目を醒まし涙目で康太を見た
「お疲れな伊織の為に久遠特製の滋養強壮剤をプレゼントだってさ」
「‥‥‥そんなの要りません」
榊原が謂うが久遠は「遠慮すんな!」と取り合う気は皆無だった
久遠は器用に点滴のパックを吊るして
「到着までの30分は大人しくしとけ!」
と言い放った
榊原は謂うことを聞くしか術はなかった
玲香は「お主‥‥そんなのを持ち歩いておるのかえ?」と往診キッドが入っている鞄を眺めていた
久遠はしれっとした顔で
「病院にいると休まらねぇからな、外に気晴らしに出たんだよ!
そしたら目の前を慎一が通り掛かったから神の導きかと想ったぜ!
でなきゃこの点滴が無駄になる所だったぜ!」
そう言い久遠はケラケラ笑った
一生は「最初から飛鳥井に来るつもりだったのかよ?」と尋ねた
でなきゃ点滴が入った往診キッドの辻褄が合わない‥‥
「そろそろ伴侶殿か康太が限界を超える頃だと踏んで気晴らしに来たんだよ
でなきゃ病院にいたら急患急患また急患‥‥と落ち着く暇もなかったからな」
‥‥‥皆絶句した
急患がいやで気晴らしに来たなら、その往診キッドは可笑しいですがな‥‥と一生は想った
根っからの医者なのだ
だから気晴らしに来るにしても往診キッドは手放さない‥
玲香はそんな職業病の久遠に
「海ではバーベキューに興じようではないか!
苦手な食べ物はあるかえ?」
と少しは仕事を離れよ!と気を効かせて声を掛けた
「苦手なのはねぇな
腹が減ってたら蠍だって食う!
食える時に何でも食う!
それが医者の鉄則だ!」
久遠の言葉に皆唖然となった
久遠は医者の眼をして「音弥の足の調子も見てぇからな‥‥」と告げた
限界を越えた者の対処に音弥の足の調子
久遠は本気で飛鳥井の家族を心配していた
‥‥‥が、仕事中毒働きすぎなのは否めなかった
音弥は超未熟児で生まれ、成長の度合いに弊害が出始めていた
最初は股関節脱臼だった
股関節脱臼の手術を受さえすれば音弥は普通の生活が送れると想っていた
だが成長の速度にオペをした股関節が悲鳴をあげ始め激痛が音弥を苦しめ始めた
ハワイの州立小児専門病院へ入院して新しい人工股関節を入れる為に半年間ハワイへ行っていた
ハワイには玲香や真矢、京香や明日菜が順番に付き添い音弥を支えオペとリハビリを終えるまで滞在した
康太と榊原も幾度も音弥の傍に向かった
そうして迎える始めてのGWだったのだ
音弥はもう普通に歩ける様になっていた
だが超未熟児で生まれ以上は油断は出来ない
超未熟児で生まれたからと言って皆弊害が出ている訳ではない
音弥は妊娠中に母親からの栄養供給に問題があり‥‥この先も何らしかの問題が出て来るやも知れない状態は捨てきれないのだ‥‥
バスは三浦海岸の前で停まった
「降りて下さい
皆が降りて荷物も下ろしたら駐車場へ向かいます」
バスの扉を開けると玲香は子供達をバスから下ろした
辺りはまだ暗く、子供達は眠そうに歩いていた
一生は荷物を海岸まで運び込みテントを組み立てた
椅子を出してレジャーシートを広げ、段取りよく準備をする
隼人と聡一郎はテントの中に子供達を入れてバーベキューの準備をした
瑛太は瑛智の手を引き京香を気遣って海岸までやって来た
慎一は「三浦海岸は鳶が酷いので子供達はテントの中で大人は外でお願いします
食べてるモノを鳶に盗られてしまいますからね」と何故テントが必要なのかを説明した
玲香はまだ暗い空を見上げ「鳶‥‥そう言えばニュースで見た事があるわいな‥‥」と現実とかけ離れた話だと想っていたから‥‥それが現実となると不思議な感じだった
慎一が我が子とワン達を連れて海岸に来ると、まだ人の少ない砂浜にワンのリードを外した
「朝陽が昇ったら人が増えますからね
そしたら繋ぎます!
それまでは自由に走ってらっしゃい!」
慎一がそう言うとワン達は『ワン!』と吠えて走り出した
気持ち良さそうにまだ人の少ない砂浜を走り回る
ワン達の休日も始まった
水平線から朝陽が昇り始めると海がキラキラ光った
榊原は出してもらった椅子に座り爆睡だったが
「伊織、朝陽が出た」と妻の声に目を醒ました
目を醒ますと康太に
「僕‥‥手に点滴が刺さってませんでしたか?」と尋ねた
「おう!久遠が外してくれたぜ!」
「まさか‥‥点滴を打たれるとは‥‥限界越えてましたかね?」
康太はなにも言わず笑った
皆で朝陽を見た
久遠も病院以外で見る朝陽に何だか感動していた
康太は久遠の隣に立つと
「夏になったら白馬に連れて逝ってやるよ
義恭と志津子もおめぇの子供も一緒に白馬に来ると良い」と声を掛けた
久遠は「白馬?」と呟いた
「あぁ夏休みまで仕事する気じゃねぇよな?」
「病院‥‥どうするのよ?」
「応援を頼んどけ!
最低でも一週間は離さねぇかんな!」
「解った‥‥何とか段取りつけよう」
「そしたらさ、おめぇの肩の荷を一つ
下ろしてやんよ!」
「‥‥‥え?‥‥」
「おめぇの子供は既におめぇよりも未来に向かって歩いてんぜ?
んなに目を離してっと義恭と同じ後悔をする事になるぜ?」
暗に‥‥目をそらすな!逃げるんじゃねぇ!と謂われたも同然の言葉に久遠は唖然と康太を見た
「‥‥‥康太‥‥」
「来年は子供を連れて来てやれ」
「‥‥善処しよう」
「その口ぶり‥‥義恭そっくりだぜ?
んとに不器用な所ばかり似やがって‥‥」
「え?‥‥俺は母親に似て‥‥だな‥‥」
「何を言ってるかな‥‥一卵性親子じゃねぇかよ?
義恭が悔いた未来をおめぇはすんじゃねぇぞ!」
「‥‥‥あの人も‥‥こんな気持ちだったのか?」
「アイツはもっと‥‥最低な気分だったろ?
両立なんて出来ねぇ不器用な男だからな」
「‥‥‥似たくはないのだが‥‥」
「親の嫌な所程似るもんだ」
「‥‥‥なら気を付けねぇとな‥‥」
自分がして来た想いを子供にはさせたくないと想っていた
想っていたんだが‥‥
何時の間にか‥‥目を反らしていたのか?
「‥‥まだ間に合うかな?」
「遅いって事はねぇかんな
気付いた所から始めれば良い
時間は掛かるだろうけど血は誰よりも濃い
それが親子だからな‥‥」
血に勝るモノはない
康太の言葉は重かった
「なら父親参観から始めねぇとな‥‥」
久遠はごちた
康太は久遠の肩を叩いて傍を離れた
久遠はずっと後悔していた
ずっと引け目を感じていた
母が愛人だから‥日の目を当たってはいけない
そんな負い目が何処かにあって‥‥卑屈にしていたのかも知れない
そして今も‥‥我が子が怖くて‥‥近付けないでいた
敏い子供だから余計に大人のずるさを見破られそうで‥‥
怖かったのだ
志津子が我が子の様に愛を注いでくれるのを良い事に‥‥
我が子の責任を総て放棄したも同然になっていた
父親としての責任を総て志津子と義恭に押し付けていた
少し窶れた志津子を心配して義恭は志津子に贖罪するかのように傍にいた
志津子はそれが嬉しくて何時も笑っていた
我が子はそんな二人に懐き甘えていた
「‥‥距離を縮めるか‥‥」
久遠は呟いた
朝陽が昇り始めていた
辺りを照らして昇り始めていた
心まで照らし出されるかの様に‥‥朝陽は昇る
久遠は朝陽を見ていた
すると久遠の足元にドンッとぶつかる様にして抱き付く感触に、久遠は足元を見た
「せんせー」
ニコッと笑って流生は久遠に声を掛けた
飛鳥井の子は久遠の事を病院の「せんせー」と呼んでいた
「おっ!流生、元気か?」
「りゅーちゃげんきらよ!」
「そっか!大きくなったな」
久遠はしゃがみこみ流生の目線まで腰を落とした
我が子が流生位の時は離婚の協定の真っ只中だった
だから‥‥一緒にいる時間はなかった
離婚した後も‥‥仕事仕事で子供の事は見てはいなかった
親は常に不在
母が生きている時はまだ子供の面倒は見て貰っていた
だが母が他界してからは‥‥
あの子達は‥‥どうやって過ごしていたんだろう?
それさえ‥‥久遠には解らなかった
『んなに目を離してっと義恭と同じ後悔をする事になるぜ?』
父さん‥‥
貴方は後悔してるんですか?
‥‥悟に対して‥‥後悔してるんですか?
貴方は何時も身勝手な人でした
だが後悔なんて絶対にしない人だと想っていましたよ?
父さん‥‥俺は‥‥後悔してます
子供のこんな成長を見て来なかった事を‥‥
悔しくて堪りません‥‥
朝陽が上がりきると榊原は久遠にお弁当を渡した
「朝食はまだなんでしょ?
どうぞ!お昼はバーベキューです」
「その前に帰るつもりだけど‥‥」
「まぁまぁそんなに急がずに!
さぁ朝食を食べて下さい」
久遠は榊原からお弁当を手渡してもらい食べ始めた
久しぶりのちゃんとした食べ物だった
朝食をとり終えると流生が久遠の手を引いてテントの中へと入って行った
「ちょいね、して!」
添い寝‥‥それは‥‥母さんにでも頼んで欲しい
「せんせー、いっちょにねよ!」
流生は久遠に抱き着いた
久遠は流生と共に寝そべる事にした
久遠の背中に音弥が抱き付き他の子も抱き着いて来た
子供のぬくもりに‥‥久遠はいつの間にか眠りに落ちた
目が醒めると隣には流生はいなかった
テントの中には久遠一人だった
久遠は起きてテントの外に出た
ワン達と走り回る子供達の姿が目に飛び込んで来た
‥‥‥‥!!!?
何故か信じられない瞳で久遠は固まっていた
「譲さん、起きましたか?」
背後から声が聞こえて振り返ると‥‥そこには飛鳥井志津子と義恭がいた
「志津子さん‥‥義恭さん‥どうして‥‥」
久遠は同居するようになって義恭だけ父さんと呼び志津子を志津子さんと呼ぶのはおかしいと想い二人とも名前で呼ぶ様にしていた
「康太が呼んでくれたのです」
最近の志津子は生き生きとして明るくなっていた
悟が消えて以来、志津子と義恭は悟の事を口に出さないでいた
気になるだろうに‥‥
志津子は飛鳥井の女だった
飛鳥井家真贋が決めた事には逆らう事は絶対にしない
気にしているだろうに‥‥
寝ぼけた頭で考え事をしていると、拓美と拓人が久遠の傍に寄って来た
拓美は「父さん大丈夫?」と久遠を気遣った
拓人は「父さんは無理しかしないだろうけど‥‥心配してるんだよ?‥‥」
それだけは忘れないで‥‥と消え入りそうな声で伝えた
久遠は胸が熱くなった
子供達は成長してんぜ!と言った康太の言葉が脳裏に浮かぶ
あぁ‥‥本当に成長していたんだ‥‥
久遠が我が子を見ていると流生が「たきゅと、たきゅみ!」と甘えて抱き着いて来た
拓人と拓美は流生を抱き締めて「「どうしたの?りゅーちゃん?」」と尋ねた
「いにゃかったから‥‥」
心配してくれた言葉に二人は笑顔を溢した
拓人は「大丈夫だよりゅーちゃん」と言い流生を撫で
拓美は「今日は沢山遊ぶよ!後で貝殻を拾おうか!」と流生を安心させる言葉を選んで言った
久遠はその時初めて我が子が幾度も幾度も飛鳥井に行っていたんだと知った
今日顔合わせた仲の良さではない‥‥そう想える信頼関係が在った
拓美は「りゅーちゃんその前にバーベキュー食べに行こう!」とお楽しそうに、それでいてお兄さんの顔でそう言った
バーベキューに来ない拓人と拓美に焦れて和希が
「拓美、拓人、バーベキュー食べないでなに遊んでるの?」と呼びに来た
「和希、流生を今連れて行く所だよ」と拓人が説明した
和真と北斗もやって来ると「「遅いってば!お肉固くなっちゃうよ!」」と急かす様に連れに来た
その口ぶりからかなり親しいのだと感じていた
久遠は「仲良いのか?」と尋ねた
拓美が「同じクラスだし家も近いし、僕達は毎日飛鳥井にお邪魔してるんだよ」と説明した
そんな事聞いてないんですけど?
久遠は想った
子供の事を見てないないにも程がある
子供が誰と仲が良いのか?
そんな事すら知らなかった
久遠は義恭と志津子と共にテントの外に出た
外ではバーベキューの匂いが辺りを包み込んでいた
康太が久遠を見付けると
「家族サービスしろや!久遠!」と笑って言った
「うちの子は‥‥飛鳥井に良く行くのですか?」
久遠は知らなかった事を尋ねた
「毎日うちにいるぜ?
ただいま!って還って来るかんな!」
嘘‥‥病院の上にある自宅より飛鳥井へ還る我が子を想った
「‥‥俺は‥‥知らなかった
子供が‥‥和希や和真、北斗達と仲良かったのも知らなかった‥‥」
「拓美と拓人の転入手続きをしたのはオレだ!
その時に学園長に頼んで同じクラスにして貰った
なんの後ろ楯もねぇ社長の息子でもねぇ拓美と拓人が通うにはハードルが高過ぎだろうからな、引くしてやった
でねぇと上流社会の人間の多い学校では浮いた存在にしかならねぇからな」
桜林学園という学校は名士の子息でなくば入れない時代があった
その名残か‥‥一般の人間には風当たりの強い風潮が消えてなくならい傾向があるのだ
それを避ける為に敢えて康太が出て転入手続きをしたのだった
「学校の事は志津子がやる!
勉強は義恭と家庭教師がやる!
おめぇは父親として子供から絶対に目を離さねぇって事だけ心掛けとけ!
子供にとって親は絶対だ!
その絶対になって明日へと繋げる努力しろ!」
「‥‥悪かった‥‥」
「と想うなら痛い注射は射たねぇ様にしてくれ‥‥そしたら許してやんよ!」
康太はケロケロ笑ってそう言った
久遠は額に怒りマークを着けて
「それは聞けねぇ事だから却下!」とにべもなく言った
「ちぇっ‥」
久遠は笑った
そして視線を子供達に向けた
子供達は康太の子達やワン達と駆け回っていた
久遠は「あのイオリを短足にした様な犬、俺は知らねぇな‥‥最初イオリかと想ったが違うんだな」と呟いた
酷い事をサラッと謂う‥‥久遠に康太は苦笑した
「あの足の短い犬はスコティシュテリアって種類で、イオリはシュナイザーって種類の犬だ」
「犬の種類は良く解らねぇけど‥‥うちの子にも犬を買ってやろうかと想う
何が良いか相談に乗ってくれねぇか?」
「高くつくぜ?」
相談がなのか?
犬がなのか解らない‥‥
解らないが久遠は笑って
「命懸けでお前を助けるしか俺には出来る事はねぇ‥‥」
「‥‥掛け値ねぇ仕返しをされると‥‥犬はオレが用意してやんよ!って謂うしかねぇじゃねぇかよ?」
「そんな事じゃないんだけどな‥‥」
久遠はポリポリ頭を掻きながら困った顔をしていた
久遠が困った顔をしているのを見て志津子が近寄ってきた
「うちの倅は何か粗相を致しましたか?」
ならばこの命に変えても‥‥と言う瞳を向けられ康太は笑った
「久遠、母と呼ばなくて良い
おめぇの母親は鬼籍に入った存在しかいねぇからな
でもなお前の為ならば、その命擲ってでも護ろうとする存在を否定してやるな」
康太に謂われて久遠は志津子を見た
「志津子さん‥‥」
久遠は志津子の名を呼んだ
志津子はニコッと笑って
「真贋‥‥この子が何か致しましたか?」
「してねぇよ
んな命懸けの瞳で見なくても久遠に手を掛けたりはしねぇよ!」
「ならば良いのです
譲は不器用な子ですので、何かしたのではないかと‥‥」
「志津子、譲が大切か?」
「はい。大切に決まってます
譲の母にはなれませんが、譲の母上に変わって見守って行こうと想っております」
「今年の夏はお前と義恭と久遠とで白馬に来い!」
「白馬に‥‥御座いますか?」
「オレは毎年夏は白馬で過ごす
知ってんだろ?」
「はい。」
「白馬を大々的にリニューアルオープンしたんだよ
お前達が来ていた頃とはガラッと違う
野球の観戦もしてぇからな、今年の夏は向こうに行きっぱなしになる
だから連絡事項があるなら白馬に来るしかねぇんだよ」
「解りました
ならば今年の夏は涼しく過ごせそうですね」
「あぁ、節目の夏になる筈だ
お前達が重い荷物を下ろせる夏になる筈だ‥‥」
志津子は驚いた瞳を康太に向けた
久遠は志津子の肩に手を掛けた
志津子は久遠の胸に顔を埋めて‥‥肩を震わせた
義恭はそれを少し離れた所で見ていた
そして康太と目が合うと手招きされ近寄って行った
康太は義恭の手を取ると久遠と志津子を纏めて抱かせた
無言で笑って康太は、義恭の手を離してその場を離れた
歩き出した康太の横に榊原が近寄り、その肩を引き寄せた
絆が深まる瞬間を目にして榊原は「良かったですね」と声を掛けた
康太は嬉しそうに笑っていた
だが良い雰囲気もそこまでだった
「わぁーん やめちぇぇぇ!!」
そう言い流生が走り回っていた
その後ろをワン達が吠えて助けようとしていた
流生はバーベキューのお肉を手にして走り回っていた
その頭上を鳶が狙って旋回していた
榊原は流生の傍へと急いだ
流生はベシャッと砂浜に倒れた
その手のお肉は‥‥
鳶が咥えて行ってしまった
「流生大丈夫ですか?
だからお肉をテントの外で食べたらダメだと言ったでしょう?」
「とぅちゃぁぁぁ」
流生は泣いた
榊原は流生を起こした
流生は膝を割れた貝殻で切って血を流していた
「わぁん‥‥とぅちゃぎょめんにゃちゃい」
「流生‥‥痛いですか?」
「りゅーちゃ‥‥ぎゃまんれきる!」
流生がそう言うと、久遠が駆けつけて手早く手当てを始めた
ミネラルウォーターで膝を洗って怪我を見る
「貝殻で切っただけだ
取り敢えず消毒して手当てをする事にする」
「久遠先生すみませんでした」
「テレビとかで見て知ってたけど本当に鳶に襲われるんだな‥‥此処‥‥」
「はい。だからテントの中で食べる様に言ったのですが‥‥」
動きたい盛りの子供にとってテントの中にいろと謂うのは酷な事なのかも知れない
久遠は膝に包帯を巻いて手当てを終わらせた
流生はもう泣いてはいなかった
手当てを終えると流生は「せんせーあいがと!」とペコッと頭を下げて礼を言った
「うし!良い子だ!」
久遠は流生の頭を撫でた
流生はニコッと笑って心配そうな顔をしている兄弟の元へと早足で歩いて行った
久遠は榊原に「今日はありがとう」と礼を述べた
「康太のお節介ですから、何時もの事です
お気になさらなくても宜しいですよ?」
「俺は‥‥逃げていたのかも知れねぇ‥‥
嫌‥‥逃げてたんだよ
仕事をしてれば免罪符になると想わんばかりに仕事に没頭して家族を省みていなかった
このままだと後悔する所だった」
「僕もね久遠先生‥‥逃げてしまいたい時はありますよ‥‥」
「え‥‥‥」
榊原伊織にも逃げたい事があると言うのか?
信じられない想いだった
「うちの子は賢いですからね
薄々は己の親の事を気付いて来ていると想います
康太は初等部に入学する年に総てを話すと言っています
その時‥‥我が子として生きて来た子達にどんな瞳を向けられるかと想うと‥‥僕は怖くて堪りません‥‥」
「話すと謂うのか?
このままじゃ‥‥ダメなのか?」
「人の口から聞かされ知るよりは親だと想っていた者の口から告げるべきだと‥‥謂うのです」
あぁ‥‥口かさのない輩が有る事ない事耳に入れる前に‥‥真実を教えると謂うのか‥‥
それもまた‥‥苦悩に満ちた話だ
久遠は辛そうに榊原を見た
榊原は「久遠先生が気にする話ではないですよ?」と言い
「あぁ‥‥僕が弱音を吐いたせいですね‥」と謝った
「病気や怪我なら専門分野なんだけどな‥‥」
「久遠先生には病気を治して貰ってるじゃないですか
それだけで助かってます
先生、これからも宜しくお願いします」
「夏になったら‥‥いいや今は止めておこう」
「そうですね‥‥」
榊原はそう言い笑った
夕陽が上る時間まで三浦海岸にいた
夕陽を見届けてバスに乗り込み本日のメインイベント【鰻】を食べる為にバスに乗り込んだ
そこまでは邪魔だろうと帰ろうとする久遠や義恭、志津子もバスに押込み
慎一は清隆行きつけの鰻屋へと向かった
料亭の様な佇まいをした鰻屋の前にバスは停まった
バスが停まると店内から女将がでむかえてくれた
「清隆様、今日は貸しきりにしました
心置きなくお過ごし下さいませ!」
女将は飛鳥井家御一行様を店内の座敷に案内した
義恭は「わしらも一緒で宜しいのか?」と想わず尋ねた
それに玲香が答えた
「気にするでない
一人や二人増えようとも誰も気になどせぬ
それよりも飲もうぞ志津子!
義恭は清隆や清四郎と飲むとよい!」
気にするなと謂われ座席に座る
久遠の子供の拓美と拓人は初めて入るお店に緊張した顔をしていた
榊原は二人に「そんなに緊張しなくても良いですよ。美味しい鰻を皆で楽しく食べるだけですからね!
飛鳥井の食卓で食べてると想えば良いのです」と緊張を解すアドバイスをした
その言葉から相当飛鳥井に行っているのだと伺えられた
拓人は「飛鳥井のうちのご飯は美味しいよ」と嬉しそうに言い
拓美も「慎一君と伊織さんは料理上手ですよね」と楽しそうに言った
久遠は「そんなに飛鳥井に行ってるのですか?」と慎一に尋ねた
「ええ。『ただいま。』と還る位に、ですね」
「迷惑なら言って下さい」
「拓美と拓人は康太の子の家庭教師をしているのです
ですから毎日飛鳥井に来て当然と謂えば当然なんです
ですから気になさらずとも良いですよ久遠先生」
「え?家庭教師‥‥ですか?」
「あの双子は賢い
自分の置かれた立場を誰よりも理解している
学校に関する費用は無論、行事関係もあの双子の事は康太か伊織が出ているのです
あの子達はそれを知って少しでも自分に出来る事を考えて家庭教師を申し出たのです
まぁ康太は断りました
お前達に枷を着ける為にしてる訳じゃねぇ!と言って説明もしました
それでも何もしないのは嫌だ!と申され、なら子供の勉強を和希や和真、北斗と一緒に教えてくれと申されたのです」
知らない事ばかりだった
桜林に通う子供達を不思議に想った事はある
あの学校は特殊で一般の生徒には門は開かれてはいないのだ
最近は成績優秀な生徒には特待生としての席は有ると謂うが‥‥
上流社会の人間と一般家庭の人間との格差は大きい‥‥
桜林から医大へと行った生徒に聞いた事もある
ただ桜林を出ればOBとしてネットワークは凄い
失業したと解ると桜林のOBの誰か彼かから声が掛かる
僕は桜林のOBから呼び寄せられてこの病院に来たのです
それを聞いた時、自分の息子達が桜林に通うのは無理だろうと想った
だが蓋を開けてみれば‥‥
我が息子達は桜林に通い始めていた
志津子か義恭がやってくれたのかと想っていたが‥‥康太自ら動いてくれたのだと今更ながらに知った
「何だか‥‥知らない事ばかりだな‥‥」
久遠はボヤいた
すると「仕方ないよ父さんは僕達をあんまり見なかったからね‥‥」と拓美が辛辣な言葉を投げ掛けた
拓人は「ならさ父さんは知らないんだろうね‥‥母さんが‥‥親権を要求して来た事なんて‥‥」と困った顔でそう伝えた
「え?‥‥知らないけど?」
「康太君が総てを片付けてくれたんだ
でなきゃ‥僕達‥‥この生活を終わらせた母さんの顔を死んでも見たくなる所だった」
「‥‥‥それは‥‥片付いたのか?」
「ん‥‥全部、康太君が片付けてくれたんだよ」
「そうか‥‥」
拓人はは今なら話せると重い口を開いた
「あのね僕ね弁護士になろうと想うんだ」
「え?医師じゃないのか?拓人」
「拓美が医者になるよ
父さんの跡を継ぐのは拓美の方が適任だよ
僕は父さんや拓美が継ぐ病院を護る弁護士になろうと想うんだ」
「‥‥そうか‥‥父さんは‥‥お前達が己の意思で選んだ道ならば応援する
だから今から将来の事を決めなくても良い
どんな道に逝こうとも‥‥お前達が後悔しないのなら‥‥康太は何も言わねぇ筈だ』
「知ってるよ父さん」
「‥‥お前‥‥まだ子供でも良いんだぞ?」
「何言ってるかな父さんは‥‥
僕はまだ子供だよ?ねぇ拓美」
「酔ってるんだよ
そっとしといてやろうよ拓人」
「そうだね!」
二人は笑って久遠の傍を離れた
そして和希と和真、北斗の傍に行き何やら話して笑っていた
その顔は子供らしい顔だった
久遠は何時までもその顔を見ていた
美味しい鰻を食べて飛鳥井の家に戻って宴会の続きに突入する
その頃には久遠は眠りに落ちてしまっていた
慎一は久遠を担ぎ上げると客間に寝かせた
そして子供達もその横に寝かせた
離れがたい和希、和真、北斗とも一緒にお布団に入りたわいもない話をした
そして‥‥知らないうちに‥‥眠りに落ちた
気持ちの良い眠りだった
朝、ベロベロ顔を舐められる感触に目を醒ますと‥‥‥
足の短い方の犬にベロベロされていた
「うわぁ!」
想わず叫ぶと「せんせーおきたぁ?」と流生が覗き込んでいた
せんせー!と翔、太陽、大空、音弥、烈も久遠を覗き込んでいた
「流生‥‥翔、太陽、大空、音弥、烈おはよう」
取り敢えず久遠はご挨拶をした
翔が「せんせーあさをたべましょう!」と礼儀正しく言葉にした
「あ‥‥今起きる」
久遠が起きると音弥がお客様用の歯ブラシと歯みがき粉を手渡して
「こっちでしゅ!」とご案内
洗面所に行き歯を磨き顔を洗うと、太陽が真新しいタオルを久遠に手渡した
「ありがとうな太陽」
「あい!ひにゃぎゃんびゃっちぇる!」
太陽が謂うと流生が久遠の手を引いてキッチンへと向かう
「かぁちゃ!ちゅれてきた!」
「うし!良い子だ!」
康太が流生を撫でると音弥が
「おとたん ばぶらちわたちたにょ!」と言い
太陽が「ひなはたおりゅ わたちたにょ!」と頑張りをあぴーるした
康太は一人一人誉めてやった
「翔もご苦労だったな」
「あい!」
翔は嬉しそうに笑っていた
久遠が食卓に腰掛けると義恭と志津子と朝食を取っていた
「何時寝たんです?
父さん母さん達は?」
と久遠は二人に声を掛けた
志津子は驚いた顔をした後に嬉しそうに笑って
「寝てないわよ譲」と答えた
「‥‥‥お元気そうですね‥‥お二人とも
なら父さんは診察に出て戦力になって下さい!」
「良いのか?老兵は去れじゃないのか?」
「医者不足なんですよ!
使えるものなら親だって使ってやります
と言う事で今日から戦力になってくれ!
義母さんも良いですか?」
「良いわよ!
どんどんこきつかってあげなさい
本当は出たくて仕方がなかったのよ
でも身勝手に出て行った以上合わせる顔がなかったのよ」
「そんな繊細なタマじゃないでしょうが!」
「そうかしら?」
「そうですよ!」
志津子は笑っていた
久遠も笑っていた
二人の仲は少しだけ縮まって行った
そして義恭も笑っていた
拓人と拓美はそれがとても嬉しかった
大切な何かを手に入れた
そんな想いをさせてくれた
康太はワン達を撫でながら絆が深まった久遠達を見送った
榊原は康太の手の甲に接吻けを落として
「僕は君を愛して本当に良かったです」と言葉を贈った
「オレもお前を愛して良かったと想っているぜ!」
「康太‥‥僕はね、子供達との絆は揺るがないと想っています
僕達の‥‥絆は‥‥揺るぎない‥‥
そう想っているのです‥‥が、不安な想いは心の何処かに消えてはくれずに在りました‥」
「オレだって不安な気持ちはあるぜ‥‥
だけどくちかせない大人がアイツ等に知らせてしまう位ならば、オレの口で伝えようと想っている
それがアイツ等を育てた責任だからな」
「‥‥康太‥‥」
「オレだって怖い‥‥
アイツ等の瞳が軽蔑の色を落としたら‥‥とか、恨んだ瞳をされたらとか‥‥
想ったらキリがねぇよ」
「それでも‥‥逝かねばならないのですね」
「永久に留まってはいられねぇからな‥‥」
康太は榊原の胸に顔を埋め
「だが今は‥‥楽しかった時間の余韻に浸っていようぜ」
「ですね‥‥楽しかったですね」
「また逝こうぜ伊織」
「ええ‥‥次は白馬ですね」
「沢山遊びに連れて逝こう‥‥
沢山一緒の時間を過ごそう‥‥」
「ええ‥許される限り‥‥共に過ごしましょう」
そして許されなくなったら、ずっと見守って逝きましょうね
康太は瞳を閉じた
願わくば‥‥‥
あの子達の瞳に‥‥
ずっと映っていられます様に‥‥
コオとイオリも寄り添い身を寄せあっていた
ガルはそんな二匹に寄り添って眠っていた
想いは同じだった
願わくば‥‥
ご主人達を想い
我が身を想う
ずっとずーっと一緒にいさせて下さい
皆の想いをより強くしてGWは終わりを告げた
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