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第73話 想い
安西力哉は白馬に来ていた
レースに出る馬の書類の不備を訂正すべく白馬にいる藍崎の所まで足を運んでいた
藍崎は「力哉、良く来たね」と喜んでくれた
「一樹さん書類に不備を見付けたので、確認お願いします」
「解ってるよ!
それよりこっち来て!」
と藍崎は力哉の手を引いて厩舎横の事務所へと連れて行った
ソファーに座りお茶を用意して
「昨日ね馬の見学に来た園児達からお菓子を戴いてね、食べて行ってよ
園の子達で作ったらしいんだよ
バザーとかに出したら即完売の商品らしいよ!
」
と言いお茶菓子を力哉に差し出した
「園って星ちゃんと悟さんとこの?」
「そうそう!」
「えっと‥‥‥どうなの?(あの二人)‥‥」
力哉は言葉を濁して問い掛けた
「園は100人の定員の所、500人が入園テストに来て、選考が大変だったよ
康太君が面接に来て全員合格は無理だけど紹介状なら渡せると言い、紹介状を配って何とか引き取って貰った程だったよ
あの幼稚園は県内でも特殊だからね‥‥成績が良いだけでは入れないんだよ
将来有望なアスリートを育てる基礎を育む場所となるからね
既に来年度の申し込みは殺到しているって謂うから‥‥大変だと想うよ」
藍崎はお茶を啜りながらそう言った
力哉は「‥‥凄い事になってるんだね」と驚いていた
「まぁ飛鳥井家真贋が理事に名を連ねているとなれば‥‥目の色を変える輩は多いって事だよ
面接の時なんか康太君に『会社の顧問になってください!』だとか『経営を管理して下さい!』だとか『うちの会社は潰れたりしませんよね?』と目的外の騒動もあっりして結構大変だったよ
そりゃ‥‥飛鳥井家真贋に果てを見て貰ったとお墨付きを貰えば100年は安泰だからね
目の色を変えるのは解るけど‥‥凄かったな」
藍崎は当時を思い出して苦笑した
力哉はそんな事があったことも知らなかった
飛鳥井家真贋
その名は政界財界に轟き名を馳せている
飛鳥井家真贋が視てくれたとなるも100年先の保証を得たも同然だと謂われ、取引の可否を深めた
力哉は真贋のスケジュールも管理していた時期があるから‥‥誰よりも真贋を利用する人間を見て来た
心配そうな顔をする力哉に藍崎は
「力哉君、後で保育園に行かない?」と話を持ちかけた
「保育園?」
「そう!星ちゃんと悟君がやってる保育園
あの二人を見て康太君に近況を教えてやりなよ!
きっと喜ぶと想うよ」
力哉達が還って直ぐに星と高嶺は家を出て行った
康太があの二人の進むべき道を示したから‥‥出て行ったのだろう‥‥位にしか想っていなかった
なんたってあの二人とは一緒にいる時間が短すぎたのだから‥‥
でも康太が喜んでくれるのなら‥‥
その想いで力哉は幼稚園に逝く事にした
幼稚園に向かうと藍崎は笑って「多分ビックリするだろうね!」と行った
何がビックリなのか?
力哉には解らなかった
だが幼稚園へ行って直ぐにその規模の違う大きさに‥‥力哉は言葉もなかった
星と悟が経営している幼稚園は何処か桜林の校舎に似た鉄筋五階建ての建物だった
校舎の横には校舎よりも大きい体育館があり‥‥
その裏手にはスキー場が併設されていた
グランド奥には厩舎もあり育てるのはアスリートだけではない
明日の騎手を育てる礎を叩き込む
藍崎は「この幼稚園の横には独立リーグのグランドがあるんだよ
新庄高嶺がそこのコーチをしててね
奥さんの亜希さんとお子さんもこの近くに住んでるんだよ」と説明した
力哉は「高嶺‥‥此処にいるの?」と初耳だったのか驚愕の瞳を藍崎に向けた
「高嶺は康太の持ち家に住んでるよ
シーズンが終わると強化合宿でこっちが拠点になっているからね」
「‥‥知らなかった」
力哉が驚いていると「力哉さん?」と声が掛かった
振り向くとそこには陽に焼けた新庄高嶺が立っていた
「高嶺君‥‥」
飛鳥井の家を出て逝く前はもっと細かったと思う
今はもっと骨格が確りして陽に焼けて精悍さに磨きを掛けていた
「仕事ですか?」
「ええ。今月末にパドックに入る馬の書類に不備を見付けたので来ました」
「力哉さん改めて紹介します
妻の亜希と子供の多嘉良(けい)です」
高嶺は我が子を力哉に渡した
力哉は多嘉良を抱っこすると微笑みながら多嘉良を見た
「お母さんとお父さんの良いところ盗りしてるね、可愛いよぉとっても!」
力哉は多嘉良にスリスリした
亜希は笑ってその姿を見ていた
そして「多嘉良はね人見知りが凄いのよ!
初めて抱っこされて泣かなかったのは康太君と力哉さんだけなのよ!」と凄い!と喜んでいた
「そうなの?
人見知りしそうに見えないんだけどね」
力哉はそう言い頬を撫でた
高嶺は「力哉さんこの後はどうなさるんですか?」と問い掛けた
「僕はこれから星君と悟さんに逢いに逝くんだよ!」と答えた
高嶺は「なら俺もご一緒して宜しいですか?」と同行を申し込んだ
「良いよ!もう少し抱っこしてて良い?」
「ええ。お帰りになるまで抱っこしてて下さい」
『え?良いの?僕なんか何処の馬の骨か解らない様な奴が抱っこしてるの嫌じゃない?」
力哉が謂うと亜希がガハハッと笑った
「何を謂うかと想ったら!
重くてさ、抱っこしてくれる存在は大切なんですよ!
あー!肩凝ったわ!」
亜希はそう言うと肩をクルクル回した
高嶺は「力哉さん、時々子守りに来て下さい!
も少し大きくなったら横浜までお泊まりに連れて行って構いません!
亜希、力哉さんが優しい人で良かったね」と言い力哉は苦笑した
力哉は多嘉良を抱っこしたまま星と悟の幼稚園へと向かった
藍崎が先に事務所へと話を通して、その後園長室へと招かれた
悟は子供を抱っこしてきた力哉に
「力哉君って子持ちだったっけ?」と問い掛けた
力哉は慌てて「違うよ!高嶺君と亜希さんの子供だよぉ!」と言い訳をした
悟は穏やかに笑っていた
少し肉を着けて陽に焼けて健康的だった
星はまるで体操のお兄さんばりの爽やかさで精悍な顔はやはり城ノ内を思い出させた
力哉は改めて「悟さん星君、こんにちは」とご挨拶した
悟は「逢いたかったよ力哉君!」と言い立ち上がると力哉を抱き締めた
「悟さん‥‥僕も逢いたかったです‥‥」
「君には‥‥病院の手配ばかりさせてたもんね」
「そんなの‥‥貴方が生きててくれれば‥‥」
力哉は言葉を詰まらせ涙した
悟は笑って「あのね力哉君、君のその経営にずば抜けた頭脳を貸して欲しいんだけど?」と瞳を輝かせ言った
すると星が「力哉さん手を貸さなくて良いですよ!彼はケチなんです!
何でもかんでもダメだと謂うんですから!」
と文句を言った
すると悟はムキになって
「違うよ!君が無茶な事ばかり謂うからいけないんじゃないか!」も文句を言った
力哉は収拾が着かないと踏んで
「解りました!
では収支と概要を出してく下さい
その上で無謀か妥当か決めさせて戴きます!」と言った
渡りに船だと悟は種類とPCを力哉に見せた
力哉は園長の椅子を「退いて下さい!」と言い退けるとそこに座った
多嘉良を抱っこしたまま力哉は物凄いスピードで書類を見てPCを操作していた
高嶺は「‥‥邪魔じゃないですか?」と慌てて問い掛けた
だがスイッチが入った力哉は「黙ってて!」と謂うと没頭して打開策を探っていた
悟は来客用のソファーに座るとお茶の準備を頼んだ
「高嶺君、座りなよ
力哉は仕事に没頭すると怖いからね
邪魔しない様にしようね!」
と言い運ばれて来たお茶に口をつけた
星も不貞腐れた顔でお茶を飲み始めた
亜希もソファーに座ると星に
「うちの子ね騎手にしたいのよ!
飛鳥井専属の騎手にさせたいみたいなのよ!」
と既に星と悟の幼稚園に入れる事を考えていると告げた
悟は「え?騎手?ご主人の様な野球選手じゃないんですか?」と問い掛けた
「高嶺ね、野球選手になれなかったら騎手になりたかったそうなのよ!」
「それは良い!
でも何になりたいかは子供が決めれば良いんです
数年後には桜林学園の姉妹校が白馬に出来る予定なんですよ
この幼稚園を卒園した子供が専門の指導員の元で本格的な教育を受けエスカレート式に大学まで進む
今いる子供が卒園する頃を目処に出来るそうなんです」
悟はサラッとそう言った
高嶺は「亜希‥‥」と妻の名前を呼んだ
呑気な会話がなされる中、力哉は妥協点を見付けて手を止めた
「解りました!
こうしてみては如何ですか?」
力哉は二人が歩み寄れる妥協点を叩きだし説明を始めた
悟は「流石力哉君」と誉めまくり
星は「盲点でした‥‥そんな妥協点があったのですね!」と感動していた
力哉は一仕事終えてホッと一息
手の中でスヤスヤ眠る多嘉良を見て笑みが零れた
高嶺は力哉に「力哉さん、うちの球団も貧乏で妥協点を探しだすのに一苦労なんです!
お暇な時にでも顔だして妥協点を探って下さいませんか?
勿論、タダでとは言いません!
好きなだけ多嘉良を連れて行って構いません!
頼めませんか?」
魅力的な話に力哉は「狡いなぁ高嶺君は‥‥」とボヤいた
「高嶺で構いません!
俺も力哉と呼び捨てして良いですか?」
「構わないよ!」
力哉が謂うと星も「なら僕も!力哉と呼んで良いですか?」と便乗した
「良いよ星!」
力哉が謂うと星は嬉しそうだった
悟は力哉に
「ねぇ力哉‥‥あの人達‥‥どうしてる?」と問い掛けた
「‥‥皆、悟がどうしているか気にしてるよ
康太の手前聞けないでいるけどね‥‥
久遠先生なんて僕が白馬に行ったと謂うと
『アイツには逢いませんでしたか?』と必ず聞くんだよ
答える材料は持ち合わせてなかったからなにも言えなかったけどね‥‥
康太は‥‥何も謂わないからね‥‥
余計‥‥僕や康太の仲間達から何か聞けたら‥‥と想ってるみたいだよ」
「そうですか‥‥心配ばかりかけた愚かな息子だからね
だから中々逢わせる顔はないし、甘えたらやはりダメになりそうでね‥‥」
中々連絡が取れなかった‥‥と悟は呟いた
星も「‥‥兄、元気でやってますか?」と問い掛けた
「元気だよ‥‥この前流生に飛び蹴りかましてた
でも流生も慣れたモノで飛び蹴りの来るタイミングを掴んで避けるからさ足を骨折しちゃったから元気だよって謂えるか‥‥解らないけどね」
飛び蹴り‥‥あの人は何してんだ?
「骨折って‥まだ入院してるのですか?」
「‥‥‥骨折した足に落書きされまくって‥‥やってられるか!と強引に退院して、今は家にいるみたいだよ
康太に笑われて煮干し食べまくって骨を丈夫にすると息巻いてたな‥‥」
「兄さんらしくて‥‥笑いすぎて‥‥涙が出ちゃうよ‥‥」
星はそう言い涙を拭った
「力哉、もし兄さんに逢ったら‥‥
もう大丈夫だって伝えておいて‥‥」
「嫌だよ、それは自分で謂わないとダメだと想うよ!
もし一人じゃ行けないのなら一緒に行ってあげるから‥‥」
「‥‥力哉‥‥」
「僕はね愛人の息子で母を早くに亡くしてからは父に引き取られて祖父に教育されてロボットの様に心を殺して生きて来たんだ
兄と姉がいたが‥‥僕はあの人達を兄弟だとは想えなかった‥‥
この世でただ一人‥‥何時か僕を罰してくれる人を待ちながら生きていた
僕は戸浪に牙を剥いた日に抹殺されるべき人間だったんです
それを救ってくれたのは飛鳥井康太でした
彼は僕に生きて逝くと謂う事を教えてくれました
家族の縁の薄い僕が初めて知った世界でした
戸浪の家を出ての方が‥‥どういう訳か兄さんと話す機会が増えました
兄は僕の事を『弟』だと言ってくれます
僕は家を出て初めて‥‥同じ血を受け継いでいるんだと想いました
その時初めて家族の重さを理解した
だからさ星、君は自分の口で謂わないとダメだと想うんだ
僕も言ったよ
兄さんと出逢えて良かった‥‥ってね
この世に同じ血を受け継いでいる人がいる
それだけで僕は救われた‥‥
だから君も救われなきゃ‥‥ね。」
「力哉‥‥辛い事を謂わせてごめん‥‥」
「辛くないと言えば嘘になるけど‥‥
それも僕の中の総てだから‥‥
あの時間があったから‥‥僕は今此処に立っていられるんだと想うんだ
だから星も悟も高嶺も‥‥あの時間があったからこそ君達は今此処にいるんだよ
だから“今”の時間を大切に過ごして下さい
悔いのない時間を送って下さい」
力哉はそう言いペコッと頭を下げた
星は力哉に「なら伝言を頼めるかな?」と覚悟を決めた瞳をして口を開いた
「良いよ!」
「兄さんにもう少し待ってて下さい、そしたら必ず逢いに行きます!と伝えて下さい」
「解った!必ず伝えるよ」
力哉が謂うと悟も「力哉、僕も伝言良いかな?」と申し出た
「良いよ‥‥必ず伝えるから‥‥」
「もう少し‥‥待ってて下さい!そしたら僕も必ず元気な顔を見せに行きます!と悟が言っていたと伝えて下さい!」
「解った!久遠先生喜ぶだろうな‥‥」
「譲はさ気にしすぎなんだよ‥‥
でも僕は彼に救われている
彼が‥‥子を成してくれている事に僕は役目を終えた気分になっていたんだ
今は違うよ!
僕はこの幼稚園を管理しないとダメだからね
役目を終えようなんて想っていない
『死』は僕にとっての救いではなくなっているんだ‥‥」
悟の言葉に星は頷いていた
黙って座っていた藍崎が
「ねぇ僕んちにおいでよ!
ご飯食べよう!」と一緒に夕飯を食べよう!と申し出た
力哉は「お邪魔じゃない?」と遠慮した
「大勢でご飯食べた方が美味しいんだよね亜希!」
と、何故か藍崎は亜希にふった
亜希は「そうそう!朝倉は料理上手だからな
ご飯も進むってもんだよな!」
とガハハッと笑った
高嶺は「亜希‥‥少し遠慮しようよ!」と想わず言った
???と力哉は高嶺を見た
すると高嶺は罰の悪い顔をして
「妊娠中、料理が出来ない亜希を気遣ってイッキさんがご飯を食べさせてくれてたんです
子供を産んだ今も時々、イッキさんちに行ってはご飯を食べてるんです」と説明した
藍崎は「あの人は料理が好きだから美味しいって食べてくれなら腕を奮っちゃうんだよ」と優しい笑みを浮かべて言った
藍崎は携帯を取り出すと「カズくん?今日ね力哉が来てるんだよ!
でね星も悟も高嶺も亜希もいてね
皆でご飯食べに行っても大丈夫かな?」と事情を説明した
電話の向こうで朝倉は笑っていた
『構いませんよ
なら腕を奮いましょう
君は何か食べたいモノはありませんか?』
「僕はカズ君が作るモノなら何でも好きだよ」
藍崎が謂うと力哉は「惚気だぁ!」と言い笑った
亜希は慣れてるのか気にもしてなかった
皆で藍崎の家へと出向き朝倉の料理を食べた
力哉はずっと多嘉良を抱っこしていた
高嶺は「多嘉良の名前は康太が着けてくれたのです!」と力哉に説明した
多嘉良と漢字を書き
「けいと呼ばせて多嘉良と書きます
康太が生まれ来る子はお前達二人の宝となる子だ!と着けてくれたのです」
「多嘉良、こんな字を書くんだ
二人を繋ぎ止めたのはこの子だもん
きっとこれからも二人を支えて宝の様に輝き続けてくれるよ!」
力哉は腕にした子の額に口吻けを落とした
「君の行く道が輝かしい光で満ちています様に‥‥」
願いを込めて言葉にした
高嶺は嬉しそうに笑っていた
亜希は「これ美味しいな!でも吐きそうだぜ!」と不思議な事を口にしていた
力哉は「二人目いるの?」と問い掛けた
亜希は「いねぇだろ?」と不思議そうな顔をして答えた
力哉はいやいや!と言い
「それって悪阻だよね?」と食いついた
朝倉は「なら明日、街まで行って検査してくれば良いです!
力哉、その子明日見てて下さいませんか?」と段取りした
「良いよ!明日の夜迎えが来るから、それまでなら見てるよ」
「一生さんですか?」
「違うよ!康太だよ!」
力哉が謂うと朝倉は表情を強張らせ‥‥
「喧嘩しましたか?」と問い掛けた
力哉は慌てて
「喧嘩してないよ!
僕は仕事で来てるんだよ
藍崎に書類の訂正が終わったら康太が馬の調整確認に来る手筈なんだよ」
と説明した
「そうでしたか、それは失礼しました」
「そもそも僕は彼とは喧嘩しないよ
あの人‥自分が悪くなくても謝るんだもの
喧嘩にはなれないよ‥‥怒ってる方がバカみたいに想えちゃうんだもん
康太が相手だと食い下がるのにさ‥‥僕が相手だと謝り倒す‥‥この違いには納得は行かないけど仕方ない
彼は忠犬ハチ公だもんね」
朝倉も藍崎も爆笑した
亜希は「それは良く解るわ!」と身を乗り出した
「高嶺もそうなんだよ!
自分が悪くなくても謝るんだよ!
どう考えても私の方が理不尽な事を言ってても、不愉快な想いをさせた‥‥って謝るんだよね
チーム相手には食い下がるのにさ‥‥この違いには納得は行かないんだよね」
少し酔ったのか亜希は愚痴った
高嶺は「亜希‥‥酔ってる?」と目が座っているのに気付いて慌てた
力哉は「それでも愛しているんでしょ?」と問い掛けた
亜希は「あぁ、愛してるさ!誰よりも!」と惜しみもなく愛の言葉を口にした
高嶺は顔を赤らめた
藍崎は「御馳走様!」と笑っていた
夜も更けて力哉はホテルへと帰る事にした
高嶺と亜希は我が子を連れて自宅へと帰って行った
力哉は星と悟に「今夜はうちに止まりなよ!」と誘われ泊まる事にした
星と悟の住んでる家は力哉と一生と北斗が住んでいた家だった
藍崎と朝倉の家から然程離れていない距離に、二人の家は建っていた
懐かしい想いが脳裏を過る
康太から離れて過ごした日々は辛く悲しい日々だった
星は「懐かしいでしょ?そんなに手は加えてないんだよ」と言い玄関の鍵を開けた
家の中はあの日も変わってはいなかった
男二人の家なのに綺麗に磨きあげられた廊下や片付けられた部屋が二人の几帳面さを伺わせた
リビングに通されソファーに座ると悟が飲み物をテーブルに置いた
悟は「康太、元気?」と一番聞きたかった言葉を口にした
「あんまり体調は良くないかな‥‥
彼の場合、年々命を削って生きてる様なモノだもの‥‥」
力哉の言葉に悟は言葉もなかった
死にたけて仕方かがなかった頃の自分なら‥‥
羨ましいと想ったかも知れないが、今はそうじゃない‥‥
「そうか‥‥心配かけちゃったからな‥‥
僕が死のうとするたびに力も使わせてしまったからな‥‥」
「ねぇ悟、君は本当に変わったね」
精気のある顔
将来を見据えた輝ける瞳
作り笑顔ではない笑み
そして何より‥‥痩せ細って病人の様だった体躯に肉が付き陽に焼けた健康的な容姿は別人の様だった
悟は力哉に静かに語った
「白馬に来たばかりの頃は‥‥まだダメな奴だった
死に囚われて‥‥楽な方に進もうとしていた
だけどね星がね『貴方が死ぬと謂うのなら僕も死ぬ!僕だってずっと死にたかったんです!
この道を敷いてくれた飛鳥井康太には悪いですが、もう終わらせましょう!』としれっと謂うからさ‥‥死ねなかったんだ
しかも生きてるなら仕事しろ!と煩く謂うから‥‥仕事しまくったよ
二人で作り上げる以上は妥協はしたくない!
ある程度のビジョンは提示されていたが、人が画いた絵図には乗りたくない!と二人でビジョンを描き現実へと近付けて逝った
そして現実にスタートを切ったら毎日が戦場で現実に生きていくしかなかった
僕は経営、星は現場
二人の意見は重ならなくて喧嘩もした
でも喧嘩してても片付かないから妥協して折れる事もした
子を預かる以上は細心の注意も必要だし
公立の幼稚園ならでは取り組みを保護者に理解させるのも一苦労だった
そうして一つずつ一つずつ二人で乗り越えて来た
今日みたいに喧嘩する事も多々とあるし腹も立つけど、それは二人共通の果ての為には必要な事だと想える様になって来た
スタッフも保母も増えてカタチになって来た僕達の幼稚園を大切に想う
預かっている子は本当に可愛いし‥‥
始めた頃‥‥僕の包帯だらけの手を見た園児が痛いだろうからって包帯に絵を描いてくれたんだ
『ちぇんちぇーはやきゅなおりまちゅように!』って言って泣いてくれたんだ
頬を張り飛ばされた衝撃だったよ
その時やっと僕は目を醒ましたのかも知れない
長い長い夢から‥‥やっと目を醒ましたんだ」
悟の言葉に力哉は泣いていた
星も「僕もね、同じだよ‥‥幼稚園の子達に救われている
花音と共に作る幼稚園が夢だったからね
花音はもういないけど‥‥僕はその意思を受け継いで行こうと想うんだ」と心からの言葉を告げた
力哉は「良かった‥‥本当に良かった‥‥」と言い泣きじゃった
力哉は星と悟を抱き締めて
「死ななくて良かった‥‥」と伝えた
悟は「うん。僕もそう想う‥‥」と言い笑った
その瞳から‥‥涙が溢れだし‥‥頬を濡らした
「力哉‥‥何時か僕は‥‥親のない子を引き取り育てようと想うんだ
その子に総てを託して‥悔いのない人生を終えるつもりだよ」
「悟‥‥」
「魂は受け継がれ果てへと続く
康太が教えてくれた事だから、僕も僕達の魂を受け継いでくれる子を育てて果てへと繋げようと想うんだ
まぁ星はまだ若いから‥‥何時か誰かを愛して‥‥家族を作って欲しい願いはある‥‥」
悟が謂うと星は悟の背中をバシッと叩いて
「僕だけ結婚させるのは狡いってば!
悟だってまだ若いじゃんか!」と文句を言った
悟は「僕は飛び降りた衝撃で脊椎を損傷して男としては役には立たないので‥‥仕方ないでしょ?」と困った顔で言った
星は「悟、老後は僕が面倒見てあげるって何時も言ってるでしょ?
僕はこの先誰かと結婚するかは解らない
結婚する気がなくても出逢った瞬間その想いが狂う時があるかも知れない
だけど僕は誰よりも大切な悟を一人にしないと誓うよ!
何時までも家族でいようよ悟」
「星‥‥」
「でもね多分僕はもう結婚する事はないと想う
‥‥愛した人を失う想いはしたくないからね‥‥結婚はしない
だからさ身寄りのない子を育てるなら二人で育てようよ!」
「君は本当に手のかかる弟だな‥‥」
悟はそう言い目頭を押さえた
二人は身を寄せ合い共に生きて来たのだ
同じ傷を持つ者同士
痛み間に耐えて生きて来たのだ
悟は「星、君のお兄さんの城ノ内優は昔から康太の関係で知ってるんだよ
今の君‥‥本当に優に似て来たね
最近本当にそれを感じるよ」と懐かしそうに言葉にした
星は驚いた顔で悟を見ていた
「優が高校の頃かなりヤバい暴走族だった頃から僕は知っている」
「暴走族?
あの‥‥それって兄の事ですか?」
「え?知らないの?
あの髪だよ?暴走族してるのかな?位は想像出来なかった?」
「兄は小学校の頃から髪を立てたり、中学の頃は金髪で高校の頃は鬣が出来てましたから‥‥反抗期なのかと‥‥」
小学校の頃から髪を立てたり‥‥の言葉に悟は絶句した
力哉は爆笑した
一頻り笑って星は「逢いたいなぁ‥‥」と呟いた
悟も「逢いたいな‥‥」苦しめたあの人達に‥‥と想った
想いは現実を紡ぎだし‥‥
時を進める
動き出した時は今を刻んでいた
逢いに行こう!
心からのそう想った
想いは深く積もり
心を揺らす
力哉は『家族』に逢いたいと想った
康太に逢いたいと想った
そして何より一生に逢いたいと想った
電話をしよう
愛してると伝えよう
その夜、客間に止まった力哉は寝る前に一生に電話を入れた
ワンコールで一生が出て
『力哉、どうした?』と心配そうな声がした
力哉は「愛してるよ一生」と伝えた
電話の向こうの一生が息を飲むのを感じていた
『ありがとう力哉
でも俺は愛してるは顔を見てしか言わないぜ!』
と予想の通りの言葉が返って来て力哉は笑った
「うん!それでいいよ
僕が言いたかっただけだもの」
『ちぇっ!仕方がねぇな!
その耳かっぽじってよーく聞きやがれ!
俺も愛してるぜ力哉!
これでどーよ?』
その言葉が嬉しくて力哉は涙が溢れ出すのを感じていた
スンスン泣いてる声が聞こえて一生は心配そうな声で
『何かあったのか?
迎えに行こうか?』と言ってくれた
「何もないよ一生
ただねみんなを見てて愛してるって伝えたくなっただけ‥‥」
『そうか‥‥なら良かった
‥‥痛てぇよ!蹴飛ばすんじゃねぇよ!』
「?‥‥誰かいるの?」
『みんないる!
康太が冷やかして蹴飛ばして来るんだよ』
みんないるのに愛してるぜ!って言わせたの僕‥‥
力哉は頬が熱くなるのを感じていた
「ごめん一生」
『気にするな!
っ!んとに蹴飛ばすなってば!』
一生が怒ると『惚気かぁ一生』と康太の声がした
『惚気けてねぇよ!
ほらほらもう寝なはれ!』
『眠くねぇんだもんよー!
一生、プリン食いてぇ!』
何時もの調子の会話に力哉は嬉しくて堪らなくなった
その場にいたいよ僕も‥‥
「帰りたいなぁ‥‥」
想わず力哉の口を突いて出ると
康太が一生の携帯を奪って
『力哉、明日みんなで白馬に行くから今夜だけ良い子に待ってろよ!』と言ってくれた
「みんなで来るの?本当に?」
『おー!オレの子も母ちゃん達も清四郎さん達も逝く予定だ!』
嘘みたいな言葉だった
約束して電話を切ると布団に寝転がった
僕‥‥淋しがり屋になっちゃってるね一生
昔はこんなに我が儘言ったりしなかったのに‥‥
何もないのが当たり前だった
今はこんなに幸せを感じられて‥‥
無くしたら生きていけないよ僕‥‥
怖くて力哉は涙した
もう何もない頃には戻れない
もうあの頃の自分には戻れない‥‥
幸せだ
幸せだ
こんなにも愛され
僕は幸せだ
家族もいる
友達もいる
働く場もある
僕の居場所がある
力哉は幸せと恐怖を天秤にかけ
幸せな想いが勝つのを感じていた
幸せな想いを胸に‥‥
力哉は眠りに落ちた
ともだちにシェアしよう!