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第76話 愛が生まれた日

2018年 11月11日 この日は康太にとって特別な日だった 愛する男がこの世に生を成した日なのだ 特別で大切な日だった ‥‥‥‥今まで、裸でリボン巻いて祝ったり 全身クリームまみれにしてもてなしたり コスプレしたり 着ぐるみ着たり 康太はその時その時の榊原の誕生日を全身全霊賭けて祝った だが‥‥その手札も尽きた 今年はどんな事をやろうか? ずっとずっとずーっと思案していた 思案している康太は言葉少なく 寡黙になった 家族は元気のない康太を心配した 子供達も元気のないかぁちゃを心配した 玲香は「拾い食いでもしたかえ?康太‥‥体調悪いなら我が病院に連れて逝こうぞ!」と堪らずに言う程だった 「大丈夫だ!母ちゃん オレは拾い食いしてねぇ!」 「康太‥‥」 「今、考え中なんだ話はまたにしてくれ!」 そう言われれば引くしかなかった 清隆も元気のない康太を案じて 「康太‥‥父に出来る事はありませんか?」と問い掛けた 「悪いな父ちゃん オレは今人生を賭けて思案中なんだ! またにしてくれ!」 そう言われれば引くしかなかった 瑛太は「兄に隠し事ですか?」と弟に声をかけた 「瑛兄、隠し事なんかしちゃぁいねぇよ!) 「ならば何故‥‥そんなに心此処に在らずなのですか?」 と堪らず言葉にした 「何かさ‥‥ネタを出しきった漫才師みてぇに‥‥ネタが枯渇しちまったんだよ‥‥」 瑛太はすっとんきょうな声で「ネタぁ?」と想わず言っていた わが弟は何を言ってるんだ? 理解できないでいた 兄は‥‥そっとしておこうと想った 何かあれば直ぐに手を差し伸べよう それまでは見守る事にしよう‥‥と心に誓った 流生は母に「かぁちゃ‥‥さいちん‥‥どうちたの?」と堪えきれずに問い掛けた 康太は流生を抱き締めて 「母ちゃんはネタ切れになった‥‐ だからさ、ネタを探しているんだよ」 「ねぎ?」 「違う、ネタだ!」 「ねちゃ?りゅうちゃ ねてにゃいよ?」 「‥‥子供には難しいか‥‥」 康太は流生を撫でた 康太を見ていた翔は誰もいない時を見計らって榊原に 「とぅちゃ、おねぎゃいがありまちゅ」と訴えに動いた 榊原は翔の目をちゃんと見て 「何ですか?」と問い掛けた 「かぁちゃ なやんでりゅにょ! とぅちゃ‥‥あいはふたりではぎゅくむものなの! らから、かぁちゃにそういってあげるにょ!」 愛は二人で育むモノなの‥‥ 翔、その言葉何処で覚えたんですか? 榊原は段々言葉が達者になる我が子に微笑んで 「そうですね、最近の康太は元気がありませんから心配ですよね 大丈夫です翔、康太にちゃんと伝えておきますからね」 「とぅちゃ、たのんらよ!」 「任せておいて下さい!」 とは言ったものの‥‥ 何を話しても上の空の康太に焦れていたのは榊原もだったのだ 何をどうしたら良いか? 解らず考えあぐねていた そこに翔のアドバイスだった 榊原は康太に話そうと心に決めた 音弥も父に「かぁちゃ‥‥げんちないにょ‥‥それみてると‥‥おとたん‥くるちぃにょ‥」と訴えて泣いていた 大空と太陽は母を常に心配そうに見ていた 大空は太陽に「どうちたら‥‥げんきになるかにゃぁ?」と母を元気つける知恵を求めていた 太陽も「ちょれ‥‥わかったら‥きゅろうちないにょね」と達観した言葉を投げ掛けた 「だね‥‥」 大空はため息をついた 元気のない母の姿は‥‥見たくないのだ 何時も元気に笑ってて欲しい 生命力を漲らせて立っていて欲しい 兄弟は集まって「どうちたらげんきになるかにゃぁ?」と相談した だが‥‥解決策は見つからないまま‥‥ 子供達は慎一に「おねぎゃいがありまちゅ」と康太の執事に一縷の願いを託すのだった 慎一は子供達の目線までしゃがんで 「どうしたのですか?」と問い掛けた 流生が「おねぎゃいがあるのにょ‥‥」と言うと 翔が「かぁちゃ‥げんきないにょね‥‥らからげんきになってほしのれす」と母を想う想いを口にした 慎一は子供達の想いを受け取り 「康太ですか‥‥俺も‥‥最近元気ないので心配になっていた所なんですよ」と心情を吐露した 流生は「ちんちいも‥‥おもってたにょ?」と思わず呟いた 「家族は皆、康太を心配しますよ‥‥ 俺達仲間も康太が心配です でも一番心配してるのは‥‥伊織なんでしょうね 君達の父は誰よりも妻を愛してますからね かなり辛い想いをしていると想いますよ」 「とぅちゃ‥‥」 翔は呟いた 慎一は「大丈夫です、君達の両親は強い!だから大丈夫です」と子供達を安心させる言葉を紡いだ 子供達は頷いた 榊原は康太を寝室まで連れていくと堪らず 「最近どうしたのですか?」と康太に問い掛けた 康太は「ネタ切れなんだよ」とお手上げのポーズを取った 「何のネタが切れたのですか?」 「伊織の誕生日にやるサプライズのネタが尽きた‥‥」 榊原は驚愕の瞳を康太に向け 「僕の‥‥誕生日の‥‥事を考えて元気がなかったのですか?」と問い掛けていた 「裸でリボンも毎年だと飽きるやん コスプレも殆どやったしな 着ぐるみもやり尽くした 縛るのは嫌いだし、ローソクは熱くて痛くて嫌だし‥‥なら何やるか‥‥ネタがねぇんだよな‥‥」 「何もやらなくて良いです」 榊原はそう言い康太を抱き締めた 「僕は君さえいてくれれば良い‥‥ 君がいるなら何でも耐えられる‥‥ 苦しみも悲しみも喜びも、全部君が僕に教えてくれた事じゃないですか!」 「伊織‥‥」 「君が僕の傍にいてくれれば良い‥‥ 手を伸ばしたら僕の手を取ってくれれば、それだけで僕は誰よりも幸せになれるのです」 「でも‥‥最高のオレをお前にプレゼントしてぇんだ‥‥」 「君はいつも最高です だから悩まなくても良いのです」 榊原は康太の唇を指でなぞって‥‥ 「君のお口が愛してるって言ってくれるだけで‥‥ 僕はこの世に生を受けて良かった想えるのです だから君のこの愛しいお口で『おめでとう』と言ってくれるだけで、僕は最高に幸せ者になれるのです」 そう言い口吻けを落とした 「オレを愛してくれたお前に何かプレゼントしてぇ‥‥でもオレは流行に疎いし お前が何を欲しているか‥‥解らねぇんだよ」 「僕が欲しいのなんて君以外にいません!」 榊原は康太を強く強く抱き締めて、そう言った 「それでもな‥‥愛する人に贈りてぇんだよ 一年に一度愛する人に愛を伝えてぇんだよ 今出きる精一杯でお前に愛を伝えてぇんだ‥」 「嬉しいです‥‥君を愛して僕は本当に良かった‥‥ こんなに愛してくれる人は昔も今も君しかいません 愛してます炎帝‥‥君だけを愛してます」 「青龍‥‥オレも愛してる お前しか愛せねぇ、昔も今もお前だけ愛してる 憧れ続けたオレの蒼い龍‥‥」 「君の言葉一つで僕はこんなにも幸せになれるのですよ?」 「それは安上がりすぎだ青龍」 康太はそう言い笑った 「安上がりだろうと、それしか望んでません」 「オレもだ、オレもお前といられる明日しか望んでねぇ‥‥」 「何気ない日常こそ、僕達の愛の日々です だから悩まないで下さい 僕の誕生日は君のお口で『おめでとう』と言ってくれるだけで良いのです」 「伊織‥‥」 「君と来年も再来年も10年後も20年後も‥‥未来永劫共にいられる事しか僕は望んでません」 「ごめん伊織‥‥ お前を喜ばせたかったんどけどな、サプライズにしては新鮮味がなくなって来たなって‥‥ それだとサプライズにはならねぇからな‥」 「サプライズも大切ですが、我が子を不安にさせてはダメですよ?」 康太は我が子を不安にさせていたであろう己の行動を想い 「ごめん伊織 アイツ等にも後で謝る事にする」 「それが良いです」 「伊織、誕生日おめでとう 生まれて来てくれてありがとう」 「奥さん‥‥ありがとう」 榊原は康太の肩に顔を埋め喜びを噛み締めていた 二人は静かに抱き合っていた その時、ドアがノックされ榊原は康太を離しドアを開けに行った ドアを開けるとそこには子供達が兵藤と共に立っていた 流生は兵藤の足をポンポンと叩いた 兵藤は「伊織、俺とちょっと一緒に来て貰えねぇか?」と唐突に言った 「え?今ですか?」 「あぁ、今!」 「解りました 今から仕度するので待ってて下さい」 そう言うと榊原は寝室のドアを閉めた 兵藤は子供達とリビングのソファーに座って待つことにした 音弥は兵藤に「ひょーろーきゅん、ありがと」と礼を述べた 太陽も「やっぱりひょーろーきゅんはちゅごいね」と絶賛した 大空も「ひょーろーきゅんにそうらんしてよきゃったねぇ!」と笑顔でそう言った 流生は「ひょーろーきゅん、わぎゃままいってごめん‥‥」と自分達がいかに我が儘だったかと反省の言葉を述べた 「気にすんな流生! んなの全然我が儘なんかじゃねぇよ!」 流生はペコッと頭を下げ 「あいがと!」と礼を述べた 翔は「ひょーろーきゅん ほんとうにあいがと!」と己の無力さを噛み締めて言葉にした 自分達では母を喜ばせる事が出来なかった 自分達が如何に無力か‥気付いて悔しくて堪らなかった 「翔、おめぇはガキの癖に考えすぎなんだよ もう少し肩の力を抜いても大丈夫だ! おめぇには誰よりも強い母がついているじゃねぇかよ!」 「かぁちゃのじかんは‥‥そんなにないから‥‥ らから‥‥はやくおとにゃにならならないいとらめなの‥‥」 兵藤は言葉をなくした まさか翔の口からそれを聞かされるとは想ってはいなかった 「翔‥‥それは口にするな‥‥ 頼むから俺の前では絶対に言うな!」 「わかった‥‥もういわにゃいの」 兵藤はやるせなかった 背負うべきものが違うのだ こんなに小さくとも翔は飛鳥井家真贋なのだ 人とは違う目を持ち 真実を見極める 子供が目にするには厳しい現実 だが翔にはその道しか進むべき道はないのだ だから早く大人になりたいと想うのだろう 母を楽にさせてやる為に翔は早く力を持つ大人になりたかったのだ 流生は「ひょーろーきゅん‥‥ゆるちてやって‥‥かけゆはあせってるからよゆうがないにょ」と兵藤に謝罪した 兄弟達は皆、翔の想いやり現状を把握していた 兵藤は流生の頭を撫でて 「怒ってなんかねぇよ! でもなまだ甘えていたって良いじゃねぇかよ? おめらには母も父もいる だから甘えていたって良いじゃねぇか! んなに急いで大人になろうとするな‥‥」 翔にそう問い掛けた リビングには沈黙が重くのし掛かった それを破くように笑顔の康太が「貴史、オレを何処へ連れて行ってくれるのよ?」と問い掛けた 「行けば解る! だから黙って来い!」 「なら黙って着いて逝くさ!」 康太は少しだけカジュアルな服を着替えさせられていた 何処へ行っても恥ずかしくない服だった 榊原もカジュアルな服に着替え「烈はどうしました?」と我が子が足りないのに気付き問い掛けた そんな所は本当に親バカだった 兵藤は「烈は今ワン達とあそんでる、アイツ‥‥犬の言葉が解るのか良くワン達と話してるのな?」とワン達と仲良くいる烈を思い浮かべて言葉にした それに答えのは康太だった 「烈は霊長類総ての言葉が解る あれは飛鳥井の始祖の力を強く引き継いで生まれた子だからな だから犬と話せても当然っちゃ当然だな」 「え?‥‥本当に話してるの?」 「そうだって言ってるやん」 「すげぇな‥‥何でもありだな飛鳥井って」 「その昔は‥‥一族総勢何らかの力を持っていた一族だ! 気を詠み、星を詠み、運気を詠み、勝機を詠む 地脈を詠み、水脈を詠み、人の寿命を詠む 万物の声を聞き、それを告げる事を生業にしていた その子孫だからな不思議はねぇよ」 「まるで陰陽師か何かみてぇだな、それって」 兵藤は気軽に言った 気軽に謂われた言葉に康太は眉を顰めた 兵藤は慌てて「え?俺なんか不味い事言った?」と言った 「嫌‥‥昔の話だ貴史‥‥今は能力も疎らにしか出て来ねぇ‥‥総てを持って生まれて来る子はもういねぇ‥‥ 烈の様に昔の力を少しだけ受け継いで生まれる それが今の飛鳥井だ」 斯波の血は‥‥薄れてしまったのだから‥‥ 榊原は考え込んだ康太を余計な事を考えさせない様に 「さぁ連れて行って貰いましょう」と言い兵藤を急かした 兵藤は気を取り直して 「んじゃ行くとするか!」 そう言い歩き出した 子供達と手を繋ぎ兵藤は先に階段を下り始めた 榊原は康太と手を繋ぎ 「行きますよ」と声をかけた 康太は笑って「おう!行こうぜ!」と答えた 階段を下りて一階に行くとドアを開けて外へと誘導された 門の外にはバスが停まっていた 康太は「バス?」と呟いた 流生が康太の手を取ると「はやきゅう!かぁちゃ!!」と急かされた 康太は何も考えずにバスへと乗り込んだ バスの中には‥‥‥ 瑛太がいて「康太、遅いです!」と弟を嗜めた 清隆も「まぁまぁ瑛太、主役は遅れて登場するものです!」と気を取り直させた 玲香は笑って真矢と京香と笙の嫁の明日菜と共にいた 清四郎は着物を着て毅然した姿をしていた そして榊原を見ると「伊織、早く座りなさい!」と急かした 榊原は康太と共にそこいらへんの椅子に座った 兵藤も適当な席に座ると、子供達も椅子に座らせた 兵藤は隣に座った流生を膝に乗せ頭を撫でていた そこへ美緒がバスに乗り込んで来て兵藤を見るなり 「見事な子持ちじゃなぁ! お主も早く子を作るがよい!」と揶揄した 文句を言おうとすると美緒は笑って玲香の傍へと行き、楽しそうに話をしていた 兵藤は文句を謂うのを止めた 慎一が最後に乗り込み 「全員いますね!」と点呼を取った 瑛太が「全員揃いました、さぁ行きますよ! では運転手さんお願いします!」と謂うと慎一は前の席に腰を下ろした するとバスは発車して走り出した バスの中で子供達は楽しそうだった 玲香は明日菜の膝から美智瑠を抱っこして、自分の膝の上に乗せ 「美智瑠、重くなったな こんな所も烈や瑛智と似ておるな」と笑っていた 瑛智は聡一郎の膝の上にいた 京香は「聡一郎、重くないか?」と問い掛けた 「んとに瑛智も育ちましたね!康太の子達に負けてないですね」と言い子の重さを感じていた 京香は「永遠は文哉の所に?」と気遣う様に問い掛けた 「ええ。当分は預かって貰うつもりです 僕はあまり日本にいられませんからね‥‥」 「永遠、我達が見ようか? 一人増えるも二人増えるも同じ事‥‥ 聡一郎が嫌でないなら、飛鳥井に連れて来るがよい」 「良いのですか?」 「気にするでない 気にされる方が悲しいと謂うモノだ」 「別に気にしている訳ではないのですが‥‥ あの子は力持ちだから‥‥スバッと人の未来を読み上げて口にしてしまう‥‥」 「ならば余計飛鳥井で修行させねばならぬな 明日、永遠を連れて来るとよい 飛鳥井は礼節なき者には厳しい、翔がよい指導者になるだろうて!」 「姉さん‥‥」 「一人で何でも背負おうとするな‥‥見ている方がそれは辛い事を知っていてくれ聡一郎」 「何でも背負おうとしている訳じゃないです 僕は‥‥そんなに強い人間じゃないから‥‥」 「お主には康太がいる、仲間がいる そして我等家族がおるではないか 我の手は邪魔か?聡一郎」 「姉さん、そんな訳ないじゃないですか!」 「ならば甘えてもよいのだぞ? 我で出きる事なれば何でもしてやる所存じゃ」 「本当に姉さんは頼もしいなぁ‥‥ なら僕甘えちゃおうかな‥姉さん‥‥僕はなにも持たない無力なんだ それが悔しくて悲しくて‥‥辛いんだ」 聡一郎はそう言い美智瑠を抱き締めて泣いた 京香は聡一郎の肩を撫でていた 美智瑠は聡一郎の涙を拭ってやっていた 「なきゅなそーちゃ」 美智瑠に励まされ、京香に励まされ、聡一郎は少しだけ心が軽くなっていた 玲香が「聡一郎、お主には我等もおる!それを努々忘れるでないぞ!」と声をかけた 聡一郎は「はい!母さん」と答えた 清隆は「聡一郎は頑張りやさんですからね! でも頑張りすぎて倒れたら康太が心配するんですよ? 勿論、我等も家族ですからね心配します 家族を心配しない者は(この飛鳥井には)いませんよ!」と微笑みそう言った 聡一郎は家族の言葉が暖かさに胸を熱くした そして何度も何度も頷いた 暖かな空気でバスの中は包まれていた 康太は榊原に「この前‥‥師匠の夢を見たやん」と静かに話し掛けた 「ええ、そう言って君は泣いていましたね」 「師匠の弟子でいた時代が‥‥鮮烈過ぎて‥‥ 斯波陵王の記憶が甦って来ていたんだ オレは‥‥他の選択肢がなかったから、総てを切り捨てて今の道を選んだ だけど人は悔いる生き物なんだな‥‥ オレの道は正しかったのか? 今更ながらに‥‥考えちまったんだ」 「正しいか正しくないかは‥‥解りませんが、僕の愛した人の選択を悪く謂うのは止めて下さい! 僕の愛した人は何時だって精一杯考えて選択して来た筈です」 康太は榊原の手を強く握り締めた そして「ありがと」と言葉にした バスは鎌倉の方へと走り窓には海がキラキラと写し出されていた 子供達は【ちれーね!】と感動していた バスは鎌倉郊外にある閑静な庭園に停まった 康太は兵藤に「此処は?」と問い掛けた 「兵藤丈一郎が住まっていた旧鴻池伯爵邸だ! これは兵藤財団が今も管理して公開している邸だ! 今日は貸しきって旧華族の気分で料理でも食おうって算段だ 何たって今日は伊織の誕生日だしな!」 「え?僕の誕生日を祝ってくれるのですか?」 「お前の子供に『かぁちゃがなやんでるきゃら、たちゅけて!ひょーろーきゅん!』と謂われたからな! 助け船を出したって訳だ 他のサプライズを考えていたかも知れねぇが、今年は俺の顔を立てて、子供達のサプライズを受けてくれや!」 「嬉しいです貴史」 「それは良かった! おら、おめぇら行くぞ!」 兵藤はそう言い子供達の背を押して公爵邸へと入って行った 美緒も玲香や真矢、明日菜や京香と共に 「この時代の公爵は贅沢の限りを尽くした邸を持っていたからのぉ、姫の気分は味わえるかも知れぬぞ!」と笑っていった 玲香は「姫か‥‥我は乳母でよいわ!姫には董が立ちすぎたからのぉ!」と冗談か判らぬ事を言った 真矢は「飛鳥井には姫はいないわね」と男の子ばかりの現状を口にした 産まれてれば‥‥琴音以来の女の子の誕生となったのに‥‥ 京香はチクリと痛む胸を握り締めた 真矢は「京香は姫でも通る顔なので姫は京香でよいですね」と哀しみに囚われない様に声をかけた 京香は笑って「女は何時までも姫で通りますとも!」と全員姫で言いと口にした 明日菜は「なら全員姫と謂う事でよいわな!」と納得して笑っていた 匠は達観した顔で母を見ていた 玄関の前には使用人が並んで客を出迎える準備をしていた 執事の格好をした者が一人 後はメイドの格好をした者が十名ほど、客を出迎える為に外に出て待っていたのだった 執事の格好をした男性が兵藤を見ると深々と頭を下げた 「貴史様、御待ちしておりました! 準備は総て貴方の仰有られる通りに整っております!」 執事に謂われ兵藤は「そうか、ありがと」と礼を述べた 重厚なドアを開けられ邸の中へと通される その邸の中で最も華やかな調度品に囲まれた部屋 貴賓室へと通され晩餐の準備の整ったテーブルへと案内された 兵藤は適当に榊原を座らせ、その横に康太を座らせた、その横に子供用の椅子を用意させ、子供達も座らせた 一生や聡一郎、隼人、慎一も座らせたのちに 清隆、瑛太、清四郎、笙と男性陣をテーブルの反対側に座らせ、真矢、玲香、京香、美緒と言った女性陣を向かい合わせる様に座らせた 明日菜の横には美智瑠と匠の椅子が用意され、母の横に子供が座った 同じように京香の横に瑛智が座り 皆が席に座ると兵藤も空いてる席に座った 給仕が乾杯の為のグラスにワインを注ぐ 子供達のグラスにはジュースを注いで行く 準備が整うと兵藤は立ちあがり 「伊織、誕生日おめでとう!」と祝辞を述べ「乾杯!」と合図をした するとグラスの合わさる音が高貴に響き それぞれが乾杯した後にワインを飲み干した 玲香は「よい酒だのぉ!これは!」は瞳を輝かせ 流生は「きょれはおいちぃ!」と同じく瞳を輝かせた 料理が運ばれ‥‥‥ 総料理長が自らワゴンを引いて 「貴史様、お友達の為のケーキ、お作り致しました!」と持って来た ‥‥‥‥そのケーキは恐ろしく大きく ウェディングケーキですかぁ? と問いかけたくなる程のゴージャスな出来映えとなっていた 軽く五段はあるであろうタワーケーキに子供達は目を輝かせ 流生は「ちゅごい!」と興奮し 音弥は「どんだけたべてもへらにゃいね!」とよどを出さんばかりにケーキを見つめていた 太陽は「あまくにゃいといいけど‥‥」と甘いケーキじゃない事を祈り 大空は「いちごたべたい!」とケーキの上のいちごをロックオンしていた 翔は「こぶちゃあるかなにゃ?」とケーキより昆布茶の心配していた 烈は「にーたん、けーち」と兄と食べれるケーキを喜んでいた 総料理長が見事な包丁捌きでケーキを切り分ける 「このケーキは子供用のゾーンと大人用のゾーンと別れております そして尚且つ御子様も甘味を押さえてお作りしております! 貴史様のご要望通りの出来映えとなっております!」 総料理長がそう言うと給仕が子供用のお皿を並べ始めた 一番てっぺんの飾りとフルーツの部分を子供達へと切り分け始めた 上の部分を切り分けると総料理長は用意した生クリームと飾りのフルーツで切り分けた部分を補充して行き大人用のゾーンを切り分け始めた そして残りは「お土産に持ち帰って下さい!」と最高のパフォーマンスを披露してくれた ケーキが配りれると榊原の前に大きな切り分けたケーキが綺麗にトッピングされローソクがつけられて置かれた 給仕はローソクに火を着けた 火が着くと照明が落とされ、ローソクの光がキラキラと揺らめいていた 兵藤が「消せよ伊織!」と謂うと榊原はローソクの火を吹き消した 照明がつけられ部屋が明るくなると全員が 【おめでとう】と祝いの言葉を投げ掛けた 榊原は立ち上がると深々と頭を下げ 「ありがとございす」と礼を述べた 康太は子供達とケーキを食べ始めていた 康太のケーキは子供達と同じものだった 兵藤が事前に座席表を見せて給仕と総料理長にこの席の人間には子供達と同じのを出す様に、と指示を出していたのだ 大人用のケーキはお酒を効かせてあるから康太には‥‥と気をきかせたのだ 康太は「うめぇなこのケーキ!」とガツガツ食っていた 榊原は自分のお皿のいちごを康太のケーキの上に置いた 妻の大好物だからだ 流生はそれみて「じゅるい」と少しだけ拗ねた 慎一が流生のケーキの上にいちごを置いた 流生はキラキラの瞳をして「ちんいち、ありがと!」と礼を述べた 「流生は母と同じ、いちごが大好きですからね」 「そう!いちごらいすき!」 流生がそう言うと聡一郎は音弥のケーキの上にラズベリーを置いた 「音弥はこれですよね」 「そーたん!わかってる!」と音弥は喜んでいた 玲香は「ならば我も!」と大空のケーキの上にキウイを置いた 「ばぁちゃ!ちゅごい!」 大空は喜んだ 一生は太陽と烈のケーキの上にいちごを一つずつ置いた 太陽は「かじゅ、なくなっちゃう?」と優しい言葉をかけた 「心配すんな! 置いとくと康太が俺のも食うから、その前に避難させただけだ!」 太陽は「あいがと!」と礼を述べた 烈も「あーがと」と礼を言った 一生は笑っていた 瑛太は翔に「いちご食べますか?」と問い掛けた 翔は驚いた顔をして瑛太を見た 「たべます、かけゆ、いちごすきらから‥‥」 「ならあげます」 瑛太は翔のケーキの上にいちごを置いた 清隆は瑛智に「じぃじのあげましょうか?」と気を使った 瑛智は「らいじょうぶれす」と断った 瑛太は瑛智を見ていた 瑛智も瑛太を見ていた 二人は不器用な程に親子だった だから互いを牽制するかのように近付く事はなかった 翔は椅子から下りるとシェフの所にトコトコ歩いて行きペコッとお辞儀をした シェフは優しい顔をして「どうしました?」と問い掛けた 「あの、とてもおいしかったれす! あいがとうございましゅ!」と礼を述べた 「礼儀正しいお子ですね ありがとございす 美味しいと言って戴ける事こそ、シェフの誉れに御座います」 「あの、えーちはふるーちゅ、らいすきなのね、だからふるーちゅあげてくらさい! おねぎゃいします!」 「解りました! 今お持ち致します」 シェフはフルーツを小皿に盛り合わせると瑛智の前に置いた 翔は瑛智に「おれいは?」と問い掛けた 瑛智は椅子から下りるとペコッとシェフにお辞儀をして 「あいがとうでしゅ!」と礼を言った 清隆は瑛智を抱き上げると椅子に座らせた 翔は瑛智に「たくちゃんたべるよろし!」と言い席についた 瑛智は行儀正しくホークでフルーツを刺して食べていた 烈はそんな兄が誇らしくて自分のケーキの上のいちごを手にすると、翔のケーキの上に置いた 翔は「れちゅ、たべないの?」と驚いて問い掛けた 「にーたんにごほーび」 舌ったらずな話し方で烈は兄にご褒美をあげた 翔は烈に貰ったいちごを美味しそうに食べた そんな兄弟を見ていた真矢は目頭を押さえて 「優しい子に育ったわね」と兄弟を思い遣り、家族を思い遣る優しい子に育った事に感激していた 康太は翔の頭を撫でた 「お兄ちゃんだなおめぇは‥‥」 「かけゆはかぁちゃのこらから!」 だから間違った道へは逝かないのだと口にした 母の子だからこそ胸を張り風を切って歩いて逝く その道は決して楽でなくても‥‥ 母(飛鳥井康太)の子だから、僕らはその道を逝くのだと翔は口にした とても重い言葉だった その瞳には真実が映っているだろうに‥‥ 翔は母を間違えたりはしないとばかりに飛鳥井康太の子でいようとした 兵藤は子供達に「うし!そろそろお祝いの歌を歌わねぇと誰も聞いてくれなくなるぞ!」と酔っぱらいの巣窟になる前に手を打つ様に急かした 流生は「あぁ、ちょうらった!」と慌てて椅子から下りた 翔も音弥も太陽と大空も烈も椅子から下りると整列した 兵藤が指揮を執るり合図を送る 「せーの!」 はびばーすれぃ とぅちゃ はびばーすれぃ とぅちゃ はびばーすれぃ でぁ とぅちゃ はびばーすれぃ つーゆー 子供達は練習したのか声を合わせて歌っていた 榊原は我が子の成長が嬉しくて‥‥ そして寂しくて‥‥ 泣いていた おしめを変えて哺乳瓶でお乳を飲ませて育てた我が子だった 夜泣きであやして 大切に大切に育てて来た我が子だった その我が子に祝って貰って‥‥ こんなに幸せな事はなかった 榊原は子供達の目線までしゃがむと 「ありがとう‥‥とても嬉しいです」と礼を言った 一人一人の頭を撫でて 「とても上手でしたね! 練習したのですか?」と尋ねた 流生が「たくちゃんれんちゅーちた!」と答えると 音弥は「たのちかったよ!」とお歌が好きだから楽しかったと訴えた 太陽は「とぅちゃに、よろきょんでもらいたかったにょ!」と心情を吐露した 大空は「おめれとーとぅちゃ、きょうはあいぎゃうまれたひなんらんって、かぁちゃがいってた」と大人びた事を言った 翔は「かぁちゃがげんちなかったから‥‥ひょーろーきゅんにたよったにょ‥ ぎょめんなちゃい‥‥」と経緯を話した 「謝らなくても大丈夫です 貴史にはそのうち貸しは倍にして返しときますから! 翔、本当にありがとう‥‥ 父はとても嬉しいです」 翔は安心した様にホッと息を吐き出し笑った 烈も「とーたん、とーたん!めとう!」と、とぅちゃ、とぅちゃ、誕生日おめでとうと言った 烈はまだ発音が上手くはなかった それでも榊原は嬉しくて‥‥目頭を押さえていた 最近‥‥涙腺が緩くなった 年なのか‥‥ 感激すると涙腺が崩壊する 康太は榊原の手を握った 「おめでとう伊織 皆で祝って貰って良かったな」 「ええ‥‥忘れられない一ページがまた増えました‥‥」 「来年も‥‥‥」 康太が謂うと榊原は 「ええ、再来年も‥‥」と続けました 「10年後も‥‥」 「20年後も‥‥未来永劫、君と共に‥‥」 生きれるかどうかは解らない 真贋は短命だ 力を使う者は命を削って力を使う 未来は解らない 解らないが、共にいようと思う限り明日は続く 想いは続く 果てしなく愛は繋がる 想いを馳せていると流生が康太の傍に来ていた 流生は母に「かぁちゃにこれあげゆ!」と箱を手渡した 康太は「ありがとう」と言い箱を受け取り、蓋を開けた すると箱の中に‥‥‥ヒマワリの種が沢山入っていた 「これは?流生‥‥」 「かぁちゃ たねにゃいいっちぇた らから りゅーちゃ せんしぇいにいってたねをたくちゃんもらってきたにょ!」 ネタがねぇんだよ‥‥ そう言った康太に流生は『たね?』と聞いていたっけ? だから種を沢山貰って来てくれたのか‥‥ 康太は種を手に取り 「来年は屋上に沢山ヒマワリ育てるか!」と燦々と輝く太陽の下に咲き誇る花を想像してそう言った 榊原は「良いですね、沢山育てましょう」と顔を綻ばせ言った とても幸せな誕生日だった 11月11日 榊原伊織が産まれた日 とても楽しい時間を過ごしていた それは子供達からのプレゼントされた時間だった 愛しい我が子からのプレゼントだった 榊原は「こんなサプライズも良いものですね」と呟いた 康太は笑って「だな、オレめちゃくそ幸せだ!」と嬉しそうに言った 幸せそうに笑う母の顔に子供達はとても嬉しそうだった 兵藤も嬉しそうだった 家族も仲間も嬉しそうだった 二人だけの甘い時間はなかったけど かけがえのない時間をプレゼントされた

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